サウナ王・太田広の手掛ける施設は、なぜヒットするのか?経験が導き出した“成功の二大法則”とは

2021年9月8日

池袋の「かるまる池袋」をはじめとする多数の有名温浴施設をプロデュースする楽楽ホールディングス代表取締役の太田広さん。「サウナ王」の通り名で知られる彼のことは、サウナ好きなら耳にしたことがあるかもしれません。昨今のサウナブームが加熱する以前から温浴コンサルタントとして活躍する業界のトップランナーです。

コロナ禍にも関わらず、太田さんの手がけるサウナ施設の中には右肩上がりの成長を続ける施設もあるといいます。なぜ彼の手がける温浴施設は人を魅了してやまないのか?今回は、彼の若手時代、学生時代にまでさかのぼり、その商才の「源泉」となったエピソードと、そこから導き出された「成功の法則」をお届けします。

取材を行った所沢ベッドアンドスパも太田さんが手掛けた施設の1つ。

コロナ禍で多くの温浴施設が苦境に喘ぐ中にあって、太田さんの手掛ける施設の中には過去最高の売り上げを記録しているところも。人を集める施設と集まらない施設、その差はどこにあるのでしょう?そう問いかけると「お客さまの心をつかむちょっとした工夫」をこらすことが重要だと話します。どういうことでしょうか。

たとえば彼の手掛けた温浴施設の多くは1万冊を超える漫画の蔵書を取り揃えています。常に最新巻を揃えておくことで続きが気になるお客さまが訪れる。そのため、流行りの漫画は最新刊のできるたけ発売日に買い揃えSNSでの告知も行っているそうです。加えて整髪料も20-70代のお客さんが普段使っているものを選べるよう、常に種類豊富なアメニティを用意しているのだといいます。

所沢ベッドアンドスパ内の本棚。漫画がずらりと並ぶ。

「サウナ施設を利用される方の中には宿泊されるお客さまも多いです。となると、サウナ施設だけでなく、漫画喫茶が競合店になりますよね。1万冊というのはサウナ施設としては多いかもしれませんが、漫画喫茶よりは少ない。しかし、話題の作品が入っている、新刊が発売日に揃っているなど細部のこだわりを徹底すれば、漫画喫茶にも見劣りしないサービスを提供することができます。最近ではお客さまの声に答えて少女漫画もラインナップするようにしたんですよ」

いずれも顧客の「あったらうれしい」を的確に捉えたサービス。こうした方針を顧問先の多くに導入しているそうです。

なぜ太田さんはお客さまの心を掴むことができるのでしょうか。それは学生時代よりさまざまな仕事に従事して培ったマーケティング感覚のたまものだったのです。

「こうしたらもっとよくなる」がひらめく学生時代

太田さんは中学生のころからビジネスチャンスを見つけ出し、自ら「稼ぎ」をつくり出していたそうです。近所の山に繰り出しカブトムシやクワガタムシを採取し、川では食用ガエルを捕まえてそれらを売ることでお小遣い稼ぎをしていました。

「中学生にアルバイトはできないのであくまでお小遣い程度の範囲でしたが」と笑います。若くして商才を発揮していたことに驚かされますが、高校に進学するとその才能はさらに開花していきます。

高校に入り自由にアルバイトができるようになった太田さんは引っ越し屋や建築作業員などを経験。中でも記憶に残っているのがスーパーマーケットのアルバイトだったと言います。青果部門で働いていた太田さんは品出しなどの基本的な仕事を一通り覚えると「こうしたらもっと売れるんじゃないか」と、アイデアを当時の上司に提案し始めました。

「アルバイト先のスーパーでは段ボール箱に入ったみかんが店頭に並んでいたのですが、あまり売れ行きが良くない。高齢者の方にとっては重いものを車まで運ぶのは面倒なんですよね。そこで、みかんを駐車場で売ったら良いんじゃないかと上司に提案したんです。僕が代わりに運ぶから買っていってよ、なんてお声掛けをするとじゃあ兄ちゃんお願いねと買っていってくれたんです」

そのほかにも店頭に並べている生花を積極的にお客さまにお声掛けすることで売り上げを伸ばすなど、思いついたアイデアを実行しながらお客さんの心をつかみ、同時に売り上げに貢献していきました。お客さんをよく観察すると、アイデアが閃く。そして、何より、提案し実行すること。その発想と行動力が売り上げアップにつながります。そんな「デキるアルバイト」な太田さんをさらに仕事にのめり込ませるきっかけとなったのが、クリスマス商戦でのケーキ販売でした。

