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手書きイラストからオリジナル着ぐるみを作ってもらうにはいくらかかる?
子ども向けのイベントだけではなく、企業の展示ブースや地域おこしでも活躍する着ぐるみたち。オリジナルキャラクターを着ぐるみ化したいとき、見積もりはいくらになるのでしょうか。また、完成するまでにはどういった工程があるのでしょうか。東京・両国で「エアー着ぐるみ」を制作する株式会社キグルミックス社長・衣笠 留美さんにお話を伺いました。
持ち運びがしやすくポヨポヨした「エアー着ぐるみ」
──「エアー着ぐるみ」は、普通の着ぐるみとどういった違いがあるのでしょうか。
一般的に流通している着ぐるみの多くは、固い素材を使っています。まだまだそのような素材が主流ではあるのですが、近年では「エアー着ぐるみ」のように、内側から空気を送って膨らませるタイプの着ぐるみが注目されています。
──エアー着ぐるみのどういったところが評価されているのでしょうか?
内部が涼しいので、着ぐるみを着用するアクターが熱中症にかかるリスクが少ないという特長があります。また、転倒時にエアーが衝撃を和らげてくれるので、大怪我をする可能性も低いんです。
造形的には従来型の着ぐるみの方がディテールを表現しやすいのですが、エアー着ぐるみは一般的な着ぐるみよりも軽量な上、折りたたんで収納でき、持ち運びがしやすいことにも定評があります。軽自動車にもスムーズに入るんですよ。
着ぐるみはいくらになる?
──今回の見積もり作成にあたり、非公式キャラクターのイラストをご用意しました。こういったラフな落書きでも、お見積もりをお願いできるのでしょうか?
十分ですよ!実は、小学校から「子どもが考えたキャラクター」を手書きのまま提出いただくこともあるんです。原案は細かく描いていただくに越したことはありません。ただ今回のように横面・背面のイメージも提供していただければ、作業期間の目安やお見積もりをお出しするのがスムーズになります。
確認しなければいけないのは、このキャラクターの頭身と、腕のデザインですね。アクターの頭部が、体のどのあたりにあることを想定していましたか?
──ちょうどキャラクターの目の位置とアクターの目の位置が揃うイメージでした。
なるほど。では、腕はどうしましょうか。一般的な着ぐるみよりも腕が長いですが、この子は腕を上げっぱなしですか?
上げっぱなしにする場合、肩付近に手を入れ続けるとアクターが疲れてしまうのと、物理的に腕を差し込むことが難しい可能性があります。着ぐるみの腕部分にしっかり腕を通す必要がなければ、頭身を変え、首周りを太くするデザインに調整してみると良いと思います。
ちょうどアクターの肩が目のあたりにきて、中腰で着ぐるみの中に入るイメージです。そうすれば、肘関節から先を動かすことで、腕をピョコピョコと操作できます。
トップについているアンテナのような装飾と、胴体部分のお洋服はどうしましょうか?エアーで膨らませて表現するパターンと、外付けの衣装で表現するパターンがあります。安さを重視するなら、エアーで膨らませることをおすすめしているのですが。
──では、帽子はエアーでお願いし、洋服は外付けの衣装でお願いしたいです!ほかにも見積もりで影響が出そうなのは足元の靴部分などでしょうか?
そうですね。足首もエアー本体と一体型にするか、型物の靴を用意するかで価格が変動します。今回はゆるキャラ的なバランスに落とし込むことを想定し、足元もエアーで表現するのが良いと思います。
実作業でもイラストや資料をもとに、こうやって「着ぐるみ化するための意見のすり合わせ」を行うんです。そして見積書をご提示し、金額と納期を確認いただいた上で、はじめて契約となります。お見積もりは次の通りです。
五本指かミトン型の手かによって価格は変わる
──キグルミックスの平均的な発注額はいくらくらいになるのでしょうか?
だいたい55万円〜60万円代になります。形状の複雑さや衣装の有無、特殊なプリントがつくことで、値段が大きく変化しますね。この子の場合は形状がシンプルなぶん、作りやすいと思います。
──なるほど。見積もりの中で「造形料」という項目が気になったのですが、この項目にはどういった工程が含まれているのでしょうか?
いただいたイラストを「着ぐるみの図面」に落とし込み、複雑な形状を立体化させるまでの作業を「造形料」として頂戴しています。図面製作では前・横・後ろから見た平面製図と、カラーに合わせた生地のサンプルを用意するんです。この工程はお客さまに納得いただくまで、何度も修正しますね。
──造形料の価格は固定でしょうか?
いえ、キャラクターの着ぐるみ化が複雑になればなるほど高くなります。女の子のアニメキャラクターのように、髪の毛などのディテールが細かい着ぐるみは造形料が高くなりますね。スカートのレイヤードに何層もの構造を作らなければいけないときもあって。可愛らしく、かつキャラクターの印象を崩さないような設計を意識しています。
また人型の着ぐるみの場合、指を五本指で表現するか、ミトンのようにデフォルメするかによっても造形費用は変化します。細かいところを突き詰めた結果、90万円台の見積もりが出ることもありました。
──確かに、キャラクターへの愛が溢れるほど細かいところまで表現したくなりますよね。実製作はどれくらいの期間を要するのでしょうか?
