1万人のボランティアを4名で束ねる。東京マラソンを支えるプロジェクトメンバーのマネジメント術
日本最大の市民マラソン大会「東京マラソン」。ランナーはもちろんのこと、その大会を支えているボランティアスタッフの募集もまた、毎回抽選となるほどの人気ぶりです。1万人規模のボランティアを束ね、大会を運営しているのが一般財団法人 東京マラソン財団社会協働事業本部ボランティア事業部という組織。なんとたった4人の運営スタッフで、業務を行っているのだそう。
少数精鋭でどのようにボランティア運営を行っているのでしょうか。メンバーである島田美れ井(しまだ・みれい)さん、沖武(おき・たけし)さんにお話を聞きしました。その運営の背景には、参加者の自由度を両立させる運営方針、ボランティアの能動的な参加を促すマネジメント術がありました。
東京マラソンのボランティアは一人ひとりが「エンターテイナー」であれ
──東京マラソン財団のボランティア事業部ではどのような業務を行っているのでしょう?
沖:ボランティア事業部はマラソン大会に必要なボランティアを集め、育成し、大会を運営するための組織です。私は主に大会当日のボランティア運営や準備といった「運営業務」を、島田はボランティアのスキルアップを目的とした研修を行う「育成業務」を担当しています。
──「東京マラソン2023」は約1万人のボランティアの方が参加されたそうですね。
島田:ありがたいことに、毎回募集人数を超える応募をいただいています。
──ボランティアはどのように募集をしているのでしょうか?
島田:東京マラソン財団オフィシャルボランティアクラブ「VOLUNTAINER(ボランテイナー)」に登録した会員の中からご応募いただいています。東京マラソンのボランティアは大きく3つの役割に分かれていて、大会の約半年前から、リーダーサポート、リーダー、メンバーの順に募集を開始します。
──それぞれどのような役割なのでしょうか?
島田:みなさんが一般的に思い浮かべる現場で活動をするのが「メンバー」です。大会当日にコースに立って誘導を行ったり、給水のサポートを行ったりと、担当の持ち場ごとに活動を行います。
「リーダー」は10〜20人程度のメンバーを束ねる役割。メンバーへの説明や指示をお願いしています。ボランティア経験のある方などから選考を兼ねた研修を通じて採用させていただいています。
「リーダーサポート」は私たち運営スタッフとリーダーをつなぐ架け橋のような役割です。リーダーよりもやや裏方的な立ち位置でサポートしていただいています。
沖:リーダーは事前の研修やミーティングといった業務より事前準備での活動が多いので、はじめての人はメンバー、もっと深く関わりたいと思った方はリーダーやリーダーサポートと、参加者の望む関わり方で選んでいただくシステムになっています。
──ボランティアへ応募する方は、どのような方が多いのでしょうか?
島田:「東京マラソンが好きだから関わりたい」というのが最も多い理由ですね。自分自身がランナーとして参加できなかった方や、ご家族や友人がランナーとして参加するからという方もいらっしゃいます。
──大人気のイベントですから、ランナー以外の形で関われる方法があるのはファンとしてはうれしいかもしれないですね。
島田:そうですね。応募のうち半数は新規の方ですが、もう半分はリピーターなんですよ。大会運営はボランティアあってのこと。「関わってみたい」と思ってもらえる大会でなければならないので、大会自体の魅力を上げていくことにも注力しています。
中には大会を通じての出会いを楽しみにしているという方も少なくありません。なので、コロナ禍をきっかけに会員同士の交流を継続的に促すオンラインイベントを企画するなど、一人ひとりが関わる意義を生み出すことを意識しています。
──VOLUNTAINERは会員同士のコミュニティとしての側面もあるのですね。
島田:東京マラソンではボランティアの方を「VOLUNTAINER(ボランテイナー)」と呼んでるんです。これは「ボランティア」と「エンターテイナー」を組み合わせた造語なのですが、おもてなしやエンターテイメント精神で参加者や観客を楽しませながら自分自身も楽しんで活動してほしいという想いから生まれたネーミングなんです。
VOLUNTAINER自身が楽しみながら関わっていただけないとランナーを楽しませることもできません。なので、皆さんが楽しんで参加できるようなコミュニティづくりにも力を入れていきたいと思っています。
マニュアルは作り込まずに、「余白」を持ったディレクションを行う
──1万人規模のVOLUNTAINERとともにイベントを運営していく上で、1番大変なのはどんなことなのでしょう?
島田:みなさんに共通した認識を持っていただくことですね。本当に多種多様な方が参加してくださるので。
──1万人と意思疎通を図るというのは、簡単ではないですよね。
島田:そうなんです。なので、いろいろと工夫をしながら私たちの思いを伝えているんですが、本当に地道な作業で。
たとえば、大会前にはすごく沢山のメールを送ります。「マニュアルをしっかり読んでくださいね」とか。参加するにあたってみなさんにお願いしたいことをご案内しているんです。
──そんな地道な方法で。
沖:もちろんウェブに情報を集約し、「ここ見たら分かるよ」というページは用意しているのですが、それだけでは不十分なんですよね。何度もプッシュして伝えて、なるべく密にコミュニケーションを取るようにしています。
──VOLUNTAINERのモチベーションを維持するために取り組んでいることはあるのでしょうか?
