1年かけて穴を掘り続けた、話題の男の人生を深掘りした 「自分の足を使った実体験をもっと大切に」

2021年5月28日

長引くコロナ禍で世の中が停滞する中、ひたすら「穴」を掘り続けた人物がいます。

ジーンズブランド「Rockwell Japan」の代表・祇園涼介さんが、自社のジーンズを履いて穴掘りを始めたのは、昨年4月のこと。丸1年をかけて完成した穴は、電飾やプロジェクターを備えた見事なシネマホール(“HALL”ではなく“HOLE”です)として話題になりました。SNSで目にした人も多いのではないでしょうか。


一躍、穴掘り人として耳目を集めた祇園さんは、テレビやネットメディアに引っ張りだこの存在に。それにしてもなぜ、祇園さんは穴を掘ろうと考えたのか?
祇園さんのキャリアを探ってみると、今回の穴掘りが決して突拍子もない行動ではないことが明らかになりました。

ジーンズブランドの主として、祇園さんが大切にしている矜持とは何か――。いざ、深掘りします。

シネマホールはいかにして誕生したのか

――まずは率直に、なぜ穴を掘ろうと考えたのか教えてください。

ジーンズをカッコよく色落ちさせるためです。ジーンズを理想的に色落ちさせる条件には、汗などの水分や摩擦、土埃、紫外線などがあるのですが、「穴を掘る」という土にまみれる作業は、これらの条件をすべて満たしているんですよ。

そもそもジーンズは労働着として生まれたもので、アメリカのゴールドラッシュ時代(1848年~)には鉱山ではたらく人たちが着ていたわけですから、理には適っていますよね。

拠点を置く岡山からリモートで取材に答えてくださいました

――なるほど……。しかし、どこを掘るかが問題ですよね?

最初はうちの家族が所有している山を掘ろうと考えていたんです。ところが土地の権利証を見ても、どこからどこまでが我が家の土地なのか、境界線が曖昧ではっきりしません。

そこで、うっかり他人の土地を掘り返しては大変なので、山を持っていそうな地元の先輩に電話して「穴を掘らせてもらえませんか」とお願いしました。このあたりは、私自身が岡山県の田舎で育った恩恵といえます。

――穴の掘り方は自己流ですか?

そうです。といっても、掘り始めたころは完成イメージもなく、ただ目の前を掘り進めていただけでしたけど。ひたすら掘っていたら、いつの間にか穴がちょっとしたワンルームほどの広さになっていたので、そこで初めて間取りを考え始めました。

掘り始める前
掘り始めて1週間後。この穴が……
9か月後にはここまでの大きさに。

――穴掘りに費やした期間はちょうど丸1年。非常に根気のいる作業だったと思いますが、頓挫の危機などはありませんでしたか。

途中、腰を痛めて動けなくなった時期はありました。でもそれ以上に苦しめられたのはヤマダニです。ずっと同じジーンズを履いて作業していたので、大量のヤマダニが発生して下半身がブツブツになってしまって……。仕方がないので、ジーンズを色落ちさせるために始めたことなのに、脱いでパンツ一丁で掘ったりもしていましたね(笑)。

でも、基本的には穴を掘るという作業自体が、やってみるとすごく楽しくて、まったく飽きなかったです。最初はなるべくジーンズを汚しながら掘ろうと意識していましたが、気がつけば無心で掘り続けていました。

掘り始めて半年後に撮影した洗濯後ジーンズの写真。いい感じのダメージ具合です。

――穴を掘る過程をSNSで発信しようと考えたのは?

本当は、コロナで困っている飲食店を応援するために、食レポをやるつもりだったんです。でも食レポって意外とむずかしくて、なかなか美味しそうな写真が撮れません。

そこで、肉体労働のあとに食べるシーンなら、少しは美味しそうに見えるのではないかと思いつき、穴掘りと食レポをセットにしようと考えたんです。もっとも、まったく反響がなかったのですぐ挫折してしまいましたが。

――ところが穴が完成すると、祇園さんの投稿は一気に拡散されました。

こんなに注目されるとは思わなかったので、びっくりました。どうせなら食レポの時にバズってほしかったですけど……(笑)。

ただ、世間的にはふざけているようにしか見えないかもしれませんが、穴を掘るという行動は、僕がジーンズを通してやっていきたいことや、「Rockwell Japan」というブランドに込めた信念からはまったくぶれていないんです。だからこうして一定の共感が得られたのではないかと思っているのですが。

ケニアで身につけた「なんとなる」の精神

――そんな祇園さんの信念をひもとくために、今日までのキャリアについて教えてください。前職は商社マンだったそうですね。

はい。商社に勤めたいと考えたきっかけはカバでした。とにかく生身のカバの近くで暮らしたくて、アフリカに駐在できる職種を探したところ、商社なら可能性があるのではないかと考えたんです。

――カバ? それは一体なぜ……。

僕は大学に入学した直後、一時的にメンタルを病んだ時期があったんです。志望校に落ちて自信を失い、同級生にも馴染めず、いつの間にか外へ出るのが億劫になってしまって、日がな一日ただYouTubeを眺めるだけの日々を送っていました。

そんな時、たまたまカバの動画を目にして、衝撃を受けたんです。1頭のカバに20頭近いライオンが襲いかかる様子を撮影したものでしたが、カバはリーダー格のライオンの頭蓋骨を噛み砕き、無傷で逃げ切って見せました。圧倒的な強さに、「なんだこれは!?」と震えましたよね。
そうかと思えば、水辺を飛んでいた蝶にビビって逃げ出したりもして、その奇妙なギャップにやられてしまったんです。そこで大学2年生の時、この目でカバを見たい一心で、国際協力のボランティアに参加しました。

――具体的にはどのようなことを?

