エステサロンから落語家へ。更衣室は男女混合、下積み日給1,700円、伝統芸能で奮闘する舞台裏。

2025年5月29日

スタジオパーソルが運営するYouTubeでは、さまざまな業界ではたらく人の「晩酌まで1日密着」する番組を配信中。

今回密着したのは、エステティシャンから落語家へと転身した鈴々舎美馬(れいれいしゃ・みーま)さん。偶然の出会いから歩み始めた落語の道で、時に「死にたい」と思うほどの厳しさを乗り越え、それでもなお芸を磨き続けています。美馬さんの奮闘する姿から、自分らしくはたらくためのヒントを探ります。

※本記事はYouTube『スタジオパーソル』の動画を一部抜粋・編集してお届けします

落語家の仕事は「稽古をする」こと?女流落語家の舞台裏

「いやあ、逃げられない。逃げられん……」

本番30分前、自分を奮い立たせるようにつぶやいたのは鈴々舎美馬さん。2018年に鈴々舎一門に入門した落語家です。落語家の世界では、一人前になるまでに「見習い」「前座」「二ツ目」「真打」という4つの階級を経る必要があり、美馬さんは「二ツ目」になって2年目を迎えました。

この日は落語カフェで二席の落語を披露する予定とのことで、舞台裏では直前まで台本を見て必死に演目を確認する美馬さんの姿が。近年、各地からの出演依頼が増え、週に1〜2回のペースで公演をこなしていると言います。

「『てにをは』が少し違うだけで噺の意味が変わってしまうので、本来なら何度も繰り返し練習すべきです。でも、ありがたいことに今は次々と違う演目の依頼をいただけるようになって、稽古が追いつかない状態で……」

迎えた本番。お客さんの笑いに助けられながら無事に演目をやり切りました。しかし、真打の落語家・三遊亭志う歌さんは美馬さんの稽古不足を率直に指摘します。

「『稽古が仕事。高座は集金』という言葉がある。今のあなたは仕事をせずに集金している状態だ」

厳しいこの言葉の裏には、大きな期待がありました。

「あなたには才能があるんです。意識せずとも聞き手が笑ってしまうような、独特の面白さが。その才能を無駄にしないよう、とにかく計画的に稽古をしなさい」

「精進します、“仕事”をします」と、深く頭を下げる美馬さん。一般的なオフィスワーカーとは大きく異なる「仕事」「はたらき方」を選んだ彼女が落語家へと転身した背景には、一体どのような想いがあったのでしょうか。

きっかけは「勘違い」から。エステティシャン、事務職を経て落語家になるまで

鈴々舎美馬さんの落語との出会いは、大学時代の思いがけない偶然からでした。

「入学当初は吹奏楽部に入りたかったんです。でも、必ず出席しないといけない楽器決めの日をうっかり勘違いしてしまって、入部できなくなってしまったんです」

行き場を失った美馬さんは、キャンパス内でたまたま落語研究部のチラシを手にします。興味本位で見学に訪れた部室で目にしたのは、先輩たちがテレビゲームで遊んでいたり、お菓子を囲んでおしゃべりしていたりする光景。どこか懐かしく居心地の良い雰囲気に惹かれ、美馬さんは落語研究部へ頻繁に通うようになりました。

そして、新入生歓迎会での出来事が美馬さんの心を大きく動かします。

「いつもダラダラとおしゃべりばかりしていた先輩たちが、着物を着て堂々と落語をしている姿を見て、『かっこいいな、自分もやってみたいな』と思ったのが噺家を志したきっかけでした」

大学卒業後、落語の世界の修行の厳しさを聞き「自分には耐えられないかも」と思った美馬さんは、そのまま落語の道へ進むことは断念します。代わりに選んだのは、大好きなJUDY AND MARYのボーカル・YUKIさんの下積み時代の職業、エステティシャンでした。

しかし、忙しさと肉体的な負担から1年でエステの世界を離れ、建築会社の事務職に転職。この仕事なら趣味として落語を続けられると考えたのです。

事務職に就いてからも、美馬さんの中で落語への想いは大きくなる一方でした。そしてついに、大学時代の落語大会で出会った先輩落語家・鈴々舎馬るこ(れいれいしゃ・まるこ)師匠の紹介で、落語家・鈴々舎馬風(れいれいしゃ・ばふう)師匠に入門の相談をするチャンスを得ます。馬るこ師匠は学生時代から「落語家になりたかったらいつでも相談に乗る」と言ってくれていた恩人で、師匠と同門の兄弟弟子。その後押しもあり、念願の入門が許されたのです。

