YouTubeで参拝、カフェを併設……築地本願寺がつくる仏教の新常識
なんでもオンラインになる時代、いよいよお寺もオンラインに。東京・築地にある浄土真宗本願寺派築地本願寺ではコロナ禍のなかで「オンライン法事」を開始。お寺とZoomでつながり、一周忌や三回忌などの法事を自宅から参拝できるそうです。
本当に良いのか、躊躇してしまいそうなお寺のオンライン化を進めている中心人物が築地本願寺代表役員で宗務長の安永 雄玄さん。安永さんは銀行員、ヘッドハンティング企業の社長を経て、僧侶となった異色のキャリアを歩んできた人です。安永さんに仏教のニューノーマルについてお話を聞きました。
“YouTube参拝”が、お寺への参拝者数を超えた
──コロナ禍の中で、築地本願寺では「オンライン法事」をスタートさせました。仏教の教えとしては「法事は対面じゃなきゃいけない」ということはないのですか。
もちろんありますよ。対面が一番良いし、築地本願寺へお越しいただきたいと強く思っています。多くのお寺の住職も「そんなことしない」と思っているでしょう。私も最初は画面越しではありがたさが伝わらないのではと思っていました。
「オンライン法事」では築地本願寺でお経を唱える様子を、Zoomで自宅から見ていただくことになるのですが、不思議と皆さん慣れてくるんですね。会社でビデオ会議が一般的になったのと同じです。
教義を伝えるのがお坊さんの役目。だとすれば、伝える手段はなんだって良いじゃないですか。私はここ数年、「これからはバーチャルテンプル(寺)だ」と言い続けてきました。
──「バーチャルテンプル」ですか。
お寺も時代に合わせて変化していかないと、若い人に仏教を知っていただけない。知っていただけないことには、信仰も何もありません。そこで、皆さんがお寺に来られないならWEBでやるしかないと。
なかなか周囲からの理解を得られなかったのですが、コロナがきっかけで一気にオンライン化が進みました。「オンライン法事」のほかには、お寺の行事や朝のお勤めなどをYouTubeで配信しています。早朝7時からのお寺の参拝者は1日約40~50人なのですが、YouTube経由での参拝だと約200人。YouTubeでの参拝の方が多くなりました。
──仏教って「伝統を変えずに守らなきゃいけない!」という考え方かと思っていました。
仏教の中でも浄土真宗は、特に変化し続けてきた宗派です。宗祖の親鸞聖人から7代目まではそこまで大きな宗派ではありませんでした。しかし、8代目の蓮如上人が南無阿弥陀仏──と、紙に書いて何百枚と門徒に配るという、当時としては革新的な布教活動をしたんですね。それによって、これまで仏教とは縁遠かった商人や農民も門徒にして、一大勢力となりました。
つまり、革新の結果として残ってきたものが、伝統をつくるのです。時代によって形が変わっても、本質は変わらない。企業でも、創業者の没後もそこに根付いた経営理念は残りますよね。
会社経営者だった自分が、気づけば僧侶に。異色のキャリアを歩んだ理由
──先ほどからベンチャー企業の経営者とお話しているような感覚です……。安永さんはなぜ僧侶になられたのでしょうか。
私は大学卒業後に都市銀行に入行し約22年、その後に人材ヘッドハンターとして15年はたらきました。最初の4年は外資系ヘッドハンティング企業ではたらき、その後11年は島本パートナーズの代表として勤めていました。
結局私がはたらいていた銀行(三和銀行)の名はなくなってしまったわけですが、サラリーマンとして満たされない気持ちを補うために、仏教を学ぼうと中央仏教学院の僧侶を養成するコースに3年間通っていたんです。
基本的に卒業した方は得度(仏門に入り僧侶になること)するのですが、私はあくまで教養を身につける目的で入学しました。当時はほかにコーチングの勉強もしていて、同じような感覚で仏教も勉強していたんですが……。
学びはじめると仲間ができるじゃないですか。その仲間たちが皆得度すると言うので、私も一緒に得度したんですね。そのときは、まさか僧侶になるつもりはなかったけれど(笑)。
しかし、その後に縁があって大学の先輩のお寺を手伝うことになって、会社を経営するかたわら副住職になりました。それが職業としての「僧侶」のスタートです。
──副業として僧侶をされていたのですね。
そうですね。当時、平日はヘッドハンター、土曜日はグロービス経営大学院で教員、日曜日に副住職と、三足のわらじを履いていました。
──それぞれまったく違う業種ですね。そこからどのような経緯で築地本願寺の宗務長になったのでしょうか?