僕が参加したのはケニアの野生動物保護プロジェクトで、密猟者の取り締まりや外来植物の駆除、砂漠化対策のための植林など、いろんな業務がありました。2カ月ほど向こうにいて、実際にカバを見ることもできましたし、これは本当にいい経験でしたね。

ケニアで撮影したカバの写真(2014年)

――なんとも貴重な体験ですね。ケニアに行く前と後で、自分自身にどのような変化を感じますか?

ケニアに行く前の自分は、どこか斜に構えていて、いろんなことをネガティブに考える人間だったように思います。それが帰国してからは心に余裕が生まれ、アクティブに行動できるようになりました。

なにしろこれが初めての海外でしたし、チームにアジア人は僕だけで言葉も一切通じない状況からのスタートでしたから、たいていのことは「何とかなる」と思えるようになりましたね。
何か新しいことを始める時も、ケニアでの経験と比べればハードルがずいぶん下がりますから。

ケニア滞在時の写真。左から2番目が祇園さん。

“違和感” を察知し、準備していた

――話を戻しますが、アフリカ駐在を期待して入社した商社では、どんな仕事を?

アフリカの53カ国に拠点を持つ会社でしたが、僕が配属されたのは北米向けに自動車部品を輸出入する部署でした。でも、この会社は10カ月で辞めました。

――やはり、アフリカへ行く希望が叶わなかったことが理由ですか?

もちろんガッカリはしましたけど、それなりに大きな会社だったので、それは仕方がないですよね。それよりも、単に上司の言うことは絶対という体質が肌に合わなかったのが原因だと思います。

僕としては立場や実績とは無関係に、明らかに改善すべき点については声を上げるべきだと考えていたので、これはけっこうストレスでした。

――入社してみて分かった“ギャップ”のようなものでしょうか。

実は入社前から、そうした企業体質への違和感は察していたんです。アフリカ配属の希望が通る可能性も低いでしょうし、念のため自力でアフリカへ行く方法も用意しておこうと考えていました。

そこで着目したのが、もともと好きだったジーンズです。物がなくて困っているアフリカの人々に新品のジーンズを送って履いてもらい、そこで色落ちした中古品を先進国に逆輸入すれば、高い価値が生まれると考えました。

とくに東アフリカには紫外線が強く、砂埃にまみれて生活している国が多くあります。その反面、標高が高いため気候は常春で、僕が知るかぎりジーンズをもっともカッコよく育てられる環境が東アフリカにはあるんです。そこに世界一の品質と言われる地元・岡山のジーンズを持っていけば、最高のジーンズができるのではないかと考えたわけです。

――10カ月の会社員経験で得たもので、現在の仕事に活きていることは。

新人研修でビジネスマナーやコミュニケーションの基礎をひと通り押さえられたのはよかったですね。これは最初から自営でやっていたら得られなかったものです。

それに今一緒にジーンズ事業をやっているメンバーは、実は、この会社勤め時代に出会った仲間なんです。こうした縁は何よりも得難いですよ。

全国どこにでも出向き、試着してもらう

――そうして立ち上げた「Rockwell Japan」。企業運営のうえで、意識していることは?

規模を広げていくことよりも、自分たちの社会に対するメッセージをどう表現し、製品を通じてそれをどう伝えるかを常に意識しています。その意味では必ずしも売れる物ではなく、あえて売れない商品を作ることもあると思います。

――祇園さんご自身は、どんなお仕事をされているのでしょうか。

少人数なので基本的に何でもやりますが、今の僕の重要な仕事の一つに、直接お客さんを訪ねてまわる活動があります。これは多くの商品を広く知ってもらうのではなく、1つの商品を骨の髄まで深く知ってもらうための営業手法です。

それにより、次に新商品をリリースした時に、「あの人が作るんだったら」と購買につながるような深い関係を、どんどん増やしていきたいんです。たとえ試着だけでも、全国どこへでも直接伺いますよ。

――え! 岡山から全国へ?

そうです。というのも、僕は人の「偏愛性」にすごく興味があって、趣味を兼ねている部分があるからです。わざわざ僕を呼んでくれるような人は個性的でユニークな方ばかりなので、話を聞くのがとにかく面白いんです。

そのついでに自社のブランディングができて、もしジーンズが売れればお金まで入るわけですから、こんなにいい話はありません。

――ブランドが掲げる「人を歩かせるジーンズ」というコンセプトを、自ら体現されていますね。

今の時代、たいていの情報は簡単に手に入ります。でも、たとえば旅行の価値というのは、目的地で写真を撮ってSNSにアップすることではなく、そこへ行くまでの道程や、現地で実際に体験したことにあるはずです。

つまり「人を歩かせるジーンズ」というフレーズは、ネットだけで知ったつもりになるのではなく、自分の足を使った実体験をもっと大切にしていこうぜ、というメッセージを表現しているんです。

――たしかに穴を掘るという行動にも、実際にやってみればこその楽しさと成果がたくさん凝縮されているように感じます。

まさにそうなんです。だからこそ繰り返し強調したいのは、決して本来の道からそれたところでバズったわけではない、ということです。

まだまだ立ち上げたばかりのブランドですが、今はそうした想いを商品に落とし込んでいく作業も、お客さんに会って話をするのも、とにかくすべての作業が楽しくて仕方がありません。こうした方針を守りながら、ブランドのファンを1人でも多く増やしていきたいですね。 

(文・友清哲)

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ライター&編集者友清哲
紙もWebもオールジャンルで寄稿中です。主な著書に『日本クラフトビール紀行』『物語で知る日本酒と酒蔵』『作家になる技術』『消えた日本史の謎』『一度は行きたい「戦争遺跡」』ほか。
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