1,000人が参加する企業も。いま「社内運動会」が人気の理由。運動会屋・米司隆明さんに聞く。

2024年9月25日

昭和時代には、会社の行事として当たり前のように開催されていた運動会。バブル期以降、集団主義の象徴として敬遠されるようになりました。しかし近年、コロナ禍やリモートワークの普及でリアルなコミュニケーションが減少したことを背景に、改めて「社内運動会」が注目されています。

そんな令和時代の新しい「社内運動会」を企画運営しているのが、株式会社運動会屋です。代表取締役CUO(Chief UNDOKAI Officer)を務める米司隆明さんは、以前の会社で人間関係に悩んだ経験をきっかけに、同社を設立しました。米司さんに、今の時代に社内運動会が注目される理由や、運営の裏側、事業に込めた思いを伺いました。

業務外でのつながりから、相互理解のきっかけをつくる

――コロナ禍以降、社内運動会の開催が増えているそうですね。どのような会社が多いのでしょうか。

当社にご依頼いただく会社は、業種・業態も規模もさまざまです。たとえば、日本を代表する数千人規模のメーカーから、IT企業や銀行、病院、数十人規模のヘアサロンまで、本当にいろいろな会社からの依頼があります。会社以外では、自治体や学校からの依頼もありますよ。

ここ1年ほどの傾向としては、日本全国から社員が集まったり、海外拠点のメンバーを呼んだり、大掛かりなものが増えてきました。参加者が1,000人を超えることもあります。当社への依頼の件数も右肩上がりで増え、現在は年間200件以上の運動会を支援しています。

――なぜ、社内運動会を実施する企業が増えているのでしょうか。

コロナ禍やリモートワークの普及によって、リアルな接点が減っていることへの課題感が大きいですね。コミュニケーションが不足すると人間関係が希薄になり、組織への帰属意識が低下して、離職にもつながります。仕事の成果を高めるにもチームワークが重要であり、部内だけでなく部門間の連携も求められます。そこで運動会という共通体験を通じて、業務以外で人とつながるきっかけをつくり、風通しのよい組織づくりを目指そうとしているわけです。

また、時代とともに価値観が変化する中で、世代間の相互理解も欠かせません。楽しみながら世代間交流ができる運動会は最適と言えるでしょう。運動会は若い世代に敬遠されるかと思いきや、そうでもないんです。特に、Z世代はコロナ禍で学生時代を過ごし、対面での体験に制限が課されてきました。そのせいもあってか、会社では意外とリアルなコミュニケーションを求めているんですね。

――なるほど。そうしたニーズに対して、運動会屋ではどのようなサービスを提供されているのでしょうか。

主に、企画から運営までトータルに運動会の実施をサポートしています。

お客さま企業との打ち合わせをはじめ、競技の企画や会場選定、お弁当や移動手段の手配などを行います。当日も会場設営、バスの誘導、司会進行、音響、カメラなど、ありとあらゆる仕事を担います。当社のスタッフに加え、専門分野のパートナーや登録アルバイトなど、時に100人もの関係者と連携して進めていきます。私自身も当日は現場に行って、ディレクションや審判などスタッフとして対応することが多いです。

運動会を開催する目的は、人事部が研修の一環として活用したり、福利厚生として総務部が企画したり、それぞれ目的が異なります。それに合わせて競技内容や演出を変えるなど、オーダーメイドで企画することが多いですね。

たとえば、綱引きや玉入れのような定番競技のほか、銀行なら「お札数え競争」、美容院なら「編み込み競争」など、会社の特徴に応じた独自競技を提案し開発することもあります。これが盛り上がるんですよ。

競技を楽しんでいるお客様の「笑顔」が原動力に

――運動会を開催した企業では、どのような変化が起きていますか。

運動会当日、現場で見ていると、参加している社員の皆さんの表情がどんどん明るくなって笑顔が増えていくのがわかります。上下関係が厳しい会社などでは、初めはピリついた空気や上司への忖度などを感じることもありますが、それでも終わるころには明らかにリラックスした雰囲気になる。当初面倒だったという方も、ほとんどが「またやりたい」とおっしゃられるんですよ。

また午前中に運動会、午後に研修を実施した会社では、「運動会で場が温まっていたので、研修での理念浸透がうまくいった」というコメントをいただきました。中途採用が多い人材系会社では、運動会開催後、その話題を軸に社内チャットの投稿が増え、コミュニケーションも活性化したと伺っています。

――後ろ向きだった参加者も笑顔にしてしまうとは、さすがです。運動会屋として、どんな工夫をされているのですか。

運動会といえば徒競走やリレーなどスポーツ的な競技も多く、それが「苦手」という方も多いので、社内運動会では「皆で協力して楽しく競争すること」をベースに競技を組み立てています。また、応援すると雰囲気が良くなるので、スタッフが率先して声を出して促しています。そして、想像以上に盛り上がるのが、役員クラスの”雲の上”と思われている方々に率先して参加してもらうことです。意外と仮装などもノリノリで引き受けてくださるんですよ。