「そんなふうにみかんや花を売っていたので顔馴染みのお客さまがいたんです。「うちの生クリームはおいしいですよ」なんて声を掛けながらたくさんケーキを売りましたよ。そのはたらきぶりを評価して頂いて、店長からバイト代とは別にホールケーキをまるごと一個もらったんです。高校生からすると夢のあるプレゼントですよね。お客さまも上司も僕もうれしくて、まさに三方よし。商売って面白いなと思いましたね」

やったらやった分だけ結果に表れ、自分に返ってくる。この成功体験を糧に、大学時代の太田さんはさらに仕事にのめり込んでいくこととなります。

バイトに明け暮れる大学生時代、サウナとの出会い

取材を行った休憩室の窓からは所沢駅に乗り入れる多数の電車が見える。鉄道好きのための太田さんの企画の1つ。

大学に入った太田青年は学業もそこそこにアルバイトに明け暮れます。常時かけもちは当たり前。レストラン、葬儀屋、警備員、イベントスタッフなど20種類以上の職種を経験したというから驚きです。

数あるアルバイトの中でもとりわけ熱心になっていたのが新宿のナイトクラブでボーイとしてはたらいたことでした。時代はバブル真っ盛り。お客さんからのチップ代がその日のアルバイト代を上回る、なんてことも珍しくない時代。そんな熱狂の最中で、太田さんは持ち前の観察眼と行動力を活かし、お客さんの心を巧みに掴んでいきます。

「そのお店は会社の社長も多くいらっしゃる、まさに大人の社交場といった雰囲気でした。普通の大学生が話すこともできないような方々と会話できるのが楽しかったんですよ。

それで常連さんに気に入ってもらうために、彼らの好きなたばこの銘柄を覚えておくようにしたんです。たばこを切らしたタイミングで、すっと差し出す。そうすると、気の利くやつだなと気に入ってもらえるんですよ。終業後に食事に誘われたり、中には『卒業したらうちに来ないか?』と言ってくださる方もいらっしゃいましたね」

太田さんとサウナとの出会いは、バブル景気が絶頂を迎えるころのことでした。

当時の新宿にはオープンしたばかりのグリーンプラザ新宿という大型サウナ施設があり(2016年閉店)、終電に間に合わないとなるとホテル代わりに駆け込んでいたそうです。太田さんは、そこで「大人の世界」を知ったのだと、当時を懐かしみます。

「当時はバブルで、会社員が帰宅しようと思っても終電が終わったらタクシーを拾えませんでした。そのため普通の会社員の人たちがサウナ施設にやってきて、お酒を飲んだりマッサージをして過ごしていたんです。バブル期だからこその話ですが、お金があればこういうことができるのかと憧れましたね。それで、僕もチップをもらえたときはマッサージをしたりして、背伸びをして遊んでいました」

しかし、そんな夢のような時間も束の間、太田さんが大学4年のときに突如としてバブルが崩壊。だんだん景気が悪くなっていく様子を、新宿という「バブルの象徴」のような街で体感していくこととなりました。

「街に人が減って、あれだけ停められなかったタクシーに普通に乗れるようになる。ああ、不景気ってこういうことなのかというのを肌で感じましたね」

コンサルがダメなら支配人をすればいいじゃない。

社会人になり、コンサル会社ではたらいていた当時、太田さんは商業施設などをコンサルとしている部署にいました。そこで太田さんの人生は再びサウナと交わることになります。たまたま人手の足りなかった温浴施設の部門にも関わることとなり、結果を残していったのです。

「学生時代からサウナに通い続けていたので、その経験を活かしてアドバイスをするようになったんです。その施策が次第に評判となり、その評判がさらに多数の依頼を呼び込んでくれました」

このころからサウナといえば太田さんというように、社内でもその立ち位置を確かなものにしていきました。しかし、当時はまだ独立を考えることはなく、会社の売り上げに貢献する日々が続いていました。

転機が訪れたのは、太田さんに舞い込む相談が「コンサルティング」の範疇を超え出したときでした。

クライアントから人材育成に関するニーズがあったため、所属するコンサル会社で人材派遣業をしてはどうかと上司に提案した太田さん。しかし、あくまでコンサルティング業務の範囲内での仕事をして欲しいというのが会社の要望でした。

