NHK朝ドラ『ブギウギ』スズ子が「ワテ」を使う理由——ドラマを支える「方言指導者」の仕事に迫る
2023年10月から放映開始し、戦後のスター歌手・福来スズ子の人生を描くNHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』。主演の趣里さんは東京出身にも関わらず、勢いのある大阪弁を使いこなしています。
趣里さんに大阪弁を指導しているのは、方言指導者として活動する一木美貴子さん。一木さんはご自身も役者として活動する傍ら、数々のドラマや映画で大阪弁をレクチャーしてきました。
役者が違和感のない大阪弁を使って演技に専念するために、「方言指導者」はどのようなサポートを行なうのでしょうか。仕事の裏側について、一木さんにインタビューしました。
方言指導者デビューは時代劇だった
——そもそも「方言指導者」ってどんなお仕事なんですか?
簡単に言えば、ドラマや映画などのセリフを自然で違和感のない方言に置き換え、役者さんにイントネーションを伝えるのが仕事です。私は大阪弁の指導を行っています。
大阪弁って「船場」「泉州」「河内」「摂津」など、地域によって違うんですよ。さらに時代によって言葉も変わる、難しい方言なんです。
——ご自身は、普段大阪弁を話されるときにどの言葉を使われていますか?
私自身は堺市生まれの枚方(ひらかた)育ち。堺市でよく話されている河内弁、京都に近い枚方エリアで話される京都弁、あとは大阪中心部の船場言葉がまざったものを喋っています。大阪弁の自然なイントネーションを忘れないよう、訛りのない「標準語」はできるだけしゃべらんようにしていますね。
——方言指導者の道を歩むようになったきっかけは?
以前所属していた事務所の社長が「ドラマの方言指導をしてみないか?」と勧めてくれたのがきっかけでした。
その作品というのは、蟹江敬三さんが出演したNHKドラマ『浪花の華~緒方洪庵事件帳~』(2009年)。「舞台となる江戸時代当時の大阪弁ではなく、現代の人が聞いて分かる大阪弁を」というオーダーだったので、私でも役に立てそうだと思ったんです。かつ芝居の勉強にもなりそうだったので、お引き受けしました。
——初仕事はいかがでしたか?
蟹江さんは東京のご出身にも関わらず、あっという間に大阪弁をマスターされていました。たまに「あっ、ちゃうな」と思って駆け寄ろうとしても、「分かっている、あそこだろ!」って制止されて。もう、すばらしい役者さんでしたね。
私はその演技を間近に見ることができて、「うわあ、ええ芝居しはるなぁ!」って感動しきり。初回から幸せな体験ができたことが、方言指導者としてのキャリアを歩むきっかけとなりました。
キャラクターと時代を考えながら言葉を選ぶ
——普段のお仕事の流れはどのように進むのでしょうか?
まず台本をいただき、私が適した大阪弁を考え、監督やプロデューサーに提案します。それを脚本家の先生も含めて審議し「それで行こう!」「いや、訛りすぎて伝わらないから別の表現で」などの取捨選択を経て、大阪弁バージョンの台本が出来上がります。
——台本のセリフを大阪弁に置き換えるときって、どうやって進めるんですか?
最初にまずチェックするのが「キャラクター」と「時代背景」です。
特にキャラクターは、年齢・家庭環境・育ちを重視します。賑やかな家庭や活気のある港町で育つと、口調もはつらつとしますよね。町の商売人の元で育っていれば、商売人の言葉で話すようになります。
NHK朝の連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ブギウギ』の主人公・スズ子の一人称も、大正末期〜第二次世界大戦後という時代設定を鑑みると「私」が自然。しかし、あえて「ワテ」にしています。
——なぜ「ワテ」を採用したのでしょう。
自分のことを「私・ぼく」と言いはじめたのは、明治・大正時代の小学校教育が普及してからでした。一方で、小学校に行っていない大阪の子は、みんな「ワテ・ワイ・ウチ」と言っていたわけです。
スズ子の母親は学校に行っていなかったから、自分のことを「ワテ」と言います。スズ子にとってお母ちゃんは憧れの存在。学校で「私」という呼び名を学んでいても母のマネをするでしょうから、「ワテ」にしました。
——常に正しい言葉を使うのが正解とは限らないのですね。
「広く伝承されている大阪弁」を念頭に置きつつも、監督や脚本家の思いをきちんと聞きながら「作品にふさわしい大阪弁」を考えます。そのへんが、学術研究と方言指導の違いですかね。
たとえば明治後期から大阪で使われてきた「べっちょない(別条ない)」という言葉は、現代で使われませんし、全国的にも伝わらない方言です。明治時代が舞台の作品を扱う場合でも「大丈夫や」と現代風に言い換えたりします。
——適切な言葉を提案するためにも、普段から学びが必要なお仕事だと感じました。どういったインプットをされていますか?
事典は常に持ち歩きます。大阪弁って進化・退化のスピードが早すぎて追いつくのが大変! 時代が変われば言葉も変わりますから。制作サイドからお借りする資料はもちろん、古い映画からYouTubeまで、あらゆるものが私の教科書です。
役者の気持ちに寄り添いながら「音」を伝える
——俳優さんへのレクチャーはどうやって進めるんですか?