最初の半年間は会社員をしながら「見習い」修業。その後、次の階級「前座」へと昇格するタイミングで会社を退職し、本格的な落語家の道を歩み始めました。

「仕事が忙しくてどれだけヘトヘトでも、落語への想いは消えなかったんです。落語が私の中で一番大切なものだったので」

「10円ハゲ」も「死にたい」も、すべて笑いに変えてきた

夢を追って会社を辞め、落語の道に進んだ美馬さん。5年9カ月にも及ぶ前座修行は、想像以上に厳しいものでした。落語家を辞めたいと思ったことはなかったものの、「死にたいと思ったことはあるかもしれない」と冗談めかして話す彼女の言葉からも、修行の厳しさが伝わってきます。

「会社員時代はほとんど叱られてこなかったんです。だから寄席での厳しい指導に慣れず、心が折れそうになって。ストレスで“10円ハゲ”ができたこともありました」

それでも美馬さんは修行の厳しさを乗り越える自分なりの方法を見つけていきます。つらい経験を「枕」(落語の本編前の短い話)や新作落語に取り入れ、お客さんの笑いへと変えていくのです。

「つらかったことをネタとしてお客さまの前で話し、笑ってもらえると、自分の中のモヤモヤが浄化される気がするんです」

落語界において、女性の落語家は全体の1割程度。一般的には男性社会での苦労が想像されますが、美馬さんは意外にも「女性落語家として特別に苦労したことはない」と話します。

そんな中でも「女性落語家だから」を意識した瞬間がありました。それが結婚の発表です。満席だった独演会で多くの無断キャンセルが出るなど、一部ファンからの反発は予想以上のものだったそうです。自身は「アイドル売り」をしていたつもりはなかったものの、一部のファンからは「なぜ結婚したのか」と落胆する声もあったと言います。

しかし、美馬さんはこの状況を前向きに受け止めました。

「これまでは“女流落語家”という珍しさで注目されていたのかもしれないけど、ようやく落語の実力だけで評価していただけるようになったと感じました。つまり、これから寄席に足を運んでくださるのは、“私の落語が”面白いから来てくれるお客さまなんだなと」

結婚という人生の節目が、美馬さんの芸への向き合い方をより真摯なものへと変えた転機となったのです。

人生はいつだって“今”が若い。「好き」を諦めずに追いかけて

美馬さんは、落語家としての目標についてこう語ります。

「いつか存在だけでありがたいと思っていただけるような、そんな芸ができる噺家になりたいです。そのために視野を広げていろいろな経験をして、落語に反映させていきたいと思っています」

高い志を持つ美馬さんに、モヤモヤを抱える若者に向けて自分らしく楽しくはたらくためのアドバイスをいただきました。美馬さんは、「どんな仕事にも好きなポイントや楽しめる部分があるので、まずはそれを見つけることが大切」とする一方で、本当にやりたいことがあるなら、躊躇せずに一歩を踏み出すべきだとも言います。

「もしやりたいことがあって、現状の仕事にモヤモヤしているなら、一度挑戦してみたらいいんじゃないかなと思います。落語の世界では40代・50代でも若手だと言われますが、『今が一番若い』という視点は、どんな仕事でもきっと変わらないはずです。『興味を持ったタイミング』が『やるべきタイミング』なのかなと」

最後に、美馬さんに落語家として“はたらく”中で笑顔になれる瞬間を伺いました。

「全力で取り組んだ高座がすっごくウケて、お客さまにワーっと笑ってもらえた時です。その瞬間は時間の感覚がなくなって、体がふわっと浮かぶような、“今この瞬間”だけに没入するような感覚になれるんです。とんでもないエクスタシーを感じる瞬間ですね」

噺の世界に没頭し、今日も高座で心を込めて語る美馬さん。その生き生きとした表情からは、「好き」を諦めずに追いかけた先にある充実感が、言葉以上に鮮やかに伝わってきました。

(「スタジオパーソル」編集部/文:間宮まさかず 編集:おのまり)

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ライター/作家間宮まさかず
1986年生まれ、2児の父、京都在住のライター・作家。同志社大学文学部卒。家族時間を大切にするため、脱サラしてフリーランスになる。最近の趣味は朝抹茶、娘とXGの推し活、息子と銭湯めぐり。
著書/しあわせな家族時間のための「親子の書く習慣」(Kindle新着24部門1位)

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