ゾゾスーツへの再チャレンジ。担当者が経営会議で語ったこと
2020年10月29日、ZOZOは、3D計測用ボディスーツ「ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)2」を発表しました。
「ZOZOSUIT 2」では、旧モデル(以下、旧ZOZOSUIT)に比べ、計測解像度を大幅に改善。より精緻な身体の3Dモデル生成を可能としています。旧ZOZOSUITのような一般個人へのスーツ配布は当面の間行わず、計測テクノロジーを活用した新サービスを創出するパートナー企業を募集し、従来のファッション領域のみならず、それ以外のさまざまな分野における活用法を模索していくといいます。
ところで、同社が2年前に発表した旧ZOZOSUITも、画期的な計測テクノロジーと未来性が話題を呼びました。一方で「計測して服を買ったのに、サイズが合わない」という声も少なからず挙がるなど課題も多く、一度は製造・配布を終了しています。
それでも再び「ZOZOSUIT 2」の発表に至ったのは何故なのでしょうか。プロジェクト責任者である山田 貴康さんに、その舞台裏をオンラインで取材しました。
山田 貴康さん 株式会社ZOZO 想像戦略室計測プロジェクト 本部長
ベンチャー企業を退社後、某大手通販サイトを運営する企業で、エンジニアとして日本のECサイトの発展に尽力。その後自ら立ち上げた会社での事業運営を経て、2017年にZOZOに入社。これまでZOZOSUITプロジェクトの立ち上げや、海外での事業展開などを担当。現在「ZOZOSUIT 2」のプロジェクト責任者として活躍中。
旧ZOZOSUITが示した可能性
店舗に行かなくても、体のサイズを測って、それに合った洋服が買える──。
そんな新しい未来画を示した旧ZOZOSUITの門出は、華々しいものでした。SNSではスーツ姿を投稿する人が多く出現。自分の体を計測したユーザー数はなんと200万人以上にのぼり、ECビジネスの新たな形として、人々の注目を一身に集めました。
「反響は大きかったですね。『自宅でサイズを計測して服が買える』という世界観に対して、多くの方に共感をいただけたのではと感じています。ただ、その一方で課題が多く残ったのも事実です」(山田さん)
というのも、旧ZOZOSUITの社内的な狙いは、計測そのものではなく、自社プライベートブランド(PB)製品の購入に繋げることにありました。しかし実際には、話題性ばかりが先行し、なかなか購入まで繋がらないという課題に直面したのです。
また、正しく計測ができても、製造過程の課題があったり、そのほかにも旧ZOZOSUITの着心地などについて、ユーザーからは厳しい声も寄せられました。
“発注してくれた方に、なんとか正しいサイズのものを届けたい”。そんな想いのもと、サイズが合わないビジネススーツは社内で“お直し部屋”を設けて補正対応するなどし、旧ZOZOSUITのプロジェクトはなんとか完遂しました。プロジェクトからはさまざまな学びや発見があったといいますが、その1つに、ZOZO社内でもあまり知られていない事実があります。
「実は、未だに毎日数百人もの方が、旧ZOZOSUITを使ってご自身の体を計測されています。旧ZOZOSUITは1年前に配布を終了しましたが計測機能だけは残していて、それが今も使われているのです。PBの販売は終えていますから、当然洋服の購入目的での使用ではなく、フィットネスやヘルスケアの一環でご利用いただいているようです。」
また、同じく旧ZOZOSUITの配布を停止したアメリカでは、それと同時に計測機能も停止していました。しかし、アメリカのユーザーからは「お金を払っても良いからやめないでほしい」という声まで挙がったといいます。
計測に対するニーズは、確実にある。
社会からのニーズを信じて、旧ZOZOSUITの配布が終了した後も、社内では改善に向けた検討が続きました。
「正しさ」をどう表現するか
旧ZOZOSUIT改善の最大のポイントは、計測における精度、つまり「いかに正しく測るか」という問題です。計測ポイントはどこに置けばよいか、そのためにどんなマーカーを設置するかなど、チーム内で試行錯誤を繰り返しました。
「精度の向上については、旧ZOZOSUITのノウハウがあるので、もちろん苦労はありましたが、前回ほどではなかったと思います。しっかりと自信の持てる改良版を生み出せました。ただ、それよりも苦労したのが、向上した精度を『どう表現すべきか』という問題でした」
というのも、いかに正しく測れるかを数字で表現したとしても、実際の計測の際にユーザーが手足を動かすなどすると、どうしても計測には細かなズレが発生します。いくらその旨の注釈を付けたとしても、正確度の数字が独り歩きすることで、ユーザーには“何をしてもピッタリ”というような誤解を持たれてしまいます。すなわち、正確性はアピールポイントでありながらも、表現の仕方によってはそれがユーザー不信を招く事態になりかねないのです。
「正しさ」を適切に表現するには、どうすべきか。行き詰まった山田さんは、社外の研究所に出向きました。正しさをユーザーに伝えるには、自分たちの主張だけではない、客観的な”お墨付き”が必要と考えたのです。
そこでたどり着いたのが、「3Dレーザースキャナー」との比較でした。
