「耳を傾けてもらえる言葉を発信できる人でありたい」気象予報士・國本未華さんが語る、天気予報ができるまで

2021年6月2日

「今日は何を着ていこうかな」「折り畳み傘は必要かな」「花粉対策はどうしよう」……。毎日のなにげない疑問を解決してくれる気象予報。朝は今日の天気を、夜は明日の天気をと、当たり前のようにチェックしている気象予報をわかりやすく組み立て、伝えてくれるのが気象予報士です。

今回お話を聞いたのは、気象予報士の國本未華さん。早稲田大学在学中から気象予報士になるための勉強を始め、2009年気象予報士試験に合格。同年7月からお天気キャスターとして活躍し、現在はTBSテレビ「Nスタ」の気象キャスターを務めています。

合格率約5%と言われる難関試験をくぐり抜けなければならない気象予報士のお仕事。毎日の「わかりやすさ」の裏側には、どんなエピソードがあるのでしょうか? 國本さんに仕事のスケジュールや、仕事への想いについて伺いました。

全国に1万人以上!気象予報士というお仕事

――気象予報士といえばお天気キャスターのイメージが強いですが、どのようなお仕事なのか教えていただけますか?

気象予報士はイメージの通り、移り変わる天気の予想全般に関わる仕事です。

私がやっているお天気キャスターのほかに、特定の業界、たとえば農業向け、建築向けの天気予報をする仕事もありますし、天気予報の原稿を執筆して地方局に送る仕事、天気に関する執筆活動をしている方もいます。私も以前一度担当したことがあるのですが、ドラマの天気に関するシーンが正しいかどうかの監修も、気象予報士の仕事です。決して広くはない業界ですが、さまざまなお仕事がありますね。

現在気象予報士の資格を持っている人は全国に1万人ほど(2021年3月12日現在10,840人)いますが、趣味として持っているだけで仕事には活かしていないという方もいらっしゃいます。

――國本さんもお天気キャスター以外のお仕事をしているのでしょうか?

講演会やイベントに講師として呼んでいただくこともあります。以前講師で参加した子ども向けのお天気教室がとても楽しかったので、2019年の夏と冬に自ら企画したお天気教室も開催しました。雲を作る実験をしながら雲はなぜできるのかを解説したり、実際に空の様子を観察してもらったり。子どもたちに天気予報の原稿を書いてもらって、みんなの前で発表したりしました。

雲を作る実験はやはり大人気で、雲ができた瞬間「わあ!」という歓声が聞こえるのがうれしかったですね。親御さんには「シャッターチャンスですよ」と声をかけ、親子で楽しんでいただけたと思います。

お天気教室の様子

――自ら企画して、お天気教室を開催しているんですね。

子どものころに好きだったものや興味を持ったことへの思いって、大人になってもどこか心の中に残っていると思うんです。離れていた時間があっても、大人になって、ふとしたときに触れあうことで思い出したりすることがあるはずです。

実は私自身も幼いころに天気予報をみるのが大好きで今気象予報士をしているので、自分がそうであったように子どもたちに何か残せたらいいなという気持ちで企画しました。今はコロナ禍で開催できていないのですが、時期を見てぜひ再開したいと思っています。

合格率約5%! 難関試験を突破する秘訣とは?  「ゼロからでも夢は叶えられる」

――今お話にもありましたが、気象予報士になったきっかけを詳しく教えていただきたいです。

幼いころから、天気予報を見ながら、今日は何を着ていこうかなとか、どんな靴にしようかな、雨の日なら何色の傘を持っていこうかな、と考えるのが好きでした。

地図上に天気マークが乗っている図にも興味がありましたし、お天気を分かりやすく伝えてくれる、“お天気のお姉さん”のことも大好きで。心のどこかで「お天気キャスターになりたい」という憧れがずっとあったんです。

実際に気象予報士を志したのは大学で進路を決めるタイミングでした。大学内で開催される大きな企画に対して奮闘していた友人がいたんです。その企画は、彼女がゼロから作り上げた企画で、実際に大成功を収めました。その姿を見て「今なにもないゼロの状態からでも、夢は叶えられるんだ」と感じたんです。

それまでの私は「お天気キャスター」は、ただ憧れの存在で、自分には手が届かないものだと思っていました。でも、彼女のがんばる姿から刺激を受け、一歩踏み出せば何か変わるかもしれないと思い、勉強を始めました。

――気象予報士試験の合格率は約5%と、難関試験として有名です。どのように勉強をしたのでしょうか?

