日本でただ1人の「タクシーグラドル」。芸能活動のスタート地点、表参道へ──【運転手さん、思い出の場所まで(4)】

2023年8月23日

タクシー運転手さんにインタビューを行う連載「運転手さん、思い出の場所まで」。運転手さんの思い出の場所までタクシーを走らせながら、これまでのキャリアと、仕事のやりがいや苦労などを伺います。

第4回の運転手はコンドルタクシー株式会社の中島由依子さん。グラビアアイドルと並行してタクシーのハンドルを握る、日本でただ1人の「タクシーグラドル」です。中島さんは人生を変えたい!という思いで地元関西から上京。日々タクシーを走らせながら、テレビで活躍する俳優になるという夢を追いかけています。

そんな中島さんと向かったのは、上京後はじめて所属した芸能事務所がある表参道。「お芝居に残りの人生をかける」と語る彼女の思いを乗せて、タクシーは走り出しました。

愛車の「レインボータクシー」に乗って、いざ出発!

こんにちは。お待ちしておりました。

──こんにちは。今日はよろしくお願いします。と、いきなりなんですがこのレインボーカラーの車は……?

私が乗せていただいているレインボータクシーです。コンドルタクシーには直木賞作家の志茂田景樹さんのご子息で、武蔵野市議会議員としても活躍している下田大気さんが乗務員としても所属しているんです。レインボータクシーはそのご縁で、志茂田さんにプロデュースしていただいた車なんですが、一見するとタクシーとは思えないですよね。お客さまをお迎えに行くと、タクシーではないと思って見過ごされることも多いんです(笑)。

──志茂田景樹さんのトレードマークのレインボーだったとは……。

車体の写真を撮っていく人もいますよ。町を走っていると目立つのでちょっと恥ずかしいなって思うときもあります(笑)。

──本日はこちらに乗せていただけるんですか?

もちろんです!どうぞ、ご乗車ください。

──今日の目的地は表参道ですよね。

はい。私がコンドルタクシーに入社する以前に所属していた芸能事務所があるんです。普段よく走っている千川通りを経由して向かうルートで大丈夫でしょうか?

──はい、よろしくお願いします。

まるで芸能事務所?夢追う人を応援するタクシー会社との出会い

──なんで千川通りをよく走っているんですか?

「千川通り沿いに手上げ(路上でタクシーを待っている)しているお客さまがたくさんいるよ」って研修で教えていただいて。ドライバーになりたてのころは道も分からないし、どこにお客さまがいるのかもわからないので、千川通りばっかり走ってたんですよ。

──今もよくこの辺りを走ってるんですか?

以前ほどではないですがよく来ますね。都心はまだどこにお客さまがいるのかが掴めていないので。千川通りは大きな病院があるので、病院に向かうお客さまが多いんですよ。

──中島さんはなぜタクシードライバーに?

私はフリーランスでお芝居やグラビアのお仕事をしていて、それと並行してできる仕事を探していたんです。それで、元々車の運転が好きだったこともあり、ロケバスの運転手のアルバイトに応募したんですよ。その仕事とはご縁がなかったんですけど、人材紹介の会社さんに「タクシードライバーはどうですか?」とすすめられて、2022年の2月に入社しました。東京の23区で営業するタクシードライバーは地理テストと二種免許に合格しないといけないので、それを取ってから社内研修を受け、4月から走りはじめました。

──元々は別の仕事を希望してたんですね。

そうですね。「コンドルタクシーは芸能活動をしてる人が多くて、環境的にはすごく良いよ」と紹介していただいたのでやってみようかなって。

──何人くらい芸能活動をされてるドライバーさんがいらっしゃるんですか?

20人ぐらいですかね。それだけいたら芸能事務所みたいですよね(笑)。

──中島さんはどんな芸能活動をしてるんですか?

今はグラビアとお芝居をしています。雑誌のグラビアのお仕事はそんなに頻繁にあるわけではないので、撮影会などにも参加しています。

──撮影会?

個人で撮影会を主催している方がたくさんいらっしゃるんですよね。そこから声がかかることもあるんです。

──グラビアをメインにやっていきたいんですか?

将来的にはお芝居一本でやっていきたいんです。今なんでグラビアをやっているかというと、今後のお芝居にも活かせるのかなと思って。芝居の仕事は経験したことが全部糧になるんですよ。たとえばタクシードライバーの役があったら誰よりもリアルにできるじゃないですか。グラビアの経験もお芝居に活かせると思いますし、ファンの方に知ってもらうためにも頑張ろうかなって。

「タクシーグラドル」を広めたい!

──タクシードライバーと芸能の仕事は両立できるものなんですか?

タクシードライバーは夕方に出庫して、翌日のお昼前に戻ってくる隔日勤務(夜勤)ではたらく方が多いんです。その日の午後と翌日が明け(休日)になるので、自分の時間が確保しやすいんですよ。

私は昼にはたらきたいので日勤がメインなんですけど、それでも融通はきく仕事だと思います。タクシー会社によっては副業禁止のところもあるのですが、うちはOKどころか応援してくれているので、すごくありがたい環境ですね。オーディションで急に仕事を休まなくてはならないときも相談に乗ってくれますし。

──両立する上で理解があるのは大きいですね。

ストレスは本当にないですね。それに芸能の仕事にもプラスになっているんですよ。お芝居のオーディションで「タレントしながらタクシードライバーしています」って言うと、覚えてもらえるんですよ。書類選考に通りやすくなりました(笑)。

──確かに、印象に残りますもんね。

私のキャラクターになっていると思いますね。私、「タクシーグラドル」っていう言葉を広めたいんですよね。自分が運転しているタクシーを自分のSNS上で「ゆいたく」って呼んでいるんですよ。

──芸能のファンのお客さんにタクシーの方にも来てねってことですか?

