「失敗する人事制度」のパターンとは?面白法人カヤックの数少ない“スベった”制度を聞いた
ユーモアあふれるコンテンツ制作やプロモーション事業を得意とする面白法人カヤックは、サイコロで給与を決める「サイコロ給」など、ユニークな社内制度があることでも有名です。そんなカヤックでも「うまく機能しなかった社内制度」が存在します。制度を運用する上での失敗から得た教訓を、同社の人事を担当するみよしこういちさんに聞かせてもらいました。
参加者のハードルが高すぎて終了した制度
――会社のホームページには、終了した制度とその理由が紹介されていますよね。たとえば新入社員がオフィスを歩き回り、ほかの社員の仕事や会議を覗く「いしころぼうし研修」は面白そうに感じますが「実行までのハードルが高すぎて終了」と。
結局のところ、みんなが参加してくれるかどうかが重要なんですよね。いくら効果がありそうでも、社員が参加しにくい制度は続かない。「効果は出そうだけど、社員があまり参加しなさそう」と「効果は出ないかもしれないけど、社員は参加してくれそう」だったら、後者を選ぶようにしています。
――なるほど。参加するハードルの高さが制度の形骸化に繋がるんですね。
同時に、僕たち人事が運用する上でのハードルの低さも重要です。「次世代育成プログラムとして制度にしようぜ」とはじまった、社長の出張に若手社員が同行する「旅するかばん持ち」という制度があるのですが、実はそれもあまり活発には機能していないんです。
まず、社長である柳澤が出張する機会がないといけないのですが、直近ではコロナ禍もあって出張の回数が激減しました。仮に出張する頻度が元に戻ったとしても、出張のスケジュールを僕らが事前に把握し、若手社員を選び、アサインしないといけないですからね。
そういう準備の大変な制度って、いくら内容が良くても結局は廃れちゃいます。
手間を省くことで「参加しやすい」制度へと改変
――そもそも、カヤックの社内制度はどのように生まれるのでしょうか?経営陣による発案が多いんですか?
トップダウンで降りてくる制度はほとんどありません。僕の所属する人事部か、全社員が社長になったつもりで会社の制度やビジョンなどについて考える「ぜんいん社長合宿」で生まれることが多いです。
たとえば社長視点を共有するための「月給ランキング ワークショップ」は人事部発のアイデア。社員が採用希望者に渡す特別カード「ファストパスとラストパス」は、合宿から生まれました。
「ファストパスとラストパス」はネーミングの良さで合宿中に採用が決まったんですよね。だから、合宿後に人事部で中身をほぼ全部考え直しました。でも覚えやすいし、話題にもなりやすい。先ほどお伝えした通り「社員が参加してくれそう」な制度にするためには、キャッチーな名前がついていることも大切です。
しかし「ファストパスとラストパス」も、途中、あまり機能しなくなることがありました。
――なぜ機能しなくなったんですか?
ファストパスとラストパスのカードを作ったのですが、こっちがいくら担当者に「合宿でちゃんと配ってね」と伝えても、結局忘れられちゃうんですよ。あと、社員も持ち運ぶのを忘れたり(笑)。だからもう画像データを配布して「必要になったら勝手にメールで採用希望者へ送っていいよ」と簡易化することにしました。
そのほうがこっちも管理の手間がかからず、社員も「手元にカードが無いし、取りに行くのも面倒だから制度を使わないようにしよう」とはならないんですよね。人事部が何も考えず、手間をかけずに運用できることが、制度を機能させるためにも重要なポイントです。
代表的な「サイコロ給」や「ぜんいん社長合宿」が長続きする秘訣
――その一方、先ほどおっしゃっていた「ぜんいん社長合宿」は、カヤックの伝統的な社内制度ですよね。社員旅行や合宿研修を廃止する企業も多い中、年2回の合宿が現在まで続くのはなぜでしょうか?
