「法廷画家」に聞く仕事の裏側 “主観を捨てるが、自分の感情は守る”の真意とは
芸能人の薬物事件や政治家の汚職、殺人事件など、毎日のようにテレビを賑わせるネガティブニュース。その中でよく目にするのが、裁判の様子を伝えるイラストです。
今回お話を伺ったのは、フリーランスのイラストレーターとして、18年以上のキャリアをもつ榎本 よしたかさん。テレビ番組用イラストを中心に、児童向け書籍や企業広告用イラストまで幅広く手がける榎本さんですが、裁判の様子をイラストで伝える「法廷画家」としても知られています。
法廷画家のお仕事はどのようなものなのか、聞いてみました。
──法廷画家の1日のスケジュールを教えてください。
僕は夕方のニュース番組を担当することが多いのですが、たとえば14時から裁判がはじまったら、その裁判のスケッチは16時から17時の間に清書や色付けなどし、2~3枚を納品するというのが基本的なスケジュールです。
法廷内にはスケッチブックとペンしか持ち込めないので、限られた時間の中で下描きを数パターン描き、担当者のチェック後に東京地裁の地下にあるコンビニでスキャン。それから記者クラブのスペースを借りて、パソコンで色付けの作業をします。
──絵の構図はテレビ局から指定があるのでしょうか?
事前にテレビ局のスタッフと打ち合わせをします。たとえば、今日は被害者遺族の方が法廷にいらっしゃるから、被告人が遺族に向かって謝罪した場合はそのシーンの絵が欲しいとか。
あとは、被告人の態度や雰囲気ですね。被害者遺族に謝罪をする人、しない人、自分は無罪だと信じている人。いろいろな人がいますから、そういった被告人の態度や現場の空気感も再現するようにしています。
法廷画家の役割は、主観を入れず事実をそのまま伝えること
──お仕事の中で意識していることはありますか?
法廷画家の仕事には演出を入れないように意識しています。つまり、個人的な主観を入れないということ。凄惨な事件の被告人だからといって、絵の背景を不気味な色にしたり、わざと悪人顔に描くようなことはしません。それは絶対にやってはいけないことだと思っています。
法廷画家の役割は、裁判中に行われている出来事の事実をそのまま伝えること。法廷内にカメラや記録物を持ち込めない代わりに存在しているわけですから、自分の主観を入れたら本来の役割を見失ってしまうんですよね。
法廷画家としての仕事のほかにもテレビ局からの依頼で、番組で使用する芸能人の似顔絵を描くこともあるのですが、僕は人を実物より悪く描くものは受けないと決めています。
──人を実物より悪く描くというと?
以前、とある芸能人の似顔絵をアーティスト写真を参考に描いてほしいという依頼がきて、納品したあとにクライアントから「もっとブサイクに描いてくださいよ」と修正依頼が入ったんですね。
──ちょっとした“イジり”みたいなものがあったんでしょうね。
そうかもしれません。でも僕は「それはできません」とお断りしました。芸能人本人だけではなく、そのファンの方もいる。誰かが嫌な思いをする、傷付く仕事は受けたくないんです。
社会の利益になると思う仕事であれば、基本なんでも受けています。社会の利益にならない仕事で得たお金は身につかないと思っていて。
仕事をするうえで、そういう価値観というか、判断基準は大事ですよね。
──テレビ局からの依頼で法廷画を描くということは、凄惨な事件を担当することも多いと思います。裁判の内容が絵のタッチに影響してしまうことはありませんか?
絵のタッチが影響を受けることはないのですが、法廷画家をはじめたころは衝撃でした。なんの罪もない方が被告人の身勝手な行動で凄惨な事件の被害者となり、法廷内には被告人と被害者遺族の方がいる。事件の詳細を目の前で聞き、血のついた刃物などの生々しい証拠品を見ることもある。
中にはかなりグロテスクな公判内容を耳にすることもあり、その日の夜は眠れなくなることもあったんですけど、一定の距離を保たないと仕事に差し支えると思って、意識的に心の距離を取るようにしましたね。
──今、法廷画家の方は業界に何人くらいいらっしゃるんですか?
正直どれくらいの方がいらっしゃるのか、僕も把握できていないんですよね。地方新聞に載る法廷画を現地の美大生とか美大卒の方がアルバイトで雇って描いてもらうケースも結構あるみたいですが、キー局でいつも任されて、コンスタントに仕事している方はそう多くはないと思います。体験でも、聞く話でも十数人、というのが実情じゃないでしょうか。そんな頻繁にニュース性のある裁判があるわけではないですしね。
一本の問い合わせから、法廷画家への道が開かれた
──榎本さんはどのような経緯で法廷画家の仕事をされるようになったのでしょうか?
