自死遺族を公表してはたらく理由「誰かの力になりたくて」気象予報士・椿野ゆうこが語る。

2025年12月9日

スタジオパーソルが運営するYouTubeでは、さまざまな業界ではたらく人の1日に密着し、仕事の裏側と本音を掘り下げる『晩酌まで1日密着』シリーズをお届けしています。

今回密着したのは、アイドルグループ『ひめもすオーケストラ』のメンバーでありながら、お天気キャスターとして『おはリナ!』(※)にも出演している気象予報士の椿野ゆうこさん。なぜ彼女はアイドルと気象予報士という、二つの異なる道を選んだのか。そこには、父親の自死というとても大きな転機がありました。

※『おはリナ!』は2025年11月現在、放送を終了しています。

数々の人生の困難を乗り越えた先に見えてきた、彼女なりの「はたらく」との向き合い方を探ります。

朝3時出社、リハなしぶっつけ本番。「アイドル×気象予報士」の舞台裏

午前3時。多くの人がまだ眠りについている時間に、椿野ゆうこさんは1日をスタートさせます。前日はアイドルとしてライブ出演のため22時まで会場にいたと言いますが、この過密なスケジュールも彼女にとっては日常。「寝起きで、すっぴんで恥ずかしいんですけど」と笑いながらテレビ局に向かいました。

出社後はまず天気図を確認。この日の台風情報を精査し、どの画面を使って何を伝えるかを判断していきます。気象情報は時々刻々と変化するため、準備していた画面が使えなくなることもしばしば。

「本当はこの台風の衛星画像を使いたいんですけど、そろそろ熱帯低気圧に変わりそうなんです。次の気象データ更新で変わってしまったらこの画像は使えなくなるので、その場合は天気図を使おうかと」

この日の出演時間は朝7時と7時台後半の2回。約4分間の天気予報を2本構成していきます。天気予報の進行表も自分で作成し、テレビ画面に表示する画像の順番を担当者に共有します。

この時点で本番まで1時間を切っていますが、椿野さんは必ず外に出て空を確認します。実際の空の様子や気温・湿度を確認しているのです。

「今この瞬間が暑いのか寒いのか、実際に雨がどう降っているのかを、自分で体感しておきたいんです」

報道フロアに戻ると、原稿を見ながら自分なりの言葉で話せるよう内容を練り直します。4分間という限られた時間の中で、天気図の解説にはじまり視聴者からの写真紹介までを、すべて分かりやすく伝えるための最終調整です。

さらに、鉄道運行情報などは常に更新され続けるため、出演ギリギリまで内容の修正が入ることも。本番が始まってからも、臨機応変な対応が求められます。実際にこの日も番組がスタートした瞬間、まるでタイミングを計ったかのように雨が降り始めました。

「リハーサルはないんです。いつもぶっつけ本番で」

準備から本番まで、予想以上に多くの業務と判断が詰め込まれた気象予報士の朝。本番を終えた椿野さんに、アイドル活動と並行してこの道を選んだ椿野さんの背景について、あらためて話を伺いました。

小学校の自由研究で天気にハマり、高校時代には長濱ねるにあこがれた

椿野さんが天気に興味を持ったきっかけは、小学校時代の自由研究でした。

「小学校のころの自由研究で気温のグラフを作ったのがすごく楽しくて。毎日ベランダに行って気温を測って、グラフにしていました。ずっと天気に携われたらいいなと思っていました」

中学時代は勉強が得意で自信に満ちていた椿野さんでしたが、進学校に入学すると状況は一変。優秀な生徒たちが集まる環境で、自分の立ち位置を思い知らされることになります。毎日がつらく、学校に行くのも嫌になってしまうほどに。

そんな椿野さんの心を支えたのは、当時『欅坂46』に所属していた長濱ねるさんの存在でした。進学校で挫折し自信を失っていた椿野さんにとって、長濱さんは希望の光だったのです。

「アイドルという存在にすごく救われたので、私も長濱ねるさんのように誰かを救える人になりたいと思いました」

高校3年生の夏、椿野さんは『乃木坂46』などが所属する“坂道グループ”の「坂道合同新規メンバー募集オーディション」に挑戦しますが、結果は不合格。しかし、アイドルへのあこがれと「誰かを救える人になりたい」という想いは消えません。

そうして「ひめもすオーケストラ」のオーディションに挑戦し、大学入学後の2020年、椿野さんはメンバーとしてアイドル活動をスタートさせます。

大学ではアイドル活動と並行して念願の気象学を学んでいた椿野さん。アイドル活動を通じて人前で伝えることの楽しさを発見し、お天気キャスターという職業に興味を持ち始めます。しかし、大学4年生のときに受けた気象予報士試験では、思わぬ現実に直面しました。

「これだけ天気にふれてきたし、天気のことが好きだから気象予報士試験にも受かるだろうと思っていたんですが、全然受からなくて。大学卒業後は就職せず、いわゆる“資格浪人”になり1年かけて勉強しました」

2024年、努力を重ねた末に椿野さんは、ついに気象予報士の資格を取得し、ウェザーマップでキャスターを務めることになります。

隠していた「父親の自死」を公表したのはなぜ?

