毎日が冒険!? 自然を守る国家公務員「自然保護官(パークレンジャー)」とは

2024年3月18日

北海道から沖縄まで、全国34カ所に点在する国立公園内の動植物や自然景観を守っている自然保護官(パークレンジャー)。

倍率20倍(※総合職の倍率。一般職は8倍程度)を超える国家公務員試験を突破してはじめてなれるという自然保護官とはどのようなものでしょうか?その知られざる仕事のリアルを知るため、今回は秩父多摩甲斐国立公園を管轄する奥多摩自然保護官事務所の仲山真希子さんの元を訪れました。

「東京ドーム約27,000個分もの広大な敷地を管轄する」「山小屋を泊まり歩く」といった驚くべき仕事のウラ側をお伝えします。

数多くの「調整」によって一都三県、約126,000ヘクタールの自然を守る

日本全国34カ所の優れた自然の風景地が指定されている国立公園。海岸線や山岳の頂上、一般の人が居住する住宅街、都道府県が管轄する公道まで、「公園」とはいってもその範囲は多岐にわたります。

仲山さんが勤める秩父多摩甲斐国立公園は、首都圏に最も近い森と渓谷の山岳公園です。その敷地面積は、埼玉県・東京都・山梨県・長野県の一都三県にまたがる約126,000ヘクタール。なんと東京ドーム約27,000個分ものエリアです。そして、この広大な敷地を誇る公園の保護管理を行っているのが「自然保護官」なのです。

「それぞれの公園で自然のありようが異なるので、公園ごとに業務内容も異なりますが、関東管内ではどの国立公園の事務所も自然保護官が多くても3〜4名、加えて非常勤公務員の自然保護官補佐(アクティブレンジャー)や専門員2〜3名と事務員で運営しています。秩父多摩甲斐国立公園は私と自然保護官補佐の2名で全域を担当しているのですが、そんなに少ないのかと驚かれる方は多いです(笑)」

では、その少数精鋭で行っている業務とはどのようなものでしょうか?国立公園内の風景と生態系の保全を図るのが、自然保護官の業務。公園内をパトロールするなど現地に赴いて仕事をすることが中心なのかと思いきや、意外にも「人と人との調整業務が大部分であり、最も大変な仕事」なのだそうです。

「秩父多摩甲斐国立公園では、建物を建てたり、木を切ったり土を採取したり、開発行為をする際の許認可業務が重要な仕事の一つ。許可を得るためには、自然公園法という法律に加え、公園ごとに設けている独自の審査基準をクリアしないといけません。

たとえば、建物を建てるのであれば風景に配慮した目立たないものにしなければいけない、そのエリアに希少な動植物の生態系があれば保全に配慮してもらうといった決まりがあります。そういった風景や生態系の保全に関わる調整業務を各都県や自治体の担当者と連携しながら行っています」

関係各所から日々国立公園に関する相談が寄せられるという業務の最中に、現地視察へ出向くことも欠かせません。山奥での巡視業務の際には登山道を歩き回り、山小屋に泊まることもあるのだといいます。

「原生的な自然が残されていて、特に保護していくべき重要なエリアに異常がないかは定期的に確認しなければなりません。重要なエリアというのは、秩父多摩甲斐国立公園内では、雲取山や甲武信ヶ岳など奥秩父のの稜線にあたる場所。ここは国立公園の地種区分の中でも、一番規制の厳しい特別保護区とされています。

とても日帰りでは行けない範囲ですから、山小屋泊で巡視に行くこともあります。私は登山がすごく好きなので大変だと思うことはないですが、体力が必要な仕事であることは間違いないですね。デスクワークが多いので、本当はもっと現地に行きたいなと思いながらはたらいています(笑)」

「シカカメラ」メンテナンスのために山を歩き、サンゴを守るためにダイビングする

秩父多摩甲斐国立公園では、野草が過剰に食べられてしまう被害や、樹木の皮を剥ぐことで木が枯れてしまう「樹皮剥ぎ」といった被害など、ニホンジカによる食害が深刻な問題になっています。その対策として設置されたのが「シカカメラ」と呼ばれるニホンジカの調査のためのカメラ。そのメンテナンスを行うにあたっては、登山道から外れた獣道を歩くことも少なくないそうです。

「秩父多摩甲斐国立公園内でも特にニホンジカが多いエリアに設置されているので、登山道から離れた場所にあることも多いんです。GPSを頼りに山を歩き回り、薮の中にあるカメラを探して、メンテナンスをしています。

ニホンジカの対策については各都県や自治体と協力して取り組んでいますが例えば希少な植物が残っている草原を網でう対策をとっている場所もあります。昨今は高山植物が食べられてしまう被害も多いので、標高の高い場所でもシカ対策が進められています

