自社のサービス開発まで手がける「インハウスデザイナー」。制作会社との違いや、転職後に意識すべきこととは?
デザイナーの就職先は、大きく分けて2つあります。一つは、外部の企業から依頼されたものをデザインする「制作会社(デザイン事務所)」。もう一つは、事業会社で自社のサービスのデザインをする一般企業です。
一般企業のデザイナーは、企業専属のデザイナーとして、その会社に特化したデザインを手がけています。
彼らは、「インハウスデザイナー」と呼ばれています。
普段耳にすることの少ない「インハウスデザイナー」とは、どのような職業なのでしょうか?また、制作会社のはたらき方とはどう異なるのでしょうか。
今回は、制作会社でのデザイナー経験を経て、その後不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」などを運営する株式会社LIFULL(ライフル)で、インハウスデザイナーとして12年にわたり活躍する坂本恵美さんに、両者のメリット・デメリットや、インハウスデザイナーだからできること、仕事の醍醐味について伺いました。
新機能開発から「UI・UXデザイン」まで
——坂本さんはインハウスデザイナーとして、どのようなお仕事を担当しているのですか。
LIFULLにはクリエイティブ本部という部署があり、その中に、社内のデザイナー30名ほどが属するデザイン部があるんです。デザイン部は大きく3つのユニットに分かれていて、その下に7つのグループがあります。私はその一つのグループ長をしています。
具体的には、「LIFULL HOME’S」サイトのUI・UXデザインの品質管理や、「LIFULL HOME’S」全体のデザインガイドラインの策定などを行っています。
——「UI・UXデザイン」について詳しく教えてください。
「UIデザイン」というのは、Webサイトやアプリにおける、見た目やレイアウトを含めた使いやすさ。「UXデザイン」は、製品やサービスを通してユーザーが得られる体験のことです。
私は、ユーザーの課題から解決策を導き出し、それをどうUI・UXデザインに落とし込むかを提案したり、チーム内のデザイナーが考えたデザインにレビュー(評価)したりして、その品質を管理しています。
——デザイナーと聞くと「絵を描く人」「モノをデザインする人」を思い浮かべる人も多いと思いますが、坂本さんは、企画からWebサイトの仕様をつくるところまで広く携わっているのですね。
実は弊社では、「広義のデザイン」の実践に向けて取り組んでいるんです。
これは、経済産業省が「第4次産業革命におけるデザインやクリエイティブの重要性」について行った調査研究で触れているデザインの定義の一つで、(外観や装飾を美しく見せる)“意匠デザイン”だけではなく、体験やサービス全体に目を向けて設計していくデザインの捉え方です。
これを実践するために、インハウスデザイナーも、企画や仕様策定の工程から携わるようにしています。
——実際には、どのようなものをつくっているのですか。
たとえば、「LIFULL HOME’S」のスマホサイト。
私個人ではなくチームでつくったもので、2022年1月に「Gomez賃貸不動産情報スマホサイトランキング」で総合1位をいただいたため、特に思い入れが深いですね。こうやってチームでつくり上げたサービスが評価されるのは嬉しいですし、インハウスデザイナーならではの醍醐味だと感じます。
また、これまでの住まい探しサイトは「地域から探す」「路線から探す」という検索方法がメジャーでしたが、ユーザーの声をもとに、「叶えたい条件で探す」「今の部屋を基準に探す」という機能を開発しました。
これは、初めて部屋を探すユーザーの、どんな条件を設定したら良いかわからない、今住んでいる部屋の不満を解消したい、というニーズに応えた機能です。ほかにはない機能であり、他社との差別化になっていると感じています。
サービスの開発から成長まで、ゼロから携われる
——坂本さんは前職で制作会社にいらっしゃったそうですが、制作会社とインハウスデザイナーでは、どのような点が異なりますか。
あくまでも私の経験談にはなってしまいますが、制作会社の仕事は、さまざまな業種や分野のクライアントからの要望に応えて、特定のプロダクト(商品)などのデザインをする“単発の案件”がほとんどです。
その分、一人で携わる案件量が多く、私も飲料メーカーや電機メーカー、通信業界など、たくさんの業種や分野のデザインを担当してきました。業種ごとに求められるデザインも異なるので、UIなど意匠デザインのスキルはとても鍛えられましたね。
それに対してインハウスデザイナーは、一つのサービスにゼロから携わって、その成長を見届けることができます。
たとえばあるプロジェクトは、「UXリサーチ」と呼ばれる調査でユーザーのニーズを調べて、そこで浮き彫りになった課題に対する解決策を、チームのメンバーで考えるところから始まります。ある程度案が出たら、今度はそのサービスのニーズが本当にあるのかを早い段階で確認する「コンセプトテスト」を行い、その後、プロトタイプ(試作品)を起こし、実際にデザインを考えるフェーズへ移っていきます。
——なぜ、制作会社からLIFULLに入社されたのでしょうか。
前職はシステム開発寄りの制作会社で、私はWebサイトのデザインを主に担当していて、やりがいも感じていました。一方で、制作物への感想をクライアントから直接伺う機会はあっても、その先にいるエンドユーザーがどう思っているのかや、きちんと満足してもらえたのかを知る術がなくモヤモヤしていたんです。
それと、過去に制作したWebサイトがいつの間にかリニューアルされて、まったく別物になっていたこともありました。さすがに少しショックで、「もっとサービスを育て、成長させたい」と感じたのも、私にとってはきっかけの一つでした。
——坂本さんは、制作会社のデザイナーとインハウスデザイナー、それぞれどのような人が向いていると思われますか?
