バズリにバズった「原稿執筆カフェ」の裏にある、人知れないドラマ
「締切に追われているあなたのためのカフェ」。
このニッチすぎるコンセプトが話題になった、東京都・高円寺の原稿執筆カフェ。「入店時に何時までに何文字書くかを申告」「店長が1時間ごとに原稿の進捗を確認」「原稿執筆が終わるまで退店できない」というルールからは、徹底して原稿執筆の「結果にコミットする」スタンスが伺えます。
日本だけではなく、海外からもひっきりなしに取材が訪れ、一躍時の人になった店主の川井拓也さん。実は同店が誕生した裏側には、人知れないドラマがありました。
オープン前日に告知ツイートがバズる
──4月7日にオープンしたばかりですが、Twitterを中心にすごい反響ですね。
オープン前日に投稿した「『原稿執筆カフェ』は締切に追われてない人は入場できません!」というツイートがバズりました。
ほかにも「原稿執筆にぴったりですよ」とか「ライターさんにオススメですよ」とか、いろいろ告知していたんですが、このツイートだけが大ヒット。
〆切に追われていない人が来たら、のんびりしちゃって店内の緊張感が保てないと考えた上でのメッセージですが、そういう「あえて拒絶する」という姿勢がウケたようです。
──メディア取材もたくさん来ていますよね。
このツイートが翻訳されて国外でも話題になり、なんと海外メディアからも取材を受けました。テレビ取材も来たりして、「いや、まだオープン2日目なんで……」みたいな(笑)。こちらの予想以上の反響にびっくりしています。
来店を考えている方からの問い合わせも多く、オープン後に慌ててネット予約のシステムを作りました。
──原稿執筆カフェでお客さんたちは何を「執筆」しているのでしょうか?
皆さんの制作物はあまり見ないようにしていますが、漫画のネームや企画書、構成台本に進行台本、卒論、小説といろいろですね。
──中央線沿いはクリエイターがたくさん住んでいるイメージですし、近所の方がふらっと来るようなことが多いですか?
たしかに中央線沿いに住む人は多いですが、ご近所さんばかりというわけでもありません。わざわざ他県からいらっしゃる方も大勢います。
──お客さんからは、どんな感想が届いていますか?
お客さんが集中できるように「踏み込まず、でも目を離さず」という距離感を保っているので、進捗の確認以外で話しかけるようなことはありません。
でもレジで精算するとき、皆さんマラソンの後みたいな、すごく清々しい表情をされているんですよね。そこで「家より進みましたか?」と聞いてみると、大体の人が「はい」と答えてくれます。
「2000字が目標だったけど、4000文字も書いちゃいました」とか。そういう感想はとてもうれしいです。
〆切の前に立ちふさがる“ライターズブロック”とは
──原稿執筆カフェは、どのように誕生したのでしょうか?
もともと僕は大阪芸大の映像学科出身で、卒業後はCM制作会社で10年ほどはたらいていました。独立してSNSに関連する仕事などをした後に、40歳になったころ、Ustreamやニコ生といった映像配信サービスが始まり、「これはおもしろい」とライブ配信をサポートする仕事を始めました。
その流れで、お酒を飲みながら対談できるというコンセプトのスタジオを2019年にオープンし、年間100本くらいの番組を作っていました。
ですが、コロナ禍でお酒も対談も厳しくなり、予約件数がガクッと落ちてしまった。飲食店としての営業許可を取っていたので、幸いその補助金が得られたんですが、とはいえ今後どうするべきか。
店内の会話を抑えられる飲食店の形はないかと考えた結果、原稿執筆カフェのコンセプトにたどり着きました。普通のカフェを開くにはノウハウがなくて勝ち目がないし、やっぱり前身が撮影スタジオだった以上、「何かを生む場所」であることは残したかったんです。
──入店時に作業目標を申告したり、店員が客席を回って進捗チェックをするサービスが注目を集めています。
実際、ほかの喫茶店とかコワーキングスペースでも作業はできるじゃないですか。じゃあ原稿執筆カフェならではの価値となると、おしりを叩いてくれる存在がいることなのかなと。
集中できる環境を作るためには、少しピリッとしたムードを醸し出す何かが必要だろうと考え、これらのシステムが生まれました。
──ライターさんの中には「〆切は遅れてなんぼ」みたいな方も、たまにいらっしゃいますよね(笑)。
これは、万国共通の問題みたいですよ(笑)。海外メディアの記事でライターズブロック[writer’s block]、つまり「執筆者の障壁」という言葉が使われていました。
書くモチベーションが上がらないとか、書く集中力が阻害されるといった意味で、「ライターズブロックがブレイクできないから書けないんだよね」みたいな言い訳の仕方があるらしいんですよ。
で、記事では「ライターズブロックに対する完璧なソリューションが日本のカフェにある」と(笑)。
──ライターズブロック、なるほど。
大学のレポートでも仕事の企画書でも、ライターに限らず、日々いろんな人がいろんな〆切を抱えています。「何か書かなきゃいけない。でも書けない」というシチュエーションは世界共通なんだと気付きました。
穏やかな暖簾分けの形を構想中
──オープン以来、お客さんの反応を受けて変えた部分はありますか?
