「ケーキの自販機」で定休日2倍増。老舗洋菓子店が叶えた“はたらき方改革”、立案者に話を聞く

2023年2月10日

スタッフの休日を増やして、あとの仕事は「自動販売機」に任せる。

島根県松江市に、2020年からの2年間で、定休日を2倍以上に増やしたケーキ店があります。創業44年目の老舗洋菓子店、「松江クロード」です。

松江クロードでは、スタッフのワークライフバランスを実現するため、2022年2月に「お菓子の自販機」を導入しました。その中に「クロードケーキ缶」という缶ケーキを置いたところ、SNSで拡散され話題に。もともと20時までだった営業時間を18時までに短縮できるほど、自販機の売上が好調です。

自販機の導入前から、地元でその名を知らない人はいなかったという松江クロード。地域で愛される人気店はなぜ、はたらき方改革に興味を持ち、「ケーキの自販機」という斬新なアイディアを考えたのでしょうか。専務取締役の石川りささんに、取り組みの舞台裏を伺います。

月に4日だった定休日を月9日に

松江クロードがあるのは、夕景の美しさが有名な宍道湖のある松江市。市内でその名を知らない人はいないほどの老舗洋菓子店で、1979年、石川さんの父・鶴田栄治さんが創業しました。栄治さん亡き後は、石川さんと、代表取締役の母・桂子さん、そして十数名のスタッフで店を支えてきました。

2020年1月、石川さんは、松江商工会議所が主催する「働き方改革推進支援セミナー」に参加しました。

「洋菓子の世界には、“技術を身につけるためには残業して修行するのがあたり前”という風習が昔からあって、うちも昔のままのやり方でずっと来てしまっていました。でもここ数年、国の取り締まりが厳しくなったうえに、求人を出しても新しい方が入ってこなくなってしまって……。『まずい、どうにかしなくちゃ』と思って、まずは仕組みから学ぼうと参加しました」

石川さんはそのセミナーで、“年間休日105日”という数字を知りました。社労士の話によれば、それは従業員が最低でも休まなければいけない日数。加えて、残業時間も制限されています。

「どんどん法律が変わっているのを知って、切羽詰まった気持ちになりました。そこで、限られた人数でお休みもきちんと取ってもらうには、営業日を減らすしかないなと。売上が減って、お給料が払えなくなるのでは……?という不安もありましたが、コロナ禍のおうち需要で、幸いなことに売上は好調だったんですね。それで、『だめだったらまた戻せばいい』と思って、定休日を少しずつ増やしていきました」

松江クロードの定休日はそれまで、月4日。これを2020年4月から、月6日に増やしたのです。すると、意外な結果を呼ぶことになります。

「売上が下がらなかったんです。社労士の先生にそれを伝えたところ、『そうでしょ?』と言われて。先生いわく、だらだらと長く営業するよりも、ぎゅっと濃縮したほうが良いのだと。そうやってみんながきちんと休めるようにすることで、プライベートとのメリハリがついて体も元気になって、モチベーションが上がるのだそうです」

定休日を増やしても、スタッフに支払う給与額は変えていない。松江クロードは2020年4月、全国社会保険労務士会連合会の「職場環境改善宣言企業」に認定された

一方、お客さんの中には「いつも閉まってるね」と声を漏らす人もいました。松江クロードは創業時から長らく定休日が月1回だったため、地元客がそう思うのも無理はありません。石川さんはいつも、「すごく申し訳ない」と感じていました。

「やっぱり、いくらInstagramやホームページでお知らせしても、すべてのお客さまに届けることはできなくて。駐車場まで来てくださったのに帰って行くお車を見るのが、何より辛かったです」

そこで浮上したのが、「お菓子の自販機」のアイデアでした。この案はもともと、母の桂子さんが思い描いていたもの。

松江クロードではケーキやプリン、クレープといった生菓子のほかに、マドレーヌやクッキーのような焼き菓子が人気で、平日には、営業職の会社員が手土産用にギフトボックスを購入していくことも多かったといいます。

