自称「オタク」社員が開発。擬態モード搭載の“推しごとバックパック”はなぜ生まれたのか
普段は通常のバックパックとして使え、“現場”に着けば、推しへの愛を全開放できる——
2023年春から現在にかけて、X(旧Twitter)上で絶大な支持を得ているバッグがあります。大手電子機器メーカー・エレコムが開発した、「推しごとバックパック」です。
その名のとおり、「推し活」をしながら「仕事」も頑張る人が気兼ねなく持てるようデザインされた、“擬態モード”搭載の推しごとバックパック。
「エレコム」と聞くと、マウスやキーボード、モバイル製品を真っ先に思い浮かべる人も多いでしょう。手堅い老舗メーカーのイメージが強いエレコムがなぜ、推し活中の人びとを応援するアイテムをつくったのでしょうか?
自らを「オタク」と公言する開発者の大嘉(おおか)真伍さんに、アイデアのきっかけや、斬新な企画を社内で通すために工夫したことを伺い、ものづくりや企画開発へのヒントを探ります。
オタク文化への固定概念を覆したい
「小学生のころは『スターウォーズ』、中学生からは『銀河英雄伝説』にハマり始めて。SFやアニメが昔から大好きで、最近はVtuberにもハマっています。一口にオタクと言ってもいろいろな方がいらっしゃると思いますが、私は推しのキャラクターのグッズを集めるのが好きな、収集癖のあるオタクに属すると思います」
そう語る大嘉さんは、オタクといえども趣味として楽しんできたため、アニメなどの関連職に就きたいと思ったことはありません。
幼いころから工作が大好きで、物を作ることへの探究心が高じて、理系大学で量子力学と物性物理学を専攻。
2018年4月、「実際にエンドユーザーの手に届くものづくりに携わりたい」という思いから、エレコムに入社しました。
入社から8カ月で現在のチーム、非通電開発部 非通電開発課 サプライチームに配属された大嘉さん。そこで任されたのは、「バッグ」の担当でした。
「アニメキャラの衣装作りで縫製を少しかじってはいたものの、想定外の配属に正直、驚いた」と言います。それでも「やるべきことはやらなければ」と、バッグの縫製について勉強し始めました。
いざ学んでみると、次第にバッグに興味が湧いてきました。それまでファッションにあまり関心がなかった大嘉さんですが、道ゆく人のバッグを見ては「なぜこのデザインなのか?」「どうやって縫製されているのか?」「どういった点が使いやすいのだろう?」と気になるように。特に、“人びとがバッグに求める要素”については、日ごろからよく考えるようになりました。
2019年春になると、大嘉さんの中でどうしてもつくりたいアイテムが出てきます。それが、推し活を全力で楽しみつつも、人目を憚らずに持ち歩けるバッグです。推し活とは、自分の好きな人やキャラクターに関するグッズを集めたり、イベントへ行ったり、ファン同士で交流したりする活動のこと。
一昔前から巷では、「痛(いた)バッグ」と呼ばれる、「透明窓」付きのバッグが人気を集めていました。透明窓は、推しに関するバッジやキーホルダーを飾るためのもの。けれども当時は、フリルやリボンのついた女性向けのデザインが多く、大嘉さんは、男性向けのデザインが展開されないことにモヤモヤを抱いていました。
「ある種、“男性はこういうバッグを持つべきではない”という固定観念があったのでは?と個人的に思います。そもそもオタ活自体まだまだ一般的ではないと感じていましたし、例えば日常生活でアニメキャラのTシャツを着るのも、周囲の目が気になって、憚られてしまうこともあると思います」
2019年冬、ビジネスバッグの開発をいくつか経て自信がついた大嘉さんは、こう思います。
「そろそろ、自分のやりたい企画を出してもいいタイミングかもしれない」
そうして、推しごとバックパックの企画立案をスタートしたのです。
4、50ページに及んだ企画書
とはいえ、エレコム社内にオタクが何人いるのかも分かりません。企画を通すにはまず、推し活に興味のない上司や社員にも「なぜ開発すべきか」を分かってもらう必要があります。
そこで大嘉さんは、サブカルチャー(オタク文化)に対する固定観念を覆すようなデータを、企画書に盛り込もうと考えました。なぜなら、オタク文化がサブカルチャー=少数派と呼ばれていること自体に、大嘉さん本人が疑問を抱いていたのです。
