全国各地に「ドンキ文字」を広めるPOPライター講師の役割

2022年7月25日

全国各地へ展開する総合ディスカウントストアのドン・キホーテ。どこの店舗を訪れても決まって目につくのは、手描きのPOPです。通称「ドンキ文字」を描くPOPライターは全国に約1,000名ほど。一店舗あたり1〜3名の担当者が存在します。

ドンキ文字を描くPOPライターは、ドンキ文字に特化した研修を通し、POP制作のスキルを身につけます。では、一体どのような人が講師を担っているのでしょうか。東日本一帯の新人POPライターへPOPの描き方をレクチャーする、ストアプロモーション本部 POPサポート部 エリアサポート課・松原純子さんへ伺いました。

2000年から「ドンキ文字」とともに歩み続けたベテランライター

──ドンキ文字といえば手描きのギュッと詰まったデザインが特徴ですが、このような手書きPOPはいつごろ誕生したのでしょうか?

誕生した時期は定かではないのですが、アミューズメント感を演出するため、以前から各店舗で手描きPOPが活用されていたようです。

正式にレイアウトやデザインがマニュアル化され、全国で描き方が統一されるようになったのは2001年。ドン・キホーテの全国展開・大量出店にあたり、属人的に伝承されてきたドンキ文字の指導を、研修制度として整備するようになりました。

松原さんが所属する「千葉POPセンター」。千葉県の店舗で使用するPOPの制作などを担う部署。

──松原さんがPOPライター講師として活動を始めたのはいつですか?

2000年の5月からPOPライターとしての仕事を始め、2003年からは在宅ライターさんや、近隣店舗の新人ライターさんに少しずつ個別指導をする役を担うようになりました。

本格的に「POPライター講師」として全国のライターさんを指導する立場になったのは2017年から。当初はPOPライターとして複数の店舗にPOPを納品する仕事も並行していたのですが、2〜3年前からは「研修に専念したいから」という理由もあって、POPライター講師の仕事一本に絞っています。

ドンキ文字で重要なのは「個性や癖を反映させないこと」

──POPライターの研修では、どういったことを教えるのでしょうか?

まずは基本的なドンキ文字の描き方から、天井付近に貼られるパネルボードを作れるようになるまで、一通りの作業工程をレクチャーします。新店舗のオープンにあたってPOP担当者が採用された時、私たちのような講師が店舗に赴き、直接レクチャーするんです。私は大きく東日本、北は北海道から西は三重県や愛知県を担当しているので、出張は多い方だと思います。

──研修期間は決まっているんですか?

1日につき8時間の講義を、計5日間行います。人によってはパソコンやスキャナを使えるようになるところからスタートしますね。ただ、ドンキ文字をレクチャーする前に「ペンの使い方」をまずは身につけてもらわなきゃいけなくて。

文字の角をパキッとさせるために、ドンキ文字では先の丸いペンではなく、角型のペンを使ってもらいます。そもそもこういったペンを使うことに慣れていない人が多いんですよね。まずは一定の幅でかすれることなく、直線や曲線を引いてもらえるようにします。それが意外と難しいんですよ。そしてある程度ペンの使い方に慣れてもらってから、ドン・キホーテ特有の太い数字の形をレクチャーしていきます。

松原さんの作業机には大量のペンが。

──5日間で本当に、ドンキ文字を習得できるのでしょうか……?

正直、身につけてもらうには5日間じゃ足りません。そこで、対面での研修が終わってからの1年間は、提出してもらった課題を添削するオンライン研修に移行します。私の場合は私自身が書いたPOPを上からなぞってもらうことで、ドンキ文字がもつ特徴やニュアンスを、自然にインプットしてもらえるような指導を行なっています。

──実際に各店舗で採用されるPOPライターさんというのは、どういった人が多いんですか?