そのため、桂子さんが考えていたのは当初、焼き菓子のギフトボックス専用の自販機でした。コロナ禍で非対面のニーズが高まっていたこともあり、定休日を増やした時と同じように、「まずはやってみよう」と導入を決めました。石川さんは、「小さい会社だけん(だから)できること」だと、優しい笑顔で笑います。

冷蔵機能がついた、ベルトコンベア式自販機。この機種にした決め手は、焼き菓子のギフトボックスが入ることだった

石川さんと桂子さんが選んだ自販機の機種は、室内専用。そのため店内の一部を改装して、置き場所をつくりました。また、ギフトボックスだけでは見映えが淋しいからと、あるアイデア商品も置くことにしました。透明のプラスチック製容器にケーキを詰めた、「クロードケーキ缶」です。

「業者さんから『こういうのが流行っていますよ』と教えていただいて、やってみようと思いました。ただ、『何か目を惹くものを』と思って入れたのもあって、実は売れることへの期待はそこまでしていなかったんです。普通のケーキよりも容量が多いので、その分値段も高くなってしまって」

1個880円の「いちごのショートケーキ缶」。具材がズレたり傷んだりしないよう、苺や生クリーム、カスタードクリーム、スポンジケーキをぎっしりと詰め込んでいる

クロードケーキ缶を作るのは、20代から70代のパティシエです。伝統ある老舗洋菓子店だからこそ、新しい試みへの抵抗感もありそうですが、「おもしろい」と季節の新商品まで考えてくれたといいます。

2022年2月1日、クロードケーキ缶と焼き菓子のギフトボックスが中心の「お菓子の自販機」がスタート。翌日に地元テレビ局の『1ちゃん!日本海テレビ』に取り上げられると、その見た目の可愛さから、Instagramに写真が投稿され始めました。

石川さんも「素材と鮮度にこだわっているので、きっとどこのスイーツ缶よりも美味しい」と話すクロードケーキ缶は、次第に行列を成すほどの人気に。5カ月で1万個以上が売れる大ヒットとなりました。

営業時間が9:30〜18:00なのに対し、自販機は8:30〜21:00まで。定休日にも買うことができる(左から石川さん、桂子さん、チーフパティシエの佐川達也さん)

雑談から生まれた「SDGsな訳ありケーキガチャ」

ところが、この2年間を振り返ってみて石川さんは思いました。規定の年間休日に加え有給も消化してもらうには、もっと定休日を増やさなくてはいけない。

パティシエ業界では近年、長時間労働が問題視されていて、中には事件沙汰になった他県の洋菓子店もあります。そのため多くのケーキ店では今、松江クロードのように定休日を増やしたり、営業時間を減らしたりして、はたらき方の改善に努めているのだといいます。

石川さんは桂子さんと相談し、2022年4月、お店を完全週休2日としました。定休日は計9日。それまで定休日は平日のみでしたが、子どものいるスタッフにも配慮し、月1回は日曜も定休日に。営業時間も、20時までから18時までに短縮することにしました。

子どもや孫のいるスタッフからは「スポーツ少年団の行事に参加できるようになった」「孫と遊べてうれしい」という声が挙がった一方、レシピ開発やお菓子づくりに余念のないパティシエの中には、もっとはたらきたい、と漏らす人もいました。

「みんなすごく頑張り屋さんで、職人気質なんです。本当はもっとやりたいことがあって、その葛藤もあると思います。本当にありがたいんですけど、今はそれが許されないから」

松江クロードでは、作業効率を上げるために、それまで約120種類あった商品数を、約80種類に減らしていました。製造の機械化を進めて、商品数は変えない選択肢もありましたが「手づくりのクオリティにはこだわりたかった」と石川さん。そのせいでパティシエ自身のつくりたいお菓子をつくれていないのでは?と心配しており、「今も課題の一つ」だと話します。

