マニュアルを破ったら、お客さまに「これで安心して死ねるわ」と感謝された話

2023年1月31日

スタジオパーソル編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、はたらいて感謝されたエピソードについて投稿し、noteコンテスト「#はたらくってなんだろう」でグランプリにも選ばれた記事をご紹介します。

「ほら、私も歳でしょ? 遺品のことで息子が困らないようにしたくて」
筆者の本田読さんは、ネット通販の電話対応でお客さまからそう言われます。購入品の契約変更の相談で、その理由は障害を持つご子息にありました。マニュアルでは対応不可とされている申し出を受け入れたのは、本田さんの仕事観に基づいてのこと。とある親子の未来を変えたエピソードを、noteに投稿しました。

※本記事の引用部分は、ご本人承諾のもと、投稿記事「マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい」から抜粋したものです。

電話口のお客様に「これで安心して死ねるわ」と言われた

はたらいていて「ありがとう」と言われることはあっても、
「ありがとう、これで安心して死ねるわ」
とまで言われることはほとんどないでしょう。

ネット通販の電話窓口で顧客対応をしていた本田さんは、本来守るべきマニュアルを破り、電話口の80代のお客さまからそれほどまでに感謝されたのです。

私がはたらいていた通販サイトでは、一部の商品限定で、オリジナルの延長保証に加入できる。

簡単に説明すると、通常1年間のメーカー保証に、うちの延長保証が4年。計5年間の修理保証を受けられる、といったサービスだ。延長期間は商品によってまちまちで、5年だったり10年だったりする。

「マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい」より

電話してきた女性は、その延長保証を変更したいと申し出ました。
購入した2台のエアコンの延長保証期間が異なっていたため、統一したいとのこと。
というのも、知的障害のあるご子息を混乱させたくないからです。

「この保証が切れるときまで、私が生きてるか分からないじゃない? こっちのエアコンが8年でこっちが10年、なんて息子は理解できないのよ」

「マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい」より

事情を聞けば寄り添いたくなる人が多いでしょうが、延長保証を後から変えるのは簡単ではなく、当然、勝手に延長をしてはマニュアル違反になってしまいます。

保証の変更手続きは煩雑だ。加入料が変わるのはもちろん、新しい保証書を発行しないといけないし、行使ポイントと進呈ポイントを新たに計算し直さなくてはならない。伝票だって山ほど発伝することになる。

とにかく面倒くさいのである。手数が多いだけにミスも発生しやすく、会社からも顧客の都合による変更依頼は受けないようにと、指示されていた。

「マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい」より

それでも、本田さんはマニュアルを犯して変更対応しようと決めます。
もちろん女性の不安とそのご子息を思ってのことですが、そう決断した背景には幼少期のある記憶がありました。

小学生の「お手伝い」が「重大な任務」に変わった瞬間

本田さんが初めて“はたらく”を経験したのは、小学2年生のときです。
自営業のお父さんを手伝って、梱包した段ボールにチラシと注文用紙を入れていました。

本田さんにとって、定期的にデザインが変わるチラシを入れるのは飽きない作業でした。
どんな内容が書いてあるのか、どんな紙に印刷されているのかなどを楽しく観察し、大切に段ボールに入れていました。

一方で、つまらなかったのは注文用紙の同梱です。

いつ手伝いにきても何一つ変わらない。同じ紙、同じデザイン、同じ色。退屈だ。まったく退屈だ。こんな面白くもなんともない紙切れを入れるくらいなら、封入するチラシの枚数を増やしてほしい。

「マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい」より

自分だけでなくお客さんだってそう思っているはずだと考えた本田さんは、お父さんに
「この紙(注文用紙)入れるの辞めたい」
と伝えます。

理由を聞かれて素直に感じていることを伝えたところ、その話を最後まで聞いたお父さんは「この紙がなければ、お客さまは注文できなくて困ってしまうんだよ」と注文用紙の価値について教えてくれました。

本田さんはお父さんの説明を聞いて、自分が価値を感じていなかった紙に価値があったことを知ります。
すると、はたらいているときの心境にも変化が生まれました。

流れ作業的にやっていたお手伝いが、突然、責任ある重大な任務に思えてきた。小学2年生に任せられるお手伝いでさえ、誰かに影響を及ぼすのだ。私は幼いながらにそれを学んだ。

「マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい」より

秘められている価値を知らなければ、どんな仕事も流れ作業になってしまいます。
小学生の本田さんは、「注文用紙」を通じて自分の仕事の価値を知り、小さなお手伝いに大きなやりがいを見いだしたのでした。

仕事は「得るもの」ではなく「与えるもの」

女性の「エアコンの延長保証を2台とも10年にしてくれ」という要望を聞くのは、仕事において負担が大きいうえに、売上も増えないので「価値がない」と判断され、マニュアルでは対応不可になっているのでしょう。

でも、幼いころにはたらく価値を知っていた本田さんは、
「ご事情もよくお伺いしましたので、今回は変更をお受けいたしたく存じます」
と承諾しました。

私の仕事は、モニターではなく、その向こうにいる人間を相手にしているからだ。女性は今、困っている。ご子息の未来を案じて、切実に相談している。マニュアルよりも彼女一家を助けることを優先しての判断だった。

「マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい」より

効率的にマニュアル対応するよりも、お客さまを助けることに価値がある。
これが本田さんのはたらく価値観なのでしょう。

その結果、電話の向こうにいる女性は
「助かるわ。そしたら息子には、新しいエアコンは10年経ったら処分してって言えるわね。ありがとう、これで安心して死ねるわ」
と安堵し、本田さんに心から感謝しました。

本田さんは「“はたらく”とは、他人の人生に関与すること」と捉えています。

あの相談を受けてからしばらくして、私はコールセンターを退職したけれど、仕事を離れた今もその思いは変わらない。誰かの人生に良い体験を刻むために、人生をかけてはたらいていくのだろう。

「マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい」より

はたらくことを「誰かから何かを得るため」と捉えると、重く感じたり、時には得られる成果を期待外れに思ったりするかもしれません。でも、「誰かにいい経験を与えること」だと考えると、軽やかに、そして自分自身も喜びを感じながら仕事を続けられそうです。

【ご紹介した記事】
マニュアルを外れても、誰かの人生を良くするためにはたらきたい

【プロフィール】
本田読
エッセイを書きます。投稿コンテスト「#はたらくってなんだろう」グランプリ受賞。

(文:秋カヲリ)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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