いえ、タクシーって運転手の指名はできないんです。こんなことしている人がいるんですって認知してもらって、応援してくれる人たちが増えたら良いなって。中島由依子=コンドルタクシーと連想してもらえるようになったら会社にも恩返しになると思いますし。

──タクシーの仕事中にも芸能活動のことを考えたりします?

空車の時って密室で1人じゃないですか。なのでこっそりセリフの練習をしたりとかします。絶対にその瞬間を見られたくないですけど(笑)。歌手の子だったら歌の練習をしたり。結構みんなやってるって言っていました。

──ニッチな「業界あるある」ですね。そう考えると、芸能活動とタクシードライバーは相性が良いかもしれないですね。

気持ちよくはたらけているし、芸能にもプラスになるしタクシーをやって、本当に良かったことしかないですね。

──そもそも、はじめに芸能の仕事をしようと思ったきっかけってなんだったんですか?

地元ではたらき、楽しい人生を送っていたんですけど、どこか物足りなさを感じていて……30歳を前にして「私このままで良いのかな?」と思ったんです。それで、自分の人生を変えたくて俳優になろう!と思ったんですね。それで、実家の奈良から大阪に拠点を移して芸能活動をはじめました。それから、本気でやるなら上京した方が良いなと思って東京に出てきたんです。

──上京してからはどんなお仕事をされてたんですか?

タクシードライバーになる前は、新宿でコールセンターの仕事をしていました。でも、仕事をしながらだとなかなかオーディションとかは受けられませんでしたね。

──上京して不安はなかったんですか?

自分の人生がどういう風になっていくんだろうって、希望しかなかったですね。スタートが遅かったので焦りはありましたけど、焦ってもしょうがないので。

女性ドライバーとしてはたらくということ

──女性ドライバーの方は、どれくらいの割合なんですかね。

うちの会社では10%ぐらいです(※令和3年度、業界では女性ドライバーの比率は全体の3.7%)。やっぱり女性のお客さまに喜んでもらえることが多いんですよ。

同じ女性だから安心する、女の人でよかったって言ってもらえるのはドライバーとしてもうれしいですね。やっぱり知らない人と密室になるのって不安だと思うので。

──「またあなたに頼みたい」とか言われたりしますか?

女性のお客さまで言っていただける方とかいらっしゃるんですけど……。

──ああ、ドライバーを指名するシステムがないとおっしゃっていましたね。

そうなんですよね。でも、会社の無線室に電話していただければ近くを走っている女性ドライバーを手配してもらえますよ。

──なるほど、そういう頼み方はできるんですね。

はい、ドライバーを指名することはできないんですが。高齢のお客さまが「病院行くのに女性の方が良いわ」とご連絡を下さることもありますね。頑張ってくださいって言ってくれるお客さまもいますし、女性のお客さまにはすごく癒されてまいす。本当に。

あ、もうすぐ表参道ですよ。

レインボータクシーは表参道に到着

東京での芸能活動のスタート地点となった表参道

──着きました。表参道には前に所属していた事務所があったんですよね。なんで辞めてしまったんですか?

上京して最初にお世話になった事務所だったんですが、お芝居よりもグラビアやタレントの育成に力を入れているところだったんですよ。本当にやりたいお芝居に集中するために、フリーになった方が良いなと思って。

──グラビアは今後はやめちゃうんですか?

グラビアは楽しいですけど、ずっと続けられる仕事ではないと思うんです。俳優だったら歳を重ねてもおばあちゃんの役もできますし、長く続けていけるかなって。スタートが遅かった自分にとって、これだ!と思えるのはお芝居だったんですよね。でも、年内中にはグラビア写真集をだす予定なんですよ。

──タクシーの仕事は今後も続けていくんでしょうか。

タクタクシードライバーをいつか卒業できればなと。弊社の社長も芸能の子たちには「いつまでもうちにいるようじゃダメだよ」って言っているんですよ。その夢を応援してくれているし、そう言ってくれる会社ってないじゃないですか。

──今は会社員をやりながらミュージシャンとして活動する人なんかも増えていますけれど、タクシーと芝居を両方続けていくことは考えていないんですか?

やるからには芸能一本で自立していきたいんです。お芝居に人生かけているぐらいの勢いなので。でもどんなに頑張っても成功が保証されてるわいけじゃないので、今はとにかくタクシーで生活の基盤を作って、精一杯やっていきます。

──将来、どんな役者さんになりたいんですか?

テレビで活躍するような俳優になりたいですね。1番高い目標を言うと、長澤まさみさんみたいな。長澤さんは昔は学生役でヒロインをされていましたが、年齢を重ねるとともに役柄も変わっていって、今では幅広い演技をされているじゃないですか。そういう変化の仕方がすごい格好良いなと思うんです。

私なんかが目指すのはおこがましいかもしれませんが、いつかそういうふうに思われる役者さんになれたらなって。

──いつか中島さんをテレビで観るのを楽しみにしています。ありがとうございました。

ありがとうございました。それでは、失礼します。

思い出のドライブデータ
乗車地:コンドルタクシー株式会社(東京都練馬区)
経由地:千川通り〜新宿
目的地:表参道(東京都港区)

(文:大北栄人 写真:時永大吾)

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ライター/明日のアー主宰大北栄人
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