自己肯定感は上がらなくても、「自己否定」は減らせるかもしれない。精神科医・星野概念さんに聞く「仕事がつらい」の処方箋

2023年8月7日

職場の環境は悪くないはずなのに、どうしても仕事がつらい。好きな仕事をしているはずなのに、忙しくなるたびに「やめたい」と思ってしまう──。仕事に対して漠然とした不満やモヤモヤを抱えることは、誰しもあるはずです。けれど、「仕事のつらさ」に自分一人で向き合い続けていても、その解決策や打開策はなかなか見えてこないもの。

今回は、精神科医・ミュージシャンなど多彩な肩書きを持つ星野概念さんに、「仕事がつらい」気持ちに向き合うヒントや、仕事で自分を追い込みすぎないための考え方についてお聞きしました。

仕事が「常に楽しいか」よりも「嫌じゃないか」で考える

──精神科医として患者さんに向き合われていると、「仕事がつらいんです」という相談を受けることも多いのではないかと思います。星野さんは普段、どんな姿勢でそういった相談に耳を傾けているんでしょうか?

ぼくは基本的には、「その仕事はやめましょう」とか「すぐに休んでください」というような言い方はしないですね。「仕事がつらい」にもいろいろな種類があると思うので。

たとえばぼくの場合、原稿の締め切りが迫ってくるといつも、すべてをやめたくなるんですね。連載なんてもう2度とやらないぞ、と。でもいざ無事に書き終えると、「よかった、これからも頑張って続けていこう」ってスッと思えるんですよ(笑)。そういう瞬間って、たぶんどんな仕事にもあると思うんです。仕事の場面を細かく区切って見てみると、すごく充実しているときと、なんだかいまいちだと感じるとき、どっちもありませんか?

──好きな仕事であっても、この作業は嫌だなとか、この時期だけはいつもしんどいな、ということはよくありますよね。

そうですよね。……いや、ひょっとしたら大地主とかであれば、そういう瞬間もないのかもしれないな(笑)。でも、どんなときでも楽しい仕事、というのはなかなか難しいと思うので、患者さんには「常に楽しいか」よりも、「そこまで嫌じゃないか」を考えてみるのはどうですか?みたいな感じでお話を聞くことが多いです。

ただ、やっぱりカウンセリングはケースバイケースなんですよね。たとえば職場で明らかにハラスメントに遭っているのに、それが常態化しすぎてつらいのが当たり前になってしまっている方がいたら、その環境はおかしいですよ、というフィードバックはもちろんします。場合によっては「お休みしてみるのも1つの選択肢かもしれませんね」とか、「こんなふうに迷っているようにぼくには聞こえたんですけど、どう思いますか?」という言い方をすることもあります。

相談される立場としては、絶対にこうしたほうがいいですよ、と決めつけることはできないんです。だけど、患者さんが自ら「こうしてみようかな」と方向性を決められるようになるまで一緒に歩いていくことはできる。1度のカウンセリングだけじゃ答えが出ない場合もたくさんあります。だから「また話しましょうか」とか言いながら、気長にやっていくんです。

「自分ってこんな感じ」のイメージを持ちながら、ときどきモードを切り替えてみる

──すごく嫌な仕事でも、「成長のためのチャンスがあるかも」とか「とにかく成果を出したい」といった動機で、取り組むべきか迷うこともあるように思います。星野さんはそういうとき、どのように考えるようにしていますか?

そこが難しいんですよね。昔は、やったことのないジャンルの仕事の依頼をいただくたびにすごく迷いました。正解なんて誰も知らないですから、悩みますよね。ただ、あくまでぼくの場合はですが、「自分が心地良いかどうか」を基準に判断するようになってから、迷うことが減ってきました。実はぼく、30代前半までは音楽を仕事にしたいと思って、がむしゃらにバンドをやっていたんです。当時、永ちゃんに心底憧れていたんですよ。

──永ちゃんって、矢沢永吉さんですか……? 

はい。今思うと矢沢永吉さんのブレない生きざまに憧れていたんですけど、当時はそれが分からなくて、すごく表面的に永ちゃんの人生をなぞろうとしてたんです。「武道館でライブをやれるバンドにならなきゃだめだ!」と売れる曲を必死に書こうとしたり、レコード会社の先輩に急にタメ口きいたりして、ほんとにめちゃくちゃだったんですね(笑)。好きで始めた音楽活動だったはずなのに、音楽に対するワクワク感はいつの間にかなくなってしまって、途中からはとにかく成果を出すべき、というマインドになっていたんです。

だけどほかのバンドメンバーの事情もあって、ある時、音楽で武道館に立つという夢を1度手放してみたんですね。そうしたら、なんだかすごく力が抜けて楽になって、急に友達が増えたり、かえって音楽の仕事が少しずつ入ったりするようになってきたんです。心地良さを無視して目標のために突き進むのは自分には向いてないんだな、と気付いたのはそのころでした。

──ロールモデルを意識しすぎて、本来の目的を忘れてしまうことってありますよね。

もちろん、目標やロールモデルを設けること自体がダメ、というわけではないですけどね。「自分ってこんな感じ」というセルフイメージを持った上で、お化粧を変えるみたいに「今はこういうマインドで行こう」とか「今日は勝負の日だからあの人を意識してみよう」と自覚的にモードを切り替えることができるなら、すごくいいと思うんですけど。

──星野さんは「精神科医など」という肩書きを名乗られています。複数の肩書きを持つことも、複数のマインドを使い分けることと関係しているのでしょうか?

