SNSで話題の「耳で聴く美術館」なぜ人気? TikTokで叶えた、かつての“夢”

2023年11月27日

「“聴く”だけで楽しめるような、ライトなコンテンツをつくろう」——

美術館の雰囲気やアートの魅力を、まるでその場にいるかのような感覚で味わえる『耳で聴く美術館』。TikTokを中心にこの活動を始めたのは、アート紹介クリエイターのAviさんです。

『耳で聴く美術館』のフォロワー数はYouTubeとInstagramも合わせると、約45万人に上ります。フォロワーの約半数は25歳以下のZ世代。

「Aviさんに美術の先生をやってほしい」
「Aviさんのおかげで美術に興味が湧いた」

という若者たちの声が、コメント欄には溢れています。

会社員生活に馴染めず、なんとなく始めたTikTok動画がバズり現在に至る、というAviさん。

何をきっかけに『耳で聴く美術館』の発信を始めたのでしょうか? その経緯と想いに迫ります。

「これって美術に応用できないかな?」

——Aviさんはもともと、教員を目指されていたそうですね。

はい、神戸大学で美術教育を学び、中学と高校の教員免許も取得しました。

ただ、もともとは心理学部を受ける予定だったんです。心理学が当時流行っていたんですよね。でも、高3の10月くらいに「これでいいのかな? 本当に4年間、学び続けられるかな?」と不安になって。

じゃあ、自分が好きだったことってなんだろう? と考えたら、学校の授業では美術が一番好きで、絵を描いたりモノをつくったりする時間が好きだったなって。それで、願書を出す直前に進路変更して、それまでやっていたセンター試験の勉強を無駄にしないで、かつ美術も学べる大学を探して受験しました。

美術教育のほかにも、教育学の勉強をたくさんしましたね。でも教育実習へ行った時、「先生として“教える”って、なんでも知っていないとできないんじゃないかな? 『先生』と呼ばれるほど、私に知識はあるのかな?」と怖さが出てきて。人前で話すのも苦手だし、先生は向いていない、と諦めました。

新卒で就職したのは鉄鋼会社で、鉄を加工して船のエンジンをつくる部署の、私は経理を担当していました。「進水式」に呼ばれて、真新しい船が海に浮かぶ光景を目にしたり、名刺交換やメールの打ち方、Excelの使い方も学んだ貴重な時期でしたが、自分にははたらき方が合わなかったのかもしれません。

加えて会社での仕事って、人とコミュニケーションを取らないと基本進まないじゃないですか。たとえば「あれ、これどういう意味だろう?」と他部署に聞きたいことがあっても、その部署のおじちゃんがめっちゃ怖い人で(笑)、「いつ行こう……」と悩んで一日が終わる、みたいな。そういうことが蓄積して、すごく心が疲れちゃって、退職しました。

——その後6年間はアルバイトを転々として、2021年8月にTikTokの発信を始められたそうですね。きっかけはなんだったのでしょう?

コロナ禍、外出もできずすごく暇だったんですよね。アルバイトも出勤の機会が減ってしまって。

ちょうどTikTokが登場して数年経ったころで、「ショート動画って、めちゃくちゃおもしろいな」と思っていました。世界中の、しかも一般の人たちが投稿したおもしろい出来事がコンテンツになっていて、つい何時間も見続けてしまう。

国の境界を感じずに楽しめるところや、自分に適したおすすめ動画がどんどん流れてくる、レコメンド機能の高さも魅力的でした。

自分で発信を始めたのは、映画紹介系の動画を上げているクリエイターさんがいて、「これって美術にも応用できるんじゃないかな?」と思ったのがきっかけです。

——AviさんはもともとSNSが得意だったのですか?

いえ、本当、趣味程度に「今日ここでご飯食べたよ」とかケーキの写真とか、日常の記録を投稿するぐらいでした。動画編集の仕方も探り探りでしたね。

——そうなんですね! 『耳で聴く美術館』という発想は、どこから得られたのでしょう?

実はその時の経緯をあまり覚えていないんですけど(笑)、私、昔からラジオのようなオーディオコンテンツが好きで、通勤通学中や、家事や散歩中によく聴いていたんです。大阪生まれなので「FM802」も好きですし、芸人さんの深夜ラジオは今でも聴きます。

美術が好きで、でもそれをどんな風に届けようかな? と考えた時に、「“耳から取り入れる楽しみ方”ってあるよな」と。それで、「聴くだけで楽しめるようなライトなコンテンツにしよう」と思ったのが始まりでした。

“無意識”でも見てもらえるコンテンツをつくる

——ただ、フォロワー数や再生回数はすぐには伸びないですよね。

私の場合は、上手いこと波に乗れたのかなと。TikTokというプラットフォームの特徴のおかげもあると思います。

最初はフォロワーが少なかったのですが、ある朝に投稿した動画がTikTokのアルゴリズムにはまったのか、100万回ほど再生されて、フォロワーさんが一気に1万人、2万人と増えていったんです。スマホの通知が鳴り止まなくて、普段感じたことがないような興奮を感じましたね。

――その経験が、自分のキャリアの転機に?

