自分で香りを“作らない”調香アドバイザー”の仕事って?香りの知識より大事なスキルとは
香水、柔軟剤、ボディソープ、ヘアスプレー、ルームスプレーなど、香りのアイテムは数えきれないほどありますが、どれも魅力的な香りながら、まったく同じ香りの商品は1つもありません。
こうした商品の香りを作っているのは調香師です。さまざまな香料を組み合わせ、ターゲットとなる人々に好まれる香りを生み出す仕事で、香りの知識が求められます。
ところが、コスメブランド「OSAJI」の蔵前店の店長であり『kako 家香』調香アドバイザーでもある杉山志穂子さんは、香りに関する知識ゼロで調香アドバイザーになりました。お客さま自身が調香するワークショップをサポートする“裏方さん”で、現場での経験が何よりも身になったそうです。杉山さんは「調香アドバイザーには知識よりも必要なスキルが2つある」と言います。
調香アドバイザーとしてどんな仕事をしているのか、未経験で知識がないままどうやって調香アドバイザーになったのか、そして調香アドバイザーに必要なスキルとは何なのか、杉山さんに教えてもらいました。
自分で香りを作るだけが調香師じゃない。「お客さまの調香」をサポートする調香アドバイザー
――早速ですが、調香アドバイザーとはどんなお仕事なのでしょうか?
企業から「こういう香りの香水を作ってくれ」と依頼されて、それに沿った香りを作るのが一般的な調香師の仕事です。また、香水やフレグランスの香料を調合するパフューマ―以外に、食品系の香料を調合する「フレーバー」と呼ばれる調香師もいますね。
でも、私の仕事は少し違います。OSAJI蔵前店で展開する『kako 家香』は、スキンケア商品を扱うOSAJIが新しく立ち上げたホームフレグランスを扱うブランドです。オリジナルのブレンドエッセンシャルオイル(以下、エッセンシャルオイル)をお客さま自身に調香していただき、お客さまの好みに沿って自分だけのホームフレグランスを作ってもらうワークショップを行っています。それをサポートするのが私の仕事です。ワークショップは、香りの調合に1時間、調合した香りを製品にしてお渡しするのに30分、合計1時間半です。
顧客が企業ではなく一般の方なのも特徴ですね。香りに詳しくない方でも本格的なホームフレグランスを作れるように、ベースとなるエッセンシャルオイルをこちらで用意して、それをお客さまに組み合わせていただくやり方にしました。すでにブレンドしてあるエッセンシャルオイルを使うことで、手軽に深みのある香りを調合していただけます。
――自分でゼロから調香するより簡単ですね。ワークショップはどんな流れで進めていくのですか?
まず、ベースとなるエッセンシャルオイルから好きな香りを4種類選んでいただきます。トップノート、トップミドルノート、ミドルベースノート、ベースノートの4グループがあり、香りとしてはシトラス系、ハーブ系、フローラル系、ウッド系に分かれています。それぞれ3種類、合計12種類あるので、そこから1種類ずつ選んでいただく形です。
4種類のエッセンシャルオイルを選んだら、各1~5滴まで好きな比率で調合していただき、好みの香りを作っていきます。エッシェンシャルオイルをグラスに1滴ずつ垂らし、グラスを傾けてゆっくりと回しながら、立ちのぼる香りを確かめていただきます。
種類と滴数により何百通りもの香りが作れるので、やり方としてはセミオーダーメイドですが、ほぼフルオーダーメイドで自分だけのホームフレグランスが作れます。
――少しずつ調合しながら何度も試しているうちに、どの配合がいいか混乱してしまいそうな気もします(笑)
そういう方もいらっしゃいます(笑)。なので私たち調香アドバイザーが「この香りとこの香り、どっちのほうが好きですか?」と試香紙(しこうし)を振ってお客さまに香りを確認していただいたり、好きな香りのイメージに合ったエッセンシャルオイルをご提案したりして、選びやすいようにサポートしています。
ワークショップを行う場所にも工夫を凝らしました。じっくり香りに向き合っていただけるよう、ゆったりとしたバーカウンターにして、テーブルにはそれぞれのエッセンシャルオイルを垂らした試香紙を全種類並べ、エッセンシャルオイルの特徴や香りのイメージを書いた紙を敷いています。
知識ゼロで調香アドバイザーに。現場での体験が最高のスキルになった
――杉山さんはもともと調香に興味があったのでしょうか。
いえ、香りに興味を持つようになったのは入社してからです。スキンケア商品を扱うOSAJIの直営店で店長を務めていた時に、各店舗限定のハンドクリームを作る企画が立ち上がったんですね。その時、自分で調合した香りのハンドクリームが商品化されて店頭に並んだんです。「私が作った香りが商品になって売られているなんて!」と感動して、すごくうれしくて。
その後、2019年に蔵前にOSAJIがオープンするにあたり、併せてホームフレグランスを扱うブランド『kako 家香』を立ち上げると聞いた時、その喜びが忘れられなくて、初めて自分から「やりたいです」と手を上げました。それぐらいやりかったので、配属されてから香り漬けの毎日を送っています(笑)
――調合の知識はもともと持っていたのですか?