まず、台本をもとに私の方でセリフを読み、録音して、役者さんたちに渡します。一般的な方言指導では、「ゆっくり・普通・速く」の3パターンで録音されることが多いですね。「あーかーん(ゆっくり)」「あかん(普通)」「アカンッ(速)」という感じです。
ただ、耳が良い役者さんはこちらが意図しない音程の差や発声のフラつきまで耳が拾ってしまって混乱することもあって。私の場合は「普通」の言い方だけを渡すようにしています。
——方言指導で「難しい」と思うのはどういったところですか?
私が担当するのはあくまで「音」の指導である、という点です。
言葉って、感情によって言い方やスピードが変わるでしょう?それでも、感情をこめるのは役者さんの領域なんです。「こう表現したい」という役者さんの思いに寄り添いたい。なるべく感情をぬいて、大阪弁の正しい「音」だけを入れるようにしています。
ただ、役者さんが「一木の解釈でいいから」と言ってくださる場合は、感情をこめて発したセリフも録音してお渡ししています。役者さんによっては「超ゆっくり・ゆっくり・普通・早く・感情入り」などでも録音していました。
音といえば、「見えへん」問題もややこしいんですよ。台本上の表記では「見えへん」としても「見(み)えへん」と「見(め)えへん」で意味が変わるんです。「見(み)えへん」は「見えない」、「見(め)えへん」は「あえて見ない、見たくない」です。
——それは、台本を見ただけじゃ分からない!
だからこそ、朝ドラや映画の収録現場に立ち合うこともあります。大阪弁を使う役者さんの出番になると、スタジオの一番良いスピーカーがある場所に座り、音声さんと一緒にイントネーションをチェックするんです。
その場で大阪弁に関して、監督から複雑なオーダーがあった場合は、関西出身の現場スタッフさんたちへ相談することもありますよ。
——複雑なオーダー、というと?
たとえば「広島出身で、今は大阪に住んでいる人」といった、生粋の大阪弁を話さないキャラクターが登場するケースですね。そういった裏設定を台本だけでは読み解けないことがあって。監督からの指示を受け、撮影現場で調整することはあります。
朝ドラを大阪のスタジオで撮影する時、大阪以外の地域出身である現場スタッフも多いんです。広島出身・大阪在住の音声さんをその場で探し、話を聞いたりします。音声さんは耳が良いですからね。よく相談に乗ってもらってます。
——生の意見を取り入れながら、言い回しの最適解を抽出するんですね。
だからこそ「どこ出身の人か」などは、現場入りする際に音声さんへ質問するようにしています。困ったときにすぐ相談できるようにね。ちなみに3分あれば、おじいちゃん・おばあちゃんの職業まで聞き出せるんですよ。よく「丸裸か〜っ!」なんて言われます(笑)。
「毎日がオーディション」大先輩の言葉に励まされて
——これまでに、一番印象に残っている方言指導の現場を教えてください。
やっぱり、初回の『浪花の華』ですね。
一昔前は、芝居の世界には大阪弁を研究されている先輩役者がたくさんいたんです。先輩方は、肌身に染みついたホンモノの大阪弁が、頭の中にきちっと残ってらっしゃいました。
『浪花の華』に携わったときは、私が辞書で調べた言葉について「このイントネーションで合(お)うてますか?」とか「この表現、大阪弁やったらどんな言い方あります?」とか、もうなりふりかまわず聞きまくっていました。
ほんまに申し訳なかったけど、今の私があるのはいろんな方にご指導いただいたおかげです。
——大阪出身の一木さんでも、指導者としてのプレッシャーは感じますか?
聴力、集中力、語彙力をフル稼働して、ものすごく気を遣います。それだけじゃなく、役者さんとスムーズにコミュニケーションをとるための対話力や、オーダーに対する柔軟性、瞬発力、本の読解力、想像力も……緊張もしますし、ほんまに苦しいと思うときはあります。
大阪の人たちは、ちょっとでも違和感のある大阪弁を聞くと「変や!」ってツッコんできはるからね。それだけ自分たちの言葉に誇りがあるんです。変な大阪弁を使ってしまい「イントネーションがおかしい」と言われるのは、私じゃなくて役者さんですから。
——それでも方言指導者として、さまざまな作品に携わり続けるモチベーションを教えてください。
つい自分のことを「ダメだなぁ」と思ってしまう時、よく思い出すんです。『浪花の華』の収録中に、舞台裏で蟹江さんが「俺たちは毎日がオーディションだからよ、気が抜けねぇんだ」っておっしゃったこと。「まさか大先輩がそんな気持ちで撮影に臨んでいたなんて!」と驚いたものです。
確かに映像はいつまでも残り続け、どこまでも波及していく。だからこそ、ちゃんとしたものを残さなあかんと思うようになりました。私も、毎日がオーディションです。
——お仕事の中で、一番やりがいを感じるのはどういった瞬間ですか?
大阪弁を話す登場人物って、ちょっと下品だったり、荒っぽい性格だったりすることが多い傾向があります。でも本当は普通の人たちがしゃべっている言葉。ちゃんと品もあって、人を思いやりながら話される言葉なんです。
そういう部分がちょっとでも出せたと思えたときはすごくうれしい。新しく得た大阪弁にまつわる知識を、台本に込めていけるところも楽しいです。一生懸命に表現と向き合う役者さんをサポートできることにもやりがいを感じています。
私は、料理の味付けの最後にショウガをちょっと添えるのが役目だと思っています。ちょっとしたもんやけど、そうすることで味が良くなるというか。「引き締まった」って評価をいただけると、「ああ、良かった」としみじみ思います。方言指導の喜びであり、楽しいところです。
(文:矢口あやは 写真:山元裕人)
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