そうですね、自分のコンテンツが多くの人に届く状態になり、「仕事も美術関係のほうが向いているのかな?」と。それで、ギャラリーでアルバイトを始めたんです。ギャラリーというのは、入館料のかかる美術館と違って無料で入れて、展示作品を買うこともできる場所です。

また、2022年2月には、「TikTok creator academy」という、毎月お金をいただきながらコンテンツ制作を学べるプログラムに応募したところ、一期生に選んでいただいて。

そこで学んだのは、何も考えずに投稿するのではなくて、投稿後にすごく再生されたのなら「何が理由で再生されたんだろう?」と分析したり、伸びなかったのなら検証し「次はここを直そう」と改善したりして、動画の精度を高めていくことでした。

なんとなくバズる動画ならよくあるんですけど、そうじゃなくて「意図的にバズらせる」というのを意識するようになりましたね。

——今のお仕事一本で生計を立てられるようになったのは、いつごろからなのでしょうか。

ギャラリーのアルバイトを辞めたのが2023年2月でしたので、発信を始めて一年半ぐらいで、やっと動画制作だけで食べていけるようになりました。

——インフルエンサーとして、美術館などのPR依頼が増えたということでしょうか。

そうですね。美術館もそうなんですけど、全国各地の芸術祭やアートフェア、「町にミュージアムロードがあるので紹介してほしい」という自治体からのご相談までさまざまです。

なので最近は、全国各地の現場で過ごす時間が長いですね。9月には京都の「青銅器」を扱っている美術館を訪れましたし、和歌山の高野山のふもとで行われている芸術祭、福岡市が主催するアートフェア、その隣の大分県にある別府にも足を運びました。

炎天下を一日中歩き回ることがすごく多くて、暑くて意識が朦朧としたこともあります(笑)。

——美術館や展示作品の情報はどのように仕入れ、何を意識して動画をつくられているんでしょうか?

情報を伝える立場なので、やはり「正しい情報を出す」ことを基本にしています。

そのために、作品が展示されている美術館へ行って、学芸員さん(美術館に常駐する専門職員)に直接お話を聞くことが多いです。

その時に「図録」をいただくんですけど、それらも参考に、私のフォロワーさんに届けるべき情報はどれだろう? と精査していくんです。図録というのは、その美術館や作品の情報がまとめてある資料ですね。

今は情報が溢れているので、「自分のコンテンツは見られないものだ」と思っています。“無意識”でも見てもらえるようなフックをつくったり、難しい言葉を使わないようにしたりして、基本「分かりやすく」を意識していますね。

——『耳で聴く美術館』のフォロワー約45万人は、男女比がほぼ同じだそうですね。

私自身の見た目を、敢えて中性的にしていることも大きな理由かなと思います。そうしているのは、フォロワーさんの偏りをなくしたいな、という思いがあって。配信を始めた当初は、男性には女性ファン、女性には男性ファンがつきやすい印象があったので、どちらか分からないような風貌にしたらどうだろう? と。

実際に男女比は女性6割、男性4割ほどで、発信を始めたころからほぼ変わっていません。実際は女性ですが、コメント欄で「男性ですか? 女性ですか?」と聞かれることも、よくあります(笑)。

仕事は無限大にある。見つかるまで変えていっていい

——会社員時代と現在で、心境にどのような違いがありますか?

動画の構成を考えたり、アイデアを出したりするのは大変ですが、今『耳で聴く美術館』は5人のスタッフと一緒に運営しています。窓口業務などはマネージャーさんが担当してくれるので、私は動画の編集と現地での撮影に専念させてもらえています。

一人で集中できる時間が多いので、「この仕事が一番自分に向いているな」と感じますし、今が楽しいですね。

——大好きな美術から一度遠ざかるも、7年の時を経て、「教える」のではなく「伝える」という形で美術の魅力を広めているAviさん。今、仕事やキャリアで悩んでいる人に伝えたいことはありますか?

そうですね。やっぱり“適材適所”があるのかなと。コミュニケーションが苦手な人も、一人で黙々とやる作業には人一倍集中できて、それが重宝される、まさに今の私がやっているようなクリエイティブな仕事もあります。だから、「会社の仕事だけが世の中じゃないよ」と伝えたいです。

仕事はほかにも無限大にあるので、それが見つかるまで、どんどん変えていってもいいんじゃないかなって。

あと、私は会社ではたらいていたころ、仕事の悩みやつらさを周囲に言えなかったんです。それが積もりに積もって「もうだめだ」となった時、たまたま人事系の部署にいた同期の友人に「もう限界です」とメールをしたんです。そうしたらすぐに「こういうところに相談したらいいんじゃない?」と気にかけて、寄り添ってくれて。その時、「もっと早く人に頼っていればよかった」と思ったんですね。

上司には、仕事関係の悩みを言いにくいと思います。だから、ちょっと人生の先輩である年上の誰かに、「今心がきついです」と個人的に相談するのがいいな、と思えます。

——これからつくってみたい動画や、力を入れていきたい活動はありますか?

海外コンテンツですね。海外の作品を日本で紹介したり、日本の作品を海外の方に見てもらいたいんです。ヨーロッパに友人がいるので、現地の美術館で作品を撮影してもらい、それを日本人向けコンテンツにする、というのも考えています。

あとは、今YouTubeのフォロワーが一番大きく増えているので、YouTubeで力を入れている「若いアーティストたちの作品や存在」を知ってもらうコンテンツに、もっともっと力を注ぎたいです。

私たちと同時代を生きる作家たちの存在を、声を届けられる人間が、世に広める必要性を感じているからです。

(文:原 由希奈 写真提供:耳で聴く美術館)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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