昭和のプリントグラスを再び──。復刻版「アデリアレトロ」が120万個売れた理由

2022年12月19日

昭和生まれの人なら誰もが懐かしむ、レトロな花柄や果物柄がプリントされたグラス。1819年創業のガラス食器メーカー・石塚硝子株式会社が2019年10月に発売した、昭和に大流行したプリントグラスの復刻版が「アデリアレトロ」です。

発売当時、SNSで拡散されたことから大ヒットしたアデリアレトロ。その売り上げ個数は、2022年10月で120万個を突破したといいます。

アデリアレトロを企画したのは、3人の若手女性社員たち。しかし、企画が採用されるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。

120万個ヒットの裏側には、彼女たちのどのような奮闘があったのでしょうか?企画の際に大切にしたことからSNSの活用方法、モチベーションの源となった存在まで、その舞台裏を探ります。

エゴサーチで見つけた、コアファンの存在

石塚硝子に11年前から勤務する杉本光さんは、アデリアレトロの立案者の一人です。杉本さんは「企画グループ」にデザイナーとして所属し、新商品の企画・開発・提案に携わっています。

2018年の春ごろ、石塚硝子では、ニッチな市場に向けて新商品を企画・開発する「コアルート開拓プロジェクト」が始動。そのプロジェクトに、当時20代だった杉本さんは、同じ20代の女性社員2人とともに任命されました。3人がまず行ったことは、自社の食器ブランド「アデリア」を、Instagramでエゴサーチすることでした。

「自社の製品のどんなところに皆さん興味をもってくれているんだろう?と『#アデリア』で検索したら、現代のアデリアではなく、昭和当時に生産されたアデリアのヴィンテージグラスの写真が、思いのほかたくさん投稿されていたんです」

杉本さんたちはこの時、「昭和レトロなデザインは、今すごく市場価値があるんだ」と気付いたといいます。

現代のアデリア食器の一例。基本的に柄はなくシンプルなデザインで、約2,000もの種類がある
アデリアレトロは、約50年前に廃番になったデザインを復刻したもの

SNSの投稿を目にした時点では、コアなファンがどれだけ存在するのかまでは把握していませんでした。ただ、杉本さんたち3人は、自宅にレトロな雑貨を飾ったり、昔ながらのデザインの食器を趣味で集めたりするほどの「昭和レトロ」好き。「可愛いからきっと売れる」と、企画会議で復刻板の商品化を提案しました。

しかし、50〜60代の男性上司5人ほどから、時代遅れだと却下されてしまいます。その理由として、「昭和当時のアデリアにコレクターがいることは知っているが、人数が少なすぎるのでは」という懸念がありました。彼らの中には、当時の企画・開発に携わった人もいたといいます。

「いかに社内で企画を通すかが私たちの課題でした。『昭和レトロなデザインに今もニーズがある』ということを、客観的に証明できるような企画書づくりが必要だったんです。それで、Instagramの検索結果からデータをまとめることにしました」

具体的には、まずInstagramで「#アデリア」と検索をかけ、ヒットした約3,000件の投稿の中から他社の製品を除き、その中から昭和当時のアデリアのプリントグラスを見つけて数を数えていきました。

「ぱっと見て『うちの製品だ』とすぐ分かる定番の柄も多い一方で、マイナーな柄はうちの製品かどうかがわからなくて……。一枚一枚、昔のカタログを見ながら地道にチェックしました」

すると、約3,000件の投稿のうち約7割が、昭和当時のアデリアのヴィンテージグラスの写真だとわかったのです。

社内にはすでに昭和当時のデザインの現物が残されていなかったため、昔のカタログと見比べて投稿数を数えた

さらに杉本さんたちは、「これだけの人が興味をもっている」という裏付けを取るために、ヴィンテージグラスを扱うアンティークショップや古物市を取材し、レトロ好きな人たちの声を集めました。すると、「昔のデザインをぜひ復刻させてほしい」という声があり、その市場価値が高いことを再認識したのです。

さまざまな角度からの調査結果を企画書にまとめ、復刻を再提案した3人。ところが、やはり上司たちの中では、「昭和レトロなデザインが売れること」への疑問が晴れない様子でした。杉本さんは、当時の心境を振り返ります。

「正直、自分たちの感覚が間違っているのかな……? と自信が揺らぎました。でも、2人の女性メンバーとは『この企画やっぱりいいよね』『方向性、間違ってないよね』と感覚を共有できたんです。そのおかげで気持ちを立て直すことができたので、チームメンバーと話し合う時間はすごく大事だったなと、今振り返ってみても思います」

杉本さんは、決してあきらめることなく、企画書を書き直しては、上司に提出。すると、上司の中の一人がこう言いました。

「これだけ若手が頑張って調べて提案をしているんだから、一度チャレンジしてみよう。失敗したっていいんだから」

こうして杉本さんたちの企画は、「まずは数量限定のテスト販売から」という条件つきで、承諾を得たのです。杉本さんは当時の心境をこう話します。

「テスト販売が決まった時は、『やっと商品を世に出せる!』という嬉しさと『どこまで売れるだろうか』という不安と、両方の気持ちがありました」

4年で120万個突破の大ヒットへ

その後、石塚硝子が全国の20〜39歳の女性300人に取ったアンケートでは、9割以上が、「レトロ」という言葉に好意的なイメージを抱いていることがわかりました。この年齢層は、生まれた時からデジタルに触れて育ったデジタルネイティブ世代。昭和レトロの温かみのある雰囲気が、彼女たちにとっては目新しいのです。