「例えば、いわゆるキャラクタービジネスの市場規模は約1兆円で、靴や本、医薬部外品ともほぼ同等。生活必需品と言っても差し支えないレベルです。だから、『サブカルチャーはもはや日本のメインストリームだ!』ということを示したくて、さまざまな比較データを集めました」
大嘉さんはこれらの比較データを企画書に入れ、なおかつ、オタク界隈の経済規模の大きさを「社内に知らしめる」事実も掲載しました。
「私は普段から同人イベントによく参加するのですが、比較的小規模に開催される大阪のコミトレ(コミックトレジャー)でも1万人以上、東京のコミケ(コミックマーケット)となると3日間で10万人を軽く超える動員規模が当たり前です。それぐらいオタク文化というのは、経済を回す力があるんですよね」
また、「このバッグをつくることには事業的な意味がある」ことを示すための市場分析にも力を入れました。ちなみに大嘉さんは、当時入社2年目。大学でマーケティングを専攻していたわけでもなく、すべてエレコムに入社してから勉強したスキルで行ったことです。
「市場分析で活用したのはTwitterです。Twitterはオタクの生息域なので、イベントのたびに、好きな作家さんに挨拶をしたこと、グッズを買い漁ったことを報告される方や、痛バッグの写真と一緒に『◯◯のイベントに行ってきます』と投稿される方がたくさんいらっしゃるんですね。
こうしたツイートをもとに、いいね数やリツイート数を含め、『世の中にはこれだけの需要がある』『このぐらいのレベル感のデコレーションが当たり前なんだ』というエビデンスをたっぷり集めました。」
企画書は気付けば、約40〜50ページに及んでいました。
「決して意識したわけじゃないのですが、『(大嘉さんがそれまで企画したほかのバッグに比べて)推しごとバッグシリーズは企画書の雰囲気が違う。ページ数もマーケティングの量も、熱量も何もかも』と上司によく言われます(笑)」
「両手を空けたい」「スマホ5台持ち」……自身の推し活経験がヒントに
開発チームの上司は「めちゃめちゃ面白い!」と賛同してくれました。しかし、実際に売る側となる営業チームからは、「本当に需要があるのだろうか?」という疑問の声も聞かれました。
そこで大嘉さんは、消費者としての経験から、「大手アニメショップのリアル店舗でアニメグッズの横に並べれば買ってもらえるのでは?」「SNSでこういう広め方をしてはどうか」などと販売経路を提案。営業チームも賛同し、本格的にデザインの考案が始まったのです。
「デザイン案は10例前後は出たと思います。そもそも、当初は必ずしも『バックパック』にする予定はなく、弊社がこれまでつくってきたようなビジネスバッグやショルダーバッグに『透明窓を隠せる機能』をつけたらどんなデザインになるだろう? と、たくさんのラフスケッチを書きました」
「擬態モード」は、大嘉さんが絶対につけたい機能でした。Twitter上で「痛バッグを手づくりしてみたいが、会場への移動時に恥ずかしい」という男性からの投稿を複数見かけており、なにより大嘉さん自身が「こんなバッグがあったらいいのに」と感じていたからです。
ただ、「明らかに『隠している』ことが分かると、結局は周囲からの目線が気になって背負いにくいものになってしまうので、“普通のバッグに見えること”に非常に気を配った」と言います。
最終的にバックパック型に決めたのも、オタクとしての経験がヒントになりました。
例えばコミケなどのイベントには、意気込みから開始時間よりも早く到着する人が多いため、ほぼ必ず「待ち時間」が発生します。その時に暇をつぶすためのスマートフォンを複数台持つのはオタク界隈では当たり前で、大嘉さんもスマートフォンを5台所有し、うち3台で別なゲームアプリを起動しつつ、1台で音楽を聴き、残り1台を連絡用に使うこともあると言います。
「それに付随してモバイルバッテリーも必要ですし、とにかくグッズをたくさん買ってしまうので、イベントの前後を問わず荷物がどんどん増えていくんですね。それらを十分収納できる容量、なおかつ運搬時の負担が少ないデザインがバックパック型でした」
悩みに悩んだターゲット
デザイン決めで最も悩んだのは、「どのユーザー層をターゲットにするか」でした。もともとエレコムはビジネスバッグやOAバッグを開発していたため、「エレコムがいきなり痛バッグをリリースしたら、元のユーザーがどう感じるだろう?」という懸念は、当然立ちはだかります。
