名乗るのは簡単、続けるのは至難の業?名探偵への過酷な道のり
ターゲットを電柱の影から見つめ、キレキレの推理力でスマートに怪事件を解決へと導く――。テレビドラマやアニメで描かれる姿が非現実的だとは理解しつつも、「探偵」という謎多き職業に憧れたことのある人は少なくないはず。
現実世界では、いったいどうすれば「探偵」を名乗ることができるのでしょうか。そして、実在する探偵たちは、普段どのような仕事をしているのでしょうか。今回は、大手総合探偵社の代表を務めながら、探偵学校で「探偵の卵」を数多く育てている岡田真弓さんにお話を伺いました。
国内の探偵社は約6,000社!探偵を名乗るのは「意外と簡単」
――まず、探偵になるために必要な資格や免許などはあるのでしょうか?
警察署に所定の書類を提出して審査が通れば、誰でも「探偵」を名乗ることができます。審査も探偵としての能力や技能をチェックするわけではなく、「暴力団関係者ではないか」「自己破産していないか」といった社会的観点から判断されます。よほどのことがなければクリアできるでしょう。
――予想よりもハードルが低くて驚きました。
ただ、名乗ることは容易でも、探偵として活躍するためにはある程度のスキルが求められますね。「張り込み」や「尾行」も一見すると簡単そうでしょう。ですが、特定の知識や技術が必要です。そこで我々のような探偵学校が、スキルを学ぶ場を提供している次第です。
――探偵学校への入学希望者の傾向を教えてください。
MR探偵学校の場合は20代が一番多く、男性が9割を占めます。目的は「探偵事務所の開業を前提に技術を身につけたい」という人から「自分が探偵に向いているのか、授業を通して判断したい」という人までさまざまです。
――卒業後の進路にはどういった選択肢があるのでしょうか?
こちらでスキルがあると判断し、かつ本人が希望していれば、MR探偵事務所にそのまま就職いただくケースもあります。中にはほかの大手探偵社にジョインする人もいますね。しかし割合としてはそのまま独立するか、小規模な探偵社に所属する人の方が多いです。私自身も探偵学校を卒業した直後の2003年に独立し、MR探偵事務所を設立しました。
現在、なんと探偵社は国内に6,000社近くも存在します。そのほとんどは個人事業主か、調査員が数人程の小規模な探偵社。我々のような数十人体制の総合探偵社は2〜3社程度なんです。
――個人、ないし少人数で活動する場合と、MR探偵事務所のような数十人規模の大手に属する場合では、業務内容に違いがあるのでしょうか?
まず組織編成に大きな違いがあります。我々のような総合探偵社はあらゆる悩みへ多角的に対応することが多く、社内には「盗聴・盗撮の専門家」「企業調査の専門家」「SNS調査の専門家」など、ニッチな分野を専門とする探偵が複数在籍しています。
多くの手段でさまざまな調査を行えるのが大手の特徴である一方、個人で活動する探偵や少人数規模の探偵社の場合は、「浮気」「企業調査」など特定の専門分野に対するスキルや知識に秀でている場合が多いです。
また、我々がエージェントとして案件を個人事業主に外注する場合もあります。浮気調査などで張り込みが集中するのは金曜日の夜。調査員がどうしても足りない場合、個人経営の探偵に業務を依頼することもあるんですよ。
隠しカメラや小型カメラで証拠を集める
――MR探偵事務所にはどういった依頼や相談が多いのでしょうか?
大体6〜7割が浮気調査で、残りが人探しです。後者では「家出をした子どもの行方を知りたい」というお母さまからの依頼もあれば、「機密情報を持った従業員と連絡が取れなくなった」という企業からの依頼、「詐欺集団の犯人を探してほしい」という被害者からの依頼もあります。
特に行方不明者の捜索は命がかかっている場合もあって……。ある時、対象者の身柄を確保したら、なんとカバンの中から自殺用のロープが出てきたんです。「あと少し調査が遅れていたら」とゾッとしました。
――警察の捜査業務と似ていますが、線引きはあるのでしょうか?
殺人事件や誘拐事件の疑いがある場合は警察が捜査を行う場合もありますが、たとえば「愛人と駆け落ちして行方不明」というケースでは警察も介入できません。同様に、詐欺事件の加害者を調査するときも「投資先との連絡がつかなくなった」というケースでは動いてくれない場合があります。
もちろん警察署へ相談するに越したことはありません。ただ、警察が動きにくいケースにおいて、我々が稼働することは多いです。弁護士とタッグを組み、逮捕できる証拠を押さえてから詐欺加害者の身柄を警察に引き渡す、という案件もありました。
――そういった調査を行う際、どのように情報を集めていくのでしょうか。
人づてに聞き込みを行う場合が多いです。関係者へヒアリングをしていったり、ネットで調査をしたり。行方不明の対象者が住んでいるマンションを特定した際は、1階から順に訪問販売員のふりをしてチャイムを押していくこともありました。証拠写真や映像を撮るために、こういった道具を使うこともありますよ。
昔はカメラも大きくて目立つものが多かったのですが、今はここまで小型化されていて、バレないように撮影ができます。解像度も向上しつつあるので、以前よりスムーズに報告書を作成することができるようになりましたね。
フィクションでは想像がつかないほど過酷な張り込み調査
――よくテレビドラマをはじめとするフィクションの世界では「尾行」や「張り込み」をする探偵の姿が描かれていますよね。実際のところ、現場ではどういったことをされているんですか?
