元ヤンから日本一バズる公務員に。高知ゆるキャラで、ふるさと納税額200万から34億へ。

2024年10月16日

頭に鍋焼きラーメンをかぶったキュートなカワウソ「しんじょう君」。高知県にある須崎市新荘(しんじょう)川で、最後に確認されたニホンカワウソにちなんで生まれた、須崎市の公式キャラクターです。
誕生したのは、2013年のこと。SNSで人気に火がつき、4年後にはゆるキャラグランプリを制覇するなど、ゆるキャラ界のスターダムを駆け上がりました。

その生みの親は、同市の元職員・守時健(もりとき・たけし)さん。手がけた当時は大学卒業直後、新卒26歳のことでした。
入庁当時から、市役所きっての“変わり者”。やがては「ふるさと納税」の額を200万円から34億円に急増させ、「何もない」「終わってる」と言われていた町の景色を一変させるに至ります。
まさに順風満帆なキャリアのように思えますが、実は波乱万丈の過去が隠れていました。

ヤンキーから心機一転、独学で関西大学へ

1986年に広島で生まれ、岡山で育った守時さん。中学・高校時代は喫煙で停学になるようなヤンキーでした。教室に入れてもらえず、図書室で読書をし、バンド活動に明けくれる日々。高校卒業後は、愛知の自動車工場に勤めますが……。

「都会でバンドをやるぞーっつって辞めちゃいました。大阪に行ったけど、付き合う人間がどんどんしょうもなくなっていって。『あっ、自分がバカだからだ!』って気付いたのが20歳のとき。それで、独学で猛勉強して大学に入ったんです」

現役から4年遅れで入学したのが、関西大学の社会学部。推測統計学を学び、まじめに単位をとりながら、廃墟の撮影や探報を行う“廃墟部”も結成します。

「廃墟のつながりで、産業遺産にまつわるNPOにも所属していました。そういう意味では、やや町おこしに近いこともしていたのかな?でも、正直に言えば1ミリも興味がなかったですね、当時は」

これまでのくすぶりを取り返すような、華やかな大学生活に夢中だった守時さん。Twitter(現X)も大の得意で、ちょっとした呟きでバズることも日常茶飯事でした。

“面接必勝法”で会場をザワつかせた就活

のちに守時さんが大旋風を巻き起こすことになる高知県・須崎市との出会いは、在学中に当時の恋人のふるさとへ遊びに行ったのがきっかけでした。

「そこで、酔ったおばあちゃんが祭りのステージに乱入して捕まるのを目撃し、みんな大学生みたいなノリで生きているぞ!と思ってすぐ気に入りました。楽しい町という印象は今も変わりません」

そして、町の面白さに惹かれて引っ越した須崎市で、就職先として選んだのが市役所でした。

「はたらく場所の選択肢が、須崎市には銀行か市役所しかないって思い込んでいたんですよ。ぼくの“面接必勝法”は、『面接官より詳しかったら勝ち!』。このときは、面接前に市役所で閲覧できる議会の議事録を6年分くらい読んでいきました。

何が起こったかを知っていたから、何を聞かれても答えられたし、なんならこっちから町おこしの提案をしまくりました。『須崎をスゲー町にするんです!』って」

こうして守時さんは、26歳で須崎市役所に入庁を果たしたのでした。

企画部に配属 “超公務員”の伝説のはじまり

「須崎をスゲー町にする」。そう胸に秘め、2012年から須崎市役所ではたらきはじめましたが、周りから聞こえてきたのは「この町はもう終わっているから」という言葉。税収よりも借金が多く、財政破綻の恐れがある町だったのです。

「何か面白いことやるんじゃない?」という期待から企画部に配属された守時さんは、3カ月後、70ページにわたる企画書を出しました。内容は、ゆるキャラを使った情報発信の提案です。

「どこかのメディアに須崎市を取り上げてもらうのを待つのは正直しんどい。勝算があったわけではありませんが、自分たちの言いたいことを聞いてもらうためには、ゆるキャラを使ってTwitterで発信するしかないと考えました」

守時さんがリニューアルを提案する前の「初代しんじょう君」

当時の上司の応援もあり、2カ月で企画の実施が決定。「良いぞ、やれやれ!」という声援がある一方で、周囲からは「ゆるキャラブームはもう終わったやろ。何しとるん?」という冷めた声も。

しかし、守時さんは動じることなくキャラクターをリニューアルし、晴れてしんじょう君がデビューしました。

「手応えを感じはじめたのは、誕生から半年後です。しんじょう君がTwitterを始め、ブログを書いたり、イベントに出たりして過ごすうちに、ファンからプレゼントをもらえるようになったんです。

わざわざ会場まで贈り物を持ってきてくれる。これはすごいことだ!と思いました。目の前にいるこの人たちを大切にしよう、それがぼくらの役目だ、と決めたのもこのころです」

毎日心が折れていた……壮絶な舞台裏

ファンは増え続け、次第に発信力もつき始めたしんじょう君のSNS。ご当地名産やふるさと納税の情報を投稿するようになると、須崎市のふるさと納税の額はうなぎ上りとなり、しんじょう君の活躍が地域に還元されるようになりました。
しかし、その舞台裏は怒涛の日々でした。

「心なんて1日1回は折れていましたね。毎日のように各地へ出歩き、海外にも遠征するというはたらき方に前例がないので、庁内でもよく揉めましたし。普段の格好でテレビに出ると『あのチャラチャラした公務員はなんだ』という苦情を受けることもありました」

さらに、守時さんの仕事はしんじょう君の運営だけではありません。商業、工業、観光、移住・定住、地域おこし協力隊にまつわることなど、さまざまな業務がありました。すべてを投げ出したくなることはなかったのでしょうか?

