「思わず泊まりたくなる」超繊細なホテルスケッチ!一級建築士・遠藤慧さんが積み重ねた“小さな得意”とは?

2023年3月2日

「いつもうっとりしてしまう美しさの絵で、ホテル行きたくなっちゃう」
「設計したホテルには、遠藤さんに来ていただくのが最大のPR」

そう言われるほど魅力的なホテルの実測スケッチを描いているのが、一級建築士の遠藤慧さん。SNSでさまざまなホテルの実測スケッチを発信し続け、人気を集めています。

そんな遠藤さんに、どのようにして話題を呼ぶスケッチを描き、建築士としての道を歩んでいるのかを伺いました。

仕事のために、自腹で始めたホテルスケッチ

photo:YUTA ITAGAKI KIENGI(画像出典)

――建築に興味を持ったきっかけを教えてください。

昔から絵を描くのが好きで美大で学ぶことに興味を持っていたんですが、高校は普通の進学校だったので、高校一年生のときに美術の先生に相談をしに行ったんです。「とりあえず、放課後になったら美術室に来て絵を描いてみたら?」と言われて、毎日通うようになりました。

先生は「あなたは何に興味があるの?」と言って、いろいろなアーティストの作品集やドキュメンタリービデオを見せてくれました。ある時、建築家の安藤忠雄さんの展覧会のパンフレットをもらって、初めて建築の展覧会に足を運んでみたんです。そこでとても美しい造形の模型が展示されていて「こんなに美しい形の建築があっていいんだ!」と衝撃を受けました。当時計画中だったアブダビ海洋博物館の模型でした。

私は数学がそこそこ得意だったので、先生からも「建築科が向いているかもね」と勧められ、明確に建築科を志すようになり、東京藝大の建築科に進学しました。その先生に出会えたから、今の私があると思っています。

――ホテルの実測スケッチを始めたのはいつからですか?

大学卒業後に設計事務所に入り、保育園などいくつかの施設の設計を担当しました。27歳のときにホテルの計画に携わる機会があったのですが、あまりホテルに泊まったことがなく「実際に宿泊して体験してみよう」と、実測スケッチを始めました。自腹で数万円するようなホテルに泊まるのはドキドキしましたが、素敵なホテルに泊まってみたい気持ちはあったし、仕事のためという名目で奮発しました。

初めて実測スケッチしたホテル「ONSEN RYOKAN 由縁 新宿」

――建築士の方は、よくスケッチをされるんですか?

ホテルに限らず、気になった寸法を測ってスケッチするということをされている方は今でもわりといらっしゃいますね。でも仕事では基本的にソフトを使って図面を作成するので、手描きが必要になる場面は普通はないです。

――では、なぜホテルの実測スケッチを続けているのですか?

私の場合は、スケッチをすることでものをよく観察できるようになるからです。カメラはあまり意識しなくてもシャッターを押せてしまうことがありますが、スケッチの場合はどうなっているか、どんなふうに描くかを自分で理解していないと1本も線を引くことができません。なのでよく観察するようになるんです。観察するために描いている、というようなところもあります。

私は「内装や外装の提案を素材からできるようになりたい」と思い、29歳で色彩計画、いわゆるカラーコーディネートを専門とする事務所に転職しました。インテリアやカラーコーディネートなどを行う内装も、建築の一部。色から建築の提案をする身としても、トータルコーディネートされているホテルをスケッチするのはすごくためになっています。

10時間かけて描く“理論ありき”のこだわり

『山の上ホテル』のスケッチ

――ホテルの実測スケッチは、どのように行っていますか?

まずはざっくり下描きをしてスケッチのレイアウトを決めて、メジャーでベッドや家具などの寸法を測って書き込み、それを線画にして清書し、色を塗って、最後に文字を入れます。

それぞれ2時間ずつくらい、合計10時間くらいかけて1つのホテルスケッチを完成させています。最初はもっと気軽に描いていたのですが、何個も描くうちにどんどん懲って描くようになってしまいました。

――10時間!特に思い入れのあるスケッチはありますか?

