自宅の壁をボルダリングウォールにするためにはいくらかかる?

2023年9月11日

人工的に作られた壁面を、指定されたルートで登る競技・ボルダリング。全身運動を楽しめるだけではなく、目で見ても楽しめることが魅力のスポーツです。近年はボルダリングウォールを自宅に導入し、家の中にいながら「いつでも登れる環境」を作る家庭が多いのだとか。

では、もしリビングの壁をボルダリングウォールにする場合、おいくらで実現できるのでしょうか?そもそも、ボルダリングウォールってどのように作られるのでしょう。

疑問を解決すべく、今回は家庭用・子ども向けのボルダリングウォールの制作に携わる株式会社JOL・金久保翔矢さんにお見積もり依頼&インタビュー。制作の裏には、ボルダリングを愛するスタッフたちによるアイデアと気遣いがありました。

問い合わせはボルダリング未経験者がほとんど

――発注から納品まで、通常はどれくらいのスケジュールを組まれているんですか?

既に建てられている家に取り付ける場合は、基本的に問い合わせをいただいてから、1カ月前後です。ただ、新築の施工期間中にボルダリングウォールを取り付ける場合は、大工さんのタイミングに合わせながら……という感じです。

比率としては、建築途中の段階でお問い合わせをいただくことの方が多いです。新築やリフォームを検討されているお客さまから、ご自宅が完成する1年以上前にご連絡をいただくこともあるんですよ。

――自宅にボルダリングウォールを導入するお客さまの傾向があれば、ぜひ教えてほしいです。どういった目的で検討する人が多いのでしょうか?

弊社にいただくご相談のほとんどは、未経験者からのお問い合わせなんです。もともとは子どもの体力づくりを目的とされるお客さまが多かったのですが、コロナ禍以降は「自宅で子どものストレスを発散するための遊具」として導入を検討されるケースが増えました。

特にお子さんが未就学児で、元気な男の子のご家庭が多いですかね。体力が有り余っていて、施工中も家の中を走り回っているような(笑)。

――今回は「自宅のリビングにボルダリングウォールを取り付けるには」という想定でお話をお聞きしたいです。ボルダリングをするには高さが足りないかな……と心配なのですが、平気でしょうか?部屋の天井の高さは2.4mくらいで、横幅3.6mほどなのですが。

十分ですよ!そもそもボルダリングという競技自体は、大人用でも最高4〜5m程度の高さの壁で行われます。子ども用のボルダリングウォールであることからも、高さ2.5m前後のお部屋に設置するお客さまは多いです。

むしろ2階建ての吹き抜けを使うなど、5m以上の高さがある壁で実施する場合は「ロープクライミング」という別の競技になってしまいます。クライミング用に体に取り付けるロープやハーネスを用意しなければいけません。

弊社では1820mm✕910mmサイズのパネルをご用意していて、部屋の大きさに応じて複数のパネルを並べることで、ウォールを完成させます。少しでもパネルの余りを少なくしお客様の出費を少なくなるようご提案しており、平均して3〜5枚ほどのパネルをご購入されるお客さまが多いです。

今回のように幅3.6m×高さ2.4mの壁一面をボルダリングウォールにする場合は、パネルを5枚用意することが多いです。そして、基本的には床にマットを敷くので、床から20センチ上げたところからの施工にすることで、パネルの長さを調整できればと思います。

一般家庭にボルダリングウォールを取り付けたイメージ

ちなみに1枚のパネルにホールドが15個付けられる仕様になっているのですが、ホールドは増やしますか?経験者ならホールドを増やす場合もありますが、基本的には15個でも十分に楽しめます。

――ホールドは15個でお願いします。雲梯(うんてい)やぶら下がりロープなどのオプションも付けられるようですが、人気のオプションがあれば教えてください。

「ハリボテ」といって、三角形の突起物を追加されるかたは多いです。目で見ても楽しいので、付ける予定がなくても一応現場には持っていくようにしています。「こういう感じです」とその場で見せると「かわいい!」と追加発注してくださるお客さま、結構いらっしゃるんですよ。

写真中央にある緑の三角形が「ハリボテ」

――確かにかわいい。ハリボテも追加でお願いしたいです!

では、4種類あるハリボテの中でも大きさの違う2つを取り付けてみましょうか。お見積もりはこちらになります。

安全性とビジュアル、両方が大事

――パネル費用の中に、材料費と加工費、設置費が内包されているのですね。「加工費」という項目が気になったのですが、これはどういった作業を指しますか?

厚さ15mm以上の板に穴を開け、ホールドを板に装着するための「爪付きナット」を穴に打ち込み、板の表面を研磨し、塗装するまでの作業のことです。この加工作業は、設置作業よりも大変かもしれません。爪付きナットを板に打ち込む作業が特に重要。出来が悪いと設置作業にも響きます。

爪付きナットを板に打ち付ける様子

――どういったところが重要なのでしょうか。

弊社のボルダリングウォールは、ホールドの付け替えもお客さま自身が行えるようにしています。ただ、付け替えの際にナットがポロッと取れてしまうと、二度と同じ位置にホールドを装着できなくなってしまうんです。まっすぐ打ち込むこと、そして爪付きナットの装着部に接着剤を塗ることで、強度を担保しています。

ちなみに、爪付きナットを穴に打ち込む作業は新人の仕事。ぼくも入社当初に経験していましたが、これがかなり難しくて(笑)。力加減を間違えると、爪付きナットが板に曲がった状態で打ち込まれてしまうんです。すると、板の表面にもヒビが入ってしまう。ちゃんと打てるようになるまでに苦労するスタッフは多いです。

――ナットをまっすぐ打ち込めるようになったら一人前、ということですね。作業は分担制なんですか?