夢をかなえた椿野さんですが、実は気象予報士になる以前に、「はたらく意味」をより深く考えるきっかけとなる人生最大の転機がありました。それは2021年、最愛の父親を自死で失ってしまったのです。

「すごく真面目で、仕事熱心で、素敵な父でした。でもきっと悩みを一人で抱え込んでいたんだと思います。父の変化に気付いてあげられなかった自分のことをずっと責めていますし、正直、父のあとを追いかけたい気持ちになったこともあります」

『ひめもすオーケストラ』のメンバーやファンなど、周囲に支えられながら立ち直ろうとしていたという椿野さん。やがて彼女は、自分の経験に新たな意味を見出すことになります。ファンの中に、自分と同じ自死遺族の方がいることを知ったのです。

「父が自死したとき、私は自死遺族の方のブログや記事を読み漁っていたんです。『世の中のすべての記事を読んだんじゃないか』っていうくらい。同じ立場の人がいると知るだけでも、すごく救われる気持ちになる。それを知っていたからこそ――」

それまでは父親の自死について「隠し続けていた」椿野さんは、2024年、意を決して自身が自死遺族であることを公表しました。

「『今度は私が誰かの力になれたら』と思い、公表したんです。そうすると、大切な方を亡くされ、同じような悩みを抱えている方が想像していた以上にたくさんいらっしゃることを知りました」

この体験が、椿野さんの「はたらく」価値観を根本から変えることになります。

「誰かのために役立てているなら、自分も生きている意味があるのかなと思えるようになりました。天気予報を通じて、お出かけの準備など、日常のちょっとした判断にもお役に立ちたいし、災害から身を守ってもらえるような、被害を防げる気象予報もお伝えしたい。私たちが伝える情報は、ときに誰かの命に関わることもあるので、日々その責任を感じています」

椿野さんの表情には、静かな決意が宿っています。「誰かのために」という想いが、彼女自身の支えになっている。椿野さんの真剣な眼差しの奥に、その想いの強さが垣間見えた気がしました。

■「はたらく意味が分からない」と悩む人たちへ

父親の自死というつらい現実を受け止め、今ではアイドル活動と気象予報士という、あこがれていた二つの仕事に従事している椿野さん。はたらくことにモヤモヤを感じる若者に向けてこう語ります。

「私は好きなことを仕事にできる環境にあるので、とても恵まれていると思います。ただ、やはり葛藤もあります。好きなことを仕事にすると、それを純粋に楽しめなくなる部分があって。ほかのアイドルを見るのが苦しくなったり、天気のことを考えると胃が痛くなったりする時期もありました」

椿野さんは、それでも好きなことに向き合い続けることの大切さを伝えてくれました。

「好きなことを仕事にするジレンマは私にもたしかにありました。でも考え方次第でどうにでも捉えられるので、まずは好きなことに一歩踏み出してみるのも一つの方法だと思います。

そもそも自分が本当に好きなことってなんだろうと迷ったときは、小さいころを振り返ってみるといいかもしれません。私の場合、昔は宇宙飛行士になりたくて今でも宇宙が好きですし、ケーキ屋さんになりたかったころには実際にアルバイトもしていました。小さいころのドキドキワクワクした気持ちには、『本当に好きなこと』のヒントが隠れているはずです」

曇りない笑顔で想いを語る椿野さん。彼女は今日も誰かのために空を見上げています。

※今回お伝えし切れなかったフルバージョンの動画はYouTube『スタジオパーソル』にて公開中

(「スタジオパーソル」 編集部/文:間宮まさかず 編集:いしかわゆき、おのまり)

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ライター/作家間宮まさかず
1986年生まれ、2児の父、京都在住のライター・作家。同志社大学文学部卒。家族時間を大切にするため、脱サラしてフリーランスになる。最近の趣味は朝抹茶、娘とXGの推し活、息子と銭湯めぐり。
著書/しあわせな家族時間のための「親子の書く習慣」(Kindle新着24部門1位)

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