「証拠が出ないとき、どうする?」科学捜査の最前線に立つ男はこう答えた
「指紋、でました!」「成分が一致しました!」と喜びの声をあげる白衣の面々。刑事ドラマで見かける彼らの多くが、警察の中で証拠品の鑑定を行う科学捜査研究所、通称”科捜研(かそうけん)”の人たちです。
こうした組織は警察にしかないのかと思いきや、実は、“民間の科捜研”と呼ばれる機関がありました。警察よりも、もっと私たち市民に近いところで科学捜査に協力してくれる「法科学鑑定研究所」です。
訪ねてみると、玄関には監修を担当されたドラマや映画のDVD、書籍がずらり。『アンナチュラル』に『天国と地獄 ~サイコな2人~』に……わわわ、『名探偵コナン 科学捜査展』の告知ポスターもありますよ。ドキドキ。
普段はフィクションでしかお目にかかれない科学捜査だけど、一体どんな仕事なの?科捜研の女……いや、民間科捜研の漢、山崎 昭所長にご案内いただきましょう!
──山崎さん、ここではどんな鑑定をなさっているんですか?
現場に残されたわずかな証拠品から、犯人につながる痕跡を見つけ出すのが科学捜査の役割です。そのためにはいろんな方法があって、わかりやすいところで言うとDNA鑑定、薬物検査、指紋鑑定、画像解析、偽造解析、筆跡鑑定、毛髪鑑定、血痕分析、交通事故鑑定、火災鑑定、声紋鑑定などがありますね。うちでもそうした鑑定や分析を行なっています。
──警察に同じ役割の組織がすでにある中、どうして民間で設立を?
「警察にすでにある」というか、逆に「警察にしかない」というのが問題なんです。それは、刑事裁判のときに被告側が科学鑑定を依頼できるところがないということ。検察側の鑑定結果がすべてになり、被告人側はいやでもそれに従うしかない。そうした事態を防ぐには、民間にも警察と同じレベルで信頼できる、中立で公平な組織が必要なんですよ。
欧米は起訴事案が多いから、法科学の研究者たちが民間で科学鑑定会社や検査機関を設立するというのは珍しくないんですが、日本はまだまだこれからですね。
──ここは、証拠品に納得できない被告側が駆け込める場所なんですね。もしかして、警察による証拠品の捏造も実際によくあったりするんでしょうか?
いやいや、まさか!うちで鑑定しても、検察側と同じ結果になるということがほとんどです。ただし、彼らが故意に証拠をつくりあげようと思えばつくれる力があるのは事実…ですが、万が一にもないでしょう。ただし、誤認や間違いはあるかもしれません。その確認は、当社で鑑定することもできます。
──なるほど、結果として冤罪防止にも繋がりますね。ちなみに、裁判関連以外の依頼も?
ありますよ。個人の依頼でよくあるケースは、親子関係を調べるためのDNA鑑定。次に多いのは、改ざんされた可能性のある遺言の筆跡鑑定などです。
ほかにも依頼主は、企業、省庁、自治体、大学、研究機関までさまざまです。警察からも、科捜研でやらないものやできないものなどが来ます。
──なんと警察からも。ドラマや小説では「民間人は現場に入るな!」と探偵が刑事に怒られたりして、警察vs民間の構図を見かけますが……現場で邪険にされたりしませんか?
あはは、いやいや、実は科捜研ってめったに現場に出ないんですよ。『科捜研の女』の沢口靖子さんはいろんなところを駆け回ってるけど、あれはドラマ特有。見てて楽しい方がいいもんね(笑)。
本来は、鑑識さんが収集した証拠から、それを鑑定したり検査したりするのが科捜研の仕事。だから、うちも現場に出ることはほとんどなく、刑事さんに意地悪されるようなことはありません。協力して仲良くやってます。
ペンの書き順、切手の裏……意外なところから足がつく!
──最近、増えている依頼についても教えてください。
ズバリ「文書偽造」だね!もう、びっくりするくらい巧妙なんです。たとえば、1千万円の借金の契約書がいつのまにか10億円にされていて、サインなんかしてないのに、まるでしたかのように書かれちゃう……。怖いでしょう?
でも、筆跡やインクの種類を分析して、じっくり検査すればだいたい見破れます。インクののり方をみれば、どの線が上にあるかもわかるから、書き順もわかっちゃう。
──書き順がカギになるような事件もある?
あります。たとえば、企業から領収書が持ち込まれるケース。「1万円」の領収書を巧妙に「4万円」とか「7万円」に変えちゃう社員がいるんだね。でも、書き順として「1」が最初に書かれてるのは妙でしょう? とはいえ、書き順を気にしない人が書いた可能性もあるから、ほかの領収書がどうなっているかなどもあわせてチェックしていきます。残念だけど、だいたいクロです。
──企業の事件といえば、昔は怪文書なんかもよく出回っていたようですが……。
それがね、いまも多いんだよ!このご時世だからメールになったかと思いきや、いまだに紙でばらまかれていて、よく持ち込まれます。そういうときは、まず指紋鑑定からスタート。指紋が出ないときは、切手の裏側をDNA鑑定にかけると5割くらいの確率で唾液がヒットします。手袋はしたけど、投函するときに切手をぺろっと舐めちゃったんだね。
──まさかそんなところから足がつくとは犯人も思っていないはず。DNA鑑定ってすごいですね。
まさしく夢のある分野でね、血の繫がりはもちろん、IQ(知能指数)や運動能力、学習能力、かかりやすい病気、体質、肌質なんかもまるっとわかっちゃいます。
しかもこのDNA、いろんなところから採取できるんです。たとえば、どろぼうが手袋をして家を荒らし、玄関に手袋を脱ぎ捨てていったとする。指紋は採取できなかったけど、手袋の裏からDNAが出て、お縄になる……とかね。本当にある話なんですよ。
──うーん、悪いことはできない!
