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元『サンモニ』ディレクターはなぜ保育士を目指したのか?
これから超高齢化社会を迎える日本。これからはシニア世代もはたらき手として期待されます。「シニアになってまではたらきたくない……」と感じる、皆さん。もしかしたら、意外と楽しいかもしれませんよ?連載企画「半世紀後も「はたらく」はきっと楽しい。」では、年齢や経験に囚われず新たなチャレンジを行う方々にお話を伺っていきます。
第4回に登場するのは「ナーサリーホーム小仲台」ではたらく保育士の進藤昭人さんです。進藤さんはテレビ制作会社で長年ディレクターとして活躍したのち、60歳の定年を期に転職を決意。資格を取得し、2022年春より園内では最高齢の新人保育士としてはたらき始めました。
テレビから保育士へ。進藤さんは、なぜ定年後に未経験の業種へチャレンジすることを決めたのでしょうか?両者を「似ているところもあると思っているんです」と語る進藤さんに、お話を伺いました。
「60歳」「子育て経験なし」のテレビディレクター、保育士を目指す
――進藤さんは定年退職後に国家資格を取得し、テレビディレクターから保育士へとキャリアチェンジしたそうですね。なぜ、保育士になろうと思ったんですか?
定年後に再雇用してもらっている先輩もいたし、同業種で転職するという選択肢もあったけれど、ぼくは別のことやりたいなあ、なんて漠然と考えていたんです。
あと、なるべくなら地元ではたらける仕事が良いなあと思ってね。
――この地域(千葉県千葉市)のご出身なんですか?
出身ではないけど、中学生の時から50年住んでるから、もう地元って感覚なんですよね。 それで、バスの運転手やコミュニティセンターの受付とかどうだろうなとか、いろいろ考えてたんですよ。
そんな時に、ふと10年ほど前に担当した発達心理学の教材DVDの仕事を思い出したんです。その仕事では、しばらく保育士さんに密着してたんですが。
――密着取材ですか?
そう。撮影をしながら保育士さんのはたらく姿を見てたら、大変そうだけど、 なんだかとても崇高な仕事だなという感じがして。あと、そこにいた子どもたちの反応がそれはそれはおもしろかったんですよ。
ぼくには子どもがいないから、子育てを経験したこともないし、オムツを替えたこともなかった。けれど、だからこそ次の世代に何かを残したり伝えたりできる仕事をしたいなという思いが湧いてきたんです。
――保育士になるための資格はお持ちだったんですか?
もちろん持ってないです。でもね、国家試験にさえ受かれば資格は取れるんですよ。学校の教職員だと、大学に通って単位を取らないといけないじゃないですか。それに比べると、試験だけなら自分の年齢でも間に合うかなって思えたんです。
テレビマン時代の「勉強力」で難関試験を突破!
――とはいえ、かなり難易度が高い試験だったんじゃないですか?
合格率20%ぐらいって言われています。だけど、幸い勉強しないで受かっちゃったんですよ(笑)
――すごいですね!
ぼく、ディレクター時代は『サンデーモーニング』っていう1週間のニュースをまとめる番組を長く担当していたんです。ああいう番組って、情報をしっかりかみ砕いて、視聴者にわかりやすく説明しなきゃいけないんですよね。
――そうですよね。事件に至るまでの背景だとか。
そう。裏側にはどんな背景があったかとか、どんな問題につながっていくとか、専門家に聞きに行ったりするんですよ。その時に、あんまりトンチンカンな質問をしてもいけないから、毎回集中的に勉強します。そういうことをずっとやってたから、 短期的に勉強するのは割と得意だったのかもしれないですね。
―― じゃあ国家試験も短期の勉強で合格されたんですか?
そうですね。遊んでたり病気になって入院したりしてたら3カ月ぐらいしか勉強する期間がなくって。
――3カ月。
国家試験には9科目の筆記試験があるんです。科目数も多いし、最初は大変だろうなと思ってたんだけど、勉強を始めてみたら各科目が結構関連していることに気付くいたんです。
例えば「保育原理」と「教育原理」という科目があるんだけど、 大元を遡れば同じ思想に行き着く。そんなふうに「ああ、これとこれも通じるところがあるな」って考えたら意外といけるかもなって思えてきて。もちろん、勉強は大変だったし一生懸命やりました。
――試験の結果はどうだったんですか?