分担制ですが、業務が固定されているわけではありません。うちはボルダリング教室もやっていて、制作スタッフが講師を兼任しているんです。だから「Aさん宅はこの作業まで終わりました」と毎日引き継ぎながら、教室に入っていないスタッフが制作作業を行うようにしています。

あと、もう一つ神経をすり減らすフェーズがあるんですよ。それはパネル同士の結合作業です。つなぎ目を見えなくし、元から「大きな一枚の壁」であるように見せることに注力しています。

――安全性というよりは、視覚的な理由で意識すべきポイントでしょうか。

その通りです。ボルダリングウォールの魅力は、単に「体を動かせる」だけではありません。「目で見て楽しめる」ことにも魅力があるからこそ、細かいところもこだわっていきたいんです。見た目が悪いことで、せっかく自宅に導入したボルダリングが続かなくなってしまう……なんてことがあると嫌ですからね。

お客さまの数だけ違うルートがある

――そういえば、先ほど「施工時にハリボテを見せて追加することもある」とおっしゃっていましたよね。ボルダリングのホールドって、どのように配置場所を決めていらっしゃるんですか?

その都度、現場に向かった担当者が考えていますよ。

――えっ、その場で考えているんですか?

最近は完成イメージが見えるよう、見積もりと一緒に完成図をご提出するようにしています。子どもの年齢や設置場所の環境を加味しないと、使いにくさから次第に遊んでもらえなくなってしまうんです。最終的なデザインは、ご家庭の様子を確認したうえで、現場で確定させています。

――一つのボルダリングウォールで何種類かのルートを選べるように作っていらっしゃいますよね。難易度はどのように設定されることが多いんですか?

簡単なコースからやや難しいコースまでを、4〜5種類くらい用意しています。基本的に弊社のボルダリングウォールは、未経験者ないし初心者のお客さまが楽しむための製品。ボルダリングジムでは10級から初段までの難易度が用意されていることが多いのですが、弊社のボルダリングウォールは、一番難しくても4級程度になるよう調整しています。

――なるほど。事前に用意するホールドも、絞り込んでから施工に取り掛かるのでしょうか?

形や大きさがランダムだからこそ、ある程度絞りつつ、予備をたくさん持っていくようにしています。お子さんの手の大きさによって、持ちやすいホールドは違いますから。また、お父さんやお母さんが一緒に遊ぶかも重要です。

一つ一つ形が異なるホールド。「恐竜型」などのユニークなデザインも

「どうやって遊びたいか」をヒアリングしながら、最適なホールドをその場で選びます。「お父さん向けに難しいコースも用意しました」なんて、コミュニケーションを取りながら施工するのは楽しいですね。

――ボルダリングウォールを導入している家の数だけ異なるルートが存在するということですね。

担当者によってルートの組み方も違いますからね。「ムーブ」という、少し大きな動きをしないと移動できない箇所を考えるのも楽しいです。「ここで落ちたら可哀想だから、後半部分にムーブを作ってみよう」とか(笑)。自分も楽しみながら作業し、3〜4枚程度なら、だいたい半日程度で施工が完了します。

ただ、施工作業はボルダリングウォールが完成しただけでは終わりません。その後、実際に制作担当者自身が「試運転」をして、初めてすべての工程が終了します。

――お客さまよりも先に、ボルダリングウォールを使ってしまうんですか?

むしろ経験者かつ大人の我々が一度試さないと、安全確認ができないんです。完成後、すべてのホールドを使って一通りのルートを登り、軋みやぐらつきがないかを確認します。大人が登って問題ないということは、強度も心配ない、という証拠。確認作業を終えてやっと、お客さんに明け渡すことができるのです。

また、試すことの目的は「手本を見せる」ことにもあります。施工中の様子を不安そうに見ながら「こんな無茶なコース、絶対に登りきれるわけがない」と心配されるお客さまもいらっしゃるんです。だから「ここは難しいけれど、こういう登り方をすればクリアできますよ」と見せることで、安心してもらうんです。

単純に「登ってみたいなあ」という好奇心から、作業中に試すこともありますけどね(笑)。

――金久保さんは、もともとボルダリングがお好きでこの業界に入られたのですか?

そうですね。18歳のころからボルダリングをずっとやっていて。

ただ26歳までは、食品の製造会社ではたらいていました。仕事に疲れちゃったころ、もともと知り合いだった弊社の代表からお声がけをいただき、そのまま転職したんです。JOLに入社し、現在3年目になります。

――今までに携わった施工件数は、どれくらいになりますか?

月に2件は最低でも施工に関わっているので、70件以上は担当していると思います。小さなものはパネル1枚だけの案件から、それこそ数十枚ものパネルを繋ぎ合わせる大掛かりな制作まで。小学校の体育館の全面に取り付けたこともありました。

先ほども言った通り、お客さんの多くはボルダリングの未経験者なんです。それでも完成したボルダリングウォールに対し「かわいい!」「取り付けてよかった」と喜んでいただくときがうれしい。そして完成後、お子さんやご家族と一緒にボルダリングで遊んでいると、仕事中であるのをつい忘れてしまうこともあります。

ぼく自身がボルダリングを好きだからこそ、その魅力をお客さまに伝えられた瞬間が面白くて。それが仕事を続ける理由になっていると思います。

(文:高木 望)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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