いいえ。知識はゼロの状態でした。異動が決まり配属されるまでの準備期間も短くて、香りの勉強よりも先に店舗を円滑に運営する方法を決めなければならず、調合はやりながら覚えた感じです。ベースとなるエッセンシャルオイルはすでに出来上がっていたので、とりあえずそれぞれを足してみて「どのエッセンシャルオイルをどう組み合わせるとどんな香りになるか」を経験と感覚で覚えていきました。
今では4,000名以上のお客さまに調香体験していただいて、私もかなり経験値が増えたので、知らない香りのエッセンシャルオイルに出会っても「あのエッセンシャルオイルと合うだろうな」「このエッセンシャルオイルとは合わないだろうな」とすぐに直感で判断できるようになりました。料理で例えると「こういう味の魚なら、煮魚よりソテーのほうがおいしいだろうな」と適した調理法がイメージできるような感じです(笑)
――知識より先に、現場での経験を積み重ねて調香アドバイザーとしてのスキルを培ったんですね。
お客さま自身に好きな香りを調香していただく『kako 家香』では特に、知識よりも経験が大事だと思います。香りの教科書に「相性がいい」と書かれている組み合わせでも、お客さまによっては苦手な香りだったり……たとえば、一般的にラベンダーはリラックスできる香りだと言いますが、ラベンダーの香りが苦手な人はリラックスできないですよね。
反対に、刺激的で万人受けしない強い香りを好きだと言うお客さまもいらっしゃいます。作っていただくのはホームフレグランスでその人の部屋の香りですから、その人が心地よく過ごせるのが一番です。
無難な香りにすると個性がなく物足りない印象になることもあります。知識は必要ですが、頭でっかちにならないのは大事ですね。お客さまと対話してカウンセリングしていく感覚で、求めている香りを探っていくようにしています。
――正解がないから、一人ひとりのお客さまと向き合って探っていくと。
『kako 家香』で調香アドバイザーの仕事をしていると、お客さまの心を覗いているみたいな感覚になります。料理なら大体「醤油とお酒とみりんを混ぜたらおいしい」といったような定石がありますが、香りはすごく複雑で、好みの差が大きいんですよね。だから対話しながら感覚をすり合わせて、自分の嗅覚をお客さまの嗅覚に近づけていくんです。
――具体的には、お客さまどのような対話をするのでしょうか?
苦手な香りが混ざっていると違和感が生まれるので、お客さまはよく「なんかツンとする」とおっしゃるんですね。「鼻のどのあたりに違和感がありますか?」と聞いて、鼻の上のほうなのか、真ん中あたりなのか、鼻翼のあたりなのかを教えてもらって、その場所に応じて苦手だと思われる香りに検討をつけていきます。
――香りによって、ツンとくる鼻の位置に違いがあるんですか⁉
香りの系統によって鼻の抜け方が変わるんですよ。鼻にキュッと来る香りもあれば、奥に抜けていく香りも、下からズーンと上がってくる香りもあります。不思議ですよね(笑)。これも経験で分かるようになりました。
疑わしい香りを見つけたら、その香りと遠い香りを入れることで違和感を解消します。ブレンドしたエッシェンシャルオイルが入っているグラスの上で、遠い香りのエッシェンシャルオイルを垂らした試香紙を振って、違和感が解消されたかどうか確認していただいています。実際に混ぜて確認するとなると、解消しなかった時はまた作り直さなきゃいけないので。
――グラスと試香紙の香りを一気に吸い込むと、ブレンドした香りになるんですね。
はい、実際にエッシェンシャルオイルを混ぜなくても、混ぜた状態に近い香りになります。ブレンドできるエッシェンシャルオイルの滴数にも限度があるので、こうしたやり方で時間とコストの帳尻を合わせつつ、お客さまの満足度を高められるように工夫しています。
寄り添うのに必要なのは「語彙力」と「柔軟なコミュニケーション力」
――杉山さんは、調香アドバイザーにはどんなスキルが必要だと思いますか?