両方ともおおよそのイメージ通りだとは思います(笑)。ただ、厳密には尾行よりも張り込みをするケースの方が圧倒的に多く、なおかつ過酷です。
浮気調査のためにホテルを張り込む場合、裁判では「ホテルを出る瞬間」と「入る瞬間」の両方を提出しないと証拠として認められません。対象者がホテルに宿泊している場合は、車中で10時間以上も過ごすこともザラにあります。
――張り込みではどういったスキルや能力が求められるのでしょうか?
出入り口の設計から「どこでどうやって張り込めば怪しまれないか」を、的確に判断する技術は重要です。たとえば警備員がホテルの入り口に立っているようなホテルの場合、同じ場所で何時間も張り込んでいると通報されるリスクがあります。怪しまれないようにしながら観察しなければいけません。
――探偵業界の場合、新人から一人前の探偵になるまでにはどれくらいの期間がかかるのでしょうか。
センスや経験値によって差はありますが、業務に慣れるまでには最低でも半年。新人は映像を撮るだけでもドキドキするでしょうし、独り立ちするには1年半ほどかかります。ただ、1年半も続けばそのあと2〜3年は安定し、活動を続ける人が多いです。
――探偵に向いている人や、センスがある人にはどういった特徴がありますか?
物事をちゃんと考えられる人ですかね。MR探偵事務所に所属する探偵はみんなキャラクターがバラバラです。元自衛官や警察官もいれば、コミュニケーションが得意な人、逆に無口で大人しい人もいます。ただ、一貫しているのは臨機応変に状況を判断し、自分の頭で考えられる人です。
逆にフィクションにおける「ザ・探偵」らしい姿を夢見ている人は、あまり続かないかもしれません。だって、思った以上に地味な仕事ですから(笑)。バレてしまったら、失敗してしまったら、というプレッシャーと日々戦いながら、黙々と目の前の調査をこなすことに耐えられるかが、向き・不向きの境目になりますね。
依頼者の未来に寄り添った調査を行う探偵社でありたい
――岡田さんが今までに探偵として活動する中で、「難しい」と感じたのはどういった現場でしたか?
出入り口が複数ある施設での張り込みなど、挙げだすとキリがありませんが……実は、探偵を始めたてのころにやらかしてしまった失敗がありまして。私、尾行中の対象者に素性がバレたんです。
――大変!その時はなぜバレてしまったんですか?
当時は今ほどの高性能なツールもなく、私もほかの調査員と連絡を取るために、ケーブルが何本も伸びたイヤホンを装着していたんですよね。駅のホームで「俺を尾行しているでしょ?」と言われて、冷や汗が出ました。
しかも現場は建物がほとんどない田舎の地域。私のイヤホンが目立ったんだと思います。その時はマニュアル通りに「えっ、なんですか?」ってシラを切りつつ、とにかくその場から離れました(笑)。
ただ原因はほかのところにもあって。その日は依頼者である奥さまが、普段以上にご主人へ予定を確認するなど、怪しい行動に出てしまっていたんです。
調査中に依頼者が挙動不審になるケースは多いです。ただ、対象者が警戒し始めてしまうと、なかなか証拠を掴みにくくなってしまいます。その事件以降は、まずは依頼者を落ち着かせ、心のケアを行うことを意識するようになりました。
――確かに探偵に調査を依頼する時点で、依頼者の心には大きな負荷がかかっているはずですからね。
私たち探偵の役目は「調査をすること」ですが、私たちが調査報告書を提出した後も、依頼者の心の葛藤は続きます。「ただ結果を出して終わり」で済ませるべきではないのです。
同時に、浮気調査にせよ人探しにせよ「調査を終えた先」でどういう未来を迎えたいかは、よく依頼者に考えてもらうようサポートしています。特に浮気調査の場合、多くの依頼者は調査目的を「離婚するための証拠を確保すること」と捉えているんです。しかし、必ずしも離婚することが正解とは限りません。
浮気調査の証拠は、取得してから3年間は有効。浮気した側が100%悪いですが、「浮気の原因」を依頼者にも考えてもらい、根本的な課題解決に貢献できるよう意識しています。
ちなみに現在、弊社に浮気調査を依頼し、浮気が決定的となった案件の約8割が、離婚ではなく「やり直し」という選択をします。これからも、依頼者の未来に寄り添ったケアが行える探偵社であり続けたいです。
(文:高木望 写真:宮本七生)
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