小さいころから絵を描くのが好きで、絵を仕事にしたいと思っていたんです。会社員としてはたらきながら、副業でイラストレーターとして地方新聞の4コマ漫画や似顔絵、結婚式のウェルカムボードなどを描いていました。
ある程度実績を積み重ねて、独立したときに、プロフィールと制作実績を載せたwebサイトをつくったんです。そうすると、あるとき地方のテレビ局からそこにいきなり問い合わせがあったんですよ。「似顔絵を描いてもらいたいから来てくれませんか?」って。
──どこから依頼がくるかわからないものですね。
それで、スケッチブックとペンを持っていったら、重役室みたいなところに通されて、年配の男性から「私の似顔絵を描いてもらえますか?」って言われたんですよね。何がなんだかわからず、言われるがままに5分くらいでササッと描いたんです。そしたら、「似てるし、速い!榎本さんにお願いしよう」とその場で仕事が決まりました。
詳しく聞いたら、地元で有名な市長が汚職事件で捕まって、初公判があるから法廷画を描いてほしいとの話。前任者がご高齢の方で廃業されたらしく、ネットで後任者を探していたとのことでした。
──そこではじめて法廷画家という仕事をするわけですね。
そうですね。当時はどちらかというとほのぼの系のイラストレーターだったんですが、日常的にしていたデッサンが身を結んだ瞬間でしたね。
で、法廷画家という珍しい実績ができたので、それもwebサイトに載せたんです。
そうしたらその実績を見たTBSテレビさんからお声がけいただき、それから継続的に仕事をいただくようになりました。
テレビ用のイラストはカラーで1枚1時間ぐらいで描けたので、そのスピード感がいいと先方にはありがたられましたね。
──同じイラストとはいえ、法廷画家のイラストはそれまでされていたお仕事とジャンルが異なりますよね。抵抗はありませんでしたか?
僕は依頼を受けた仕事は極力引き受けようと思っていましたし、どちらかというと進んで色んなタッチで絵を描きたいと思う人間なので、抵抗はまったくなかったですね。
感情を押し殺して仕事をすると、心が病んでしまう
──榎本さんにとって、仕事のやりがいはどんなところにありますか?
クライアントの満足です。
テレビ局と仕事をしていると、企画の変更が多いので何度も修正が入ることがあります。僕は「はい、喜んで!」の精神ですぐに対応するようにしているんですね。企画の変更などはよくあることなのでその度に「ええ~修正ですか~?」といった態度で担当者に接するより、修正は入るものだという前提で仕事をして、臨機応変に快く対応したほうがお互い気持ちよく仕事ができると思うんですよ。
もちろん、無理難題はお断りすることもありますが、お金をもらっているわけですから、対応するのがプロ。結果、クライアントの満足が次の仕事に繋がる。目の前の仕事をきちんとこなし、顧客満足度を高めることが次の仕事呼ぶのだと信じています。実際営業よりも口コミで新規顧客を獲得することのほうが多いですし、その繰り返しが大切だと思っています。
──フリーランスで仕事をしていると、クライアントからの要望に“応える”“断る”の判断基準に悩んでいる方が多くいます。
フリーランスに限らず、会社に勤めている方でも、腹が立っているのに腹が立っていないふりをしたり、嫌だなと思っても我慢したりすることってありますよね。そうなったとき、その感情を無かったことにして押し殺しながら仕事をし続けてしまうと、いつか心が病んでしまいます。「鬱は心の風邪」なんて言葉がありますが、あんなに治りにくい風邪はありません。判断に悩んだら、なるべく自分の感情や肌感覚というものを大事にしてほしいと思います。
また、「この人、この会社とは合わない」と思ったら、素直に距離を取ったほうがいい。フリーランスならクライアントとの付き合いをやめる判断をすればいいし、会社員だったら思い切って転職を考えてもいい。認知的不協和が続くと心が蝕まれるからです。
大事なのは自分で判断基準を決めて、するべきでない我慢をし続けないで自分に優しくすること。過度に競争的なこの社会では基本的に誰も自分に対して優しくないので、自分に一番優しいのは自分であるべきだと思うんですよ。
もちろん無限に自分に甘くしていい、という話ではありません。けれど限界までがんばりすぎたり、自分に厳しくしすぎたり、他人と比べて自分の価値を低く見積もりすぎるとどんどん追い込まれてしまいますよね。
自分に対する優しさや慈悲の気持ちを向けることが長く仕事を続ける原動力になりますし、きちんと肯定的に自分自身の仕事を捉えることが、はたらいて笑う秘訣かなと思います。
(インタビュー・文/大川 竜弥 編集/高山 諒+ヒャクマンボルト 撮影/佐藤 詠美梨)
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