19歳の宮大工、578年創業・1,400年続く”世界最古の企業”で修業「小学生から憧れていた」
スタジオパーソルが運営するYouTubeでは、仕事終わりの晩酌まで1日に密着し、はたらく本音を深掘りする番組をお届けしています。
今回密着したのは、創業からおよそ1400年、「世界最古の企業」として知られる金剛組で宮大工として腕を磨く村中奏介さん(19歳)です。小学生からのあこがれの気持ちを胸にまっすぐと歩んできた村中さんの言葉には、今の仕事にやりがいや手応えを感じられずに悩む人へのヒントが詰まっていました。
※本記事はYouTube『スタジオパーソル』の動画を一部抜粋・編集してお届けします
創業1,400年、世界最古の企業。19歳の宮大工の1日
宮大工とは、お寺や神社の建築や修繕を専門に手がける大工のこと。村中奏介さんがはたらく会社・金剛組は、578年の創業以来1,400年以上にわたって社寺建築を担い続けてきた「現存する世界最古の企業」として知られています。
密着当日、村中さんが作業にあたっていた現場は、真宗大谷派の別院で、およそ250年の歴史を持つ大型本堂です。傷んだ屋根を一度すべて解体し、一から組み直して葺き替える大規模な改修工事で、工事期間はおよそ2年と長期にわたります。

この日、屋根の上で村中さんが進めていたのは、瓦を据えるための下準備です。お寺の屋根は水平ではなく、ゆるやかに反っています。そのため、瓦を支える木材も、その曲線にぴたりと沿うよう一本ずつ形を合わせて微調整を繰り返します。
「木材を大きく曲げすぎると、断面の角度まで一緒に変わってしまうんです。そのままだと継ぎ目に隙間ができてしまうので、一つずつ角度を計算しながら形を整えて、ぴったり重なるようにしています」
村中さんが手にしているのは、のみや鉋(かんな)。仕事の合間には、たびたび砥石を取り出し、刃を研ぎ直します。
「刃物は1、2時間も使えば切れ味が落ちてしまうんです。だから休憩のたびに研ぎ直して、いつでもよく切れる状態を保つようにしています」

こうした道具は、会社から支給されるものではなく、村中さんが自分で用意したものがほとんどだそう。使っている大工道具も、大量生産された既製品ではなく、鍛冶屋で一つずつ仕上げられた特別なものばかり。これまで大工道具を扱う専門店に足しげく通いながら、一つひとつ自分の手でそろえてきました。
「半分は趣味のようなもので。純粋に道具が好きで、つい自分で買い足してしまうところがありますね」
「道具を見ればその人の腕が分かる」と語るベテランの職人からも、「研ぎ方も手入れもていねい。腕がいい」と一目置かれる村中さん。まだ19歳の見習いながら、きっちりとした仕事ぶりは信頼を集めているようです。
この日、仕上げていたのは、図面に細かい指示のない、木と木だけで組み合わせる伝統的な継ぎ手。どう組むかは自身の判断に委ねられていました。
仕上がりを見た現場の先輩職人は「性格上まじめできっちりしているので、任せても大丈夫」と太鼓判を押します。現場に入ってまだ1カ月だという現場監督の女性も、「精密に仕事をしているので見ていてすごいと思うし、私にはできない仕事なので尊敬しています」と話します。
村中さんはなぜこの仕事を選んだのか、その原点は幼いころにさかのぼります――。
同級生の中で唯一、自分だけが選んだ道「少数派でも気にならなかった」
村中さんが宮大工にあこがれを抱いたのは小学生のころでした。きっかけは、テレビで偶然目にした宮大工の特集だったと言います。
「もともと木工も、建物も、日本の文化も好きでした。だからこそ、テレビを見たとき『宮大工はすべてがつながる仕事だ』と感じました」

宮大工になりたいという想いは、その後もぶれることはありませんでした。中学校で進路を選ぶ際には、建築について学べる環境をまっすぐに目指し、工業高校へ進学。およそ25人いた建築科の同級生の中で、宮大工を志していたのは村中さん1人だったそうです。それでも、たった1人で宮大工の道を選ぶことに迷いはありませんでした。
「少数派になること自体は、怖くありませんでした。自分がやりたいことを選んだ結果そうなっただけで、まわりに合わせて決めるものではないと思っているので」
村中さんが金剛組のことを知ったのは、宮大工としての就職先を探していたときのこと。世界最古の企業で寺社建築に携われると知り、応募を決めます。住み慣れた土地を離れ、職人の世界に飛び込む決断でもありました。入社後は半年間の育成研修を受け、寺社建築ならではの図面の描き方などを、同期とともに身につけていきました。短い期間に多くのことを一気に吸収する、密度の濃い日々だったと言います。

