「効率よく太れる」話題の“溶かしバター風オイル”、高いのに売れるのはなぜ?
「ありそうでなかった」「効率よく太れる」といったコメントで大いにバズった液状バターオイル『すぐに使える かける本バター』。溶かしバターの代用として使え、常温で持ち運べることから「これなら手軽に使える」「料理の幅が広がりそう」などと好評で、一時は品切れが続くほどの人気商品になりました。
『すぐに使える かける本バター』を開発したのは、100年以上続く老舗油脂メーカー・ミヨシ油脂です。豊富な油脂の知見を活かし、液状化するのが難しいバターを「おいしさ」と「使いやすさ」を両立したオイルに仕上げました。しかも、『すぐに使える かける本バター』は会社初となる一般消費者向けの製品で、開発には苦労したそうです。開発担当者の藤田穂菜美さんに、ヒットに至るまでの道のりを伺いました。
価格よりもおいしさを優先し、唯一無二の商品になれた
――『すぐに使える かける本バター』を開発したきっかけは?
もともとは、ベーカリーやパティスリー向けに業務用の液状バターオイル『サブール』という製品を販売していたのですがとても好評で、有名シェフの方にも愛用していただいていました。社内で「これだけ評価されているのだから、一般消費者の方向けにもつくったらどうか」という意見が出て、会社初の一般消費者向け商品を開発することになりました。
――業務用の『サブール』とは、何が違うんでしょうか?
商品名と中身を変更しました。これまで弊社では、ベーカリーやパティスリーなどのお店の味の企業秘密を守るため、厨房を見られても大丈夫なようにあえて「どんな原料かが分かりにくい商品名」をつけることがありました。『サブール』はフランス語で風味という意味で、風味にこだわった製品ではありましたが、バターを連想できない名前でした。そのため、一般消費者の方に売るには、まずは手に取ってもらいやすいよう「どんな商品かがすぐに分かる商品名」にする必要がありました。
また、利便性向上と配送上の問題解決のため、冷蔵品から常温品へ変更しました。バターが抱える全ての課題を解決したかったので、常温保管が実現できれば、まさに「いつでもどこでも、美味しいバター風味が味わえる」夢のような商品になれると思いました。そして、『サブール』の場合は取引先に直接届けていたので冷蔵で問題なかったのですが、Amazonなどで販売するには食品以外を扱う物流倉庫でも保管できるようにしなければなりません。常温保管できる成分に見直しつつ、酸化しにくく遮光性のある容器にしました。
――中身から外見まで変えているんですね。商品名が『すぐに使える かける本バター』になった理由は?
分かりやすく伝えたいポイントは「バターを液状化した」というコンセプトです。液状化したバターであることを伝えるには「かける」という使用方法を商品名に入れてしまうのがベストだと考えました。そして『すぐに使える』を枕詞に入れることで、商品のメリットをしっかり訴求しています。
悩んだのは『かける本バター』の「本」を入れるかどうかです。『かけるバター』のほうが語呂が良くすっきりしているので「入れないほうがいいのでは」という意見もあったのですが、バター風味のオイルはバターの匂いがする香料を使っているものがほとんどなのに対し、『すぐに使える かける本バター』は香料を一切使わずにバターオイルだけで味付けしていて、その本物志向を表現するために「本」という漢字を入れました。
――パッケージのデザインも伝わりやすいですね。
バターが溶けているようなイラストを採用して、できるだけシンプルにしました。何かしらの食品にバターをかけている使用イメージにするかで迷ったのですが、そうするとオリーブオイルなどほかのオイルをかけているようにも見えてしまいます。見た人が「何をかけているのか」が分かりやすいデザインにならない可能性があったので、今のデザインに落ち着きました。
――特にこだわり、苦労したポイントは?