そのため第一弾は、あくまでもエレコムが主力製品として販売してきた「ビジネスバッグ」の立ち位置で、それらのメインターゲットであるビジネスパーソンのニーズを満たすアイテムとしてテスト的に売り出し、以降はユーザーの反響を見て改善を重ねていこう、という案にまとまったのです。
第一弾は、その斬新なネーミングとアイデアがメディアの注目を集め、新聞やニュースサイトで取り上げられました。「取り上げていただいた記事の数は、エレコム製品の中でもかなり多い方だったと思います。その反響は、やはり驚くものがありました」と、大嘉さんはうれしそうに振り返ります。
「ただ、バッグというのは、機能的である以上にファッション性を求められるアイテムなので、第一弾の反響の中には一部『見た目がダサい』とか、『ちょっと普段使いはしにくいかな……』という声も見受けられました」
加えて、社内外問わず「こんなバッグ持ちたくない」という声が挙がったのも事実。それでも大嘉さんがモチベーションを保ち続けられたのは、「擬態モード」に対するユーザーからの共感の声が、予想以上に多かったからでした。
「透明窓を隠せるから、普段から推しを背負って出歩ける!」
「エレコムには絶対オタクがいる」
——ニーズは確実にある。しかもオタク市場は巨大なマーケットだ。
「確実にたくさんの方がブラッシュアップされた推しごとバックパックを求めているだろうと、半ば確信を持っていた」という大嘉さんは、第二弾を必ず発売させよう、と心に決めます。
飛び抜けたことはせず、コアの顧客層を中心に慎重に売り出した第一弾。しかし第二弾は、思い切って「推し活を楽しむ多様な人びと」をターゲットに定め、男女問わず普段使いできるような、シンプルかつファッション性も意識したデザインに切り替えたのです。
2023年4月、ある社員が個人のTwitterで推しごとバックパックを「弊社とんでもないリュック売ってて笑う」と写真付きで紹介したところ、10万いいね、1.9万リツイートを超える反響がありました。
「何も知らずに朝起きて、スマートフォンを見たらチャットツールに『おめでとう!』という連絡が開発部のメンバーから複数入っていて。なんのことだろう? と思いながら出社すると、やたらと社内でちやほやされて(笑)、Twitterでバズっていると知らされて見てみたら……驚くというより、呆気に取られました」
第一弾、第二弾ともに、推しごとバックパックへの賞賛の声は今も続いています。大嘉さんの「確信」が当たったのです。
ところで、推しに関するグッズをわざわざ「見せる」ことには、どのような意味があるのでしょうか。
「一つ目は、私がこのタイプなんですけど、『推しと一緒にいられる状態そのものを楽しめる』ということ。外出先でも、自分のそばに常に推しのキャラクターがいてくれる。これだけで満足感も得られますし、それこそ仕事も捗るんですよね。
2つ目は、特定の推しに対しての愛情の高さを、物量や、カスタマイズの完成度の高さで主張して、『私はこのキャラクターがこれだけ好きなんだ』というのを周囲に知らせる意味があると思います。自己表現といいますか、オタク界隈の文化と言えるかもしれません。これがきっかけで新しい交友関係が生まれることも多いです」
ここまでの話で、入社2年目の大嘉さんがヒット商品を手がけたことに驚き、加えて「大手企業だからできたことなのでは?」と思う人もいるかもしれません。
確かにエレコムには「自ら進んで学ぶ姿勢があれば、入社1年目からさまざまな挑戦をさせてもらえる」風土があるそうです。が、一見斬新で変わった企画が社内で賛同を得られたのは、それ以上に大嘉さんに「熱意」があったからでしょう。
「まずは自分の企画に“自信”を持つこと。そして、その自信を裏づける方法として、数的なエビデンスを集めることが大事だと思います。あとは、『初見(企画を初めて見る)の人が見て疑問に思うところはないかな?』と客観的に見ること。自分の好きな分野であるほど俯瞰してみるのは困難で、上司をはじめ第三者からのフィードバックはやはり、とても参考になります」
溢れんばかりの熱意がありつつも、「オタクの自分」と「企画者としての自分」を切り離して考える努力を怠らなかった大嘉さん。
「オタクレベルの高さは、自分の持ち味。自分の行動パターンに照らし合わせてつくったバッグを褒めていただけたことは、ものすごくうれしいですね」
(文・原由希奈 写真提供:エレコム株式会社)
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