NHKテレビ体操のピアノ演奏者が語る「10分間の収録」裏側

2024年7月19日

「ターンタータタン♪タタタ……」というピアノのイントロを聴いただけで、自然と体が動いてしまうラジオ体操。NHKではEテレで毎朝、総合で月~金の日中、「テレビ体操」という番組で「ラジオ体操第1・第2」や「オリジナルの体操」などを放送しています。

現在3名のピアニストが、ローテーションで演奏を担当する当番組。収録現場ではどのように撮影を行っているのでしょうか。

1981年からピアノ演奏者として番組に出演しているベテラン演奏者・幅しげみさんに話を伺いました。

「あくまでメインは体操」だということを意識する

──朝の「テレビ体操」の収録では、どういった撮影スケジュールが組まれているのでしょうか。

基本的には収録がある前週の土曜日に体操指導の先生や、実技をする体操のアシスタントさんたちと一緒にリハーサルをすることから始まります。

──リハーサルではどういったことを確認するんですか?

番組では定番の「ラジオ体操第1・第2」だけではなく、年に6回の収録ごとに異なった体操を紹介する「オリジナルの体操」も放送します。体操指導の先生が「腕を振る×何小節」といった台本を準備するので、リハーサルで「体操が10分間の放送内に収まるかどうか」を確認。時間内に収まらない場合は、収まるよう内容を変更・修正するんです。

そして収録当日は、本番そのままの流れを一度スタジオで行った後、カメラリハーサルを経て本番を迎えます。

──カメラの前で演奏するときに、意識することはありますか?

もう長年続けているお仕事なので際立って意識しているわけではありませんが、姿勢や表情もテレビの前の視聴者さんたちに見られている、ということは念頭に置いています。縮こまって険しい顔で演奏していても、見栄えが悪いですよね(笑)。

見栄えで言うと、衣装もそうです。基本的には自分で選んでからスタジオに向かうのですが、華美すぎない服装をチョイスするよう心がけています。

そして演奏の面で意識しているのは「あくまでメインは体操」だということ。主張しすぎない演奏は第一に意識します。その上で仕事として演奏を引き受ける以上、無理のない範囲で自分らしさも出せたら良いな、と。

番組が終わってから「良い一日になりそうだ」とスッキリした気持ちになってもらえるよう、爽やかなタッチでの演奏を心がけています。

「利き演奏者」を楽しむ視聴者も

──では、演奏する内容が決まっている「ラジオ体操第1・第2」の演奏で、幅さんが意識していることはありますか?

前任の演奏者の中には、アレンジをメロディの端々に少し加える方もいらっしゃいました。でも、私は譜面に忠実な演奏を心がけています。

ただ、体操指導の先生によってテンポが若干違うんですよね。キビキビとやる先生もいれば、ゆったりした動きの先生もいる。「第1」が3分10秒、「第2」が3分5秒という目安がある中、収録時の雰囲気や空気感なども加味しながら演奏することを心がけています。

──先生ごとに個性があるとはいえ譜面は同じですよね。一度収録した映像を繰り返し使うのではなく、わざわざ毎回収録し直しているのはなぜでしょうか。

それ、私も思っていたんですよ。1日の収録で6回分の放送を録らなきゃいけない時なんて「ラジオ体操第1・第2」を何度も演奏しますから(笑)。

ただ、「今日の演奏者は誰か」を耳だけで当てる「利き演奏者」を楽しんでいる視聴者もいる、と聞いたことがあります。鍵盤のタッチや演奏の展開で当てるそうですよ。

それだけ演奏を心待ちにしてくださっている視聴者がテレビの向こうにいる、ということに衝撃を受けましたね。

毎朝の10分間を心待ちにしてくださっている視聴者がいらっしゃる限りは、ちゃんと「ラジオ体操第1・第2」を弾き続けたいなと思いました。

「度胸」と「臨機応変さ」が求められる仕事

──ラジオ体操の演奏者は、合唱の伴奏者やソロで演奏するピアニストとは違った技術が求められそうだ、と感じました。実際にはどういったことが求められるのでしょうか。

度胸と臨機応変さが求められる仕事だと捉えています。

先ほどお伝えした通り、テレビ体操は「10分間」という時間の制約があります。尺の過不足が発生しそうなとき、収録当日にその場で体操の内容を変更することも多々あるんです。

