「あまり変えずに変える」ウェディングドレスの不思議なリメイクの裏側

2023年4月14日

スタジオパーソル編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、はたらくことの喜びやおもしろさを感じたエピソードを語った記事をご紹介します。

神戸の小さなアトリエで、ウェディングドレスのお仕立てとお直しをしているタケチヒロミさん。なかでも大切にしているのが、親子の思いがこもった「お母さまのウェディングドレスのリメイク」だそうです。そこで「わたしにしかつくれないドレス」だと感じ、天職だと思えたリメイク秘話を、noteに投稿しました。

※本記事の引用部分は、ご本人承諾のもと、投稿記事「ウェディングドレスをリメイクするということ」から抜粋したものです。

「あまり変えたくないけど変えたい」という難題リメイク

タケチヒロミさんのアトリエに「お母さんのウェディングドレスをリメイクしてほしい」という女性がやってきて、
「ほんとうはあまりこのドレスを変えたくない気持ちもあるんです」
と打ち明けられたとき、タケチさんは目を丸くしました。

リメイクしてほしいのに変えたくないとは、一体どういうことなんだろう。

「ウェディングドレスをリメイクするということ」より

リメイクするのは、35年前に女性のお母さんが挙式で着たウェディングドレス。
ボリュームのあるフリルがたっぷりあしらわれていて、当時のダイアナ妃やアイドルブームを感じさせる、華やかでかわいらしいスタイルです。

女性は、「今の時代には少しおおげさな感じもするので、もう少しスッキリさせたい」
と言いました。
それでも「あまり変えたくない」と言う理由をよくよく聞いてみると、お父さんに「お母さんのドレスだ」と気づいてほしいからだそうです。

地元の広島弁で

「せっかくお母さんの思い出のドレスを着とるのに、お父さんが気づかんかったらお母さんがかわいそうじゃけえ。お父さん、あんまりそういうことに気づいてくれんのんですよ」

「ウェディングドレスをリメイクするということ」より

と家族思いな理由を打ち明けてくれました。

タケチさんはかわいらしい理由にときめきますが、
「変えたいけど変えたくない」
と矛盾するオーダーは簡単ではありません。

具体的に変えたいところを聞くと、「前のフリフリはスッキリさせて、後ろは変えずにリメイクすることって、できますか」と難題を伝えられました。

このドレスは、スカートのうえからぐるっと一周フリルを縫い付けた形で段々スカートが構成されている。そのためフリルには前と後ろのつなぎがない。だから前と後ろをべつのスタイルでリメイクしようと思ったら、けっこうややこしいことになる。ふつうに考えたら「それは難しいですね」もしくは「できません」と答えるところだろう。

「ウェディングドレスをリメイクするということ」より

それでも、次の瞬間には
「わかりました! あまり変えないように、変えてみせます!」
と答えていたタケチさん。
どうすればいいかわからない段階でそう言い切れたのは、根拠のない確信があったからです。

このドレスがはるばる時間を超えてわたしのもとへやってきてくれた以上は、「こうなることが最初から決められていた」ようなドレスに仕上がることだけは確実にわかっていた。根拠のない確信というやつだ。

もしかするとその暴走する確信こそが、その仕事が「天職」であるかどうかの見極めポイントなのかもしれない。だとしたら、きっとドレスのリメイクはわたしの天職なのだろう。

「ウェディングドレスをリメイクするということ」より

「根拠のない確信」の「根拠」を作るため、タケチさんは図書館で当時のドレスなどの資料を調べ「なんかいけそう」という感覚をつかみます。
タケチさんは、この「なんかいけそう」という感覚が仕事において大事な感覚だと考えています。
根拠がなくても「なんかいけそう」だと思えれば、それは適性があるサインかもしれません。

アシスタントの一言でたどり着いた「あまり変えずに変える」の答え

それでもイメージしきれなかったのが、スカートの丈でした。

通常スカート丈は裾で調整するが、このデザインは段々フリルなので、裾で直すとバランスがちょっと難しい。下の1段だけが急に短くなるのも変だし、かといって1段丸ごとなくすと短くなりすぎる。