コロナ禍により少人数ごとの開催になるなど、合宿のやり方自体は少し変わりました。でも合宿自体をなくす考えはありません。合宿って、ある意味でカヤックの本質なんですよ。
「ぜんいん社長合宿」とは、要するに“普段の業務を離れ、ひたすらブレストをやる場”です。合宿をやめるというのは、ブレストを重視するカルチャーをなくすのと同義じゃないかと感じています。
ただ、時代や社員の雰囲気に合わせ、継続するための細かい変更は何回も行っています。僕が12年間カヤックにいる中で、一度だけ大きく変わったこともありました。
制度の変更前は、遅めの時間までブレストを続ける人もいました。でも、ある時期から「もう結論が出たかな」というタイミングで飲み会を始める人が出てきたんです。その結果、合宿の意義が曖昧になってしまう時期がありました。
飲み会などのコミュニケーションも大切ですが、合宿はブレストでコミュニケーションをするのがメイン。その一方、ずっとひとつのテーマだと、途中で飽きてくることも理解はできる。5〜6年前からはブレストのテーマを3つ用意し、3時間ごとにテーマを変える形式に変更しました。
――では、カヤックの目玉ともいえる「サイコロ給」もアップデートは繰り返しているんですか?
制度がシンプルだから、ほぼ改定されていません。オフィスに行けない人はExcelでランダムに出目が表示され、登録されるシステムができたくらいですかね。僕は完全に慣れてしまったから、実際にサイコロを振るのではなく、Excelを使ってランダムに数値を出してもらっています(笑)。
でも、入ったばかりの社員はやっぱり楽しそうにサイコロを振っていますし、長年ずっと楽しそうにサイコロを振り続けている社員もいます。サイコロを振る列に並ぶ人たちが「1が続いたから自分も1かも」とかワイワイ言い合っている。
そのやり取りを見て、サイコロを振らない僕でも、なんだか楽しそうだから輪に加わることはある。サイコロ給によってコミュニケーションが生まれている部分はあります。
――これらの制度があるからこそ「カヤック」らしさが保たれているんだな、と感じました。
採用においてもある種のスクリーニングになっているんじゃないか、とも思います。うちの会社って「仕事で一番重視するのは給料だ!」みたいな人があまりいないんですよ。お金が最優先の人は、サイコロで給料を決めるような会社に入りませんから(笑)。制度があることで、それ以外の要素を大切にする人が集まりやすい環境になっている気がします。
カヤックを表面的に真似しないでください
――「社員が参加してくれそう」な制度づくりを心がけるほかに、みよしさんが重視することはありますか?
「平等さ」でしょうか。たとえば、有給って一番平等なんですよね。どんな理由で取得してもいいものですから。特別休暇も「誰にでも平等に訪れるから」という理由で、誕生日休暇だけは用意しています。
制度が会社のカルチャーにマッチしていれば、推しの卒業ライブや特別な公演があるときに取れる「推し休暇」があってもいいと思うんです。でも「推しがいない人は休みが少なくて不公平だ!」という考え方もあります。そうやって「社員同士に差をつける制度になっていないか」という視点は意識しています。
――せっかく社内制度をつくったとしても、社員のノリが悪いときはどうしていますか?
そもそも社員を巻き込めないのは、面白くないアイデアだからです。僕自身がカヤックの社内制度を作るときは、「誰かを楽しませる」という視点が大切だと思っています。「みんなが楽しいかどうかは分からないけど、こういう制度を思いついた」で押し通すのは、単なる自己満足の思いつきになってしまうので注意しています。
――「何かユニークな社内制度を作ってみたい」と息巻く企業にとっては耳の痛い話でしょうね。
そういう相談を受けることもありますが、「カヤックを表面的に真似しないでください」とはよく伝えています。その会社に合った内容で、キャッチーな名前さえ付けられたら、自然とオリジナルな制度として話題になると思います。「とにかく面白いことしなきゃ!」と変に力む必要はないんじゃないでしょうか。
――じゃあ、全然そういう感じの会社ではないのに、急に「面白い制度を作りました!」と言い出すのは……。
そういうのが一番だめです(笑)。「堅めの会社があえて笑える制度をやる」というのは一つの選択ですが、その場合はイベントや採用活動など「その日、その時期だけ」に留めたほうが良いと思います。「ハロウィンだと思って、今だけはコスプレしようぜ」みたいな感じ。会社の雰囲気に合った制度を作るのが一番だと思います。
(文:原田イチボ 写真:鈴木渉)
※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。