「この演出、声は出ますか?」性的シーン支える職業「インティマシー・コーディネーター」。日本初の男性IC、現場裏側を語る。

スタジオパーソルでは「はたらくを、もっと自分らしく。」をモットーに、さまざまなコンテンツをお届けしています。
今回お話を伺ったのは、日本初の男性インティマシー・コーディネーター(以下、IC)としてはたらく多賀公英さんです。
是枝裕和監督が率いる映像制作団体「分福」に所属。助監督や監督として10年近く映像業界で活動する中で、2024年には、日本初のICである浅田智穂さんが立ち上げた株式会社blanketとエージェント契約を結び、自身もICとして現場に立ち始めた多賀さん。
ICとは、ヌードや疑似性行為など、俳優同士の親密なシーンを安全かつていねいに撮影するためのサポートを行うスタッフで、日本では2025年7月現在まだ数名しか資格保持者がいません。監督とIC、両方の視点を持つ立場だからこそ見えてきた、現場のリアルと「自分らしくはたらく」ヒントを伺いました。
幼いころにあこがれた映画監督から、インティマシー・コーディネーターに。
──もともと映像監督としてキャリアを積んでこられたと伺いました。映像業界に入ったきっかけはなんだったのでしょうか?
子どものころから映画が好きで、是枝裕和監督や岩井俊二監督の作品を見て育ってきたので、自然と映画監督にあこがれを抱くようになりました。映像業界への入り口がわからず、20歳のころに見つけた広告会社のアルバイトに応募し、そこでCMの現場に参加したのが、映像制作の最初の仕事です。
広告会社で3カ月ほどはたらいた後、知人の紹介で制作部として映画の現場に参加できましたが、映画監督になるなら映画制作についてきちんと学ぶ必要があると感じたんです。
それからニューヨークへ渡り、2013年から1年間映画学校で座学と実践を通じて勉強しました。

──なぜニューヨークの学校を選んだのでしょうか?
広告会社でアルバイトする以前に、英語へのあこがれからカリフォルニアのコミュニティカレッジに留学していた経験があって。卒業はしたのですが、どこか不完全燃焼なまま日本に帰国していたんです。だから、その悔しさを昇華する意味でも、「もう一度アメリカで学びたい」とニューヨークを選びました。
ニューヨークから帰国後は、広告やMV、映画などの現場で助監督として経験を積み、並行して監督としても短編映画やMVを作っていました。
──そこから、どのようにICになったのですか?
ちょうど短編の自主映画を企画していた際に、安全なインティマシー・シーン(映像作品における、ヌードや疑似性行為、俳優同士の親密な接触があるシーン)の撮り方について調べていた中で、ICの存在を知りました。「インティマシー・シーンを安全に撮る専門家がいるんだ」と。
ただ、漠然と興味を抱いたものの、当時はアメリカでしか資格を取得できなかったんです。そんな中、その4カ月後の2023年秋に、日本初のICである浅田智穂さん(株式会社Blanket)が、日本でICトレーニング受講生の募集を始められたことを知って。ご縁を感じて応募してみたところ、受講の機会をいただき、今に至ります。
「この疑似性行為では、声は出ますか?」。シーンの“あいまいさ”を一つひとつなくしていく
──映画やドラマなどの性的なシーンの撮影をサポートするIC。あらためて、どのようなお仕事なのか教えていただけますか?
映像作品におけるインティマシー・シーンのサポートを行う仕事です。監督と俳優の間に立ち、ヒアリングを通して双方の意向をすり合わせながら、監督のビジョンをかなえつつ、俳優が身体的にも精神的にも安心して撮影に臨める環境をつくります。
具体的には、まず脚本をいただいてインティマシー・シーンに該当する可能性があるパートをすべてピックアップし、監督にシーンの詳細を聞いていきます。「ここはどんな体勢ですか?」「この疑似性行為では、声は出ますか?」などですね。
ヒアリングした内容をまとめて、次に行うのが俳優との面談です。インティマシー・シーンにおける監督の要望を伝えた上で、見せられるパーツ、見せられないパーツなど、何がOKで何がNGかを確認していきます。
その後、俳優の意向を監督に伝え、双方の要望を整理する過程で、現状のプランでは撮影が難しいとなった場合には「体勢をこう変えてみたら、見せたくないパーツが隠れます」など、代わりの案を提案します。

──撮影プランを固めるまでにも、多くの調整が必要なんですね。
はい。監督や俳優との面談は、シーン数が多い作品だと、初回だけで2〜3時間かかる場合もあるんですよ。もちろんお互いに真剣に話していますが、長時間性的なことを話すので、「一周まわっておもしろくなってきます」と俳優がコメントして和やかな雰囲気になったことも。
たしかに、ICにとっては日常ですが、俳優からするとちょっと特殊なシチュエーションですよね(笑)。でも、面談中に笑ってもらえると、心を開いてくれているのかもしれないと感じてうれしくなります。
──面談の雰囲気が伝わってきます。とはいえ、「作品のためなら」と遠慮して本音を言えない方もいるのではないでしょうか?
そうですね。「遠慮なくすべて言ってください」と最初に伝えるようにしていますが、ぼく自身も相手の言葉の真意を汲み取るように心がけています。言葉では「できます」と言っていても、それが本当に前向きな「イエス」でなければ、同意を得たとは言えないからです。