半分ぐらい受かれば上々かなと思ってたんですが、最初の試験で8科目受かりました。保育士の試験は、一度合格した科目は3年間その実績が有効になるシステムなんです。だからぼくは半年後に行われた次の試験で1科目だけ受けて、筆記は合格することができました。
そしたらあとは実技試験です。実技は「言語」「音楽」「造形(絵)」という3科目から2つを選択するシステムで。ぼくは昔っからギターをやってたんで、音楽はいけるだろうなと。もう1つは言語にしました。
――「言語」というのは?
これがおもしろくてね。お話、素話をするの。
たとえば桃太郎とかイソップ童話のような課題の作品があって、 それを先生たちの前で何も見ずに聞かせてくださいっていう試験です。
――子どもたちに「おはなし」をするように。
それは案外得意だったんです。持ち時間が3分間に設定されていたんだけど、だったら「ばっちり3分間にしてやろう」と思ってね。テレビディレクターは自分で喋ることはなかったけど、 喋らせてた立場だったから、そういうのは案外得意だったんです。
――話しながら、頭の中で編集して。
そう。「この話だったらここを強調したらおもしろいはずだ!」とかアレンジしました。
――進藤さんにとっては3分間の台本を作るようなものだったんですね。
それで、試験本番ではピッタリ全部話し終えたときにちょうど3分のタイマーがなったんです。やったね!って思いました。音楽よりも成績は良かったです。
――試験が終わって、その後は……?
試験の結果が出る前に転職活動をスタートさせたんですが、60歳で定年して、なおかつ、子育て経験がないおっさんを雇ってくれる園があるかな、とは思っていたんです。でもね、そんな不安もよそに、最初に応募したところから「ぜひ来てください」と言ってもらえて。
――トントン拍子に決まっていったんですね。
たまたまなのか、 興味持ってくれたのか、社長自ら面接してくれたんです。それで、「ぜひ来てください」って言われたから「いや、まだ試験の結果も出てないので、もうちょっと待ってください」って伝えたんです。
今となっては分かるけど、保育園ではたらく人の中には国家資格を持ってない人もいるです。補助的な役割の仕事にはなっちゃうんだけど。ただ、そういうのを知らないで面接行ったので。
後から「落ちました!」ってわけにはいかないと思って、とりあえず待ってもらいましたね。合格がわかってほっとしましたよ。
保育士とテレビディレクターの仕事は似ている?
――前職とはまったく違う分野ですが、保育士の仕事はいかがですか?
この春で勤めて2年目になるんですが、いやあ、楽しいです。去年が4歳児クラス、今年が3歳児クラス。子どもって本当に十人十色で、全然違うんですよね。
だけど、3歳クラスは大変です。最初のうちはまだ半分以上がオムツしてるぐらいですから。月齢によって発達度合いもさまざまで、達者にしゃべる子もいれば、まだやっと「あー」だの「うー」だの言ってるぐらいの子がいたりとバラバラななんですよ。
――大変だと言いつつ、進藤さんは本当に楽しそうに話しますね。
おもしろいです。先輩の保育士さんに教わりながら四苦八苦しながらも新発見の連続です。
でもね、全然違うように思えるけど、みんなで協力して一つのところを目指していくところはちょっとテレビディレクターと似てたりするのかなって感じますね。
――似てる……んですか?
