氷河トレッキングに無人島でキャンプ!? 秘境ツアーを提案する旅行会社の舞台裏
「秘境旅行・世界登山の専門店」として1973年に創業した旅行会社・西遊旅行。インドやチベット、アフガニスタンなどのシルクロード諸国、ネパールのヒマラヤをはじめとした山岳旅行など、数多くの「日本初のツアー」を手がけてきた、知る人ぞ知る旅行会社です。
しかし「秘境」と呼ばれるからには、人がなかなか足を踏み入れない場所であることは確か。情報が乏しい人里離れた奥地への旅をツアーとして形にするために、どうやって企画を考えているのでしょうか。
西遊旅行でツアーの企画から添乗までを担当している堤智顯さんに、ツアープランニングの裏側を聞きました。
「非日常体験」や「未知の世界への冒険」がテーマの西遊旅行
さて、一見すると一般的な旅行会社のサイト画面とそこまで変わらないような気もする、西遊旅行のホームページ。しかし、そのツアー内容をよく読んでみると……。
世界遺産の数々はもちろん、シルクロード、ヒマラヤ、サハラ砂漠など、世界各国の秘境や名峰を訪れるツアーばかり。中には「こんな場所へ?」と思ってしまうようなプランまで。大手旅行会社のツアーと違い、少人数しか募集しないのも気になります。
「西遊旅行の場合、参加者を6~15名程度の少人数に絞っているんです。そもそも秘境って、公共の交通機関では行けないところがほとんど。大型バスに乗って大勢で訪れるような場所ではありません。安全かつ快適な旅を提供するためには、おのずと少人数限定になります」
西遊旅行に入社して16年目になる堤さんは、山岳地帯のツアーを得意とする添乗員です。大氷河を辿り、カラコルム山脈の奥深くに鎮座する世界第2位の高峰K2を目指す23日間の「K2大展望 バルトロ氷河トレッキング」や、「千島列島・最高峰アライド山登頂」など、挑戦的な旅をマネジメントし、参加者をアテンドしてきました。
ツアーの中身について「テーマや目的を明確にし、目玉となるスポットや体験を基軸にしながら旅程を練っていく」と堤さん。「秘境ツアー」に特化した西遊旅行だからこそ「どれだけ非日常的な体験ができるか」ということも重要なのだとか。
「豪華なホテルに泊まり、有名な観光名所を巡る優雅な旅ももちろん良いと思います。でも、弊社の場合は人が住めないような場所に入り込んでいく旅も人気があります。四輪駆動車で砂漠を何日もかけてキャンプしながら巡ったり、往復で20日間ほどかけて氷河の上を歩いていく旅もあります。
どんな僻地への旅でもできる限り快適に楽しめるように工夫していますが、砂漠では限られたオアシスで水を補給をしたり、道中で物資の調達ができない長いキャラバンの場合、ヤギを連れて出発し、途中で捌いてその肉をいただくこともある。食べ物のありがたみを心から感じる、非日常の体験だと思います」
完成まで2年以上!?秘境ツアーづくりならではの苦労
基本的にツアーは夏商品と冬商品の2つに分かれており、年2回、それぞれの企画会議に向けてプランを準備します。常日頃からアイディア集めはしていて、会議にむけて社内プレゼン用の資料を作って挑みます。企画が通れば旅程などをブラッシュアップしていきます。
数ヶ月のうちに詳細が固まるツアーもあれば、そうではないプランも。堤さんがアテンドした「千島列島最高峰・アライド山登頂」も、会社として千島列島の視察を開始してから、実際にお客さまを募集するツアーになるまで、2年以上かかりました。なぜそこまで長い期間を要したのでしょうか。
「千島列島は海鳥の聖地として知られており、バードウォッチャー憧れの場所です。そのため、会社として最初は野鳥観察を目的とするツアーの視察を開始しました。しかし観光地ではない離島の旅なので交通手段がありません。
模索した結果、もともと調査船だった船をチャーターすることになり、なんとか形になってきました。何度も航路や時期の調整を行いながら7回の航海を経て、バードウォッチングだけでなく自然観察を目的としたツアーなどもできあがり、私は千島列島の最高峰であるアライド山に登頂する日本初のツアーにアテンドすることになりました。
アライド山がそびえるのはアトラソヴァ島という無人島です。山の標高は2,339メートルですが、登山道どころか足跡一つありません。キャンプ生活をしながら、獣道すらもない藪の生い茂ったエリアを、1日がかりでルート開拓しました。
