元「ANZEN漫才」あらぽん、解散後は94連休・月収200円。“ひょうたん芸人”で海外個展へ
はたらく情報メディア『スタジオパーソル』が運営するYouTubeでは、仕事終わりの晩酌まで1日密着し、はたらく本音を深掘りする番組をお届けしています。
今回密着したのは、“ひょうたん芸人“のあらぽんさんです。かつてお笑いコンビ『ANZEN漫才』として、相方だったみやぞんさんとともに数々のバラエティ番組に出演してきました。2024年3月にコンビを解散したあと、月収200円という苦境を経験しながらも、現在はひょうたんアーティストとして新たな道を歩んでいます。2025年9月にはカナダで初の海外個展を開催し、クリエイティブブランド『TOKYO LOLLIPOP』ともコラボレーションを実現するなど、活動の幅を広げています。
バラエティ番組で周囲の頭の回転の速さについていけず発言できなかった過去、コンビ解散という大きな決断、そしてひょうたんという唯一無二の武器との出会い。飾らない言葉で語られるあらぽんさんの歩みには、自分らしいはたらき方を見つけるためのヒントが詰まっていました。
※本記事はYouTube『スタジオパーソル』の動画を一部抜粋・編集してお届けします
「ひょうたんアーティスト」とは?栽培・制作・ワークショップまでこなす日々

かつて、当時の相方であるみやぞんさんとともに、テレビで笑いを届けていたあらぽんさん。現在は「ひょうたんアーティスト」として、1都4県でひょうたんを栽培し、収穫したひょうたんを洗浄・加工してアート作品を制作。さらに神奈川県大井町では「ひょうたんアンバサダー」として、地域のイベントやワークショップも担当していたり、秋篠宮殿下が名誉総裁を務める全日本愛瓢会の理事も務めています。
この日、あらぽんさんは大井町の中学校でワークショップの講師を務めていました。和紙をひょうたんに貼り、美しく装飾する「和紙貼り」という技法を保護者の方々にレクチャーします。参加者からは「親しみのある方。大井町に来てくれて良かった」という声も。
こうして彩られたひょうたんは華やかですが、作品をつくるまでには地道な作業も欠かせません。収穫したひょうたんを水につけて腐らせ、種を抜く工程は、強烈な匂いとの格闘です。

「この作業が一番地味で、一番つらいです」
朝7時から一人で黙々と作業を続ける日もあるというあらぽんさん。それでも、自分で栽培したひょうたんには特別な愛着があると誇らしい表情で語ります。
「どのひょうたんの形も覚えているんですよ。見ただけで『これぼく育てたやつだな』ってすぐ分かります」
栽培から加工、作品制作、そしてワークショップでの指導まで。ひょうたんとひたむきに向き合いつづけています。
気付くと「相方の横で笑っているだけ」になっていた

あらぽんさんがひょうたんを育てはじめたのは2012年。幼なじみのみやぞんさんと『ANZEN漫才』を結成し数年が経ったころでした。
とあるネタ番組のオーディションをきっかけに、ひょうたんと出会うことになります。
「15秒以内の一発芸かショートネタしかオーディションに応募できなかったんですよ。たったの15秒間で何ができるんだって話じゃないですか」
ライブ会場の前にあったひょうたん屋で「形が面白いから何かできるかも」と思い、ひょうたんを買おうとしたものの、5,000〜6,000円という価格に断念。インターネットで調べると種なら100円で買えることを知り、自分で育てることにしました。当時はまだ趣味の域で、アート作品をつくる発想はなかったそうです。
その後、次第にコンビでのテレビ出演が増えていったあらぽんさんは、バラエティ番組の現場で深刻な壁にぶつかります。

「失敗だらけでした。だって喋っていないんですもん、ぼく。テレビに出るようになって5~6年経っても、ぼくの発言はA4用紙1枚に収まるくらいしかなかったと思います」
MCやほかの芸人たちは、話を聞きながら瞬時にツッコミを入れ、さらに次の展開まで読んでいる。その頭の回転の速さに圧倒され、「自分が喋って場の空気を壊すのが嫌だ」と感じるようになっていきました。
「皆さん、ぼくの何倍ものアンテナを張っている。どこで何を言っても的外れになりそうで、どんどん怖くなって発言できなくなっていったんです」
気付けば相方のみやぞんさんの横で笑っているだけ。「芸人に向いていない」と悟ったのは、テレビ出演が増えてきたかなり早い段階だったと言います。
それでも続けたのは、小学生のころからコンビで売れることを夢見てきたから。そこであらぽんさんは、テレビの現場で戦うための武器としてひょうたんを使いはじめます。

