SNSで話題を集めた“ショッピングカート”が、全国の保護者に感謝される理由
数年前、SNSで全国の保護者たちから「ありがとう」の声が飛び交った、あるショッピングカートをご存じでしょうか?
その名も、「キッズステップカート」。一見ごく普通のショッピングカートに見えますが、実はこれまでになかった機能が2つあります。その一つが、子どもが2人同時に乗れること。もう一つは、そのうち1人が「立ち乗り」できることです。
SNS上で「考えた人は天才」「超画期的」と絶賛され、3万件以上の“いいね!”がついたキッズステップカート。いったいどのようなメーカーが、何をきっかけに開発したのでしょうか。
日本のショッピングカート市場でトップシェアを誇る、岐阜県のストア製品メーカー・株式会社スーパーメイトに、その舞台裏を聞きました。
コロナ禍で年商が約2割アップ
「実は、日本のショッピングカートや買い物かごの5〜6割は当社が製造しているんです」
そう事実を明かしてくれたのは、開発部の武藤叶也さんです。スーパーメイトは、私たちが普段目にしているショッピングカートのほかにも、図書館のライブラリーカートや物流センター向けのピッキングカートなど、それまで誰も思いつかなかったような斬新な商品を企画・開発。そのユーザー目線の機能やデザインが評価され、2019年から3年連続、合計6機種が「グッドデザイン賞」を受賞しています。
キッズステップカートは2018年5月に発売し、その翌月に女性利用客がTwitterに「画期的」と感動の声を投稿したことから、全国の保護者たちを中心に瞬く間に拡散されました。
「その後注文が増え続け、発売当初は年200台前後だったのが、翌年2019年は一気に4,000台前後の出荷がありました。Twitterだけではなく、Instagramで写真を投稿してくださっている方もいます。SNSで拡散いただいた影響は、大きかったですね」
その人気は、2020年のコロナ禍でも続きます。外出自粛で人々のスーパーマーケットの利用が増えたことから、企業全体の年間売上も、コロナ前に比べて20%ほどアップしたといいます。
キッズステップカートがここまで評価される理由は、どこにあるのでしょうか。
一般的にスーパーに置かれているファミリーカートは、子どもが運転席で操縦している感覚になれる乗り物型と、通常のショッピングカートに幼児が大人と対面で座れる席がついた対面型、赤ちゃんが安全に乗れるようベルトもついたベビーカー型が主流ですが、そのすべてが1人乗り専用でした。そのため、赤ちゃん+幼児、幼児+幼児を連れた保護者は、小さい子をカートに乗せ、大きい子を歩かせる……というケースがどうしても多くなります。
お兄ちゃん・お姉ちゃんも、自分だけカートに乗れないことをすんなり納得できる年齢ではないため、スーパーの入口で、「ぼくも!」「私も!」と駄々をこねるお子さんを説得する保護者の姿は、よく見ると多いことに気づきます。
「キッズステップカートがご好評いただいている点の一つに、“持ち手が2つついている”がことがあります。従来のファミリーカートは、基本的に持ち手が1つしかなく、保護者の方に代わって自分で押したがるお子さまも見られ危険でした。キッズステップカートは、両サイドが保護者の方、中央がお子さまの持ち手になっているため、安全かつ安心して乗せられるうえ、お子さまは普段の買い物ではできない『カートを押す感覚』を体験できます」
また、1人乗り専用だと途中で飽きてしまいがちな弟・妹も、お兄ちゃん・お姉ちゃんとお話しできるためご機嫌でいられます。キッズステップカートは、「0歳から6歳の子どもを2人、一人で連れて買い物をする保護者」というターゲットに絞ったことで、その細かなニーズに応えているのです。
「立ち乗り」を不安視する声も
武藤さんによると、キッズステップカートの開発は、取引先のスーパーマーケットからのある声がきっかけでした。
「ショッピングカートの買い物かご置きに、お子さんを乗せて利用している方がいる。お子さんに大人しくしてもらうために致し方ないのは分かるが、バランスを崩して転倒し、病院に運び込まれた例もあるので心配だ」
開発部が調べると、スーパーマーケットで起きる事故は、ショッピングカートが原因のものが約4割。その中でも6歳以下の子どもの転落事故が大半であることが分かりました。「病院に運ばれないレベルのけがを含めると、相当数の事故が発生しているのでは」と武藤さんは語ります。
開発部には子どものいる社員もいたため、どのような機能があれば解決できるのかを、SNSで父親や母親のニーズを調べながら考えたといいます。一番のヒントとなったのは、当時あるショッピングセンターで試験的に導入されていた、子どもが「立ち乗り」できる仕様のショッピングカートでした。