「ウェディングドレスをリメイクするということ」より

悩んだタケチさんは、アシスタントに相談します。

「丈の調整をするときに1段目のフリルをとって、それぞれの段についてる端レースを外すだけでもだいぶスッキリするんじゃないですか?」

「ウェディングドレスをリメイクするということ」より

そう言われ、タケチさんはいいかも、と思います。さらに「胸元から外したレースをリボンベルトにして、ウエストにつけたら境目を隠せるかも!」とひらめき、難題に思えた「あまり変えずに変える」というリメイクが、まるで最初からそうなるのが決まっていたかのようにピタリと定まったのです。

以前のタケチさんは、なんでも自分で完璧にやろうとするタイプでした。
そうしないと人から認められないし、ホンモノの仕事ではないと思っていたのです。
ただ、実際には自分ひとりではたどり着けない場所があります。

やっぱり、じぶんひとりでできることには限界がある。口に出して、だれかに言って、いっしょに考えたときにはじめて、じぶんのなかから答えが出てくることもある。

「ウェディングドレスをリメイクするということ」より

そう感じたタケチさんは「ホンモノかどうか、ひとからどう見られているかよりも、いいドレスをつくることのほうが大切だ」と改めて考え、リメイクに向き合っていきました。

「私がやるしかない」の先に「私にしかできない仕事」がある

「前のフリフリはスッキリさせて、後ろは変えずにリメイクする」という難題はクリアしましたが、それでは終わりではありませんでした。

打ち合わせを重ねるごとに、女性の秘めていた「もともとの憧れ」があふれ出て、
「襟の開きをスクエアに変更したいんです」
「後ろをふわふわのトレーンにするのを憧れていたんです」
「母がキラキラにしたらどう?って言ってて」
と新しい要望が次々に出てきたのです。

タケチさんは、一瞬「なんで今さら」と思いますが、女性は「こんなドレスが着てみたい」という憧れと「母のドレスを着る」という思いの間で揺れ動いているのだと気づき、俄然やる気になりました。

「さいたらかもしれんけど、これも縁じゃけえ、わたしがやらにゃあいけんね。いいドレスになるけえ、まあみときんさい」(広島弁)
訳:「お節介かもしれないけど、これも縁なので、わたしがやるしかない。いいドレスになるから、見ておいてね」

「ウェディングドレスをリメイクするということ」より

同じく出身の広島弁でそう息巻き、「夢と憧れのぜんぶ盛り」をしようと決心したのです。

デザインを変えるのが難しい襟元は、レースをスクエア風に縫い付けました。
後ろには、ふわふわチュールをつけます。
レースは、ビーズを刺繍してキラキラに。

そうして「全体の印象をあまり変えずに、花嫁さまの夢と憧れをぜんぶ詰めこんだドレス」が見事に完成したのです。
お父さんも、すぐにお母さんのドレスだと気づいてくれたそう。

今回リメイクしたウェディングドレスは、タケチさんが
「これはきっと、ほかの誰でもなく、たぶんわたしにしかつくれないドレスなんだろうな」
と思えるものでした。

技術的な理由ではなく、タケチさんが相手と対話し、ドレスと向き合うなかで“最適解”を見つけて「あらかじめこうなることが決まっていた」ドレスを、ちゃんと見つけることができたときに、そう思えるのだそうです。
そんな経験を重ねてきたタケチさんは、今の仕事を天職だと感じています。

仕事では「スキルが足りない」「能力がない」と落ち込んでしまうこともありますが、タケチさんのようにまっすぐ向き合えたら、それはもう天職。
そして、無理難題だとあきらめず、最後までやり切ったときに「自分にしかできない仕事」にたどり着けるのかもしれません。

【ご紹介した記事】
ウェディングドレスをリメイクするということ

【プロフィール】
タケチヒロミ(Roulottes)
文芸(小説)と博物館学芸員資格を学ぶ大学生。文藝春秋SDGsエッセイ大賞グランプリ受賞。本業はドレスの仕立て屋・リメイク作家。服と旅と学問に纏わる偏愛エッセイを書いています。神戸在住|服と布をめぐる「いとへんの旅」してます。
classique.cloque@gmail.com
https://twitter.com/TakechiHiromi

(文:秋カヲリ 画像提供:タケチヒロミさん)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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