島田:事前のボランティア研修だけではなく、メンバーのみなさんにはコミュニケーション研修を、リーダーやリーダーサポートにはアドバイザーを招いたリーダーシップ研修など、スキルアップのためのプログラムを行っているんです。
また、「救命講習」「熱中症対策講習」といったテーマごとの研修も開いています。日常生活に役立つ知識が得られるということも、参加のモチベーションになっているのかなと。
──なるほど。ボランティアの体験のみならず、学びを提供しているんですね。
沖:もう一点、運営面では活動に「余白」を持たせてお任せするということもモチベーションに繋がっているかもしれません。「これをやってください」というトップダウン型の指示だけでなく、そこに参加している人が「自分の手で作っている」と感じられるようにしているんです。そういった手触りがあるほうが参加する人にとっても楽しいじゃないですか。
──余白というのは、たとえばどんなことでしょう?
沖:VOLUNTAINERにお配りするボランティアマニュアルはもちろんあるのですが、絶対にこうしなければならないと、ガチガチに決めるようなことはしていないんです。リーダーサポートには私たちがやってほしいことを伝えた上で、「もっと改善できるやり方があったら取り入れてください」とお伝えしているんです。
──これだけの大きな大会だと、いかにマニュアル通りに実行するかというイメージをしていたのですが、そうではないのですね。
沖:そうですね。リーダーサポートの方々を信頼して任せることで、みなさん自らで工夫してくださる。業務の中に一人一人の思いや熱量が乗っているから、メンバーの方ともうまく意思疎通を図れているのかなと感じます。
東京マラソンに継続的に関わってくださっている愛の深いリーダー・リーダーリーダーサポートは非常に多く、それこそ、運営と同じかそれ以上に責任感を持って参加してくださっている方もいるんです。そういう方の支えがあってこその大会だと毎回実感しますね。
トラブルがあっても、笑顔で活動
──どれだけ準備をしていても、これだけの大規模イベントとなるとさまざまなトラブルが起こるものではないでしょうか。
島田:ご想像の通り、本当にいくら準備しても、大会当日はイレギュラーな事態が起こるんですよ。
──そうですよね。
島田:集合一つとっても大変ですから。集合場所も時間も担当する活動によって別々なんです。
沖:集合場所だけでも300ヵ所近くありますからね。
──そんなに。
沖:一番多いトラブルは「集合場所が分かりません」「辿りつけません」というものですね。まず、VOLUNTAINERがちゃんと集合しないことには何も始まらないので。
島田:東京以外の地域から参加してくださる方も少なくないので、土地勘のない方だとどうしても道に迷ってしまうことはあるんですよね。
また、近隣の方から「いつも通っている道なのに、なんで通れないの」というお声もいただいたりすることもやっぱりありますね。
──そうした事態の一つ一つに対処していかなければならないと……。どういった対策をとっているのでしょうか?
島田:対策の1つとしては、リーダーサポートの方と一緒に、大会の約1カ月前から懸念点の洗い出しを一緒に行うことですね。
私たちが運営目線でマニュアルを作っていても、やっぱりボランティアの目線で見ると穴があるんですよ。「前回こういうことがあったから対策したほうがいいんじゃないか」など、現場目線での改善を行うようにしています。
沖:運営が一方的に対策を考えて指示をするのではなく、リスクを減らすためにリーダーサポートの方々と一緒にマニュアルを作っていくという感覚ですね。
──VOLUNTAINERの方の高いモチベーションと、信頼関係があってこそできることですね。
島田:みなさん、トラブルを楽しみに変えながら活動されていて、本当にすごいんですよ。VOLUNTAINERもランナーや一緒に活動するボランティアのみなさんに楽しんでほしいという思いで参加してくださっているんですね。
当日あったトラブルをしっかり対処してくださって、運営が終了した後の報告時にはじめて知るということもありますから。
沖:トラブルがあっても、それをトラブルと感じさせない対応力がすごいですよね。そうしたVOLUNTAINERの姿勢が、大会の前向きなイメージや応募にも繋がっているのかなと思います。本当に、私たちはみなさんに助けられていますね。
ボランティア運営の仕事は、「楽しみ」をつくること
──お話を伺っていると、東京マラソンのボランティア運営はこれまで作り上げてきたVOLUNTAINERとの関係性の上に成り立っているのだと感じます。
島田:本当にそう思いますね。ここまでの体制ができ上がるまでには、ものすごく時間もかかったし、多くの苦労があったとは伺っています。
私は2018年に入職したのですが、それまでは地域の自治体のマラソン大会の運営に携わっていたんです。そこで、東京マラソンのボランティア運営の方針を知って、感動したんですよ。それがきっかけで転職しました。
沖:私も転職組なのですが、入社時当日のボランティアセンターの職員が、私を含めて4名だと知って驚いた記憶があります。
──そんなに少ない人数で。
沖:どうやったらその人数で運営できるのだろうと不思議だったのですが、上から押し付けるトップダウン型の意思決定ではなく、誰もが能動的に参加できる仕組みがそれを可能にしているのだなと、組織の中に入ってみて実感しましたね。
──そうした関係性をつくることが、まさに運営の仕事なのですね。
そうだと思います。もちろん、回を重ねるごとに改善されてきたマニュアルや、VOLUNTAINERとの信頼関係など、これまで積み上げてきたものが土台にあるからこそできることではあるのですが。VOLUNTAINERに魅力を感じていただけるよう、運営側もアップデートしていきたいなと思います。
──最後に、東京マラソン財団がこれからどのようなことを行っていくのか、展望を伺えますか?
島田:現在、私たちは東京マラソンのほかに、東京レガシーハーフマラソンという大会の運営を行っています。これまでの知見を活かし、大会を通じて幅広いスポーツの魅力を伝えていきたいと考えています。
実は今、ボランティアと旅を掛け合わせたツアープログラムができないかなと考えているんです。スポーツの魅力とは、競技の楽しさだけではありません。ボランティア同志の交流やそこから生まれる体験など、大会運営以外にも、新しい取り組みをどんどん行っていきたいと思っています。
(文:高橋直貴 写真:小池大介)
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