「会社としては当然の判断ですよね。しかし、上司との会話の中で『そんなにやりたいのならば辞めて自分でやってみたらどうだ?』と言われたんです。冗談半分というか、勢いに任せて口から出た言葉だと思いますが、不思議と納得してしまったんですよ。次の日には辞表を提出していましたね」

思いついたら即行動。しかし、この行動力が逆に裏目に出ることとなりました。太田さんは総務部に呼ばれ独立後3年間はコンサルティング業務を行うことができないという誓約書に署名させられます。

「このような誓約のことを入社時に言われた記憶がありませんでしたので、びっくりです(笑)。この事態は想定していませんでしたね」

それでも、実績と信頼のある太田さんに仕事を頼みたいというクライアントは後を経ちませんでした。

「会社を辞めるという挨拶をしにいった時に、これからも太田さんに頼むよと言ってくださる方が多くて本当に嬉しかったですね。しかし、それをやると契約違反になってしまうからと、部下たちに引き継ぐようにしていたんです。

するとあるクライアントがコンサルをしないで支配人になったら?と言ってくださって。その手があったかと思いましたね(笑)それで、退職した翌月に自分が支配人となって働きながらその温浴施設のスタッフを育成する会社を立ち上げたんです

こうして太田さんはいくつかの施設でサウナの「支配人」としてはたらくことになります。フロントに立つ日もあれば自ら浴槽の掃除をする日もある。人手が足りなければ厨房に入り腕をふるう、といった具合に温浴施設の現場の仕事と向き合いました。

そして3年が経過したころ、太田さんは満を持してコンサルティングの仕事を再開します。

眠れない夜を越えて、「サウナ王」への道を歩み出す

コンサルティング業務をスタートさせたものの、起業当初は思うようにいかなかったことも少なくなかったそうです。温浴施設は何億円もの初期投資が必要な事業な上、すぐに結果が現れるとは限りません。

「思った通りに数字が上がらないと、自分を信頼してくれたクライアントの社長に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまい、寝る時間もありませんでした。施設の閉館後に深夜の3時までクライアントの社長や支配人と電話をし、仮眠をとって翌朝次の仕事へといった具合です。成功するまでやれることはすべてやる。そんな気持ちでがむしゃらにはたらいていましたね」

そうした苦難の時期を越えて、太田さんは徐々にクライアントの売り上げを伸ばしていきます。やがて太田さんの経営する楽々ホールディングスは温浴業界では誰もが知るコンサル会社となっていきました。

「楽楽ホールディングス」という名称は、支配人をしていると言ったところで、コンサル業務もしているのではと思われて前の会社から睨まれこととなるので、温浴施設のコンサル会社とは誰も想像できない名称をつけようと思い命名したのだそうです。

現在、楽楽ホールディングスが行うコンサルティング業務は、新規開業やリニューアルのプロデュースはもちろん、運営改善や接客指導、食事の提供メニューの開発、広告宣伝、財務面のチェックなど、施設運営のためのほとんどをカバーしています。

太田さんは3年後に必要となる施設投資を念頭に経営戦略を立てるなど、常に「自分がその施設の社長だったらどうするか」を考えながら、細部に至るまで提案を行っているそうです。

仕事の領域がどれだけ広がっても、サウナを訪れるお客さまが何を求めているのかをあくまで現場目線で考える。そこには支配人としてはたらいた3年間で培った「現場感覚」が活きていることがわかります。

「サウナ王」が自らの経験から導き出した成功の二大法則

ロウリュのパフォーマンスをする熱波師のイベントのポスター。熱波師をタレント化することで集客につなげるのだそう。

前職のコンサル会社時代から数々のクライアントを担当し、現在も温浴施設の業績アップに貢献している太田さん。その成功の秘訣はどこにあるのかと尋ねたところ、どの業界に置いても、結果を出すことのできる2つの法則があるのだといいます。

まず、1つ目はお客さまが求めているものを提供できるかどうか。

「会社がどれだけすごい商品を作ったとしても、そこに需要がなければ売れるわけがない。そういった商品であってもよほど値段が安ければ売れるのでしょうが、自分たちが自信を持って提供している商品は決して安くは売りたがらないんですよね。需要と供給の関係が分かっていればごくごく当たり前の話なのですが、こうした失敗に陥ってしまうケースはよくあります」