自然保護官の仕事は、その土地の自然に入り込み、保全を行うこと。2〜3年ごとに転勤の辞令が出ることが一般的なため、仲山さんは15年のキャリアの中で、九州地方の国立公園の管理を取りまとめる九州地方環境事務所や、吉野熊野国立公園の熊野自然保護官事務所、本省の地球環境局国際協力室、関東地方環境事務所などをわたり歩いてきました。

配属される公園ごとに自然環境がまったく違うため、仕事内容もさまざまです。「各地の自然を体験しながら仕事ができることが自然保護官の醍醐味」だと仲山さんは続けます。

「山や海の中など、日本の素晴らしい自然の中へ入っていけるのはすごく楽しいですね。

北海道から沖縄まで全国各地に配属先があり、野生鳥獣の保護に関わる方もいらっしゃいます。ただ、必ずしもその方の専門性に沿った配属になるとは限りません」

過去に仲山さんが、海岸線が国立公園に指定されている吉野熊野国立公園に配属された際は、ダイビング(潜水士)のライセンスを取得し、実際に海に潜ってサンゴや魚類の調査を行ったことも。

「海の中にどんな自然があるのかを、現地の水族館の職員の方々と一緒に調査していました。吉野熊野国立公園近海にはサンゴ類や熱帯魚が生息しているのですが、生態系を崩してしまうオニヒトデがいるので、その駆除業務なども行いましたね。やっぱり海に潜らないと様子がかりませんから、調査のためにダイビングのライセンスを取得しました」

そんな仲山さんが自然保護官を目指したきっかけは、自身の趣味である登山の最中に出会った景色。山を歩いていた中で、シカの食害の実態や整備されていない登山道を目にしたことをきっかけに「利用するだけではなく保全活動に関わりたい」と考えるようになり、自然保護官を目指したのだといいます。

自然の保全は自然保護官だけでなく、そこに訪れるすべての人の協力があって保たれるもの。そのため、一般の方々に向けた自然との触れ合いをテーマにした行事を企画することも大切な仕事の一つです。仲山さんは特に子どもたちを対象にしたイベントを精力的に行い、自然を大切にする気持ちを育てることに力を入れています。

「子どもたちに自然に触れ合ってもらったり、自然保護官の仕事を体験してもらう『ジュニアパークレンジャー事業』では、埼玉県秩父市三峰地区と山梨県山梨市西沢渓谷に赴き、子どもたちと自然観察や動物の痕跡探しを行い、自然保護官の業務である国立公園内の看板の点検などを一緒に行いました。自然保護官がどんな目線で自然を見ているかも知ってもらい、多くの人に自然と触れ合ってもらうこと大事だと考えています」

倍率20倍超の難関。パークレンジャーに求められる資質とは?

環境省に所属する職員である自然保護官になるためには、国家公務員試験に合格する必要があり、その後「官庁訪問(面接試験)」も突破しなければなりません。国家公務員試験は倍率20倍超の難関で、専門知識も求められるのです。

「国家公務員試験の中で『自然系』と呼ばれる部門の試験に合格する必要があります。私は大学で農林業を学んで、森林生態学の研究室に所属して植物の研究をしていたので、『林学』の専門試験を受けました。やはり、大学時に学んだ基礎知識は、仕事を行う上での基盤になっていると感じていますね」

専門知識が求められる職業ゆえに、学生時代に各分野を学んできた人ばかり……なのかというと、決してそうではありません。

一般企業に勤めてから自然保護官を目指す方、非常勤のアクティブレンジャーを経験したことをきっかけに自然保護官を目指す方など、その経歴はさまざまだそうです。共通しているのは、自然が大好きだということ、そしてコミュニケーションが好きであるということだそうです。

「自然保護官は自然とだけ向き合っているのではなく、自然と関係する人々との間に立ち、多くの人の要望を尊重しながら保全活動にあたります。開発などの相談をいただく際にも、相手の意図を汲み、その上でこちらからの要望も正しくお伝えするというコミュニケーションが求められる。人と話すのが好きな人にこそ向いている仕事だなと感じます」

多くの転勤、配属先での知識の習得、少数精鋭で行う膨大な調整業務。自然保護官としてはたらく上での苦労は数多くありますが、それに勝る魅力があるのだと仲山さんは続けます。

その魅力とは、大好きな自然に関わる仕事であるということ。それこそが、仕事の原動力になっているのです。

「大好きな自然の中で、自然を守るためにはたらけることはほかの何にも勝る喜びですね。将来にわたってより良い環境を築いていけるよう、頑張って調整業務にあたりたいと思います(笑)」

(文:飯嶋藍子 写真:N A ï V E)

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