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患者さんに「うめえ」と言ってほしくて、病院の水を“お酒”に変えた話
スタジオパーソル編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、はたらくことの喜びや、はたらくなかで笑顔になれたエピソードについて語る「#はたらいて笑顔になれた瞬間」投稿コンテストで入賞した記事をご紹介します。
自分で食事が摂れないくらい重症の患者さんのサポートをしていた言語聴覚士のあおいさんは、少しでも患者さんの気分転換になればという思いで、ある工夫をしました。するとその患者さんが久しぶりに笑顔を浮かべ、あおいさんは、自分はこのためにはたらいていたのだと実感します。その「泣けるくらいにうれしかった」というエピソードをnoteに投稿しました。
数十秒でいいから、患者さんと身体を交換したかった
あおいさんの仕事は、言語聴覚士です。
言語聴覚士とは、話す・聞く・食べるなどのリハビリテーションを行う専門職のこと。あおいさんは、患者さんとのコミュニケーションを取りあえるこの仕事が、大変ながらも大好きでした。
なかでも、泣きそうになるくらいうれしい気持ちにさせてくれた患者さんがいます。
その人は、お酒とタバコとギャンブルが大好きな、とても陽気な男性でした。
目を開けてすぐのとき「わたしのこと、見えてますか?」と尋ねたら「見えてるよ!目の前に美人!サイコーの景色!!」と返してくださるような、そんな方。
「うめえ」が聞きたくてより
しかしその患者さんの病状は重く、食事をするのもままならない状態。
栄養補給源は、胃に小さな穴を開けてチューブで直接栄養を注入する“胃ろう”です。
口にするのは、プリンをひとさじか、パフェスプーン1杯にも満たないわずかなトロミ水がやっとでした。
最初は「隣の部屋から酒持ってきて」「肉が食べたい」「餃子が食べたい」と言っていた患者さんが、だんだん「酒は飲めないんだよね」「しんどいから食べるのはいいや」と話すようになっていく様子を見て、とても辛く感じていたそうです。
あおいさんは
たった数分、いや数十秒でいいから、わたしの身体と交換できたらいいのに。そんなことを何度思ったか分からない。
「うめえ」が聞きたくてより
と、当時の心境を振り返ります。
ぐい呑みで「トロミ水」を「おいしいお酒」に変えた
たったひとつ救いだったのが、液体だけは「ちょうだい」「飲みたい」と言ってくれることです。
コンソメスープ。薄く溶いたお味噌汁。中華出汁に、ほんのすこしのニンニクチューブで香りをつけたもの。リンゴジュース。オレンジジュース。あとはなんだ。この方が辛くなくて、トロミがついていてごく少量でも美味しく口にできるものはなんだろう。
「うめえ」が聞きたくてより
あおいさんは少しでもおいしいと思ってもらえたらと、ありとあらゆる飲み物を作っては患者さんの口元に運びました。
「今は、何が飲みたいですか?」
と聞くと、やはり
「酒」
と返ってきました。
当然ながら、病院でアルコールが提供できるはずがありません。
どうしたらいいかと懸命に考えたあおいさんは「せめて気分だけでも」と考え、器に行き着きました。
お酒を飲む“ぐい呑み”で飲み物を提供することにしたのです。
自宅のぐい呑みをきちんと消毒殺菌し、病室にお持ちした。じゃーん、と見せると、お顔がパッと華やぐ。
「うめえ」が聞きたくてより
ごめんなさい、お酒は出せないんですけど。せめて気分だけでもと思って、いかがでしょう。そんな問いかけと一緒にぐい呑みをふたつ。
2つのぐい吞みを目にした患者さんは、はっきりと「青がいい」と答えます。
いつものトロミ水を、いつもの量、ぐい呑みに入れて渡します。
うつわごとお渡しすると、啜るようにお水を、ひとくち。それはまるで、お酒を好む人が最後の1滴までを味わうときみたいに。
「うめえ」が聞きたくてより
「うめえ」
患者さんはにっこり笑い、こう続けました。
「これ本当に酒入ってないの?一滴も?」
「うめえ」が聞きたくてより
「……代わりに、真心をたくさん」
「だからうめえのか」
そう言われ、あおいさんも思わず笑顔になりました。
いつもと同じ飲み物でも、あおいさんの工夫によって何倍にもおいしく感じられたようです。
「まだ飲めそうですか?」
「うめえ」が聞きたくてより
「うん、ちょうだい」
ニコニコ笑う患者さんの笑顔を見て、泣きそうになるくらいのうれしさがこみ上げます。
あおいさんが懸命に考え、わざわざぐい吞みを持ってくることがなければ、こんなにも良い笑顔は生まれなかったでしょう。
その患者さんの笑顔を、あおいさんは今もはっきり覚えているそうです。
無意味なことにも価値がある
患者さんのこんなに良い笑顔を見るのは久々だったあおいさんは、
「わたし、こういう瞬間のためにはたらいてるんだった」
と仕事の原点を思い出します。
言語聴覚士は、重症の患者さんのサポートを行うことも少なくありません。生死と隣り合わせの病院で、強いプレッシャーを感じ、神経をすり減らすこともあるでしょう。
でも、あおいさんは
コミュニケーションと食事のリハビリという側面から誰かと関わるこの生活は大変だけど、うんと好きだ。
「うめえ」が聞きたくてより
と綴ります。
どれだけ頑張っても限界があり正解がない状況で、どこまでどんなサポートするかは状況や人に委ねられる部分もあります。
それでもあおいさんは自分の頭で考え、できる限りのサポートを全力で行っているから、どれだけ過酷な状況でも「うんと好きだ」と思えるのでしょう。
先ほどの患者さんへも、たとえ胃ろうで栄養補給するようになっても、口から食べる喜びをないがしろにはしませんでした。
紙コップに入れた水をスプーンから口に運ぶより、ご自分でグラスを傾けて口にするほうが美味しいに決まっている。それが「口からものを摂る」という行為だ。それが生きるということだ。
「うめえ」が聞きたくてより
そう考えてお酒のように水を飲める環境を提供できたのは、あおいさんが患者さんの生とまっすぐ向き合ったからです。
ただし、あおいさんは「追記」として次のようにも語っています。
食器の対応や様々な食べ物の許可は医師、ご家族の
「うめえ」が聞きたくてより
同意のもと実施しております。また、同様のケースで
あっても病院の方針やリスク管理によっては
同じような対応が難しいこともあるかと思います。
あくまで一病院での出来事だと思って
お読みいただけますと幸いです。
どんな対応が取れるかは、当然それぞれが置かれている環境や状況によって異なります。すべての方が、今回のケースをそのまま真似できるわけではありません。
ただ、このエピソードは「一見すると無意味なように思えることでも、心遣いで人に幸せを与えられる」という勇気を、私たちに与えてくれます。
「無理だからしょうがない」「自分の自己満足にすぎない」と放棄せず、それぞれの環境で自分なりの“ぐい呑み”を提案することができれば、相手だけでなく、はたらく私たち自身も心から笑顔になれるのかもしれません。
あおい 25歳、病院勤務。 仕事ごはん恋人エンタメ、好きなもののことばかり書きます。Twitter : @fallseablue_ |
(文:秋カヲリ)
パーソルグループ×note 「#はたらいて笑顔になれた瞬間」投稿コンテスト
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