制作会社は、多くのクライアントの案件を請け負うので、携われるデザインの種類と数がとても豊富です。広い範囲でたくさんのデザインを勉強できますし、多種多様な仕事をしたい方には向いていると思います。
インハウスデザイナーは、常にユーザーを中心に考え、課題意識を持って「課題の本質ってどこなんだろう?」と、とことん突き詰めて考えられる人。あとは、サービスをゼロからつくったり、サービスを成長させたい人が向いていると思いますね。
“制作会社にいた自信”からぶち当たった壁も
——インハウスデザイナーは制作会社とは違い、社内のデザインにしか触れる機会がないと思います。制作ジャンルが絞られている中、皆さんどうやってスキルを磨いているのでしょうか。
これは弊社ならではかもしれませんが、弊社には、業務時間の10%を使って、グループ会社を含む所属部署以外での業務を経験できる「グループ内兼業制度」や、条件を満たした内容なら兼業が可能になる「グループ外兼業届出制度」があるんです。
それに手を挙げて、通常業務では補えないスキルや、自分に足りないと感じたスキルを伸ばすことができます。私自身も、グループ内兼業制度を使って他部署の業務を経験したことがあり、デザイナーとしての知識を広げられたと感じています。
——そうしたスキルアップ制度が整っているのは、LIFULLが「デザイナー」という職種への理解が深いからなのでしょうか。
もともと、デザイナーやエンジニア、開発や企画担当者が一つの部署に配属されるなど、デザインの重要性は社内に根付いていたと思います。
ただ、2017年にCCOの川嵜が入社して、「世界で最もクリエイティブな会社になる」という考え方のもとで、デザイナーがクリエイティブ本部にまとめられたんです。デザイナーの育成もより強化されました。
多くの会社では経営企画室などに属しているPRチームも、弊社では、デザイナーチームと一緒にクリエイティブ本部に所属しています。デザイナーチームとPRチームを含むブランドコミュニケーション領域のチームで一貫したアウトプットができているのは、弊社ならではの特徴かもしれません。
また、サービス開発の手順として「企画→設計→デザイン→開発」という流れがありますが、弊社ではデザイナーや開発担当者が企画の段階から携わり、PDCAを回しています。課題があれば都度解決していくので、最終的にユーザーのニーズに合った機能をリリースできるのはメリットだと思います。
——坂本さんがチームではたらくうえで意識していることはなんでしょうか。
チームではたらく際は、「その人を理解すること」が大事だと思っています。たとえば私の所属するグループでは、半年〜1年に一度チームビルディングを行いますが、その際に「ドラッカー風エクササイズ」という手法を用いることがあります。
「自分が何が得意なのか」
「自分がどういうふうに仕事をしたいか」
「大切にしている価値は何か」
「チームメンバーからどんなスキルを期待されていると思うか」
などを互いに自己開示するのですが、このエクササイズで相手を知ってから、次の仕事での役割分担をすることで、メンバーがやりたいことをやったり、伸ばしたいスキルを伸ばせるようになっています。
——過去のご自身のキャリアを振り返ってみて、ぶち当たった壁や、印象に残っている出会いはありますか。
そうですね……。たとえば、「制作会社で経験を積んできた」という自信から固定観念を持ってしまい、ユーザーから思うような反応を得られなかったことがあります。
具体的には、先述の「今の部屋を基準に探す」という機能を開発した時、当初は「今住んでいる部屋の不満を解消したい」というニーズに応えたつもりでした。ですがユーザーテストでは、これまでの家探しで「希望の条件を入力する」という検索方法に慣れていたユーザーが、「今の部屋のことを聞かれているのか、希望の条件を聞かれているのかわからない」と困惑する様子がみられました。
きっと喜んでもらえる、と思ってつくったものが想定外の反応を受けて、落ち込みましたね。このプロジェクトでは、リリースまでにユーザーテストを行い改善することができましたが、以来、ユーザーの声を聞いて改善する大切さが身に染みています。
——坂本さんがこれから、仕事を通じてやってみたいことはありますか。
「LIFULL HOME’S」全体のデザインガイドラインについては現在策定中で、やるべきことがまだたくさんあると思っています。デザインガイドラインとは、統一されたブランドらしさを表現することを目的に、配色やレイアウト、フォントやキャラクターの使い方を明文化したものです。
デザインガイドライン自体は過去にも存在したのですが、うまく運用できずに情報が更新されず、結果使われない、浸透しない……という悪循環が起きていました。そのため、きちんと浸透・定着させるためにはどのような仕組みづくりが必要かを、まずは考えていきたいです。
もともと建築やインテリアの雑誌を読むのが好きで、自分自身も「人をワクワクさせたり、人の心を動かせるものがつくりたい」と思ってデザイナーを志しました。今は、インハウスデザイナーとして、自社のブランドの成長に貢献したい気持ちが強いですね。
(文・原 由希奈 写真提供:株式会社LIFULL)
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北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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