“リアル”じゃない「オンライン版リアル脱出ゲーム」はどうやって生まれた?
現実の「場」を舞台にして、仲間と協力して謎を解いていく体験型エンターテイメント「リアル脱出ゲーム」。2007年の誕生以来たちまち人気を集め、延べ820万人以上ものプレイヤーを動員。海外にも展開し、世界的に人気を集めるコンテンツへと成長しています。
そんな「リアル脱出ゲーム」を企画・運営してきた株式会社SCRAPもまた、2020年コロナ禍により大きな打撃を受けた企業の一つです。
コロナの猛威によって開催予定だった公演がすべて白紙となってしまう緊急事態。そこで同社はオンライン展開に活路を見出し、予想を上回る成功を収めます。
「リアル」だからこそだったはずのリアル脱出ゲームを、なぜオンラインで成功させることができたのか。その謎を探るべく、SCRAP代表取締役の加藤隆生さんに話を伺いました。
「リアル脱出ゲーム」からリアルをとると──?
2020年に新型コロナウイルスに関するニュースが出始めたころは、加藤さんはまだこの事態を深刻には捉えていなかったそうです。
「僕自身は正直なところ、『大変な人も出てくるんだろうな』と他人ごとのように考えていました。しかし、三密という言葉が盛んに繰り返されるようになって『おいおい、うちって完全に三密をつくり出してるじゃないか!』って、事態の大きさに気付いたんですよ」
まず社内で危機感を口にしはじめたのは、SCRAPが展開する店舗のスタッフでした。店舗でお客さんと接する中で、コロナによる影響をダイレクトに感じていたのです。
そして、第一回目の緊急事態宣言が発令された2020年4月に社員から「ある提案」が加藤さんのもとへやってきます。それが「リアル脱出ゲームをオンライン化したい」というものでした。
「最初は驚きましたよ。まず、そんなことできるの?って。仮にできたとしても『リアル脱出ゲーム』はリアルな体験だからこそ価値があるコンテンツです。『リアル』をとったらそもそも『リアル脱出ゲーム』ではなくなってしまいますからね」
しかし、驚いた反面、加藤さんはその型破りな提案にどこか期待する気持ちもありました。SCRAPには「やりたいことは、まずやってみる」という文化があります。前例が無くてもアイデアがおもしろければ挑戦する。むしろ常識破りの発想だからこそ、そこに可能性があるのかもしれない。
「どこから新しいアイデアが生まれるかはわからないから、いつでも提案を受け入れるようにしている」というのは、生粋のアイデアマンであり経営者でもある加藤さんらしい言葉。
もしウケなかったら、またトライすればいい。そんなおおらかさが会社全体に根付いているからこそ、スタッフは積極的にアイデアを出すことができたのでしょう。
そしてSCRAPは店舗スタッフの主導のもと、「リアル脱出ゲーム」のオンライン化を進めることになりました。
試行錯誤の中で見つけた「リアル脱出ゲーム」とは、の答え
しかし、オンライン化を決断したものの、肝心なことがまだ決まっていないままです。リアルな場だからこその「リアル脱出ゲーム」の価値をどうオンライン化するのか。
その答えを探していくうちに、SCRAPのメンバーはどんどんと「リアル脱出ゲーム」の本質にせまっていきます。
「リアル脱出ゲームとはなにかを考えたときに、結局最後まで残ったのは『仲間と協力して謎を解く』ことだったんですよね。
『あいつ、怪しくない?』とか言い合いながら、全員が一つの目的に向かっていく中で一体感が生まれていく。リアル脱出ゲームが生み出す価値って、コミュニケーションの起点になることだと思ったんです。
そのコミュニケーションの質さえ損なわなければ、オフラインでもオンラインでも、それはリアル脱出ゲームなんですよね」
オンラインでも変わらないコミュニケーションの質と熱を。目指すべき方向が定まったSCRAPメンバーは「仲間と協力して謎を解く」を試行錯誤していきます。
実際に開催に至ったオンライン公演の内容からもわかるように「Zoom」「Line」「謎解きキットの郵送」など──。あらゆる方法を試し、オフラインイベントのコミュニケーションの質を再現しようとします。