イラストやレタリングの勉強をしている経験者もいらっしゃるのですが、実は未経験者が多いんですよ。興味本位から応募してくださる人もいますし、そもそもPOPライターの仕事がよくわからないまま採用される人も。

ドンキ文字で重要なのは「個性や癖を反映させないこと」なんです。もちろん、店舗ごとや地域・エリアによって微妙なニュアンスの違いはありますが、文字をアレンジしたりすることはNG。むしろイラストの知識がある人などは、自分の手癖を捨てきれないことに苦労することが多いかもしれません。

私がPOP講師として最初に担当した人は、専門学校でデザインを学んでいた人でした。その人は最初から筋がよく、私が言ったことを理解してくれる人でしたね。コミュニケーションがうまい人や、明るい人、研修中に「楽しい!」という気持ちでPOPと向き合ってくれる人は、早いスピードで上達していく印象があります。

「ドンキ文字の講師をやっていてよかった」と思う瞬間

──では、初心者ライターさんとベテランライターさんの作ったPOPには、どういった違いがあるんですか?

1枚のPOPを作成するスピードが全然違いますね。あとは、ベテランライターのPOPにはドンキ文字独特の「圧縮感」がちゃんと出ています。実は、ドンキ文字を描く上で一番難しいのは字間の取り方なんです。頭では分かっていても、実際にアウトプットする時に、日常生活の癖が無意識に出てしまうんですよね。だからオンライン研修では「もっと詰めて!」「ギリギリのところまで攻めて!」と指導します(笑)。

社内の陳列コンテストで入賞したドン・キホーテUNY大桑店のPOP。
上記POPを担当した吉田さんの研修は松原さんが担当した。

「この形とそっくりに描いて!」って伝えることは簡単なんですけどね。センスを伴う仕事だからこそ、そっくりに描いてもらうために、どうフィードバックすればいいのか。言葉を選ぶ時が多々あります。

──上達する秘訣のようなものはあるのでしょうか?

とにかく練習を続けることです。あと、伸びる人はただ与えられたものを描くだけではなく、自宅や業務外で自発的に練習している姿を目にします。見えないところで努力している人が報われる。それが、この仕事の醍醐味なのかな、とも思うんです。

ちなみに、先ほど「個性や癖をなくす」という話をしましたが、POPライターが見ると「あ、これは誰が描いたんだな」「誰の教え子だな」と、なんとなく分かることがあるんですよ(笑)。また、休日に旅先でドン・キホーテに立ち寄ることがあるのですが、各店舗のレイアウトや色使いを見て「こういう描き方もあるのか!」と勉強することも多々あります。

ドン・キホーテ公式 YouTubeチャンネル「DonTube」【神業】ドンキのPOP職人さんがすごすぎる件

──松原さんは現在POPライターとして活動せず、講師としての活動に絞っていらっしゃると伺いましたが、松原さんがPOPライターを始めたきっかけはなんだったのですか?

結婚後、すぐ子育てに専念していたので「やりたい仕事を始められないまま、人生が終わってしまう!」という不安を感じていたんですよね。そこで偶然ドンキの求人を見つけて、在宅でPOPライターの仕事を始めました。

──ご自身がドンキ文字を描く時、どういったところに楽しさを感じますか?

もう、描く作業が楽しいんですよね。私にも先生がいたのですが、その人たちが描いた文字をとにかく真似して描き続けたんです。自分のドンキ文字がその形に近づいたとき、心から「楽しい」って思いました。

私は10年間家庭のことに専念していたぶん、先輩たちのことがキラキラして見えました。だからこの仕事を始めた時から、この仕事が楽しくてしょうがなかった。「早く先輩のようになりたい」という一心で描き続けました。

ちなみに私は特定の店舗の所属ではないので、お店に自分のPOPが貼られた状態を見ることや「POPで売り上げが伸びた」という状況を確認することはできません。ただ、店舗所属のライターさんの場合は「POPのおかげで売り上げが伸びたよ」と報告を受ける人もいるそうですよ。

──研修後、教え子だったPOPライターさんと会うことはありますか?

なかなか近隣に店舗がないこともあるし、出張で近くに寄ったとしても、会えることはなかなかありません。でも、昔教えていた生徒さんが、私のいる千葉POPセンターに立ち寄ってくれることもあります。近況報告を受けるとうれしいです。

POPライター講師を続けていて何よりもやりがいを感じるのは、とにかく研修を担当した生徒さんが上達し、各店舗で活躍してくれていること。社内でも全国の店舗からハイクオリティなPOPを20点ほどピックアップする、アワードのような制度があるのですが、近年では私が講師を担当した6〜7店舗ほどのライターさんの作品がランクインすることがあって。こうしたときが「ドンキ文字の講師をやっていてよかったな」と思う瞬間ですね。

(文:高木望 写真:小池大介)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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