やはりおいしさを保ったままバターを液状化するのが一番難しく、苦労しました。
融点の低いバターオイルを配合することで液状化を実現したのですが、実はこのバターオイルは、バターの約3倍のラクトンという成分を含んでいます。ラクトンは乳製品や桃などのフルーツに含まれる華やかな香りの成分なのですが、乳本来の甘みを味わっていただけるよう、香料を使わず、ビタミン類や油脂の配合だけで、常温保管できる成分に仕上げました。
結果として1本あたり約2,000円と、バターとしてはかなり高い金額になりましたが、初の一般消費者向け商品なので「ちゃんとおいしい商品を届けたい」という思いがありました。
開発中に原料相場がどんどん上がっていき、そこに為替の影響も受けたことにより、お求めやすいとは言えない価格となってしまいましたが、味に対して妥協することはしませんでした。その風味の良さを実感して頂いたからか、価格的にも「贈り物にちょうどいい」といった声もあり、うれしい驚きもありました。
――SNSでもバズりましたが、発売後の反響はいかがでしたか?
ありがたいことにとても好評です。バズるとは思っておらず、一時は欠品になりご迷惑をおかけしてしまいました。至急増産の体制を整えました。
インフルエンサーの方が「ありそうでなかった商品」と取り上げてくださってバズったのですが、ほかに類似商品がないことに加え、ちゃんとおいしいことが売れた理由だと思います。「効率よく太れる」ともコメントしてくださって、こんな油脂製品のおすすめ方法があったのか!と目からうろこでした(笑)
「こんな商品が欲しい」を起点に開発し、愛用したくなるメリットを伝え続ける
――新商品はどうやって考案していますか?
『すぐに使える かける本バター』以外は企業向けの商品を扱っているので、取引するお客さまと直接お話する機会が多く、お客さまから直接「こんな商品が欲しい」とご要望をいただいたり、その商談中の対話から商品企画を考えたりすることが多いです。また、今後の食トレンドを見据えてどのような原料が求められそうかを予測し、どんな商品にするかを考えることもあります。
『すぐに使える かける本バター』の元となる『サブール』には、さらに元となる16㎏の液状バターオイル商品がありました。ベーカリーのシェフの方から「小分けにして使うのが大変だから、もっと小さいサイズの商品が欲しい」とご要望をいただき、16㎏の一斗缶を400gのボトル入りにした『サブール』が誕生したんです。
――ニーズに合わせてつくっているんですね。お客さまに商品の良さを伝えるために、商品開発として意識していることはありますか?
「ずっと愛用していただくためにはどのような商品であればいいか?」を考えています。特にベーカリーやパティスリーを含む業務用の商品は、お店の味がコロコロ変わってしまうと良くないので、長く愛用していただく傾向があります。お客さまが満足して使い続けることができる商品にするために、質をとても大事にしています。
――その質の良さを伝えるために工夫していることは?
油脂が、対象の食品にどのように作用するのかを、明確に提示するようにしています。油脂は風味だけでなく、ボリュームや食感など食品の仕上がりに大きく作用します。たとえば、パンの食感を改良する油脂商品であれば、「原料として使えばサンドイッチの食パンが潰れにくくなる」などと具体的にメリットを説明することで、お客さまもどういう風に活用できるかイメージしやすくなるんです。もちろん科学的な検証も行いますが、通常のパンと弊社の油脂商品を使ったパンのそれぞれに重石を乗せ、どれくらい凹んだかを写真で見せるなどして、視覚的にも分かりやすく訴求するようにしています。
こうしたメリットは入念な市場調査をして、お客さまのニーズを踏まえて考えているので、訴求したポイントが評価されて商品が採用された時に一番やりがいを感じますね。
――これからどんな商品を開発したいですか?
「この原料があったからうちの商品ができた」と言ってもらえるような、唯一無二の原料を開発したいです。ミヨシ油脂の強みは、粉末体・液体・固体すべての油脂製品を扱っていることです。お客さまのニーズに合わせて幅広い選択肢を提案することで、お客さまが追い求めている理想のおいしさが実現できる商品をお届けしていきたいです。
また、個人的な願望ですが、BtoC向けの商品作りも引き続き行っていきたいと考えています。かける本バターと同様に、プロの料理人が愛用している特別な味を、ご家庭でも手軽に味わえるようになるといいなと思っています。
(文:秋カヲリ 写真提供:ミヨシ油脂株式会社)
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