このような経歴なので、「おもしろいやつがいる」ということで、最初は経営のあり方に提言をするいわば社外取締役としてお声がけいただきました。
当時の築地本願寺はさまざまな課題に直面しており、それに対応するためのプロジェクトがはじまりました。その中で特に若い方へのアプローチを全然行なっていなかったので、私はこのままではいけないと組織改革を提案しました。ありがたいことにプランは受け入れてもらえたのですが、その担い手がいない。
そこで、「あなたがつくった改革案なのだから」と、私に白羽の矢が立ったんです。その時に「これは仏様に呼ばれているな……」と、腹をくくりましたね。
同時に、職業としての「僧侶」もすてきだと感じていました。お寺の世界にはいわゆるプロ経営者はいませんから、自分がこれまで培った能力や経験を発揮できるとも感じていました。
ただ……、読経などのお勤めだけは、ビジネスの経験が活かせない(笑)。お寺で生まれ育ち、専門の学校を出てずっと修行してきた僧侶たちにはかないません。宗務長は寺院運営のトップではあるものの、同時に私はまだまだ修行中の身でもあります。
──ビジネスの世界から僧侶のリーダーになったわけですが、周囲から反発などはなかったのでしょうか?
京都のご門主や宗派経営のトップ層は、私と同様の危機感を持っていたので、そこまで大きな反発はなかったと思います。
現に築地本願寺にお参りされる方の8割は60代以上の方々です。小さな子どもが遊びまわっている、というような光景がないんですよ。このままでは、20年後には誰もお寺にお参りをする人がいなくなってしまいます。そうなれば、800年以上続いた宗派であっても、滅んでいくだけです。
都市のライフスタイルにあったお寺へ。事務方もペーパーレス化
──そうした課題意識を踏まえて、これからの仏教、僧侶の役割を伺えますか。
どれだけテクノロジーが発達しても「人はなぜ生きるのか」に対する科学的な答えはありません。ですが、そうした大きな問いにも、宗教とりわけ仏教や哲学ならば答えることができます。現代という不安な社会を生きていけるよう、一つ一つ皆さんの期待に答えていくことが求められているのだと感じます。
そのために、まず私たちは仏教を伝える方法を現代に合わせてアップデートさせていかなければなりません。仏教でもこれまでその時代に合わせて何度も行われてきたことなんですね。
築地本願寺は、現代の都市型のライフスタイルに合った新しいお寺を目指しています。これまでは自分たちは変わらず、皆さんがお寺に合わせることが前提になっていました。しかも敷居が高いのです。
しかし、そうではなく、敷居を低くして、お寺から皆さんに歩み寄っていかなくてはいけない。
そこで、気軽に仏教グッズが買えるお土産屋、本屋、カフェをつくり、誰でも手軽に申し込めるようなお墓の交付も始めています。
ちなみに、変わらなくてはいけないのは自分たちも一緒。お寺の事務方では、ペーパーレス化、フリーアドレス、フリーアクセスなど働き方改革を推進しています。最初は不満の声もあがりましたが、今では昔どう働いていたかを思い出せないほど浸透してます。
ビジネスパーソンこそ、日本の伝統思想を身につけよう
──「スタジオパーソル」は「はたらく」にフォーカスしたメディアです。多くの人が考える「なぜ人は働くのか」という問いに対しては、安永さんはどのようにお考えですか?
なぜ生まれ、死んでいくのかにも通ずる、根元的な問いですね。その答えを一言で表すことはできませんが、人生観を養う思想を学んでみてはいかがでしょうか。
たとえば、お坊さんに話を聞いて仏教思想に触れてみる。あるいは自己啓発本、中でも古典に触れるのが良いと思います。陽明学や朱子学の古典では「どのように生きるべきか」が紐解かれています。
日本の伝統的な思想を身に付けていればどんな時代が訪れても大きく惑うことはありません。現代の問題も「昔の人ならこう考えるだろうな」と解釈することができます。そういう構えを身につけることが大事なのではないでしょうか。
──自分と向き合うためのヒントが、日本の宗教や伝統的思想の中にあると。
はい。それは決して、宗教的に生きなければいけないというわけではありません。あくまで、自分の考えの基盤をつくるために宗教的なものの見方を学ぶことが大事なのです。
そうすれば、きっと「自分はなぜ働くのか」という問いの答えを見つけることができるはずです。
ニューノーマルのはたらき方のヒント
●本質はそのままに、スタイルは柔軟に変える
●時代が変わっても、人間の悩みは変わらない。ヒントは伝統や古典の中にあるかも!?
(文/高橋直貴 撮影/河合信幸)
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