- TOP
- SELECT Work Story
- 台風の日、保育園の調理室で園児のためにやったこと
台風の日、保育園の調理室で園児のためにやったこと
スタジオパーソル編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、得意ではない仕事でやりがいを見出した話をご紹介します。
保育園の給食を作るおさとさんは、料理が得意ではなかったそうです。しかし、機会があって「給食のおばさん」になり、コロナ禍や台風などのアクシデントが起きるなかで給食を作り続けるうちに「わたしだからできること」を見つけたと語ります。そのエピソードをnoteに投稿しました。
※本記事の引用部分は、ご本人承諾のもと、投稿記事「【エッセイ】給食のおばさんになったわたし」から抜粋したものです。
30代後半で「給食のおばさん」になった私
おさとさんは、保育園の給食調理員としてはたらいています。
結婚を機に「フルタイムからパートの仕事へ転職したい」と考えていたタイミングで、知人から声をかけられたのでした。
30代後半で「給食のおばさん」と呼ばれることに抵抗を感じていたおさとさんですが、実際にはたらいてみるとだれも「給食のおばさん」とは呼ばず、大人からは名前で、子どもからは「ご飯を作ってくれる人」と呼ばれているそうです。
調理員のわたしは、園の調理室で、栄養士さんが考案した献立にそって、0〜2才の園児、1〜19名にお昼ご飯とおやつを作っています。
「【エッセイ】給食のおばさんになったわたし」より
卵・小麦・乳アレルギーの対応食、離乳食はそれぞれの園児に合わせた食材・形状の食事を提供します。
さらに園によって保育士から食材の大きさや盛り付け方など、それぞれの要望があるので合わせて行います。
食器洗浄・片付け、調理室・調理器具を清潔に保つ事も、園児たちに安全な食事を提供するための大事な作業です。
このように調理全般の仕事を行っているものの、おさとさんは調理師でも栄養士でもなく、調理員になりたいという願望もありませんでした。
それどころか、料理も得意ではなかったのです。
そこから調理員として子どもたちの食事を作ることになり、「絶対に迷惑をかけてはいけない」と責任を感じて通信講座で資格を取得。しかし、はたらき出したおさとさんの支えになったのは資格ではありませんでした。
実際に調理を始めてみて、分からないことや困ったことが起こった時、わたしを助けてくれたのは資格ではなく、保育士や自分の母、友人の言葉、さらにはインターネット上の会ったことのないママさんパパさんたちの記録。
「【エッセイ】給食のおばさんになったわたし」より
そして、ちゃんと美味しい給食ができているだろうかという不安に答えてくれたのは
いつも食べてくれている園児たちでした。
数カ月もすると、子どもたちが食べやすい味・大きさ・固さになるよう改善する余裕も生まれました。
「料理が得意ではないから」と調理員の誘いを断っていたら知ることはなかった適性であり、苦手意識を覆せたと語ります。
こうした変化は調理員の仕事のみならず、おさとさんのプライベートにも波及していきました。
自己流だった自炊もバランスがいい献立を意識するようになり、食卓に並ぶ料理には彩が生まれ、旬の食材が多く取り入れられるように。
「体は食べたものでできている」と再認識し、家族の健康をより気遣うようになったそうです。
給食で「当たり前」を提供する
調理員の仕事に慣れたおさとさんは「わたしだからできること」についても考えるようになりました。
おさとさんが調理員の仕事を始めたのは、コロナが日本で広まり出したころです。
そんな状況でも日々仕事がある保育園ではたらけたことは、とても幸運だったと言います。
基本的に調理、洗浄作業まで一人体制なので、万が一のことがあっても人に感染させてしまうリスクは最小限に抑えられるという安心感がありました。
「【エッセイ】給食のおばさんになったわたし」より
同じ「食事の提供」でも一般の飲食店と違い、例えひとりでも園児の登園があれば仕事があるという、とてもありがたい環境にいた自分。
その一方で、奮闘する保護者や保育士の姿も間近で見ていました。
コロナに限らず、大雨警報が出ている台風の日なども、保護者や保育士は園児を守るために慌ただしく過ごしていました。
感染リスクが少ない一人体制の調理員である自分が、大雨が降る外の様子が見れない調理室にいる自分ができることは何だろうと、そのたびに考えていたそうです。
台風の日、スマートフォンで気象情報を見ていたおさとさんがやろうと決めたのは
「いつものように給食を作り、提供をすること」
でした。
そうすることが、園児たちに安心を与えられるのではないかと思ったのです。
「【エッセイ】給食のおばさんになったわたし」より
当たり前のように思えることですが、非常時にもいつもと同じ日常があることで、人がほっとすることもあるはずだと。
「当たり前の日常」が脅かされたとき、私たちを安心させてくれるのは「当たり前の日常」です。
おさとさんがいつもどおりの給食を作ることは、不安になった園児を安心させることにつながるのです。
そう思って作ったおさとさんの給食には、日常の当たり前を作る人や物事への感謝が詰まっています。
変動が激しい現代社会。私たちの生活も何かと落ち着かないこともありますが、当たり前の日常を作る仕事が、人々を支えてくれている――。おさとさんのエピソードは、私たちにそんなことを実感させてくれます。不安定な気持ちになったとき、周囲の「当たり前」の背景に目を向けてみると、心が温まるかもしれません。
<ご紹介した記事> 【エッセイ】給食のおばさんになったわたし 【プロフィール】 おさと 給食調理員。給食献立、おうちご飯、エッセイなどを書いています。 |
(文:秋カヲリ)
※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。