オープン当初は、ボリュームを絞ってBGMにジャズを流していたんですけど、「止めてもらえませんか?」という声があって、BGMはナシにしました。
あと今は換気を気にする方が多いから窓は開けっぱなしにしようとか、「いろんな人がお湯を沸かすと店内が熱くなっちゃうから、電気ケトルより電気ポットがいいな」とか。人間の集中力を阻害するものとは何かを毎日考えて、チューニングを重ねています。
──オープン後に急いでネット予約のシステムを作ったこともそうですし、お客さんの反応を見ながら柔軟に仕組みを変えていっているんですね。
「状況に合わせて最適化していく」ということに興味があったので、原稿執筆カフェほど良い学びの場はありません。
いきなり話題になりすぎてしまった部分はあるけど、お客さんは創作という大切な時間をここに委ねてくれているわけじゃないですか。そのありがたさ、緊張感というものは強くありますよね。
「原稿執筆カフェに行ったけど、あそこじゃ全然集中できなかった」と言われた瞬間にこの店は終わる(笑)。
結果的にすごくたくさんのクリエイターの方々が来てくれるようになったのは、おもしろいですよね。ここにいるお客さんたちはみんな、ゲームや動画など誰かのコンテンツを楽しんでいるわけではなく、自分たちで何かを作っているんですから。
──これほど生産性の高いカフェはありませんね。
世界中のジャーナリストが取材に来て、お店で原稿を書いていくんですよ。大勢の人が原稿執筆カフェで、原稿執筆カフェの記事を書いてくれる。こんな都合のいいシステムがあっていいのかと思います(笑)。
──ただ、料金システムの設定が難しくはないですか?作業の進み具合によっては、延長が発生するわけですし……。
延長は頻繁に起こります。でも作業が終わらないと帰れないルールである以上、「時間なので帰ってください」とは言えませんからね。
ラーメン屋だったら15分1000円のところが、うちは3時間で900円だから(笑)。
でも気兼ねなく作業してほしいので、家賃さえ出ればOKという感じでギリギリの値段設定にしています。
──常に需要があるコンセプトですし、今後もずっと続いて欲しいですね。
そのためには今だけのブームに終らず、継続していける仕組みづくりが必要です。フランチャイズじゃないけど、穏やかな暖簾分けのようなことをやりたくて、商標登録の申請をしたりしているんですよ。
作業しやすいテーブルと電源だけ用意すれば、その喫茶店の何席かが原稿執筆カフェになるとかね。
「原稿執筆カフェ@なんとか喫茶店」みたいなのが増えて、各地の喫茶店に「原稿執筆カフェ席あります」みたいに小さいのぼりが立ったらおもしろいなと思っています。
亡くなった父親から影響を受けた、人生のテーマ
──原稿執筆カフェのオーナーとしてのやりがいはどんなものですか?
それはやっぱり、何かものを作っている人を応援できる事業ということですね。人が真剣に何か捻り出そうとする姿を毎日見るわけだから、ある意味こちらも気が休まらない。
大勢の人たちの集中力を浴びて、僕自身は特に何かしたわけではなくとも営業後はどっと疲れる(笑)。お客さんが清々しげに帰っていく表情を見ていると、「なんだか自分はとても素晴らしい場所を作ったのかもしれない」としみじみ感じます。
──川井さん自身のはたらく原動力はどこにありますか?
はたらくことに限らず、僕は「今が一番おもしろいと思える人生を」というのをテーマに生きています。
3年前に亡くなった親父が編集者で、自分の会社で『TEEN BEAT』というビートルズの雑誌を作ったりしていたんですよ。そこが倒産した後も何回か出版社を作ったんだけど上手くいかず、死ぬ前に「俺の人生は何も残せなかった」と言っていました。ビートルズの雑誌の編集者なんてすごいじゃんと思うんだけど、本人としては、人生の前半に自分のピークが来たような感覚だったのかもしれない。
だから僕は、常に今が一番おもしろい人生にしたいんですよね。「あのころは良かった」と思いながら死にたくない。今だったら、「原稿執筆カフェおもしろかったな」と思って死ねる自分でありたいです。
──亡くなったお父さまから影響を受けた、人生のテーマなんですね。
親父が倒れて緊急搬送されたとき、ちょうどこの店の内見をしていたんです。入院から1ヶ月、危篤になった親父が死んだ数分後に不動産屋から「あの物件、あなたに貸します」って連絡が来た。
この物件は「俺の人生は悔いが残ったけど、お前は何かやってみろ」っていう親父からの贈り物なのかなという気持ちがあるんですよね。だから、何かここで爪痕を残したい。そのために試行錯誤してきたので、原稿執筆カフェのヒットは偶然といえど本当にうれしいです。映画の『フィールド・オブ・ドリームス』みたいな感覚ですよ!
(文:原田イチボ 写真:小池大介)
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