──ICとして、撮影当日はどのような役割を担っているのでしょうか?
主に衣裳部やヘアメイクさんと一緒に動いていることが多いですね。インティマシー・シーンの撮影に必要な特殊衣裳、たとえば、ヌーブラやニップレスなど、体をカバーするものを衣裳部と協力して準備します。
そして、撮影前には監督や俳優部に挨拶と最終確認をし、いよいよ撮影となると、シーンに必要なスタッフ以外は全員退出してもらい、クローズドセットという体制を作っていきます。
キスシーンであればオーラルケア用品をお渡ししたり、疑似性行為では俳優の体が直接相手の体に触れないよう間にクッションになるものを挟んだり、快適かつスムーズに撮影が進むようできる限りの配慮を行います。
今や“リアリティーショー”にも参加。撮影中にNGな行為が起こりそうになったら?
──ICとして活動を始められて1年近くが経ちますが、これまでどのようなお仕事に携わってきましたか?
すでに情報解禁がされている作品では、ドラマ『いつか、ヒーロー(朝日放送テレビ)』、恋愛リアリティーショー『LOVE RING(DMM TV)』、縦型ショートドラマ『女性用風俗(FOD)』などですね。ドラマから映画、リアリティーショーまで、さまざまなジャンルの作品に参加してきました。
──リアリティーショーだと、事前に詳細な台本を確認できる映画やドラマとはまた違った難しさがありそうですね。
何が起きるか分からないドキドキ感が魅力のコンテンツなので、制作サイドからすると、今後の詳細な流れを出演者にあまり伝えたくないんです。課題などがある番組の場合、事前に課題の内容を伝えてしまうと、新鮮なリアクションが取れなくなってしまうのではないかという懸念があるからです。
でも、同意のない行為を防ぐために、ほかの作品と同じように事前にNG/OKの確認は取らなければなりません。そこで、番組の内容や狙いを踏まえ、想像できる限りの流れをリストアップしていきます。
番組の詳細な流れが分からないように工夫しながら、出演者の皆さんにその一つひとつを確認します。
──もし、撮影中にNGな行為が起こりそうになった場合はどう対応するのでしょうか?
撮影中でも止めることになると思います。幸い、今のところはそうしたハプニングは起こっていませんが、プロデューサーにも出演者にも事前に、何かあれば止めると伝えています。

監督とは違う“対応力”を日々磨いている
──男性ICとしての反響を現場で感じることはありますか?
日本に男性のICがいるとまだ知らない方もいるので、最初は驚かれることもあります。でも、撮影の終わりには「不安なく撮影できた」「助かった」とポジティブな反応をいただける現場が多いですね。
とはいえ、女性の俳優の身体的なケアには自分一人では対応しきれない場面もあり、現場にいる女性スタッフの存在に支えられている部分も大きいです。現場での細やかな気配りや立ち振る舞いを見ていつも勉強していて、監督とはまた違う“対応力”を日々学ばせてもらっています。

──世界的に見てもまだまだ新しい職業であり、現場ごとに柔軟な対応が求められる仕事だと想像しています。その中で、日々どのように知識や方法をアップデートしているのでしょうか?
毎回、「インティマシー・ジャーナル(=現場記録)」を書いています。「こんなシーンではこんなケアが役に立った」など、良かった点から反省点まで、忘れないように記録しておこうと。
また、セクシュアリティやハラスメントに関するニュースを目にしたら積極的に読むようにしています。特に映像業界に関係のある話題に関しては、なるべく早くキャッチアップできるように、業界の変化に常にアンテナを張っていければと思っています。
「はたらきやすさ」のスタートラインは、本音を言える環境にある
──現場にいるすべての人の「はたらきやすさ」を守るために、多賀さんご自身はどのような心がけをされていますか?
誰もが意見を言いやすい環境を整えるのが、「はたらきやすさ」のスタートラインかなと。インティマシー・シーンに限らず、日本では自分の要望を伝えるハードルが高いと感じています。
ぼくも周りに気を使うタイプなので、率直に意見を言えない気持ちもよく分かるんです。だからこそ、ICとして作品に関わるときは「少しでも違和感があれば、なんでも教えてください」と何度も伝えるようにしていますし、監督としてはなるべく構えず、“隙のある人”でいようと心がけています。
映像業界という世界に、飛び込んできてくれた若い方々に、つらい想いをして辞めてほしくない、とずっと思っています。

──今後の目標を教えてください。
1年かけてようやくICとしての基本的な動きは身についてきたと思うので、これからはもう少し自分ならではの視点を活かしてはたらきたいですね。ぼくに頼んだらいいシーンになると、監督にも俳優にも思ってもらえるように、自身の個性を伸ばしていきたいです。
──最後に、スタジオパーソルの読者である「はたらく」モヤモヤを抱える若者へ、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするために、何かアドバイスをいただけますか?
「自分らしくはたらく」ってすごく難しいですよね。職場には上下関係やパワーバランスがあるので、特に若いうちは「今のはたらき方で本当にいいのか」と悩む機会が多いと思います。
そんなときに大事なのは、自分が「うれしい」と感じる瞬間や、「これはやりたくない」と思う境界線を、自分の中できちんと持っておくこと。それが自分なりの軸となって、迷ったときの拠りどころになります。そうした軸を持っていると、自然と価値観の近い人たちとつながれる場面も増えてくるはずです。
どんな仕事に就いていても、自分自身に正直であること。それが、自分らしいはたらき方を見つけていくためのヒントになると思います。

(「スタジオパーソル」編集部/文・写真:水元琴美 編集:いしかわゆき、おのまり)

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