そして開発の中で、少しずつオフラインとオンラインの違いが分かってきました。
「オンラインにはどこか“ゆるさ”のようなものあるんです。リアルな場で開催する場合は、それこそ他のことを考えられないぐらいプログラムを詰め込みますし、音響や美術を駆使しながら世界観を作り込みます。
でもオンラインの場合、公演中に宅急便が届くかもしれないし、画面の向こう側の環境はそもそもコントロールできません。その“ゆるさ”は意識しました。オンラインではテレビのようなしっかりと作り込まれた質の番組よりも、YouTuberの気取らない動画の方が人気がでたりしますよね。
同じように音響や美術などの質にこだわるのではなく、コミュニケーションの質にとことんこだわるようにしたんです」
オンラインでも変わらないリアル脱出ゲームの熱さ
こうして2020年6月25日にスタートしたのがオンライン公演「封鎖された人狼村からの脱出」でした。
同作は映像劇に登場する人物の中から人狼を探し当てるというゲーム。1人でももちろん、友人とともに組んで参加し、通話やZoomなどのツールを使ってやりとりしながらチームプレイを楽しむことができます。
リアル脱出ゲームファンから受け入れてもらえるのかどうかは半信半疑だったものの、ふたをあけてみると「爆発的といってもいいほどの反響があった」と加藤さんは話します。
「入念に準備をしたとはいえ、チケットの売れ行きはそこまでは期待していませんでした。しかし、ありがたいことに発売を開始すると、大盛況でした。
参加者アンケートのコメントを読む限りではリアルと同様の熱量を感じてくださっているようで、大きな自信につながりましたね」
その後、コロナとの戦いは長期化。予定していた店舗でのイベントの多くが中止を余儀なくされましたが、そこで生まれた時間とアイデアは次々にオンライン公演の制作に注がれていきます。
Zoomを駆使して仲間たちとクリアを目指す「ときどきルールが変わる研究所からの脱出」や、
ツイキャスを活用した「リアル間違い探しオンライン」など、オンラインであることを積極的に活用したコンテンツが軒並み人気を博しました。 そして2021年の1月には『オンラインリアル脱出ゲーム大パーティー』というイベントを開催。加藤さんはそこでオンラインにおけるリアルタイムエンターテイメントの可能性を感じたといいます。
「音楽フェスのようなイメージで、朝から晩までウェブ上のいろんな場所で同時多発的に謎解きがはじまるという企画だったのですが、そのチケットも1万枚ほど売れました。
そこで感じたのは、その瞬間にしか遊べないリアルタイム性が大きな熱狂を生むということ。テレビが録画機能を持つ以前は早く家に帰り、今か今かと楽しみにテレビの前に座っていましたよね。リアルタイムに人を巻き込むことで特別な熱狂が生まれるんです」
本質を見失わなければ、どんな逆境でも「面白い」は生み出せる
2020年5月以降、SCRAPがリリースしたオンライン作品は20本以上。そのいずれもが数万枚規模の売り上げを記録しました。
「オンライン版リアル脱出ゲーム」という新たなコンテンツが成功した要因はどこにあるのでしょう? そう問いかけると意外な答えが返ってきました。
「一見、オンラインに最適化した新たなコンテンツを開発したように受け取られるかもしれません。しかし、僕たちが追求しているのはあくまで面白いコンテンツをつくることであり、それは結果的にオフラインのリアル脱出ゲームの延長線上にあるものでした。
むしろ新しいと思われたら負けなんです。プレイヤーが気づかないうちに新しい体験や価値を享受している。だからこそ『面白い』と感じてもらえるのだと思います。
僕らが改めて気づいた『謎解き』から生まれるコミュニケーションの価値。それはどんな状況においても簡単に失われるものではないのだと、この一年の経験から自信につながりました。
どんな苦しい状況であっても、ファンを裏切らないように面白いものをつくり続けていきたいですね」
(文:高橋直貴 写真:小池大介)
※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。