そして、もう1つがお客さまが将来求めるものを提供できるかどうかなのだそうです。

「今欲しいものを提供しているだけでは、それほど遠くない未来にお客さまが離れていってしまいます。そこで今の顧客をよく観察し、これから求めるであろうものを先回りして提供することが重要になります。

お客さまを見て、お客さまと話す。それを続けることで必ずヒントが得られます。何も考えていない人には気付くことはできませんが、毎日本気で考えている人ならば必ず『これだ』と閃く瞬間が訪れるはずです。もちろん各業界固有のポイントはありますが、この2つの法則はどの業界にも通底しているはずです」

人気施設を手掛けた太田さんを指して「打ち上げ花火は日本一だよね」という声が向けられることも少なくないそうです。しかし、太田さんはそれを否定します。むしろ線香花火のように細く長くお客さまを楽しませること、飽きのこないサービスを提供することが重要なのだと続けます。

「たとえば『日本一冷たい水風呂があるサウナ』というのは話題性をつくる施策に過ぎません。確かにそれだけならば、本当に打ち上げ花火師になってしまいますね(笑)

しかし、なぜ私のクライアントがずっと売り上げが伸びているかというと『また来ようかな』と思ってくれるものを施設に揃えているからなんです。漫画やアメニティが揃っていて居心地がいいとか、サウナ飯が豊富で美味しいとか、そういうネタが豊富に用意してあれば、お客さまは来るたびに発見がある。

そうするとまた来ようとなって、また新たな発見をする。1ヵ月のうちに3回来てもらえたら、ほかの施設に行こうと思わなくなる。そのための工夫を施しているんですよ。

先ほどお伝えした成功の法則というのは特別なことをしようというものではありません。こうした細部を徹底することではじめて実現するんです

お客さまが今欲しいものと、将来欲しくなるものの2つを提供すること。そのためにお客さまをよく観察し、細部に反映させること。この成功の法則は、太田さんの過去の経験に裏打ちされていることがわかります。

スーパーマーケットでみかんの段ボールを駐車場まで運んだことも、クラブの常連客にタバコをすっと差し出したことも、お客さまを観察し続けた結果。そう考えると、太田さんはずっと一貫した姿勢で仕事に取り組んできたのかもしれません。学生時代から変わらぬサービス精神にこそ、「サウナ王」として活躍する太田さんの「源泉」があったのでしょう。

(文:高橋直貴 写真:河合信幸)

※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。

89

あなたにおすすめの記事

同じ特集の記事

  • シェア
  • ツイート
  • シェア
  • lineで送る
編集者/ライターハヤオキナオキ
広く、深く、いろんな現場に出没します。朝の取材が得意です。
  • facebook
  • twitter

人気記事

元ヤンから日本一バズる公務員に。高知ゆるキャラで、ふるさと納税額200万から34億へ。
『香水』の瑛人「普通に生きる今がいい」。小規模ライブで全国を回る現在地
【取材】元乃木坂46・高山一実「バラエティ自信なかった」「卒業で変わった仕事観」
【取材】さらば森田哲矢。相方スキャンダルで変わった仕事観。借金200万「自堕落な生活」から遅咲きの苦労人。
電通を退職後、30歳でクビに。大企業キャリアを捨てた私が、ジブリ『耳をすませば』みて起業した理由。
  • シェア
  • ツイート
  • シェア
  • lineで送る
編集者/ライターハヤオキナオキ
広く、深く、いろんな現場に出没します。朝の取材が得意です。
  • facebook
  • twitter

人気記事

元ヤンから日本一バズる公務員に。高知ゆるキャラで、ふるさと納税額200万から34億へ。
『香水』の瑛人「普通に生きる今がいい」。小規模ライブで全国を回る現在地
【取材】元乃木坂46・高山一実「バラエティ自信なかった」「卒業で変わった仕事観」
【取材】さらば森田哲矢。相方スキャンダルで変わった仕事観。借金200万「自堕落な生活」から遅咲きの苦労人。
電通を退職後、30歳でクビに。大企業キャリアを捨てた私が、ジブリ『耳をすませば』みて起業した理由。
  • バナー

  • バナー