どれも思い入れがありますが、池袋にある『hotel hisoca』はカラーブランディングがすごく素敵で、スケッチにも気合いが入りました。

建物はたくさんの人や会社が携わってできていて、外観からインテリア、小物やアメニティなどまですべてに統一感を持たせるのはとても大変なことなのですが、このホテルはデザイナーさんが設定したカラースキームが徹底されていて、建物はもとより小物まできちんと統一感がありました。

『hotel hisoca』のスケッチ

オリジナルのアイテムも多く、こだわって作られていることがよく分かります。特に感心したのが入り口脇にあるオリジナル設計の家具で、洋服掛けとデスクと冷蔵庫などが一体になっていました。ホテルだと間取りの関係で収納家具がエントランス脇にあることが多く、物を取るために行ったり来たりしがちですが、入ってすぐのエントランスで洋服やカバンをかけられて、室内側からも取り出せる構造になっているのですごく便利です。

エントランスからも室内側からも物を取り出せるオリジナル家具

――こうしたホテルの実測スケッチで、特にこだわっているポイントは?

図鑑みたいに、見開き一枚にまとめることです。子供の頃読んだ百科事典をイメージして、ホテルの魅力を一枚にまとまめられるように、試行錯誤しています。

必ず入れるのがお部屋の平面図です。平面図で伝えきれなかったものを別の視点で描くなどして、その部屋の魅力をできる限り伝えられるように工夫しています。『hotel hisoca』だと上からの平面図ではお部屋の特徴であるグリーンの綺麗な壁の様子が伝えられないので、横からのアングル(スケッチの右下)で部屋を描きました。この構図だとお部屋の様子が分かりつつ、ベッドサイドやカーテンまわりの寸法も一緒に表すことができます。

――繊細な色遣いも特徴だと感じます。どのように培ったのでしょうか?

画家の永山裕子さんが描く水彩画が好きで、よく作品集を見ています。彼女の絵はたくさんの色を使っているのですが、「ヴァルール」と呼ばれる明暗のバランスが非常にしっかりしているのが特徴だと思っています。色がたくさんあっても立体感がよくわかるので、描いたものが自然に見えるんですよね。

私もヴァルールをぼんやりとですが意識していて、どうすればスケッチが立体的に見えるかを意識しながら色を選んでいます。イラストひとつ描くにも、その裏側にはたくさんの理論があります。だから10時間かかってしまうんですよね(笑)

天才じゃなくても、小さな得意を積み重ねて勝負する

――建築士の仕事をしながら、実測スケッチの発信を続けている理由は?

設計自体はそんなに上手いほうじゃないんです。学生時代からまわりには圧倒的にすごい同級生がいっぱいいたし、最初に入社した設計事務所でも先輩方はみんな優秀で、わりとすぐに「私は建築家として大成できないだろうな」と思ってしまったんですよね。私が思ってもみなかったアイデアを出す人や、筋道をいくつも用意して問題解決ができる人を見て「自分は全然ダメだな」と思っていました。

同時に、絵を描くことは好きでずっとちまちまと続けていたんですよね。でも、大学は本気で美術をやっている人ばかりの場所でしたから、トップレベルの絵を描く人たちがいて、純粋に絵で勝負しようとしても同じ土俵には立てないわけです。

そんな中で「自分には何ができるんだろう?」と考えたとき、「建築士としては突き抜けられないし、絵も飛び抜けてうまいわけではないけれど、それらを掛け合わせた状態であれば、あまり他の人にはできないことができるんじゃないかな」と思い、建築目線でのホテルスケッチにたどり着きました。

『帝国ホテル』のスケッチ

SNSでホテルの実測スケッチを注目してもらえるようになりましたが、それも「どうしたら目に留めてもらえるかな」と意識しながら取り組み始めたこと。何かで突き抜けられなくても、自分の“ちょっとした得意”を掛け合わせることで、自分だけの強みを作れると思います。

――小さな得意を積み重ねた成果ですね。これからやりたいことは?

たくさん素敵なホテルを見て「こんな空間を作ってみたい!」という憧れがどんどん膨らんでいるので、その憧れを凝縮した家兼アトリエを作ることです。スケッチを描くことも、建築の設計に携わっていくこともライフワークとしてずっと続けていきたいですね。

(文:秋カヲリ 写真提供:遠藤慧さん 撮影:YUTA ITAGAKI KIENGI)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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