そうして飛び込んだ宮大工の世界。手仕事を見て覚える、昔ながらの厳しい徒弟関係を覚悟していた村中さんを迎えたのは、最新の電動工具も使いこなしながら原点である手作業にもこだわりを持ち、一つひとつの技術を真摯に指導してくれる先輩たちの姿でした。予想外にあたたかい環境の中で、村中さんはひたむきに仕事に向き合い続けました。
心が折れそうなとき、私を立ち直らせてくれるもの
あこがれた宮大工の仕事に就いたとはいえ、神経を使う繊細な作業が淡々と続くとき、ふと仕事に対して迷いが生まれる瞬間があると村中さんは語ります。
「ずっと細かい作業を続けていると、『自分は今、何をやっているんだろう』とふと考えてしまうこともあります。でも、休憩中に伸びをして見上げると、目の前には自分たちが手がけたお寺の屋根がある。その瞬間に『ああ、これは自分が本当に好きなものだ』と思い出せるので、また頑張れるんです」

宮大工が手がけるのは、住宅のように誰かが毎日暮らす建物ではありません。そのぶん、自分の仕事が人々の生活を直接支えているという手応えは得にくい面もある、と村中さんは冷静に受け止めています。
それでも、たしかなやりがいを感じる瞬間が村中さんにはあります。金剛組が参加するイベント会場で、来場者からこのように声をかけられるときです。
「『宮大工をしてくれてありがとう』と声をかけていただけると、自分はちゃんと文化を守り継ぐ側の人間になれているんだなと、実感しますね」
そんな村中さんには、いつか挑みたいと思い描く大きな目標があります。福井県にある、岡太神社・大瀧神社の修復です。幾重にも重なる屋根が「複雑怪奇」であり、だからこそ職人としての探求心がくすぐられると村中さんは目を輝かせます。
「あの複雑な屋根を直すとなれば、相当な難しさに頭を抱えることになるはずです。それでもいつか、あの屋根を任せてもらえるだけの腕を持った職人になりたいです」
大きな目標を語る一方で、目の前の作業がつらいと感じることはあっても、辞めたいという気持ちにまではならないと言います。
「つらいと感じることは、もちろんあります。でも、辞めたいとまでは思わないですね。宮大工以外にやりたいことがあるわけでもないですし、どんな仕事でも壁はありますから。それなら、自分があこがれて選んだこの場所で、一つずつ壁を乗り越えていきたいと思っています。」

「はたらく意味」を見失いそうな人へ
小学生のころのあこがれを一途に追いかけ、今も「好きな仕事だ」と実感しながらはたらいているてきた村中さん。一方で、はたらく意味ややりがいを見いだせないまま日々を過ごす人も少なくありません。そんな人たちに向けて、村中さんはこう語ります。
「お金をもらえるからはたらいている、という人のほうが、今の時代は多いかもしれません。でも、それはそれで何も悪いことじゃないと思うんです。むしろ、意味を見いだせないまま悩み続けるくらいなら、『自分は好きなものに使うお金を稼ぎたいからこの仕事をする』とはっきり割り切ってしまってもいい。そうして心に余裕が生まれれば、その分、目の前の仕事にも前向きに向き合えます。それが結果的に人に喜んでもらえる良い仕事にもつながっていくと思うんです」
仕事そのものを好きになれなかったとしても、「なんのためにはたらくか」は自分で選べる。村中さんの言葉には、そんなメッセージが込められているのではないでしょうか。最後に、はたらくモヤモヤを抱える若者に向けて、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするためのアドバイスを伺いました。
「モヤモヤしながら仕事のことを考えているときほど、嫌なことばかり思い出してしまうものだと思うんです。もちろん、やりたくない作業も仕事のうちなので逃げるわけにはいきませんが、それでもモヤモヤしてしまうときは、その仕事をやりたいと思ったきっかけに目を向けてみると、また前を向けるのではないかと思います」

※今回お伝えしきれなかったフルバージョンの動画はYouTube『スタジオパーソル』にて公開中
(「スタジオパーソル」編集部/文:間宮まさかず 編集:いしかわゆき、おのまり)
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