「ひょうたんに詳しい人なんてほぼいないから、話題になれば自分の土俵で戦えるんですよ。ひょうたんの匂いも、育て方も、誰も知らない。それで興味を持ってもらえるなら、これは自分だけの武器になると思いました」
全現場にひょうたんを持参し、話のきっかけを作る。これが、トークで勝負できないと悟ったあらぽんさんが選んだ、芸能界で生き残るための精一杯の戦い方でした。
月収200円、94連休から再起。「解散したその日から」アート制作を開始
コンビとして活動を続ける中、あらぽんさんの心には葛藤がありました。テレビで喋られないのに、このまま芸人を続けていけるのか……。そんなとき、背中を押してくれた人たちがいました。
ひとりは、放送作家の鈴木おさむさんです。ラジオ出演のオファーを受けた際、あらぽんさんが持参したひょうたんのアート作品を見て、「何これ!マジでこれ商売にしたほうがいいよ」と言ってくれたのです。
「はじめて『あ、商売にできるんだ』と思いました。それまではあくまで趣味というか、芸人としての武器のひとつでしかなかったので」
さらに、YouTubeの編集を手伝ってくれていた後輩芸人のひょうろくさんも「あらぽんさん、マジでひょうたんを本業にしたほうがいいんじゃないですか」と熱く伝えます。周囲からの言葉を受け、あらぽんさんの中でひょうたんへの想いは強くなっていきました。

そして大きな転機が訪れます。相方・みやぞんさんが独立して所属事務所を離れる決断をしたことを機に、2023年12月、『ANZEN漫才』は解散を発表しました。
「ぼくが誘って結成したコンビだったので、相方が『一人で頑張ってみたい』と言うなら、その気持ちを尊重しようと思いました。事務所が別々になれば一緒に仕事をする機会も減る。それなら、お互い別の道を歩んだほうがいいんじゃないかって」
小学生のころから、みやぞんさんと一緒にコンビで売れることだけを考えてきたあらぽんさん。38歳でその夢を手放すのは、大きな決断でした。みやぞんさんに「それなら解散しよう」と伝えその日の夜のことを、あらぽんさんはこう振り返ります。
「コンビを失ったあと、自分は何をして生きていくのか。考えた末に出てきたのは、やっぱり『ひょうたん』でした。実は解散を伝えた日の夜、すぐにアート制作を始めたんです。『自分がイメージする作品がつくれたら、ひょうたんアーティストとして生きていこう』と決めていて。そうすると、思い描いていたとおりのものができた。だから迷いはなかったです」

ただ、次の道は決まったものの、現実は厳しいものでした。解散後、仕事の依頼はぱったりと途絶え、気づけば94連休に。仕事がなく、収入もない。月収は200円台まで落ち込みました。
「仕事がなくなり、唯一の収入がSNSの広告収入だけになって。その明細が200円台だったときは、さすがに『これはやばいな』と思いました。でも、焦っても仕方ない。当時のぼくは、1年後に個展を開くと決めていたので、それまでにどれだけ良い作品を作れるか、それだけに集中しようと思っていました」
「ここで絶対に人生を変える」と心に誓い、あらぽんさんは約8カ月で160点もの作品を制作。そして宣言どおり、2024年9月に代官山で初の個展を開催しました。
結果は大反響。多くの著名人が訪れ、取材も殺到しました。しかし、あらぽんさんにとって最大の収穫は、数字ではなかったと言います。

「来てくれたお客さん一人ひとりに声をかけて、作品について30分ぐらい話していたんですよ。そのとき、『あれ、これトークライブと同じだ』と気付いたんです。ネタを書かなくても喋りたいことが止まらない。お笑いとアート、形は違っても、自分が表現したいことの根っこは同じだったんです」
現在、あらぽんさんは2025年のカナダでの個展に続き、アジア圏での個展開催を目指しています。そして「いつかテレビの世界にも戻りたい」と笑顔で語りました。
「ひょうたんアーティストとして実績を積んで、その先でまたテレビに戻れたら、以前とはまったく違う自分になれる気がしているんです。もう怖いものはないです。だって、落ちるところまで落ちていますからね」
1歩踏み出すのが怖い人へ。「ダメだったら笑って戻ればいい」
最後に、あらぽんさんに「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするためのアドバイスを伺いました。
「やりたいと思ったことは、言葉にする前にやっちゃったほうがいい。行動せずに頭の中であれこれ考えているときが一番しんどいんですよ。それは自分自身、身をもって経験してきたことなので」

「やってみて『失敗だったな』と思っても、それは前に進んでいる証拠なんですよ。失敗していない人は、何が間違いか分からないから、次の選択肢が見えてこない。動いたからこそ、『じゃあ次はこっちかな』って自然に選べるようになるんです」
「それでも一歩踏み出すのが怖い人は、もう勢いに任せて進むしかない。ぼくもみやぞんに解散を切り出すとき、最初は怖くて言い出せなかったんです。でも、起きてもいないことを不安に思い続けるほうが、もっときつかった。『行っちゃえ』って飛び込んで、ダメだったら笑って帰ってきたらいい」
正解を探して立ち止まるよりも、まず動いてみる。“100円の種”から始まったあらぽんさんの自分らしい道は、今もなお広がりつづけています。
※今回お伝えしきれなかったフルバージョンの動画はYouTube『スタジオパーソル』にて公開中
(「スタジオパーソル」編集部/文:間宮まさかず 編集:いしかわゆき、おのまり)
※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。
あなたにおすすめの記事
同じ特集の記事
著書/しあわせな家族時間のための「親子の書く習慣」(Kindle新着24部門1位)
人気記事
著書/しあわせな家族時間のための「親子の書く習慣」(Kindle新着24部門1位)











