「正和堂」話題のブックカバー制作者に聞く “街の本屋さん”が挑むマーケティングの舞台裏

2021年9月9日

苦境に立たされている“街の本屋さん”を盛り上げたい――。大阪市鶴見区の書店「正和堂」から生まれたアイスキャンディ型ブックカバーが今、クラウドファンディングを通して、全国260店舗にまで広がりを見せています。

クラウドファンディングでは、目標を大きく上回る支援額が集まった

このブックカバー、SNS上で大いに拡散されたので目にした人も多いかもしれません。アイスキャンディを模したカラフルなカバーに、栞でアイスの棒を表現。実に愛くるしいデザインに仕上げられています。

SNSの反響から「全国からお客さまに来ていただけるようになりました」と語るのは、仕掛け人の小西康裕さん。その反響を出版不況に喘ぐ全国の書店にも広げようという、今回の取り組みの背景をお聞きしました。

街の書店が生み出した、来店のきっかけづくり

――個性的な取り組みで話題となった正和堂ですが、今年で創業51年の老舗なんですね。

そうですね。私の母方の家系が営んできた書店で、かつては大阪市内に3店舗あったのですが、出版不況の影響で2店舗を閉鎖せざるを得なくなり、現在は1店舗のみ運営しています。

現在の正和堂書店の外観

――小西さんが家業に加わったのはいつごろですか?

私は学生時代からアルバイトとして正和堂ではたらいていて、卒業後は別の企業に就職しています。副業が認められる会社なので、現在もその企業に勤めながら、休みの日だけ店を手伝っています。もっとも、最近は育児に追われ、その時間もなかなか思うように確保できずにいるのですが……。

――そんな中、オリジナルのブックカバーを作ろうと考えた理由は?

来店のきっかけづくりですね。

正和堂では、Instagramのアカウントを運用しています。もともとはおすすめの本を紹介する目的で開設したものでしたが、見てくれる人は少しずつ増えても、実際の来店にはまったく繋がりませんでした。

では、どうすれば来店動機につなげられるのかと頭を捻り、思い至ったのがオリジナルのブックカバーです。


――そのブックカバーの投稿が、大バズりしたのですね。今では正和堂のInstagramは9万人近いフォロワー(2021年9月現在)がいますが、これは街の書店としては驚異的ですよね。

ありがたいですよね。なかなか伸ばそうと思って伸ばせるものでもないと思うんですが、自分なりに投稿ごとの反応を分析して、取り上げる本のセレクトに反映させています。

たとえばうちの書店の場合、おすすめ本の紹介で自己啓発書を取り上げると、ほかのジャンルの本よりも顕著にフォロワー数が増えたり、「いいね」が多く付いたりする傾向があります。でも、だからといって自己啓発書ばかりを紹介するのではなく、実用書や小説などを適度にまじえて全体のバランスをとっています。

もしかすると、割り切って自己啓発書ばかり取り上げたほうが効率的なのかもしれませんが、書店としてはいろんなジャンルの本を知ってほしいですからね。

――そうして地道にフォロワーを増やしていき、オリジナルブックカバーでさらにブーストがかかった、と。 ブックカバーが引きになると考えたのは、実は原体験があるからなんです。2013年に催されたブックカバーのコンテストに、富士山をモチーフにしたブックカバーをデザインして応募してみたところ、これが採用されて、梅田のロフトで開かれた「約100人のBOOKCOVER展」というイベントで展示販売されたことがありました。これが非常によく売れたことが、今回の取り組みのヒントになっています。

――なんと、デザインもご自身で?

はい、自分でデザインしています。一応、私は美大出身なので、文章を書くよりもむしろ得意分野なんですよ。トータルでこれまでに20種類ほどのブックカバーを作ったと思います。

ブックカバーのデザイン作業中の小西さん(本人提供)

SNSマーケティングを成功させるコツとは?

――初めてオリジナルブックカバーを店頭で出しした際、お客さんからはどのような反応がありましたか?

当初は少量生産だったこともあり、SNSを見て希望される方にだけオリジナルのブックカバーを巻いていたので、店頭での反響はさほど感じませんでした。どちらかというと最初からSNSマーケティングの一環として作ったものなので、大半のお客さんには普通のブックカバーを使っていましたからね。

ただ、アイスキャンディ型のブックカバーがバズってからは、すごい勢いで拡散されて、こうしてメディアから取材依頼などもいただくようになりました。

――2017年から始めたSNSでの取り組みが、今まさに花開いたという感じですね。

でも、やはり難しいものだなと改めて実感しています。こちらが狙った通りに反響が得られることはほとんどなくて、過去の投稿が「え、今!?」というタイミングで拡散されたりしますから。どうすればバズるかというのは、いまだによくわからないですね。

――それでもこれだけ多くのフォロワーを擁するアカウントに育ちました。ずばり、SNSマーケティングを成功させるためのポイントはなんでしょう?

