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89歳のおばあちゃんが人生初の複合型アミューズメント施設にやってきた理由
スタジオパーソル編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、はたらくことの喜びや、はたらくなかで笑顔になれたエピソードについて語る「#はたらいて笑顔になれた瞬間」投稿コンテストで入賞した記事をご紹介します。
ある日、89歳のおばあちゃんが複合型アミューズメント施設に訪れました。アルバイトしていた日野笙(ひの そう)さんは「おばあちゃんが何をしに来たのか」が気になり、おばあちゃんのあとを追います。初めての場所を楽しむおばあちゃんの姿から、アルバイト人生初のうれしさを感じた話をnoteに投稿しました。
深夜の複合型アミューズメント施設にやってくる、摩訶不思議なお客さん
日野さんが大学時代にアルバイトしていたのは、摩訶不思議なお客さんがたくさん来る場所でした。ビリヤード、ダーツ、卓球、カラオケ、アーケードゲーム、漫画、ネット席と、あらゆる娯楽が詰め合わせになった複合型アミューズメント施設です。
夜通しゲームをして画面の中のアイドルを一生懸命育てていたり、パソコンで検索したと思われるいかがわしい画像を大量にプリントアウトしたり、酔っぱらいの若者集団が散り散りになってダーツやビリヤードに興じながら始発を待っていたり、1ヶ月間立てこもるかのようにブースを借り続けて悪臭を放つような人がいたりと、まぁどれだけオブラートに包んで表現しても、とてもじゃないが心が華やぐような素敵な職場ではなかった。
「あなたが店員さんでよかったわ。ありがとう。」より
時給が高い深夜帯には、こうした多種多様な個性を持つ人々が訪れました。
ふだんは会わないような人たちを眺めるのが新鮮で、どこか魅力を感じながらアルバイトを続けたそうです。
話のネタになるような変わった経験は数えきれないほどあります。
ただ、ほっこりする体験はひとつだけ。
夏の日の昼間に訪れたおばあちゃんとのエピソードです。
昼間の複合型アミューズメント施設にやってきた、目的不明のおばあちゃん
「ごめん、そこのばあちゃんの対応してくれる?俺、ああいうの無理だわ。こっちさばいとくんで、お願いします」
「あなたが店員さんでよかったわ。ありがとう。」より
インカムで受付カウンターに呼ばれて駆け付けると、同僚の「村木さん」からそう言われました。
受付の隅に目を向けると、小さなおばあちゃんの姿が。
上品なお化粧をして、手編みのようなハンドバックを持った、正直この店には似つかわしくないような高齢のご婦人が、眼鏡をちょっと上にあげたりしながら申し込み用紙と睨めっこをしていた。
「あなたが店員さんでよかったわ。ありがとう。」より
「なぜ、こんなところにおばあちゃんが…?」と疑問に思いましたが、おばあちゃんから申込用紙を受け取り、いつも通りに対応します。
しかし、申込用紙に記載されている生年月日を見た日野さんは、目が点になりました。
なんと、おばあちゃんは89歳だったのです。
それまでのお客さんのなかでも、おそらく最年長だろうと思われました。とても驚いたものの、失礼なリアクションをしてはいけないと粛々と対応します。
「こちら、会員カードになります。場所を移動する際はこちらの受付へこのカードをお持ちください。えーと、まず最初に、何をご利用なさいますか?」
「ごめんなさいね、さっきあちらのお兄さんにもお伺いしたんだけど、ちょっとよくわからなくて。ここでは何ができるのかしら?」
「あなたが店員さんでよかったわ。ありがとう。」より
おばあちゃんはこの施設で何ができるかも知らず、純粋な好奇心だけで訪れたようです。
ひとしきり施設について説明すると、おばあちゃんは「色々見て歩きたいの」と言って、個室を利用しないフリー席の3時間パックで入店し、キョロキョロとあたりを見渡しながら進んでいきました。
戻ってきた村木さんは
「えー!フリー席!?しかも3時間パック?マジで何しに来たの?」
と驚き「ほんとに大丈夫かなぁ?」と心配します。
日野さんも「おばあちゃんが何をしに来たのか」が気になり、店内巡回のふりをして後を追いました。
好奇心旺盛なおばあちゃんが放った「ありがとう」の破壊力
ほかのお客さんも、おばあちゃんを見るとびっくりした表情を浮かべます。
おばあちゃんは施設内をぐるっと見て回っていた。
「へぇ〜すごいわねぇ〜」という言葉が今にも聞こえてきそうなキラキラした目で高校生や大学生が遊んでいる姿をふむふむと眺めていく。
「あなたが店員さんでよかったわ。ありがとう。」より
そんなおばあちゃんを見て、日野さんは
「本当にここの施設はどんなところなんだろうと思って入店して、色々眺めて楽しみに来たんだ」
と感じ、「おばあちゃんが何をしに来たのか」という謎が解けました。
おばあちゃんは日野さんを見かけるたび、ゲームの遊び方や漫画の棚の場所などを聞き、初めての新しい世界を楽しもうとしていました。
ドリンクバーでコーラと紅茶を飲み、漫画を読み、さらには何の説明もしなかった麻雀のアーケードゲームまで自らプレイしたそうです。
そんなおばあちゃんとの会話は、日野さんにとっても初めての体験に満ちていました。
大体のお客さんは自分で自由に楽しむので、ここまで事細かに説明したお客さんは初めてだったのです。
「今までここではたらいてきた中で一番接客らしい接客をしているな」と思いました。
また、きっかり3時間後にカウンターへ戻ってきたおばあちゃんは、にっこりと笑ってこう言います。
「初めてお邪魔してみたけど、とっても面白かった。あなたが店員さんでいてくれてよかったわ。どうもお世話様でした。ありがとう。」
「あなたが店員さんでよかったわ。ありがとう。」より
日野さんは、この言葉を何度も反芻します。
というのも、こんなにお客さんから感謝を伝えられたのは初めてだったからです。
こういうアミューズメント施設のようなところで、どれだけギャハハとはしゃいで笑って楽しく過ごしても、店員に対して「楽しかったです」と言ってくれたり、退店する際に「ありがとうございました」なんて声を聞くことなんて滅多にない。
「あなたが店員さんでよかったわ。ありがとう。」より
ありがとうございましたを言うのはいつもこちら側だけだ。
アルバイト人生で初めて聞く「ありがとう」は、日野さんに「ここではたらいてよかった」という喜びを与えてくれました。日野さんが真摯な“接客”をしてくれからこそ、おばあちゃんはそのような感謝の言葉をかけてくれたのでしょう。
さらに、おばあちゃんの姿からは、お客さんだからと奢らず、接客してくれた店員さんに感謝の気持ちを伝える大切さも学べます。
喜びは、人から人へと伝染していくものです。
自分がはたらく喜びを感じるのも大切ですが、お客さん側に立った時にも、笑顔で感謝と喜びの気持ちを伝え、はたらく相手のことも笑顔にしていきたいですね。
日野笙 デザイン/文筆/コピーライティング | 2021年1月より毎日投稿始めました。身の回りの事、ふと感じた事、頭の中の物語などを書いています。死なない程度の気づきの毒と、寝る前にふっと笑えるくらいの薬を。 |
(文:秋カヲリ)
パーソルグループ×note 「#はたらいて笑顔になれた瞬間」投稿コンテスト
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