「ありませんでした。変な使命感と執着があって、この町の1%くらいはぼくの肩にかかっている、って本気で思っていたんです」

とはいえ、ほかのゆるキャラの人気ぶりを見て落ちこむことも。とくに打ちのめされたのは、同じく四国出身で香川県が誇る「ツルきゃら うどん脳」でした。

「千葉県船橋市の『ふなっしー』もそうですが、彼らが登場すると自分たちの周りから人がバーッと消えていくからすぐに分かるんです。はじめて彼らの人気ぶりを目の当たりにしたときは『こんなキャラクターたちと競わなきゃいけないの?』とビビりました」

ほかのキャラの人気に圧倒されるばかりでしたが、ある日、転機が訪れます。

「配信で偉い人たちがゆるキャラについて対談しているのを見たんです。あれ、自分の方がちゃんと分析できている。もしかしてぼくって業界の最先端行っているんじゃない?と、ちょっと自信がつきました」

そして走り続け、2016年、しんじょう君はゆるキャラグランプリで優勝を果たしました。かつてはライバルだったうどん脳とも今では「超仲良し」。“ゆるキャラ戦国”を戦う友として、良いお付き合いが続いているそうです。

市役所を離れ、町おこしの地域と規模を拡大

守時さんが入庁して10年目。新たなステージへと進むときがやってきました。

「2020年2月に市役所を退職しました。本来は異動が多いはずの職場で唯一、ぼくは一度も部署を異動していなかったんですよ。やっていることは属人的な業務だと自覚する一方、特別扱いにならざるを得ない状況は、組織として健全ではないように感じていました。
何より、自分のやりたいことは市役所の枠組みより、民間で行った方がスピードも速く制約も少ないと判断したんです」

こうして立ち上げたのが、全国各地のふるさと納税をはじめとする地域活性化事業をサポートする会社・株式会社パンクチュアル。当時の上司と相談し、しんじょう君の運営も守時さんが継続することが決まります。

“世界と戦える地域を作る”という理念を掲げ、地方創生にまつわる事業を展開し、創業5年目にして全国に営業所を20カ所、社員115人を抱える会社へと成長を遂げました。

今年2024年には新たに39人の新卒(第二新卒含む)を採用

京都府や静岡県沼津市など、いろんな組織や地域とタッグを組むことも。それぞれの地域が抱える課題や解決方法に触れることで、大量の知見が蓄積されつつあるのだそう。

「ただ、SNSもふるさと納税もゆるキャラも、いわばツールの一つに過ぎません。たとえば道の駅の運営など、ほかのことも合わせて総合的にテコ入れをする必要があります。その地域にぴったりの方法を考えて、トータルに提案するのがぼくらの仕事です」

故郷が増えていく!だから町おこしは面白い

もとは「1ミリも興味がなかった」はずの町おこし。なぜそこまでハマったんでしょう?そう尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「一つは、町おこしという仕事と自分の相性が良かったから。もう一つは、人と出会うことが面白かったから」

守時さんが地域の生産者にふるさと納税の返礼品の出品を依頼すると、だいたいは「あなた誰?」から始まるのだそう。

「最初は『ふるさと納税の出品なんてものに協力しなきゃいけないの?めんどくさい』って生産者さんから言われるんです。でも、実際にスタートすると『あれ、いっぱい売れた』『レビューがついてる!』『今度飲みに行こうよ!』と言ってくれるようになって。

須崎市に限らず、町おこしで関わった町が増えるたびに、ぼくを迎え入れてくれる人や場所も増えていく。そこで生まれ育ったわけでもないのに、まるで自分の故郷が増えていくような感覚になるんですよね。これがすごく楽しいんです。この仕事の1番面白いところですね」

2023年にはリニューアル10周年を迎えたしんじょう君。須崎の町は、この10年で大きく変わりました。

「いろんなところにしんじょう君のイラストがプリントされていたり、しんじょう君とコラボしたコンビニができたりして。
何よりうれしいのは、ぼくが関与していない部分でもしんじょう君を使ってもらい、いろんな盛り上がりが生まれていること。しんじょう君が有名になるほどふるさと納税の寄付金や須崎を訪れる人も増え、町が豊かになっていく。
いま、良い循環が生まれていると思います」

200万円の予算から34億円の税収を生み出し、「須崎をスゲー町にする」という面接での約束をみごと果たした守時さん。地域にもたらした成果はすでに十分に見えますが、「いや、まだまだこれから」と、ストイックな返事。

「ふるさと納税だけで言えば150億を町に還元しているところもあるんです。34億円なんて序の口。しんじょう君の国内の認知度は5%で、くまもんの認知度は80%くらいあるそうです。
ぼくらには、まだまだできることがある。常に時代の流れに対応し続け、みんなで豊かになっていきたいんです。そこにゴールはありません。力を尽くして挑戦し続ける、それだけです」

2017年「須崎アンバサダー」としてパリで開催されたジャパンエキスポにも出演したしんじょう君

(文:矢口あやは 画像提供:株式会社パンクチュアル/須崎市役所 元気創造課)

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ライター・編集・イラストレーター矢口あやは
大阪生まれ。雑誌・WEB・書籍を中心に、トラベル、アウトドア、サイエンス、歴史などの分野で活動。2020年に一級船舶免許を取得。

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