餃子屋の店長に、天職だと感じたアルバイトを辞めさせられた理由

2022年9月6日

スタジオパーソル編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、はたらくことの喜びや、はたらくなかで笑顔になれたエピソードについて語る「#はたらいて笑顔になれた瞬間」投稿コンテストでパーソル賞を受賞した記事をご紹介します。

餃子を包むアルバイトをしていた微熱さん。「この店でずっとはたらきたい」と言ったら、店長に「いつまでもここで餃子を包んでるわけにはいかないよ」と言われ、大好きだったアルバイトを辞めることに。
やりたいことを仕事にするため活動しますが、うまくいかずに挫折します。そして数年後、あることをきっかけに再起するまでの話をnoteに投稿しました。どれだけ時間がかかっても「やりたいこと」に挑戦できると教えてくれるエッセイです。

大好きな仕事を「続けたい」と言ったら、店長に断られた

微熱さんの天職は、800個もの餃子を10時間かけてひたすら作るバイトでした。

早朝に中華料理屋に行き、餃子のタネを作って皮に包んでいきます。「頭がおかしくなる」と言ってすぐ辞める人もいましたが、微熱さんは黙々と打ち込んでいました。

ひき肉は、粘りが出るまでよく揉むこと。肉に調味料をしっかり吸わせて、その後に野菜を入れること。最小限の水をつけて包むこと。餃子一つ作るだけでもそこには厳しいルールがある。そして私はそれが大好きだ。

餃子からはじまる物語より

このアルバイトを始めたきっかけは、高校で留年したから。
なんとなく家に居づらくなって逃げ出すようにして始めた仕事でしたが、毎日行けないのが悔しいくらいこの仕事にハマったそうです。

この仕事のなにが好きだったのか。
たぶん、できた餃子が面白いほどスポンスポンと人の口に運ばれていくこと、そしてその口からは必ず「おいしい」という言葉がでる。それを考えるだけでニンマリせずにはいられなかった。働きながら、なにニヤニヤしてるの、とよく言われた。

餃子からはじまる物語より

仕事はもちろん、そのお店ではたらく仲間も店長も大好きで、シフトがある日は元気に過ごせました。

1年が経ち、微熱さんは高校を卒業します。
仕事終わりに「ああ、この店でずっとはたらきたい、ずっと餃子を包んでいたい。」と漏らすと、店長は神妙な顔になり、意外な言葉を返しました。

「いつまでもここで餃子を包んでるわけにはいかないよ、微熱。君には君にしか作れないものを作るんだ。」

それを仕事にしなさい、と。いつもは冗談ばかりの店長がそんなことを言うのは信じられなかった。

「働くということは君が思うより、もっとずっと楽しくて神秘的なことなんだ。君が君の役割を果たしさえすれば。」

餃子からはじまる物語より

餃子を包む仕事を天職だと感じるくらい大好きだった微熱さん。
なのに店長がこう言ったのには、もちろん理由がありました。

やりたいことを仕事にしようとしたら、自信が底をついた

微熱さんは、高校時代の自分を「これといって得意なことがない生徒だった」と振り返ります。
勉強しても赤点で単位を落とし、留年。スポーツで入賞したりエレキギターを弾いたりする同級生をうらやましい気持ちで眺めていました。

そんな微熱さんがどうしようもなく好きだったのが、絵を描くことです。
以前友達に「不気味」と言われてから描いた絵をしまいこんでいましたが、店長に「持ってきてよ」と言われ、誰もいない時にこっそりと見せました。
店長は「不気味なのに、リビングに飾りたいと思った絵はこれが初めて」と言い、こう続けました。

いつかデビューしたらさ、
と店長は言う。
必ず連絡してくれ。作品、言い値で買ってやるよ。

餃子からはじまる物語より

だからこそ、店長は「この店でずっとはたらきたい」と言う微熱さんを突き放したのです。そう言われた微熱さんは、翌月にお店を辞めました。

それから「自分にしか作れないものを作って、売る」という夢を持ち、絵と向き合うことになりました。
お店を辞めた直後は新しい旅が始まるようなワクワク感に包まれていましたが、すぐに厳しい現実に直面します。

昔からポストカードやレターセット、シールが大好きだった私は、文具のデザインコンテストにイラストを送った。しかし、いつまでたっても音沙汰がない。門戸を狭くしていてはダメだ、と様々なデザインコンペ、イラストコンペに応募した。絵本も描いた。知らない街のマスコットキャラクターも考えた。しかし届くのは不採用の通知ばかり。

餃子からはじまる物語より

ハンドメイドの祭典に出店しても、ポストカード一枚生まれません。
「消えてしまいたい」と思いましたが、家に帰ればまたコンペ用の作品を描き始め、2年間も泣かず飛ばずの日々を過ごしました。