いろいろな勉強法があると思いますが、私の場合は気象予報士になるための塾に通いました。塾では先生がポイントを的確に教えてくれますし、とても熱意のある方だったので、コツコツと勉強を続けていけば、道が開けるはずと思えるようになりました。

勉強はちょうど就職活動と重なる時期でしたので、短期集中で行いました。日ごろからコツコツと勉強はしていましたが、直前の2週間でとにかく追い込み。1日10時間くらいはやっていたんじゃないでしょうか。

結果、私は1年目で気象予報士試験に合格することができ、縁あって気象会社(株式会社ウェザーマップ)に所属することに。会社を通じて各番組のオーディションなどを受け、お天気キャスターとして出演するようにもなりました。

お天気キャスターのスケジュールとは?災害時でも耳を傾けてもらえる言葉を

――現在はTBSテレビ「Nスタ」へ出演されていますが、1日のスケジュールを教えてください。

朝起きると、まず空を見て、自分の予報が実際に合っているかどうかを確認します。晴れや雨といった天気のほかに、雲の量や高さ、空の色が白っぽいのか、濃いブルーかなどをチェックするようにしています。

現在担当している「Nスタ」は夕方の番組なので、お昼ごろ出社。番組スタッフの方と打ち合わせをしながら、明日の天気をどのように伝えていくか、ポイントを絞っていきます。その後メイク、リハーサルを終えたら本番、という流れです。平常時は1日に3回出番がありますので、出番以外の時は裏に戻ってデータをチェックしています。

――出演時に視聴者に届けられる予報は、どのようにして作成しているのでしょうか?

1日2回、深夜1時ころとお昼の13時ころに気象庁から専門の天気図が配信されます。そこには上空、地上、そしてその中間層の湿度や風向きといった情報などが描かれていて、その天気図をもとに気象予報士が天気を解析していきます。

ちょうど今ごろの、梅雨のシーズンは予測がとても難しいですね。というのも、梅雨前線は天気図上では一本の線で描かれていますが、実際は立体構造なので、少しの湿り気や風の向きの違いで雨が降ったり、あるいは降らなかったりしてしまうんです。雨が降るか降らないかで気温も変わる。その微妙な変化を様々なデータから見極めなければなりません。

また、天気予報が視聴者の身近な生活に結びつくように、花粉の飛散状況や洗濯予報といったものも用意しています。「晴れ」だけでも、雲が多めの晴れなのか、湿度が低くカラッとした晴れなのかで洗濯物の乾きが違いますから。

――気象予報士として大変なことはどのようなことでしょうか?

そうですね、台風や大雨、大雪の時など、災害時は忙しくなります。特に台風が接近するときは1時間ごとに情報が更新されていきます。おのずと番組への出演回数も増え、スタジオで出演、裏に戻ってデータを確認し、また出演……という繰り返しになります。古いデータを誤って伝えてしまわないよう、情報のモレがないかを常に確認しなければなりません。

災害時の気象予報士の役割は、冷静に、かつ、的確に最新の見通しを分析することだと思いますが、私はお天気キャスターとして多くの人に情報を伝える立場の人間でもあります。

これまで災害時の報道に関わってきた中で強く思うことは、情報は、視聴者のみなさんの心に届いていなかったら意味がないということです。心が動かないと、危険から身を守る行動に結びつかないのではないかと思うのです。大雨によって状況が危険なことを理解して頂き、納得して頂き、そして避難行動に結びつけてもらいたい、そんな気持ちで仕事に向き合っています。

災害時にこそ視聴者の方に耳を傾けてもらえる言葉を発信できる人でありたいと思っています。

テレビの向こうの視聴者に、共感し、納得してもらえる言葉で伝えたい。

――最後に、國本さんが今後やりたいことや、仕事への想いを教えてください。

コロナが収束したら、今後全国各地での講演会をやっていきたいと思っています。これまでもいろいろな場所に呼んでいただき講演をしているのですが、やはり聞いてくださる人が目の前にいるのは新鮮で楽しいです。

いつもはテレビなので、テレビの向こうの視聴者さんのことは考えつつも、カメラに向かって話しています。目の前に聞いてくださる方がいると、相手の表情が見えますし、「この話は興味を持ってくださっているな」というのがわかるんですね。47都道府県で講演会をするのが目標です。

お天気キャスターとしては、先ほどの「耳を傾けてもらえる言葉を発信できる人」であるために、信頼して頂けるキャスターになるべく日々精進です。それと、言葉に感情をのせて伝えていくことも大切だと思っています。

以前、担当していた番組を卒業する日、ちょっとウルっときちゃって。最後の天気予報のコメントが涙声になってしまったことがありました。放送後にスタッフさんから「言葉がすごく胸に刺さったよ」と言っていただけたんです。

その瞬間に、やっぱり感情をのせて言葉を発すると、心に届くんだなということを感じたんです。すらすらと単調にしゃべること、よりも、伝えたいことをしっかり心に強く持って伝えていく。これは今後も意識していきたい大事なことだと思っています。

(文:山口真央 編集:高山諒(ヒャクマンボルト) 写真:佐藤詠美梨)

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