そうですね。ぼくの場合は、今のところは「精神科医など」が一番しっくりくるかな、という感覚です。24時間精神科医としての顔だけで生きているわけではないので。

仕事をする際に、自分にとってどんな状態がしっくりくるかは人それぞれだと思うんです。新しい課題を解決することに喜びを感じる人もいれば、お金を生み出すことに喜びを感じる人も、クリエイティビティのある活動をすることが好きな人もいる。だから、今やっていることが自分自身にフィットしているか、という観点で仕事を捉えてみるのも良いんじゃないでしょうか。

とはいえ、どんな状態が自分にフィットしているかは自分だけで判断できないことも多いですよね。悩んだら、人に相談してみるのも大事なことのように感じます。友だちに相談するなら、なるべく意見を決めつけたり、自分のハウツーを押しつけてこない人を選んだほうがいいですね。もちろん、カウンセリングに行ってみる、というのも一つの手だと思います。

「自己肯定感」を上げることより、どうやって「自己否定」を減らすかを考える 

──「仕事のつらさ」というテーマでもう一つお聞きしたいのが、自分の仕事上のミスや失敗にどう向き合えばいいかです。同僚のミスはおおらかに受け止めることができても、自分のことになると許せず、自責を続けてしまうタイプの人も多いと思うのですが……。それってなぜなのでしょうか?

すごく重要なポイントですね。人って、自分のことをいたわるよりも、自分のことを責めるほうがなぜか簡単に感じるんですよ。ほかの人に接するように自分にやさしくしてしまうと、成長が止まるんじゃないかと不安になってしまうんですよね。ミスをしたときに自分を責めることで、そのフラストレーションを解消した気になってしまう、という……。自分の中の小さな自分はおそらく、自分自身からイライラをぶつけられて傷ついているんですけどね。

──ただ、イライラしてほかの人を傷つけるよりはいいか、とも感じてしまいます。

でも、自責が癖になりすぎると、ほかの人に「そんなことないよ、頑張ってるじゃん」と肯定してもらえても、「いやいや、そんなことないんだって」と否定するようになって、人の言葉をシャットアウトするようになっちゃうんですよ。すると、「家族なら罵倒してもいい」というように認識が歪んでいってしまいます。やっぱりできる限り自分をいたわる癖はつけてあげたほうがいいと思います。

──自分をいたわることに抵抗がある人は、どうやってそれを習慣化していけばいいのでしょうか?

ぼくが最近実験的にやっているのは、「すこし後ろから自分のことを眺めているイメージを持ってみる」練習です。笑っちゃうんですけど、自分ってちょっと離れた視点から見てみると、意外にもすっごく一生懸命生きてるんですよ。さんざん迷ってLINEしたり、時間をかけて謝罪のメールを送ったりしてるわけです。そういう自分の姿を俯瞰で捉えられるようになると、だんだん「いいぞいいぞ」という気持ちになってくる(笑)。あくまでイメージですけどね。そんなふうに、いったん自分を俯瞰することで否定をやめてみる、という練習をしているんです。

自己肯定感を上げることが大事とよく言われるけれど、ぼくは自己肯定なんてほとんど無理なんじゃないかって思うんです。それよりも、まずは自己否定をちょっとでも減らすことのほうが大事じゃないかなって。

──たしかに、自分を肯定するよりは、自分を過剰に否定しない、というほうが現実的に思えますね。

そうなんですよね。ちょっと話が逸れるんですけど、前に出張先の人たちとお酒を飲んで盛り上がって、一緒にスナックに行った日があったんです。そこで「歌ってよ」ってカラオケで曲を入れられたんですが、ぼく、音楽をずっとやってたから、酔ってる状態で歌がうまく歌えないのがすごく嫌で。断れずに仕方なく歌ったんですが、案の定ぜんぜん声が出なくて、やっちゃったな、と落ち込みそうになったんです。でもその時、マスターと周りの人たちが大きな声で、一斉に「ナイスバッティン!」って言ってくれたんですよ。

──「ナイスバッティン!」ですか。

仮にそこで「やっぱりうまいね」とか言われたら、そんなわけないじゃん、って感じたと思うんです。けど「ナイスバッティング」って、よく分かんないじゃないですか。意味不明だけど、肯定的な波動だけはめちゃくちゃ伝わってくる(笑)。ぼく、それがすごくうれしくて、やらなきゃよかったって気分が吹っ飛んだんですね。そうか、こういう感覚を掴んでいけたら良いのかもしれない、ってそのとき実感したんです。

──素敵な体験ですね。ミスはミスだったかもしれないけれど、それでもまあいいか、と思えそうです。

生きている限り、「あのときもっとこうできたはずなのに」みたいな後悔がどんどん生まれてくるのは当たり前なんですよね。人はそこに留まり続けたくなってしまうものだけれど、「たしかに足りなかったけど、いったんOKにしとこう」と思えると、少しだけその場面を手放せるようになってくる。これ、言うのは簡単だけど、実際に試してみると意外と難しいんですよ。でも、意識して練習していると、ちょっとずつできるようになってくるはずです。

(文:生湯葉シホ 写真:小池大介)

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ライター生湯葉シホ
東京都在住。Webメディアや雑誌を中心に、エッセイやインタビュー記事の執筆をおこなう。2022年、『別冊文藝春秋』に初めての小説「わたしです、聞こえています」掲載。『大手小町』にて隔週でエッセイを連載中。

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