何よりも地道に続けることが第一です。そのうえで、二番煎じはやっぱりウケが悪いので、新しいアイデアを探したり、なるべく競合が少ないプラットフォームを探すなどの努力が必要でしょう。私がInstagramに目を付けたのも、2017年当時はまだ書店のアカウントが少なかったからでした。今ならTikTokなど動画系のSNSに可能性が残されているかもしれませんね。

あとは、とにかくトライ&エラーしかありません。ただしエラーといっても、目に見えて損をするエラーを繰り返すのではなく、いかにPDCAを回すかが勝負だと思います。

――PDCAを効果的に回すためには、最初に明確なP(プラン)が必要ですよね。

そうですね、つまり何らかの仮説を立てなければならないと思います。正和堂の場合でいえば、「なぜ来店動機に繋がらないんだろう」という疑問が最初にあり、そこで「見てくれる人は大勢いても、そのうち店に足を運べる圏内に住んでいる人はごくわずかに過ぎないのではないか」という仮説を立てました。

そこで、遠方からでも来てもらえるような施策が必要だと考え、過去の経験からオリジナルブックカバーで集客するアイデアに行き着いたわけです。

「競争よりも協業を!」 ブックカバーを全国へ

――ところで、大反響を得たアイスキャンディ型ブックカバーを全国の書店に広げようと、この春にはクラウンドファンディングも実施されましたね。

きっかけは、ネット上で「コロナで売上げが激減した」という書店さんの声を多く見かけるようになったことでした。その一方では、「正和堂に行きたいけど、コロナのせいで書店になかなか足を運べない」というお客さんの声もたくさんいただいていて、何かできることはないかと考えたんです。

そこで、アイスキャンディ型ブックカバーを全国の書店に広げれば、コロナ禍であってもみんな書店に本を買いに行くのではないかと思いつきました。ブックカバーを求める方にも届けられますし、一石二鳥です。クラウンドファンディングはそのための資金を調達する手段でした。

――結果、目標の100万円を超え、144万6,500円の資金が集まりました。アイスキャンディ型ブックカバーを取り扱う書店も260店舗に達していますが、この成果をどう感じていますか?

思っていた以上に資金が集まり、それに合わせて店舗数も増やせることになったのはうれしい限りですね。コロナ禍で街から人が消え、とくに郊外より都心の書店さんのほうが集客に悩まされている現状がありますが、「ブックカバーのおかげで客足が戻ってきた」という声もいただきました。

また、260店舗の中には大手書店のフランチャイズも含まれていて、「これまで自発的に何かを企画するようなムードはなかったけど、自分たちなりにオリジナリティを打ち出す必要性を感じるきっかけになりました」という感想もありました。いずれも本当に励みになる言葉です。

――いち書店が手掛けた取り組みが、こうして全国に広がっていくのはなんだか痛快ですね。

書店で展開されるキャンペーンの大半は、出版社が仕掛けるものなんです。だからこそ、メーカー目線ではなく、みんなで一緒にキャンペーンを仕掛けられたらいいな、という思いがありました。

それでもスタートする前は、果たしてこういうキャンペーンが成立するのか不安だらけだったので、コロナ禍の中でこうして一定の成果が得られたことにほっとしています。それに、実際にクラウンドファンディングをやってみて感じるのは、この出版不況においても書店を応援してくれる人が世の中に大勢いるということで、私自身も勇気付けられました。

弟の悠哉さん(左)とともに、書店内にて(本人提供、右が康裕さん)

――とはいえ、コロナも出版不況もまだまだ先行きが見えない状況です。今回の経験は今後、小西さんの活動においてどのように活かされるのでしょうか。

書店業界の苦境は待ったなしの状況ですから、新たな収益源を一刻も早く見つけなければなりません。その点では微かな光明ではありますが、ブックカバーが新たな可能性を示せたのは良かったと思っています。

今回のクラウンドファンディングの告知で私は、「競争よりも協業を!」と書いているのですが、これは本当は世の中の書店さんに向けた言葉でした。ところが蓋を開けてみれば、多くの読者の方がこの言葉に共感してくれて、それが応援の力にもなりました。書店同士の横のつながりもでき、お客さんとの接点も生まれたことで、このネットワークはぜひ今後のプロモーションに生かしていきたいと思っています。

今、ブックカバーの反響のおかげで、他業種とのコラボレーション企画もいくつかいただいています。まだまだやりたいことの1/10くらいしか手をつけられていない状況ですが、一つずつ地道に進めながら、自分なりに書店業界を盛り上げていきたいですね。

(写真提供:正和堂書店)

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ライター&編集者友清哲
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