よく見る「ポンポン」はもう古い!? 進化する捜査技術
──指紋採取といえば、フワフワした丸いものでポンポンしている光景をよく見ます。
粉を含んだワタを上下に振ることで粉を落として、指紋を浮かび上がらせているんです。でも、ポンポンはもう古いんだ。舞い上がった粉を吸っちゃって、健康被害が心配です。
いまは舞い上がらないタイプが出ていて、気体タイプもあれば液体タイプもあります。ちょっと指紋、出してみましょうか!
──すごい! 細かい指紋の溝がはっきり見えます。
こうした薬品や技術の進化はめざましいですよ。でも、日本にはほとんど情報がなくてね。科学捜査の本場であるアメリカやヨーロッパから最新のものを取り寄せたり、向こうの論文や専門書を読んだりして、研究しながら使っています。
苦節6年、謎の人物からの依頼が道をひらいた
──ところで、山崎さんはどうして科学捜査の道に?
もう20年前になるけど、もともとぼくは建築設備の設計をしていたんです。それが、バブルが弾けたのと同時に会社を畳んで、ぶらぶらしていたんですね。すると、警察の科捜研を退職した叔父から「手伝わない?」と声がかかった。
叔父は退職後も捜査の依頼を受けていて、ぼくに鑑定の方法を教えてくれたんです。初めて法科学の世界に触れて、「なんだこれは? 面白いな!」と思った。それがこの道に入ったきっかけです。
──そこからこの研究所を設立されたんですね。当時、ビジネスとしての勝算は?
実は何も考えていませんでした。勝算どころか、「えらいことになった」と思った(笑)。とにかく仕事がないんですよ。普通、3年もがんばれば仕事が来ると思うじゃない?全然来ないのよ。来るのは「お金を積むから、鑑定結果をこうしてくれ」なんて言ってくる依頼者ばっかり。そんなのやだよ!詐欺じゃんか!ってかたっぱしから断って。
ぼくはそんなことのためじゃなく、自分ではどうしようもないモヤモヤを抱えて、真実を知ろうとして、うちの価値を信じて訪ねてきてくださる依頼人のためにはたらきたい。と言ってるうちにお金だけがドカドカ減っていって……怖かった。カミさんとも大喧嘩の日々でした。
でも、6年ほど経ったころ、急に謎めいた人たちがうちを訪れたんです。一体なんだ?と思ったら警察の人たちでした。聞けば、科捜研がさじを投げた画像解析の仕事があるという。そこからはもう必死!がむしゃらに頑張って解析に成功したんです。
よかった〜!と思ったところから少しずつ仕事が増え始めて、いまは15名の優秀な社員たちと毎日、全国から持ち込まれる証拠品の鑑定をしています。
真実を、あるがままに証明し続けることのむずかしさ
──こうしてお話を伺っている間も、いろんな検査が進んでいる研究所内。少しだけ現場を見せていただきました。
──みなさん、細やかな作業をされていますね。
緻密さや正確性を問われる作業が多くて、没頭しなければできないものばかりです。「あるかないかわからないものを、ありのままに証明する」というのは、とても難しいんですよ。
ドラマみたいに証拠が「出た」ら楽なんですけど、実際は持ち込まれた証拠品から何も「出ない」ことの方が多い。そこからがスタート。偏見や先入観を持たずに、フラットな視点であらゆる可能性を考えながら、仮設を立て、分析を繰り返す。
ひらめきも大事にしていますね。お風呂に入っていたり、トイレにこもっていたりすると、「あっ、あの方法、まだ試してないじゃん!」と思いつく瞬間があったりして。そうなったらもういてもたってもいられなくて、夜中でもラボに駆け込んで、かたっぱしから試すんです。
──それでも「証拠が出ない」ことがある?
もちろんあります。残念だけれど、「ない」ものは「ない」。だから、「出なかった」という結果をお伝えします。ただ、依頼人は納得されません。「あれはどうだ」「この方法は」といろいろと質問される。でも、こちらとしてはもう調べ尽くしていて、どんな質問にも答えられる状態。だから、理解してもらえるまで説明します。
──「ある」ときより「ない」ときの方が、はるかにお金も労力も時間もかかるんですね。
そう。科学捜査は、「ある」ことを証明するのはもちろん、「ない」ことを証明する仕事でもある。だから、「ない」という結論に至るまでに、あらゆる手をつくします。そこが大切だと思うんです。何があろうと手抜きはしない。結果が出るか、出ないかわからないものに当たるときは、そのトライの過程にこそ価値が宿ります。
仕事がなくてくすぶっていた6年間も、ある意味“結果が出ない”時期でした。苦しかったけど、それでも、民間にも科捜研が存在することの意義を考えたら、どうしてもやめるわけにはいかなかった。いろんなことを研究して、知見をためて、手を抜かずにトライしてきたことが今、実を結んでいます。
──山崎さん、鑑定がうまくいったときは?
そりゃもう最高!依頼人の晴ればれとした顔が見られた日はうれしくて、社内のみんなを誘って飲みに行っちゃいます。これぞ“はたらいて笑えること”、かな!
(インタビュー・文:矢口あやは 写真:小池大介)
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