体操指導の先生とアイコンタクトを取りながら、本番中にストレッチの「タメ」を長くしたりすることも。タイムキーパーとしての役割を担いながら、変更に対し即座に応じることが求められます。

幅さんとともに「テレビ体操」の奏を担当する細貝柊さん(左)と能條貴大さん(右)

私の場合、学生時代から即興演奏のレッスンを受けていて、演奏のアレンジが求められるポピュラー音楽やジャズピアノも習得してきたんです。だからこのお仕事は自分に向いていると感じます。

ちなみにちょっとした自慢ですが、この仕事を始めてから、本番でNGを出したことは1回もありません。弾き間違いをカバーできるのも、特技の「即興」が活かせているかもしれません(笑)。

私はトラブルが起きた時の切り替えが早いタイプだから、我ながら今の仕事が天職だと思っています(笑)。それでも、思わず焦ってしまうようなトラブルに見舞われることはありますよ。

──幅さんですら焦ってしまったエピソード、ぜひ聞きたいです。

「夏期巡回」「特別巡回」と言って、全国さまざまな地域で公開生放送を実施しているのですが、そのときのことです。湿気の多い地域では屋外にピアノを設置すると、朝露のせいで鍵盤から音が出なくなることがあって。その日も湿度が高く、ピアノの調子があまり良くありませんでした。

もちろん本番直前まで、調律師さんにピアノのコンディションは整えてもらいます。でも繊細な楽器だからこそ、本番中にも鍵盤が重くなってくる。10分間で徐々に音の出せる鍵盤は減っていきました。

──でも巡回は生中継である以上、演奏を止めてはいけない、と。聞いているだけでヒヤヒヤします。

鳴らせなくなった鍵盤は重すぎて、押したっきりしばらく元に戻らないんです。だから、まだ押せる鍵盤だけを使い、なんとか演奏をやりきりました。地域によっては長年使っていなかったような古いピアノで演奏することもあるので、改めて柔軟さが求められる仕事だと痛感します。

──幅さんはテレビ体操の演奏者を始めてから今年で44年目に突入しますが、初めて収録に臨んだ時から、今のように難なく役目をこなせていたのでしょうか?

いやあ、私も若かったせいか、ものすごく演奏のスピードが速かったです。最初の収録は、10分間の番組なのに2分も早く終わっちゃったりして(笑)。ご迷惑をおかけした記憶があります。

収録を繰り返す中で、先輩演奏者たちに「もう少しタメを伸ばす」「こういう動きの時は演奏でも呼吸を意識する」といった技術的なノウハウを教わり、徐々に演奏者としての役割を果たせるようになりました。

──これまでたくさんのテレビ体操に出演してきた幅さん。最後にお仕事の魅力について教えてください。

まず、番組に関わってから「ラジオ体操」のもつ魅力に気付けたのは大きかったです。

巡回で各地域を訪れると、たった10分間の番組のために、数百人〜数千人という人が訪れるんですよ。子どもからお年寄りまで、幅広い世代が同じ会場に集まり、同じ体操を楽しむ光景は圧巻です。

「健康のために」と参加する方もいらっしゃれば「ラジオ体操が好きだから」という理由で訪れる方もいる。大勢に愛されている文化なのだと実感します。

また介護施設などに呼んでいただき演奏するときも「テレビで見たことのある演奏者のピアノで体操できる」と喜んでいただけるのがうれしくて。体操がリハビリにつながり、動かなかった足が動くようになった人もいました。

人々の健康、そして日本人のDNAの一つとして体に染みついている「ラジオ体操」という文化の維持に貢献できているのかな、と感じます。

その上で、個人的には「普通じゃ考えられないような出会い」が生まれるきっかけにもなりました。海外旅行中に「ラジオ体操の人ですよね」とお声がけいただいたことも何度かあるんですよ。遠く離れた土地で、自分のことを知っている人に会えるとは思いませんよね。

そういう出会いが、ラジオ体操の演奏を始めてから数えきれないほどありました。こんな楽しい仕事、なかなか辞められないですよ。

(文:高木 望 写真:naive)

【放送情報】
「テレビ体操」
Eテレ 毎日 午前6:25~6:35
総合 月~金 午後1:55~2:00 午前11:30~11:35(地域により放送、前日分の再放送)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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