どうなったか。自信は底をつき、自分の描きたいものが分からなくなった。筆はだんだん迷い始め、ついにはピタリと止まった。

餃子からはじまる物語より

微熱さんは馬鹿馬鹿しくなり、「ふざけた旅はもう終わりだ」と画材をすべて捨ててしまいました。店長に見せた絵すらも。

それからバーでアルバイトを始め、自分が作ったカクテルがお客さんの喉にするすると消えていく様を見て、ふと、餃子を作っていた日々を思い出しました。

カクテルを作るのは餃子を作るのと似ているなと思ったのは、店長の言葉を思い出した時だった。「君にしか作れないものを」。辛かった。思い出したくなかった。まだ諦めきれていない自分がそこにいたから。

餃子からはじまる物語より

それからさまざまな仕事を転々としました。
少なからず個性を生かしてクリエイティブさを発揮したものの、どれも自分の居場所だとは思えないまま、月日ばかりが過ぎていきました。

店長が私を店から離した理由を思い出しては、苦いものが喉からせり上がってくるのを感じた。飲み込んで、忘れようとした。目の前の仕事に勤しんだ。しかし、絵から離れれば離れるほど、私の顔から笑みは消えていた。しまいには、同僚に「なんで泣きそうな顔して働いてるの」と言われる始末だった。

餃子からはじまる物語より

3年が経ったころには、微熱さんは絵のことをすっかり忘れ、店長の言葉も思い出さなくなっていました。
そして仕事を辞め、寝て食べてお風呂に入って……という生活を繰り返すようになります。

気力もわいてこず、自由なはずなのにぐったりと疲れる生活は、5年も続きました。
ただ自由なだけの日々は、微熱さんを一向に満たしてくれませんでした。

猫のポストカードを見て不安になり、数年ぶりに再起

そんな微熱さんに変化をもたらしたのは、地元の文具店で出合った猫のポストカードです。

それは、色とりどりの猫が気ままに散歩しているイラストだった。隣には、その黒猫バージョンがあった。可愛かった。欲しいと思った。本当に久しぶりに、はっきりとワクワクした。

餃子からはじまる物語より

帰り道、微熱さんは言いようのない不安に襲われ、いてもたってもいられなくなります。
そんな様子を見ていたお母さんは「ポストカードが原因でしょ。また描いてみたら?」と言いました。

かけないよ、もう遅すぎる。
10年も前のはなしだ。
ここまで何もせずに来てしまった。
もう時間が経ってしまった。

餃子からはじまる物語より

そんなネガティブな言葉が口から出てきましたが、頭の中ではまったく違う言葉が強く響いていました。

「家に帰って、スケッチから始めてみよう、微熱。今からでも遅くない」

その言葉に従ってすぐに近所の猫のスケッチを始め、気づくと6枚のポストカートが出来上がっていました。

ハンドメイド通販サイトで売り出したものの、10日経っても音沙汰なし。
それでも猫を描き続け、18匹目の猫を描いた時、初めてポストカードが売れました。

慌てて梱包し、郵便局へ急ぐ。発送したその帰り道、なんとも言えない春のさわやかな風が私の顔を撫でた。そして気づいた。餃子から始まった私の物語は、今、この瞬間につながっていたのだと。

餃子からはじまる物語より

初めてのお客さんからは「写真で見るよりもずっと素敵で可愛らしいカードでした。大切にします」というメッセージが届き、微熱さんはニンマリと笑います。
まるで悪役のようなその笑顔は、餃子を作っていた時に浮かべた笑顔とまったく同じでした。

そして、微熱さんは店長にポストカードを出すことにしました。
久しぶりの連絡で、何を書くか迷ったすえに
「遅くなったけど、ようやく始めたよ」
とメッセージを書いて送ると、すぐにこんな返事が届いたそうです。

「ずっと応援するよ!!」

文字の周りには、星みたいなものが書き加えられていた。ついでに近況とか書かないところが店長らしいな、と思った。
それを、部屋の壁に貼った。

餃子からはじまる物語より

それから、微熱さんはどんどん絵を描いてはたらいています。
描き続けることが「自分だけの居場所」を作ることになると分かっているから、筆を動かし続けているのです。

だれしもうまくいかずに立ち止まってしまったり、不安で前に進めなくなったりする日があります。
微熱さんのように、何年も続いてしまうこともあるでしょう。

それでも、どれだけ長く時間がかかってしまったとしても、続けることで道が拓けることがあります。
せっかく「やりたい」という気持ちがあるなら──、たとえ遠回りでも一歩踏み出してみたら、新しい物語を始められるかもしれません。

微熱
双極性な32歳。半径30cmのノンフィクションを静かに発信します。インスタで絵を紹介しています。https://www.instagram.com/yumi.0kura/

(文:秋カヲリ)

パーソルグループ×note 「#はたらいて笑顔になれた瞬間」投稿コンテスト

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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