登頂日は往復で14時間ほどの行程になります。山頂からは人工物が全く視界に入らない、360度の絶景が広がります。ハードですが、達成感はひとしおでした。ロシア情勢が悪化した現在、また実現できる日がくるのかすら分からない状況なのは悲しいです」
新企画だけじゃないツアーづくりの大切なポイント
秘境ツアーの実現にあたり、安全性の確保は必要不可欠。堤さんは新企画の実現に向け、懇意にしているお客様3〜4名に同行してもらい、モニターツアーを実施することもあります。
「目的地までの行程が危なくないか、そもそもハードルが高すぎないかなど、万全にツアーを運行するための見極めはとても重要。信頼できる現地パートナーがいれば、視察をお願いすることもありますが、なるべく自分でも体験してから発表するようにしています」
すでに実施した企画でも「新しいエリアを開拓しつつ、こだわりのあるエリアを掘り下げたり、直近のツアーでの反省を活かしたりすることでブラッシュアップする」と堤さん。
「ツアーをどう改訂しようか、ということは常に考えています。新企画の場合、どれだけ練ってから実施したとしても、いざお客様と巡ってみると『この場所も組み込めば良かったかな』と、ツアー中に気付くこともあって。
そういった場合は次回のツアーから改訂することはもちろん、現場判断でお客さまに了承をいただきながら、その場で日程をアレンジしたりすることもあります。反省をもとにアレンジを加えていくことで、開催中の企画、そして来年の企画がもっと良いものになっていきます」
縁が繋がって新たな旅が生まれる
堤さんが西遊旅行に入社したきっかけは、海外旅行中に見つけた西遊旅行の看板でした。
「学生時代からバックパッカーをしていたんです。大学卒業後は新卒でシステム関係の仕事に就きましたが、とにかく忙しくて。職場と家を往復する中で、徐々に『またネパールに行きたい!』という思いが膨らんできたんですよね。
退職して4ヶ月間、インドとネパールを旅していたところ、偶然カトマンズで西遊旅行の看板を見つけました。
最初は仕事でネパールに行けたら良いなっていう下心でした(笑)。それくらい軽い気持ちでしたが、どんどん仕事にのめり込み、気付けば16年目です。実際にネパールには数えきれないほど行き、今ではネパール語も喋れるようになりました。第二の故郷と言えるほど愛着があります」
では、堤さんが今までのキャリアの中で、一番うれしかった出来事とは?
「ツアーを企画するという面においては、自分でゼロから企画を立ち上げることもありますが、多くの企画はいろんなご縁の中で広がっています。
これまであまり力を入れてこなかったヨーロッパアルプスのツアーが充実してきたのも、別の社員が企画したオマーンのツアーで現地ガイドを担当していた、フランス人の女性との出会いがきっかけでした。縁がつながり生まれたツアーが成功したときの喜びは、何ものにも代え難いです。
加えて添乗員として現場に行くことにも、やりがいを感じます。私は登山・トレッキングツアーをアテンドすることが多いのですが、「K2大展望・バルトロ氷河トレッキング」で目的地に到着しK2を目の前にした時、お客さまが『堤さんのおかげでここまで来れた』と言ってくれたんです。この仕事をしてきて良かったなと思いました」
今、西遊旅行のツアーに参加している人は、仕事を退職してセカンドライフを満喫する60〜70代がメイン。堤さんは自身が学生時代から旅をしてきた経験も踏まえ「もっと若い人にも知ってもらいたいし、ぜひ参加してほしい」と語ります。
「次の世代の方々にも、私たちがやっているような冒険旅行に興味をもってもらえたらと思っています。金銭的・時間的余裕がなければ、長いツアーは難しいかもしれません。ただ、年末年始やお盆の時期を利用して、キリマンジャロ登頂ツアーなどはぜひ参加してほしいです。
個人的におすすめしたいのは『K2大展望・バルトロ氷河トレッキング』。登山未経験者には難しいですが、体力があるうちにぜひチャレンジしていただきたいです。しっかりと準備すれば、良い景色を見られますよ」
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