「それは、ある地域の研究機関が開発したもので、関係者の方にお話を聞くと、大々的に生産するための製造工場を探しているとのことでした。そこで弊社がお引き受けし、安全性やデザイン性・強度をより高めた仕様に変更して発売したのです」
では、なぜ立ち乗りである必要があったのでしょうか。2人横並び、または縦に並んで座るデザインではいけなかったのでしょうか……? 武藤さんに伺うと、納得の答えが返ってきました。
「実は『SG基準※』で、幼児席に座れるのは12ヶ月(1歳)〜48ヶ月(4歳)未満のお子さまと決められているんです。いわゆる“乗り物型”なら4歳以上のお子さまも座ることができますが、2人同時に乗るとなると、積載容量や、通路をスムーズに通れるコンパクトさを保つのが困難です 」
一方で立ち乗りには、その安全性を不安視する声もありました。武藤さんは言います。
「やはり多くの方が初めて目にするデザインなので、『危険ではないか?』というお声は今でもいただくことがあります」
実際、カートの押し手側に子どもが立って乗るには、買い物かご側にもその体重を支えられるだけの重みがないとカートが横転してしまいます。この「安全性の確保」が、開発時の一番のハードルでした。
「キッズステップカートは特殊な形状なので、独自の安全基準検査を設けて検査をしました。具体的には、傾斜16度の斜面にカートを置き、『立ち乗り』のスペースに、4歳〜6歳のお子さまと同程度の20kgの重りを乗せて、カートを斜面の下側から引っ張ります。実はキッズステップカートは、現在の形になるまで10回ほど仕様を変えているのですが、そのたびに微調整を行って再検査をし、安全性を確認したため、安心してお使いいただけます」
※一般財団法人製品安全協会が定めた、主に生活用品の安全性の基準
既存製品を改良し、スピーディに開発する
武藤さんは、スーパーメイトに入社して約4年。はじめは現場でショッピングカートの車輪の組み替えや、海外で組み立てられたカートの点検作業をしていました。ある時、現在の上司に「開発部に来ないか?」と声を掛けられたことから、開発部への異動が決まります。
「開発部はすべてのスタート地点という意味で、僕の中では『最先端』のイメージでした。小さいころから料理が好きで、スーパーでの買い物も趣味の一つだったのもあり、そこで使われる製品の開発に携われるのは感慨深かったです」
開発部のメンバーは8人。武藤さんいわく、8人のデスクは距離が近く全員の顔が見える状態で、仕事中や休憩時間を問わず、アイデアを言いやすい雰囲気があるのだそうです。
通常、ショッピングカートを0から開発するには数年かかるケースもありますが、同社の平均は6カ月から1年ほど。〜創業50周年となるスーパーメイトには、これまでに培った基礎があるため、既存製品にアイディアを加える開発が主流なのです。キッズステップカートも、ヒントとなったショッピングカートと、自社の大型ショッピングカートが基となり、企画から1年でリリースされました。
「商品のスタート地点は、お客様の声。それをいち早く実現できるのが当社の強みです 」と武藤さんは言います。
2022年1月には、SDGsの一環としてペットボトルキャップを再利用した買い物かごを発売し、売上の一部を発展途上国に寄付しているスーパーメイト。2022年8月には、小型版の「キッズステップカート mini」をリリース予定です。従来のデザインは横幅が約60cmあるため、通路の狭いスーパーマーケットから要望があったのだそう。
「お子さまと荷物を乗せられるだけの大型積載量を保ちつつ、コンパクトに設計するのには苦戦しました。というのも、すでに良い商品を“より良くする”のは大変難しくて……。試作品を製造して、対象年齢のお子さまをもつ社員に実際にスーパーを試走してもらい、そこから改善点を探したりもしました。どうしても耐久性をクリアできず、上司と話し合って、UFO型の重りをつけることにしたのは思い出深いです。
重りといっても、単に板の塊をつけるだけではお子さまに『なんだこれ?』を思わせてしまいますし、斬新さもアイデアもないので。保護者の方とお子さま、どちらにも楽しんでいただくのが弊社のモットーです」
「ファミリーカートは子ども1人乗り、かつ子どもは座るもの」という従来の常識を、禁止事項を非日常体験に変える」という視点で覆したキッズステップカート。全国の保護者から「ありがとう」の声が飛び交うのは、自分たちの心の奥にあるニーズを汲み取り、見事に形にしてくれたからではないでしょうか。
(文:原 由希奈 写真提供:株式会社スーパーメイト)
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北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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