また、石川さんにはもう一つ悩みがありました。

本来、会社帰りのお客さんで混み合っていた18時〜19時の営業をやめたことで、売れ残りケーキが増えてしまったのです。

「(パティシエが)せっかくつくってくれた、しかもまだ食べられるケーキを捨てるというのが、すごく心の負担で……。そうしたら、母と雑談する中で『じゃあ、売れ残ったケーキを自販機に入れたらいいんじゃない?』という話が出たんですよね。この時も見切り発車なんですけど、8月から、それまで廃棄していたケーキを、閉店後に自販機に入れるようになりました。そうしたら、“訳あり”ということでお値段を安くしたぶん、すごく喜んでいただけて。連日行列です」

値段は2個で500円。通常は1個400〜500円ほどするため、「半額で買えた」というお買い得感がある

石川さんと桂子さんのアイデアで、売れ残りケーキは中身が見えないように包装し、「ガチャ」感覚で楽しんでもらえるようにしました。この斬新な取り組みは、地元の新聞やニュースですぐに取り上げられました。

さらに、このガチャはフードロス解消につながりSDGs達成に貢献できると感じたことから、名称を「SDGsな訳ありケーキガチャ」としたところ、SNSでさらに好評の声が広がりました。「環境保護に協力できて嬉しい」というお客さんの声もあり、日によって10〜50個ほど自販機に入れるケーキは、毎回きれいに完売するといいます。

自販機ヒットの裏には“地元ファン”の存在

松江クロードでは自販機のほかにも、店頭でしか食べられないアイデア商品が地元ファンを惹きつけています。たとえば、賞味期限10分のモンブラン「くりしぼり生」や、「ケーキ屋さんのかき氷」。いったい、アイデアは誰が考えているのでしょうか。

「製造部門と販売部門で忙しい時間帯が違うので、スタッフみんなで顔を合わせて話せる時間は、朝礼の5分間ぐらいなんです。なのでアイデアのほとんどが、私と母との雑談から生まれています(笑)。母はアイデアマンで、思いついたら「やってみたい!」と言うんです。うちはスタッフ数も多くはない小さな店ですけど、みんなが優秀で、それを実現しようとしてくれる。一人ひとりがすごく頑張ってくれるんです」

自販機の売上が予想以上に好調のため、松江クロードの売上は自販機導入前から減ることなく、そればかりか、スタッフの昇給も実現できているといいます。

「最初は休むことに抵抗がありました。休むことに慣れていなかったですし、お客さまのために開けておかないと、という気持ちがあったんですよね。でも今は自販機が対応してくれるから、私たちも心が楽になりました。先代の父は完全な仕事人間だったので、今のうちの休みぶりを見たらなんて言うだろう……?と想像しています」

働き方改革への強い課題感から生まれた、松江クロードの自動販売機。もともと、営業日が減ったぶんの補填と感染対策のために導入したものが、フードロス削減にもつながりました。SNSには「店員さんとのやり取りがないので気楽に買える」という声もあり、“店頭ではケーキを買わないけれど、非対面なら買いたい”という層のニーズにも応える形となりました。

加えて、「ガチャ」「SDGs」などの注目ワードが名前に含まれているのも、SNSで拡散されやすかった理由の一つでしょう。

自販機がヒットしたことで、客層にも変化がありました。

「お客さまの年齢層はもともと高めでしたが、自販機を置いてからは若い方も来てくださるようになりました」

一方、年齢層にかかわらず、松江クロードを訪れるお客さんには共通点があります。それは、遠方から来た人ではなく、ほとんどが“地元客”だということ。

「『クロード』という名前は松江ではたくさんの方に知っていただけているので、しばらく足が遠のいていた方も、『クロードがおもしろいことやっている』『自販機があるなら行ってみよう』と思ってくださったのではないでしょうか。最近来ていなかったけれど久しぶりに来た、という方が一番多いと思います」

石川さんは、自販機が予想以上の反響を呼び、ワークライフバランスを実現できたことをこう話します。

「『先代が40年以上守ってきてくれた歴史』と『新しいことへのチャレンジ』が、今お店がいい方向へ向かっている理由ではないかと思います。お客さまを大切にすること、いい材料を使うこと、鮮度を大切にすること。これはずっと先代に言われてきたことなので、それを守り、その上で、新しいことにもどんどん挑戦していきたいです」

(文・原 由希奈 写真提供:松江クロード)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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