先々までの予約が現在は詰まっており、通常スピードで発注から3カ月程度、とお伝えしております。結構変動は大きく、繁忙期か閑散期によって前後します。
──製図が完成したあとは、すぐに縫製に入るのでしょうか?
まずは製図をもとに、PC上で3Dの型紙モデリングを作成します。型紙モデリングはペーパークラフトのような作業。耳や頭部、腕を作るために布をどう切り取り、縫製するかを決める重要な作業になります。
エアー着ぐるみで特に難しいのは、縫い目の位置。バルーンのように内側から膨らませるので、凹凸が発生してしまうんです。それが逆にぬいぐるみのような愛らしい印象を与えることもあるので、あえて縫い目をつけることもありますけどね。
そして型紙モデリングをもとに、原寸大の型紙を作成。エアー着ぐるみの内側に使われている「セシーナ」というエナメル生地を型紙通りに切り取り、原寸大に仮縫製します。シルバー色のセシーナは外の光を反射するので、覗き込まれても中が見えにくいんです。
──ミニチュアサイズの模型でも十分説明ができそうな気はしますが、なぜ実寸大を用意するのでしょう?
人の目線ではどのように見えるか、また生地の伸びがどうなるかを確かめてもらうためですね。原寸大になった時に「ここの部分は意外と腕が長い方がいいな」とか「頭はもう少し小さい方がいいかも……」と気付くことがあるんです。大きな修正が発生する場合は追加費用をいただいていますが、微調整の範囲であれば追加料金はなしで対応しています。
そして、完成した芯材は一度すべて分解します。そして芯材をもとに生地を切り取り、ミシンで芯材と生地を重ねて縫合作業に移ります。すべてを重ね合わせたら、内部にファンを取り付けて完成です。ファンの費用や材料費、人件費が製作料に含まれています。
基本的にはお客さまとのやりとりを私一人で担当し、図面担当、芯材担当、仕上げ担当はそれぞれ分担しています。美術・服飾などの大学・専門学校を出たスタッフが多いですが、中には純粋に着ぐるみに対する興味を持って入社した、未経験者のスタッフもいるんですよ。
作った着ぐるみたちは我が子のような存在
──改めて、エアー着ぐるみは保管場所にも困らないし、普通に歩いているだけでもポヨポヨした動きになって可愛いですね。
実際、「アクター経験のない人でも扱えるような、軽量の着ぐるみが欲しい」という背景から、お問い合わせをいただくことが多いです。弊社は法人向けのお取引に特化しているのですが、ご依頼元は官公庁、市役所などの自治体、一般企業から教育機関までさまざま。
特に、プロのアクターが中に入るのではなく、社員さんや職員さんが着ぐるみを着用することを想定しているお客さまが多い印象です。だいたい月に12〜15体ほど、多いときは20体以上を納品しています。
──衣笠さんはなぜエアー着ぐるみを作るようになったのですか?
もともと『セサミストリート』の監督であるジム・ヘンソンが作った、パペットや機械仕掛けの人形が出てくる『ラビリンス/魔王の迷宮』という映画が好きで。美大を卒業後、新卒では一般的な着ぐるみを制作する会社に入社しました。
あるとき、着ぐるみ研究の一環として訪れたイベントで、エアー着ぐるみを偶然見かけたんです。ポヨポヨとした動きがすごく可愛かったんですよね。ぬいぐるみをそのまま大きくしたような第一印象でした。
その後いろいろあり、「会社生活が向いてないかも」と思い悩む時期があって。いろんなことにチャレンジしたくなり、制作会社を1年間で退職しました。退職と同年の2015年に独立し、現在に至ります。
──独立当初からエアー着ぐるみだけを中心に制作されていたんですか?
最初は「すぐには受け入れられないだろう」と思い、従来型の着ぐるみと並べて販売していました。発注数は半々だったのですが、徐々にエアー着ぐるみの方が増えて。9割以上がエアー着ぐるみの発注になっていった2022年時点で、従来型の着ぐるみの販売を一時停止しました。
でも、前職から独立後にかけて従来型の着ぐるみを作っていた時期は、3Dソフトを頼らずに、手作業で計算しながら芯材を作成していたんです。「平面から立体を想像する」ことを経験したからこそ、現在のキャリアにつながっていると思います。今ではイラストをパッと見ただけで「ここはこう作ろう」というざっくりした製図が浮かぶようになりました(笑)。
──エアー着ぐるみを作り始めて8年になりますよね。仕事が続いていることのモチベーションはなんだと思いますか?
制作中に目の前のお客さまからインスピレーションを受けることで、価値観の変化につながることですかね。自分自身の成長に気付く瞬間の喜びはモチベーションになっていると思います。
ただ、一番は世に出た着ぐるみが活躍している姿を、SNSなどを通じて確認できたときです。自分が作った着ぐるみを「可愛い!」と言って撮影している人などを見ると安心します。
作った着ぐるみたちは、我が子のような存在。着ぐるみたちがどのようにデビューして、どんな場所でファンに囲まれているか、がやっぱり気になるんです。今までに作った着ぐるみのデータはすべて残しているので、ときどき「最近はどうしてるかな?」とふと思い出していますよ。
(文:高木望 写真:鈴木渉)
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