一方で、「レトロなデザインは好きだけれど、新品の食器のほうがヴィンテージ食器より安心して使える」という声も約9割に上りました。ヴィンテージ食器は高価なため壊してしまう不安があること、中古の食器は衛生面で抵抗があることなどが主な理由です。

そこで杉本さんたちが考えたのは、レトロ感を再現した新品の食器を、リーズナブルな価格で提供すること。

Instagramで「再会チャレンジ」と称し、当時のヴィンテージグラスを所持するファンを募集して現物を借り、デザインの参考にしました。ファンからは、「なんてわくわくする企画なのでしょう」と感謝する声も届きました。

「昭和当時ならではの“印刷のズレ”まで再現したり、パッケージ(箱)に、昔のカタログに使われていたフォントを元につくったロゴを印字したり……。細かいんですけど、新品でも、昭和レトロな世界観を崩さないことにこだわりました」

2018年11月、小コップ・小コップペア・ボンボン入れの3種類が、500個限定でテスト販売された「アリス」。価格は1個850円(税抜)から

テスト販売を開始する少し前のタイミングで、アデリアレトロの公式Instagramアカウントを開設。発売日には「アデリアレトロ、ついに本日より数量限定で発売です」のコメントとともに、「拡散希望です」と記載し、アデリアのファンに積極的に拡散を呼びかけました。

するとそれが、「純喫茶コレクション」というSNSアカウントで約6万人のフォロワーをもつ難波里奈氏の目に留まりました。難波氏はもともとアデリアのファンだったといい、2019年1月、彼女のトークショーでアデリアレトロの食器が使用されることになりました。

さらに、当時ブームとなっていた「純喫茶」とのコラボレーションや、SNSでのプレゼント企画などを通して、アデリアレトロの認知度は徐々に高まっていったのです。

現在は、全14柄、12種類以上のプリントグラスやボンボン入れを展開するアデリアレトロ。興味深いのは、購入者の約7割が、ネットショップではなく実店舗で購入している点です。

「アデリアレトロのファンの方には“実物を見て買いたい”という方が多く、百貨店や雑貨店、書店の雑貨コーナーなどで購入いただいています」

2021年10月には、新たに「喫茶アデリア—ノ」という喫茶店とのコラボレ—ションイベントを開催し、店内でアデリアレトロの販売も行いました。

昭和に大流行するも、廃番になったプリントグラス

「普段から消費者の目線に立って、自分が『お金を出してでも買いたいな』と思える商品をつくろうと考えていますが、やはり直感は大事だなと感じます。ただ、直感でいいアイデアを思いついたら、次のステップとしては客観的なデータ集めをすること。市場のニーズを調べたり、『今の世の中に合っているのか』を考えて、データに基づいて一つひとつ丁寧に考えてつくっていくことが大切だと思います」

杉本さんは企画が採用された理由をこう振り返ります。

2年11カ月で120万個の大ヒットを遂げたアデリアレトロ。ただ、そもそもなぜ上司たちは、杉本さんたちの企画に懸念を示していたのでしょうか?そこには単純な「世代間ギャップ」だけではなく、アデリアの歴史が深く関係していました。

石塚硝子の愛知本社 ハウスウェアカンパニー 市販部 販促マーケティンググループ 広報チームの川島 健太郎氏は言います。

「昭和期のアデリアが発売された時代は、世の中が消費意欲に溢れていた高度経済成長期まっただ中。第2次ベビーブームが起きたのもこのころで、家族向けにリビング・ダイニングのある住宅が増え、それまで畳にちゃぶ台を置いて、湯呑みで飲み物を飲んでいたような食卓が、急激に洋風化しました。

ガラス食器の需要が増えたことで、弊社のアデリアも爆発的に売れ、今回アデリアレトロで復刻されたような花柄のプリントグラスは『放っておいても売れる時代だった』と聞いています。おそらく今とは比にならないぐらい、何百万個と売れたのではないでしょうか」

ところが、昭和40年代のアデリア発売から約25年後、バブルの時代が到来。「デコラティブで煌びやかなデザイン」が好まれるようになり、素朴な花柄は売れなくなったといいます。アデリアのプリントグラスは、次第にカタログから姿を消し、廃番になりました。

こうしたアデリアの歴史があるため、当時を知る上司たちにとっては、「既に売れなくなったデザイン」という印象が強かったのでしょう。

「僕ら50代以上の昭和世代は、どうしても“昔の流行”という目線で見てしまいますが、彼女たちは実際に体感していないからこそ、新鮮に感じることができた。今回のようなことは弊社にとっても初めてで、3人にはとても感謝しています」(川島氏)

川島氏は、アデリアレトロのヒット要因を「SNSの力」と「熱烈なファンの方の存在」の2つが大きいと話します。

実は杉本さんたち3人は、もともと「お客さまに商品を見てもらい、購買につなげるためのツール」として、InstagramをはじめとするSNSを活用していました。それが次第に、ファンから「もっとこんな商品がほしいです」「もっとこうしてください」という要望が届くようになったのです。

杉本さんいわくそれは、「商品を企画する立場からすると、とてもありがたいこと」。以来SNSを、「お客さまとコミュニケーションを取るためのツール」として考えるようになったといいます。

「アデリアレトロは、ファンの皆さんの声からできた商品です。これからも皆さんと一緒に商品をつくる気持ちで、楽しい企画をたくさん実施したいですね。弊社はガラス食器のメーカーですが、実は最近、食器以外にも『昔のカタログを再販してほしい』といった声もいただくんです。“ガラス屋だからガラスしかつくらない”のではなく、『ファンの方々に喜んでもらえるかどうか』を大事に、いろいろな商品をつくっていきたいです」(杉本さん)

(文・原 由希奈 写真提供:石塚硝子)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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