ZOZOSUIT 2の特設ページにある、上画像のZOZOSUIT 2の紹介文には、正しさを比較で伝えるという試みに加え、作り手がどのようなプロセスで検証した結果なのかを示すことで、技術への透明性を高める工夫が盛り込まれています。また、比較においては外部研究所の3Dレーザースキャナーを用い、マネキンスキャンとの比較データを示すことで、正しさの客観性も表現することができました。
また、旧ZOZOSUITからどのような改善を行ったのかについても、わかりやすくビジュアル化して伝えることにこだわっています。全身に付された計測マーカーの数を、旧ZOZOSUITと比べて50倍に増やしたことを象徴的な比較画像で表現し、さらにマーカーのデザインまで細かく記しています。
自信のあるモノをつくるだけでなく、それがどうすれば他の人に伝わるのかまで考え抜くことで、ZOZOSUITの価値や可能性を再び世の中に発信するための礎を固めていったのです。
経営会議で取った意外な行動
山田さんには、もう一つ大きな悩みがありました。
それは、このプロジェクトの稟議を、社内でどう通すかという問題です。ZOZOSUIT 2の構想を本格的に社外展開するには、経営陣との合意が必要でした。
「旧ZOZOSUITには世の中から厳しいご意見も多くいただきましたし、その対応に関して、社内でも数々の苦労がありました。もちろんZOZOSUIT 2の完成度には自信を持っていましたが、そんな過去の体験がありながら再度ZOZOSUITにチャレンジすることを、役員にどう伝えるべきか、非常に悩みました」
経営会議にはZOZOの社員だけではなく、社外取締役も出席しています。山田さんが話したことのない出席者もおり、今回の企画がどのように受け止められるのか「本当に、まったく読めなかった」といいます。
それに加えて、ZOZOの経営会議は、コロナ禍のため、リモート会議システムを使って実施されていました。出席者の表情や空気を読み取るのも難しく、発表者は、自分が説明すべきことを端的に伝える必要があります。
どうすれば、自分の考えが伝わるか。山田さんは頭を悩ませました。
―――
そして迎えた、10月26日の経営会議。
自宅のパソコンの前で説明を開始した山田さんは、会議の冒頭、なんと、資料の映写を一度中断しました。
細かな文字やデータではなく、自らの口で、思いの丈を語りはじめたのです。
前回の旧ZOZOSUITプロジェクトでは、いろいろな方に気苦労をおかけしたこと。
しかし、今も毎日数百人ものユーザーが、旧ZOZOSUITを使って自分の体を計測していること。
ZOZOSUITは、ユーザーから求められている技術なのだということ。
改善に向けて、精度を向上させたこと。
それを正しく伝えるために、工夫したこと。
もう一度、ZOZOSUITを世の中に発信したいこと。
山田さんは、手元に台本まで用意していたといいます。
なぜ、そこまでして口頭でのメッセージにこだわったのでしょうか。
「資料になっていると、言いたいことがうまく伝えづらいのかな……と。聞き手の目の前に資料があると、どんなに口で説明されても文章を読み込んでしまいがちですし、話が頭に入ってきにくいのではと思いました。プロジェクトに携わる現場の想いも含めて、大事なことは、ちゃんと言葉にしようと考えたんです。
いくら自分たちが自信のあるサービスでも、それをどう評価するかは、社会でありユーザーが決めることです。社会に説明する第一歩として、社内の説明はとても大事。だからこそ、しっかり準備して臨みました。」
この想いが伝わったのか、役員の反応は好意的なものでした。会議内では、もう一度ZOZOSUITにチャレンジする意義や、前回培った計測テクノロジーをさまざまな領域で活用することの価値が役員同士でも話し合われ、大きな反対意見なく承認。その後急ピッチでイメージ動画の制作なども行い、無事、ZOZOSUIT 2の発表に至りました。
――
ZOZOSUIT 2では、改善した計測技術をどのように有効に使うことができるのか、自社だけでなく、ほかの企業と一緒に考えていくという方針が採られています。
プレスリリースではパートナー企業募集を前面に打ち出し、その結果、山田さんのチームの元には多くの協業打診が来ているそう。その業界はファッション領域に留まらずさまざまで、計測テクノロジーの新たな発展の可能性が生まれはじめています。
「ECビジネスのように、オンラインでユーザーのことを理解するのには、どうしても限界があります。でも、ZOZOSUIT 2によって、時間と場所を超えてもっと深くユーザーのことを理解できれば、解決できる課題がどんどん増えていくと信じています。
私は、そういう技術をもっと産み出し、世界に伝えていきたいです。外資系企業の躍進も脚光を浴びていますが、ZOZOSUIT 2は日本発のテクノロジーとして、自信をもってアピールできる技術だと考えています。だから、どんなに時間をかけてでも、チャレンジしていきたいと思っています。」(山田さん)
技術だけではなく、その先の「伝える」ことを大切にする山田さんらしく、
自らの想いも力強く言葉にし、前を見据えていました。
(取材・執筆:石山 貴一)
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