いわゆる調香師の方とは異なり、一般のお客さまを対象に好みを汲み取っていく調香アドバイザーはたくさん対話するので、語彙力と柔軟なコミュニケーション力が必要だと思います。お客さまに「甘い香りが好きです」と言われたとしても、さっぱりした甘さなのか、まったりした甘さなのかで選ぶ香りが変わります。
さっぱりした香りが好きなら柑橘系のフルーティーな香りがブレンドの中心になるほうが良いですし、まったりした甘さが好きならフローラル系の濃厚な香りが良いですよね。これらを探るために、香りに関する語彙をたくさん持っておくのが大事です。新人のスタッフには隣で接客を見てもらって、こうした語彙を学んでもらう機会をつくっています。
――もう1つの「柔軟なコミュニケーション力」とは?
お客さまの好みの香りを見つけていただくためには、自分もお客さま自身も先入観を持たずに香りと向き合うのがすごく大事で、柔軟なコミュニケーション力が問われます。
たとえば、ローズマリーとローズはまったく違う香りなのですが、「ローズマリー」という名前を聞くだけでローズの香りをイメージしてしまう方もいます。だからあえて何も言わずに香っていただいたり、お客さまに目を瞑って香っていただいたりすることもあります。
知識と経験が身についてきてからは、自分の先入観をお客さまに押し付けないように注意しないといけません。お客さまの希望がうまくくみ取れないと、つい「この香りにはこういう香りが合いますよ、どうですか?」と教科書的な知識に基づいておすすめしてしまいがちなんです。
おすすめと言うと響きは良いですが、実際は誘導尋問に近いものがあって、お客さま自身が調香する意味がなくなってしまいます。一般的ないい香りがお客さまの好きな香りだとは限りませんから、自分の感覚や知識を押し付けないように気を付けないといけません。
――確かに、おすすめするのは、ともすると誘導尋問になってしまうかもしれませんね。
ちょっと言葉を変えるだけでいいんです。「こうしたほうがいいですよ」ではなく「こうしたほうがバランスは良くなると思いますが、お好みで調節してみてくださいね」という言い方にするだけで、一気に柔軟性があるコミュニケーションになり、お客さまに寄り添ったサポートができるようになります。
――杉山さんが調香アドバイザーとして、自身で作ってみたい香りはありますか?
今は個人のお客さまの要望に応えられるよう調香のサポートをしているので、企業からの依頼で香りを作ってみたいですね。女性誌メディアで『kako 家香』オリジナルブレンドのエッセンシャルオイルを販売しているのですが、その中には私が考えた香りも入っていて。選ばれたのがすごくうれしい。
香りに興味を持ったきっかけも、自分で作った香りのハンドクリームが商品化されたのがうれしかったからです。やっぱり調香師としては、自分が作った好きな香りが商品となって多くの方の手に渡って、その人の生活を彩ってくれるのはとても幸せなことなので、そんな商品をいつか生み出したいです。
実はもうすぐ店長を別のスタッフに引き継いで、『kako 家香』に専念させていただく予定なので、ルームフレグランス以外のアイテムでもオリジナルの香りをお持ち帰りいただけるよう、商品のラインナップを増やしていくつもりです。これまで培ってきたブランドのアイデンティティを大切にしつつ、新しい商品を生み出し、店舗展開もしていきながら、一人ひとりに寄り添った香りを届けていきます。
(取材・文:秋カヲリ 写真:倉持涼)
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