身長115cmの後藤仁美さんが、俳優として表舞台に立つ理由。
東京パラリンピックの閉会式。小さな体でドラムを叩き、存在感あるパフォーマンスで会場を沸かせた後藤仁美さん。軟骨無形成症の彼女の体は、身長は小学校低学年の子どもほどですが、腕や脚の長さは同じ身長の子どもよりも短く、胴体は一般的な成人女性とほぼ変わらないという特徴を持っています。
その個性を活かしたSNSでの発信が反響を呼び、イラストレーター・モデル・俳優など、活躍の幅をどんどん広げる彼女。2024年10月18日公開の映画「まる」(主演:堂本剛、監督・脚本:荻上直子)にも出演しています。
これまでの活動を振り返り「流れに身を任せてしかいない」と語る彼女ですが、その半生を掘り下げると、そこには目の前のチャンスを確実に掴む、行動力の源が。多くの仲間を巻き込んで前進する後藤さんの生き方に迫ります。
「軟骨無形成症の人たちの星になる」人生の羅針盤ができた小学生時代
──後藤さんは、体型を活かしたファッションや軟骨無形成症の方に役立つ情報をSNSで発信するなど、明るく前向きな姿が印象的です。
ありがとうございます。幼少期、父から「周りを明るく照らす人になりなさい」と言われて育ちました。
「体が小さくて周りに助けてもらうことが多くても、申し訳ない気持ちを持たなくて良い。明るく『ありがとう』と伝えれば良い。私の存在が周囲に明るい気持ちをプレゼントできれば良い」と。
私が自分の小さな体をマイナスに思わないよう、両親は愛情いっぱいに育ててくれました。友達にも恵まれていて、誰も私を特別扱いせずにいてくれるような温かい環境で過ごしてきました。
その一方で、自分が周囲と違う体型だと気付くのは早かったです。小さなころからおしゃれが好きだったのですが、友達と洋服を買いに行っても、私だけ体に合うサイズが見つからなかったり、周りの子のように着こなすことができなかったり……。
「同じ人間なのに、なぜこんなに違うのだろう」と不思議に思い始めたのは小学生のころです。
──その気付きをどのように受け止めたのですか。
みんなと違う体型で生まれたからには、私にしかできないことがあるのだと思っていました。この想いは今も私の根底にあります。どうして私は小さいのだろう、この小ささを活かすにはどうすれば良いのだろうと、小学生ながらに考えていました。
そうして考えるうちに、おしゃれが好きな私でも洋服探しに苦労するのだから、ほかの軟骨無形成症の人たちはもっと困っているはずだと気付いて。
その人たちが自由におしゃれを楽しむために、何かしたいと強く思うようになりました。「同じ障害を持つ人たちの星になりたい」という人生の羅針盤ができたんです。
大学中退も「流れ」ととらえる柔軟さが、モデル・俳優につながった
──人生の羅針盤を見つけた後藤さん。その後はどのように行動していったのでしょうか。
軟骨無形成症の人のための服を作りたいと思って服飾大学に入学しました。
しかし、課題では自分サイズの服を作ることが許されず、標準サイズの服を作らなければなりませんでした。また、講義を受ける中で、周りよりも行動が遅くなってしまったり、はさみが大きくて持てなかったりと、物理的な厳しさも感じるようになりました。そんな事情が重なり、中退する道を選びました。
──夢を持って入学した大学を中退—。挫折感は抱きませんでしたか。
もちろんありましたが、立ち直りは早く、そこまで時間もかからずに「そういう流れだったんだ」とスッと受け止められたように思います。私には「軟骨無形成症の人の役に立ちたい」という羅針盤があって、そのゴールへのアプローチは一つじゃないはずだと分かっていたのかもしれません。
服作りを辞めてからは、昔から絵を描くことが好きだったことから、イラストレーターを目指して専門学校に通うことにしました。個展を開いたり、ポスターやパンフレットのデザインをしたり。専門学校での経験が今の活動にもつながっています。
ブログで自分のファッションを発信し始めたのもこのころ。もともとキッズサイズの服を着たり、既製品のリメイクをしたりと、自分なりのファッションを楽しんでいたんです。最初はおそるおそる投稿していましたが、「かわいい」「個性的ですばらしい」といった前向きなコメントに背中を押され、今に至ります。
