「この店には長く居ない方がいい」と言われて辞めたシェフが、10年後に思ったこと

2023年6月8日

スタジオパーソル編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、前職の経験を「無駄だったのかもしれない」と感じ、シーザーサラダを通じて答え合わせをしたシェフの記事をご紹介します。

料理人のdoriokunさんは、世界的に有名なシェフが展開する大きなレストランではたらいていました。しかし、周りのシェフが口々に唱えるのは「この店には長く居ない方がいい」という言葉。当時は意味がわかっていませんでしたが、転職した小さなイタリア料理店でその言葉の真意を知り、愕然とします。そこから仕事の経験価値について考え直したエピソードを、noteに投稿しました。
※本記事の引用部分は、ご本人承諾のもと、投稿記事「人生に無駄な時間なんてない」から抜粋したものです。

「長く居ない方がいい」と言われる有名レストラン

「この店には長く居ない方がいい」

世界的料理人が展開するレストランの東京支店で、doriokunさんは何度もそう言われました。
有名ホテルや星付きレストランで経験を積んだシェフたちが、口を揃えて言うのです。
当時は目の前の仕事で精いっぱいだったdoriokunさんは、その言葉に戸惑いました。

当時の私は、厨房内で交わされるフランス料理の用語の意味もわからずに、ただただ右往左往しているような状態だったので、その言葉の意味を、自分の身体を通してちゃんと理解することがまだできていませんでした。

「人生に無駄な時間なんてない」より

その言葉を体現するように、キッチンスタッフが一人、また一人を辞めていきます。
2年後には深刻な人手不足になり、みんなが仕事に追われていたそうです。

さらには親会社が変わったことにより、料理のクオリティの向上や、原価の見直しが求められていて、厨房内にはいつもピリピリとした雰囲気が漂っていました。

「人生に無駄な時間なんてない」より

そんな状況で、ふと頭をよぎった言葉が
「この店には長く居ない方がいい」
です。

doriokunさんはどのポジションも任されるようになり「新しいことを学びたい」と意欲が生まれていました。
転職するにはちょうどいいタイミングだったので、バックヤードにいるシェフに転職の意思を伝えます。

するとシェフはそれを予想していたようで、本当は残っていて欲しいけど、その気持ちもよくわかるからと、心よく承諾してくれたのでした。

「人生に無駄な時間なんてない」より

2年半はたらいたレストランを辞め、オーナーシェフが切り盛りする小さなイタリア料理店に移った時、
「この店には長く居ない方がいい」
という言葉の真意を、ようやく知ることになりました。

小さなイタリア料理店で、職場のレベル差を痛感

新しい仕事先であるイタリア料理店は、わずか20席ほどの小さなお店です。
これまではたらいていた大箱のレストランとは、はるかに規模が違いました。
しかし、doriokunさんはショックな事実を目の当たりにし、愕然とします。

レベルが全然違ったのです。
調理の技術も、知識の幅も、熱量も、その全てが私の想像を遥かに超えていました。

「人生に無駄な時間なんてない」より

忙しいレストランで必死にはたらき、経験豊富な先輩シェフからたくさんのことを教わったのにもかかわらず、太刀打ちできるレベルに至っていなかったのです。
先輩シェフたちが
「この店には長く居ない方がいい」
と言っていた理由を、初めて理解しました。

大きなお店だから、世界展開しているお店だから、実力のある先輩がいるから成長できるとは限りません。
その職場で成長できるかどうかは、表面的な肩書では決まらないのです。

私はこの2年半、いったい何をしていたのだろうか。ひょっとしたら、この2年半という時間を私は無駄に過ごしてしまっていたのではないかと、そう思わずにはいられませんでした。

「人生に無駄な時間なんてない」より

思わず後悔の念を抱きましたが、それで時間が戻るわけではありません。

また一から勉強をし直すつもりで、とにかく朝から晩まで一生懸命に働きました。
なんとか仕事についていこう、
なんとか同じ土俵に立とうと。

「人生に無駄な時間なんてない」より

そう気持ちを奮い立たせ、キッチンに立ったdoriokunさん。
ひたむきにはたらいて、10年余りがたった今、doriokunさんは小さなレストランのシェフとしてはたらいています。

「2年半は無駄だったのか」を教えてくれたシーザーサラダ

転職したdoriokunさんが思ったように、レストランでの2年半は時間の無駄だったのでしょうか。
その答えを知るきっかけになったのは、知り合いの農家さんから送られてきたキャベツです。
そのキャベツは甘味があり、とてもおいしいものでした。

私はそのキャベツの甘味をなんとか生かせないかと思い、「焼きキャベツの温シーザーサラダ」という料理を作りました。

焼くことで香ばしさと甘味を引き出したキャベツに、特製のシーザーソースをたっぷりとかけて、温泉卵やベーコンをトッピングした一皿です。

「人生に無駄な時間なんてない」より

限定商品だったもののこのメニューが大好評で、お客さまから
「今日はシーザーサラダないの」
「次はいつ食べられるの」
といった声が多く寄せられました。

シーザーサラダの醍醐味と言えば、キャベツはもちろん、あの濃厚なソースです。
このソースこそ、2年半はたらいたレストランで教わったソースでした。

もちろんアレンジは加えていましたが、ベースはそのレストランで培ったものです。
かつての努力が報われた気がして大きな喜びを感じ、思わず顔がほころびました。

その時、私は思ったのです。

人生に無駄な時間なんてないんだと。

例え自分では無駄にしてしまったと思っていた時間であっても、その時に経験したことや学んだことで、誰かを笑顔にすることができるのです。

「人生に無駄な時間なんてない」より

一度は無駄だと思った期間でも、長く走り続けていれば生きる瞬間が訪れるのかもしれません。

doriokunさんは自分を責めたり悲観的になったりすることもありそうですが、それはそれでいいと受け入れているそうです。

なぜならその時間にも、いつか誰かを笑顔にする可能性が秘められているからです。

「人生に無駄な時間なんてない」より

今の仕事に必死であればあるほど余裕を失いやすく、意義を見いだせずにネガティブな感情に苛まれることもあるかもしれません。
これほど頑張っても無駄ではないか、とやる気を失う瞬間があるかもしれません。

でも、その仕事を続けるにせよ続けないにせよ、いつかきっと役に立つと思っていれば、少しだけポジティブに受け入れる余地が生まれるのではないでしょうか。
思わぬタイミングで、doriokunさんのように報われる瞬間がやってくるかもしれません。

<ご紹介した記事>
人生に無駄な時間なんてない

【プロフィール】
doriokun/綴る料理人
39歳(男) 妻と娘と三人暮らし。 イタリア料理をベースに、現在は肉料理店シェフ。 お酒、映画、音楽、読書、座禅が好きで、 高い所と早い乗り物が苦手です。 日常の中で感じた出来事を料理人目線で発信していきます。

(文:秋カヲリ)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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