ディレクター時代は生放送の番組を担当することが多かったんですが、生放送の番組ってチーム戦なんです。本番に向けてVTR編集する人、様々なことの助手的に動いてくれるADさん、ナレーション原稿をチェックする人、テロップチェックをする人、スタジオでは照明さんが仕込みをしたりとか。技術さんがカメラやマイクを用意したり、その前に、朝から美術さんがセットを組んでくれてたりね。全部が揃ってからリハをやってオンエアに臨むんだけど、いろんな人が綿密に段取りをして手分けして働いているわけ。
保育園も、最初はびっくりしたんですが、自分が子どもと遊んでいると、いつの間にかお昼ご飯用のテーブルが用意されてたりしてね。で、気がついたら別の部屋の掃除も終わってたりする。今はもうだいぶ仕組みは分かったんだけど、誰がどこでどういう段取り組んで、どんな役割分担しているかが、はたらき始めた当時は全然見えてなかったんですよね。
どちらも、見えないところでうまい具合に段取りして、誰かがしっかりはたらいて、全体が成立してるんですよ。
――なるほど。
あと、クリスマスとか夏祭りとか水浴びとかそういう行事の時もね、普段通りの仕事をこなしながら担当の人が準備をしていくんです。それも特番の仕込みとよく似ている。
――ああ、確かにレギュラー番組と季節モノの特別番組の関係みたいですね。
保育園で防犯訓練みたいなのをやるときに、せっかくなら「本物の警察官に来てもらいましょう!」って提案したりしてね。それも番組に出演オファーしたりするのと一緒ですよね。段取りが大事っていうのは、どんな仕事でも共通していることかもしれないですね。
――ディレクター時代の経験が活かされてますね。
経験といえば、この前卒園式の記録映像を作ったんですよ。(スマホで映像を再生しながら)これがそうなんだけど、何気ないところでスローをかけたり、カメラを切り替えたり、ちゃんと編集してるんですよ。
――すごい、ほんとにテレビ番組みたいですね。
運動会なんかはもっとすごいよ。7カメ(カメラ7台での撮影のこと)くらい使って撮影したんですよ。
――こういった映像の制作は、本来保育士さんが担当するものなんですか?
本来だったらやらないですよ。というか、できないでしょ。
でもね、前に仕事でやってたことが園の先生方にも知れちゃってるから頼まれちゃって。「良いっすよ」って軽い気持ちで引き受けちゃったんだけど、本当は大変なんですよ、これが(笑)
――進藤さんの性格的に、断れなかったんですね。
でもね、自分としては息抜きにはなってるなと思いますね。
――仕事なのに、息抜きですか。
サボってるってことじゃないですよ(笑)。
ぼくは保育士としてはまったくの新人なので、普段の仕事は教えてもらってばかりだけど、こういうのやると「やっぱり違うな」って思ってもらえるじゃないですか。普通の保育士さんにはないスキルなんで。
――進藤さんにしかできないことですもんね。
そういうスキル、経験を持っている人間なんだなとは思ってもらえたんで、良い機会だった気はしますね。じゃないと、「なんだこのおっさん」って思われてたでしょうし。
――新しい環境で、過去の経験を活かしながらはたらくというのはとても難しいことだと思います。進藤さんはなぜそれができるのでしょうか?
うーん、なんだろうな。保育士しかやってきていない人は、真っ直ぐなんですよ。真っ直ぐにやるべきことをやる。だけどぼくは「こういうやり方もあるんじゃないの?」ってことを考えてるんです。それも、テレビの仕事で学んだことなんだけどね。
――どういうことですか?
いろんなところに取材に行って、いろんな人に会う。それで初対面なのに根掘り葉掘り聞く仕事でしょ?「この人はこうやったら話してくれるかな?」とか考えながら。取材を続けていてわかったのは、完璧を目指すばかりでなくて、あえてこちらの弱点を見せるようなコミュニケーションをすることで相手が気を許すこともあるってことなんですよね。
――確かに、距離がグッと縮まるのはそういう時かもしれません。
そういう視点も入れて保育士の仕事をやっていけたら良いなと思ってるんです。型にはまらないというか、違う道を探すというか。もっと自由にのびのびと。
――確かに、それはキャリアを重ねたから進藤さんだからこそできるはたらき方かもしれません。
こんな歳して新人なんですが、違う世界でやってきたってことは絶対プラスになるはずなんです。違うってことに自信を持って、はたらいていけたらいいですよね。二毛作人生。おかげで新鮮な毎日を過ごすことができています。
(文:高橋直貴 写真:小池大介)
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