他にも、チーム編成を細やかに調整し、部門間・世代間交流が生まれるよう組み合わせます。また、借り人競争で「尊敬する上司」というお題を設定するなど、参加者の「人となり」や関係性が見えるような工夫も凝らします。

とにかくコミュニケーションが楽しく活発に行われるようなことはどんどん盛り込む。そういった工夫は当社内でも共有・蓄積され、重要な知見・ノウハウになっていますね。

――「運動会屋」のやりがいはどんなところにありますか。

当社の社員は人によって、さまざまなやりがいを見出しています。自分が企画した競技が上手く成り立っていることがうれしかったり、大きなイベントを安全に遂行できたことに満足感を得られたり。運動会を「どう面白くするか」には携わる人の色が出るので、個性を発揮しやすい仕事だと思います。

とはいえ、運動会当日「参加者を笑顔にできる」という一点は、社員全員に共通するやりがいです。特に参加者が1000人を超える運動会では、1年がかりのプロジェクトになり、地道な作業が多くて大変なのですが、その分、集大成となる当日は充実感・達成感を得られますね。

自らの体験をもとに「やってみる」ことから未来につながる

――米司さんが「運動会屋」を立ち上げられたのはなぜですか。

新卒で入った会社、そして2社目での苦い経験が、事業設立の原点になっています。社会人のスタートは金融会社での飛び込み営業で、厳しいノルマを課せられていました。上司からの一方的な叱責も多く、「何のために仕事をしているのか」がわからなくなってしまった。

そこで転職を決意し、IT企業に移ったのですが、社内での会話はチャットでのやり取りがほとんど。戸惑いましたね。2社を通じて、厳しい上下関係、協力より競争、希薄な人間関係――そういうものに疲れ切ってしまったんです。

もともと私は学生時代に野球部に所属し、仲間と協力し合う喜びや一体感を体験していました。あの感覚を取り戻せないか、世の中に提供できないかと考えるようになり、2007年に会社を立ち上げました。最初はフットサルなど一つのスポーツに限定したサービスも考えていましたが、そうすると参加者の経験値や好みに差が出やすく、一体感が生まれにくい。最終的には、誰もが競技に参加・協力できるように「運動会」をやることに決めました。

アルバイトをしながら営業を続け、初受注は大阪の美容院チェーンでした。当時は競技の道具をどこから仕入れればいいかもわからなかったので、ホームセンターで材料を買って玉入れの道具を手作りしたんです。当日は至らないところも多かったはずなのですが、参加した社員は若い人たちが多く、関西のノリの良さもあって大成功を収め、大きな手応えを感じましたね。

――「運動会屋」という前例のない事業を、なぜここまで続けてこられたのですか。

創業からずっと、私の信条は「まずはやってみること」。まずやってみて、結果が悪くても諦めない。そして、次にやる時は失敗から学んだことをやってみる。その積み重ねで、皆に喜んでもらえるようになっていきます。

もちろん、それまでには周りからの反対や批判もありますが、自分がやりたいことに夢中になっていれば気になりません。むしろ前例がないもののほうが唯一無二の存在になれるチャンスだと思います。

そして、私はとにかくお客様の笑顔を見たいんです。なので、面白いと感じるものにアンテナを張り、新しいことや改善点を365日いつでも考えています。例えば、ドローンが話題になっていたら「これを何かの競技に生かせないかな?」と想像する。

でも、同じように忙しくはたらいていた新卒のときとは、気持ちがまったく違います。仲間とのつながりがあり、社会に対して何を提供したいのかが見えている。改めてその大切さも実感しています。

日本が誇る「運動会文化」を世界中に広げていきたい

――社内運動会は徐々に注目を浴びています。これから挑戦したいことはありますか?

これまで通り、お客様企業の「風通しの良い職場環境づくり」に貢献するため、社内運動会のプロとしてサポートしていくとともに、この価値をもっと広げていきたいと考えています。

その一つが、運動会の海外展開です。これまでに8カ国で運動会を実施しました。もとは東京オリンピック・パラリンピックの一環で、スポーツを通じた国際貢献事業にエントリーしたことがきっかけですが、現在は「UNDOKAIワールドキャラバン」として活動しています。

運動会は、国籍や宗教、政治的信条などにとらわれず、誰でも協力しあって楽しめる。その体験が「世界平和」にもつながると思うんです。将来的には日本発の「運動会文化」として広げていきたいと考えています。

(文:伊藤真美)

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ライター/編集者伊藤真美
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