──流れに身を任せる柔軟さと前向きさを感じますね。
私の人生、流れに身を任せてしかいないくらいです。これって結構大事なことだと思っていて。ただ、流れに身を任せながらも、心のアンテナに引っかかることがあればすぐに行動に移す。それも大切にしています。
行動するうちに、自分自身や自分のファッションに自信がつきました。人に見てもらうことへの抵抗がなくなったというか。制服を着なければならなかった学生時代は、見られて嫌な気持ちになったこともありましたが、大人になって「どうせならもっと目立ってもいいんじゃないか!」と振り切ったことで、人と違う体型を、個性や魅力だと思ってくれる人が世の中にもたくさんいると分かったんです。
自分が「やりたい」と思って行動してきたことが認められるようになって、人生の道が開けた感覚がありました。
──モデルや俳優のお仕事はどのような流れで始めたのですか。
ブログを始めた時期に、誰もがファッションを楽しめる社会を創る「ユニバーサルファッション協会」に参加するようになりました。
そこで知り合ったデザイナーさんから東京コレクションのショーへの出演をオファーされたことがモデルを始めたきっかけです。
演技のお仕事をいただいたのも偶然の出会いからでした。知り合いの個展のパーティーに参加したとき、ご一緒した俳優の方から次の舞台に出てみないかとお誘いをいただきました。
そこからいくつか舞台に出させていただき、映画や映像作品にも出演する機会をいただくようになりました。
小さいことを理由に諦めない。ゴールが遠ければ「ゴールの周り」を目指す
──目の前のチャンスを掴む行動力がすばらしいです。失敗が怖くて挑戦できなかった経験はありませんか?
体が小さいことを、何かを諦める理由にしたくはなくて。もちろん周囲と体型が違うことで制限はあります。でも最初から「できなさそうだな」とやらないでいるよりは、まずはやってみます。
でも、いざやってみると、今の状態では最終ゴールへの到達は難しいと分かることもあります。
そのときは、「ゴールは無理でもその周りには行けるかもしれない」「どうすればゴールに近づけるだろう」と考えてきました。あれこれ悩んだり、時には直感に頼ったりしながら、やりたいこと、好きなことに関わってきたんです。
──ゴールに近づくには応援してくれる仲間も必要だと思います。ご縁に恵まれているとおっしゃる後藤さんが、仲間を見つけるために意識していることはありますか?
いつもやりたいことを素直に言葉にしています。「これならできそう」と実現の可能性から考えるのではなく、「こうありたい」と思える姿を大切にしています。
体が小さくて周りに頼ることが多いからこそ、周りを巻き込んで楽しむにはどうすれば良いかを自然と考えられるようになったのかも。
わたしの「こうありたい」を実現する道筋を一緒に考えてくれたり、自信を無くして不安になったときにはお尻を叩いてくれたりして、共に進んできている気がします。
私が突拍子のないことを言っても、「おもしろいね」と思ってくれる仲間のおかげで、良い流れになっていくのだと思います。
「当たり前の存在になる」小さな私の個性が光る役を演じたい
──後藤さんの今の夢はなんですか?
いろいろなお芝居に出て演技の幅を広げ、自分にしかできない役に挑戦したいです。
初舞台のときからお世話になっている天願大介監督は、私が障害者だからではなく魅力的だから選んだと言ってくれました。小さな私だからこそ、輝ける役を与えてくださったんです。
“障害者役”など特別な存在としてお芝居の世界に登場するのではなく、多種多様な人たちの中の一人、いわば“当たり前の存在”として登場したい。お芝居の世界にいる役者さんたちは、それぞれが十人十色の輝く個性を持っているもの。その魅力的な個性のうちの1つとして、私の表現を楽しんでもらえたら良いなと。
私の活動によって世の中の人が軟骨無形成症という存在を知り、世界にはいろいろな人がいると知ってくれたらうれしいです。
(文:徳山チカ 編集:いしかわゆき 写真提供:後藤仁美)
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