ストロングゼロの開発舞台裏にある、担当者のトライアンドエラー「失敗するから前に進める」
企業にあるさまざまな職種の中でも人気の高いマーケティングのお仕事。そしてその中でも商品開発職と言えば、自らのアイデアを実際に形にすることができる、華やかで楽しそうに感じられる職種です。でも実際のところ、どうなのでしょうか。
今回お話を聞いたのは、世代を問わず多くの消費者に親しまれているサントリーのアルコール飲料「ストロングゼロ」の担当者である初川 良輔さん。2009年の発売以降、お店で飲む搾りたての果実の味わいと香りを家庭でも楽しめることから、「宅飲み」の需要を促進し、お酒の楽しみ方に大きな影響を与えているストロングゼロですが、その商品開発のお仕事の裏側について伺いました。
商品開発は「お客さまの頭の中のイメージをつくる」仕事
──商品開発というと、ヒット商品を生み出す華やかな仕事という印象があるのですが、実際はいかがでしょうか?
「自分の好きなものをたくさんつくれる」とか「好きな企画でヒットを生み出せる」と思われるでしょう。僕も入社前はそう思っていたんですけれど、実際には、地道な作業の積み重ねです(笑)。
私のやっている商品開発は、新しいことをどんどん打ち出していくというより、お客さまの頭の中のイメージをつくっていく仕事なのかなと考えています。
──「イメージをつくる」というのは具体的にどういうことなのでしょうか?
たとえば、A店とB店っていうスーパーが家の近くにあって、「A店は安くていい」、「B店はお魚の鮮度がいい」というイメージがあるとします。
この「安い」とか「鮮度がいい」といったイメージが大切で、我々飲料メーカーも「今日はこういう気分だからこのお酒にしてみよう」といったふうに選んでいただけるイメージづくりを日々しているんですよね。
ストロングゼロですと、「度数の強いお酒」とか「甘くないお酒」とかそういう特徴がありますが、お客さまにもそういったイメージを持っていただけるように、デザインと中身をアウトプットしようと形づくっていきます。テレビCMや広告の表現なども、全部そこにつながってきます。
────商品そのものをつくるだけでなく、全体的なイメージをつくっていくのも商品開発の仕事なんですね。かなり多岐にわたる業務になりそうですが、具体的にはどのようなことをしているのですか?
ストロングゼロですと、さらなる購買層の獲得に向けて、実際にお客さまの生の声を聞いて、反応を見ながら、日々新しい味や新しいパッケージのデザインづくりなどをしています。
ですので、実際の仕事としてはお客さまにとにかく「この商品のここ、どう思いますか?」とお話を聞いて、それを商品に活かしていくことが多いですね。形態はさまざまで、1対1でお話を聞くこともあれば、6人ほどのグループで集まっていただくこともあります。
279回の失敗!? ストロングゼロリニューアルの裏側
──たくさんのお客さまの声を聞かれていると思いますが、その中で大事にしていることはありますか?
「お客さまの表情が変わる瞬間、心が動く瞬間」を大事にしています。
新商品を一口飲んだとき、新しいパッケージをはじめて見たとき。笑顔がこぼれたり、驚きの表情をしていただくことがあります。そういった一瞬の表情を見逃さないようにしています。美味しいものを口にしたときや良いものを見たときって、やはり素の表情が出てくるんですよね。そして、そのリアクションこそ、大事にしなければなりません。
もちろん、お客さまの意見をテキストで集めることも大事ですが、やはり生の声や表情を見ないと細かいニュアンスがわからないんですよね。
今回の8月にストロングゼロの「ダブルレモン」の中身、そして全ラインナップのパッケージデザインをリニューアルしました。そのときも、とにかくひたすらお客さまとコミュニケーションを取っていきました。
──リニューアルにはどういった背景があったのでしょうか? まずパッケージのリニューアルについてお聞かせください。
まずパッケージデザインの面では、ストロングゼロは市場的にみると、好調な売れ行きで推移しているのですが、お客さまからは「お酒が強いから少し近寄りがたい」とか、「新しく飲むにはちょっとハードルが高い」といった声を頂戴することがありました。ですので、私としてはお客さまとの距離を縮めて、より親しみやすくしたかったんです。
具体的には「こいつとだったら今日の夜一緒にいてもいいな」と思えるような相方みたいな存在になってほしくて。ただ、現行のデザインだと「相方っていうよりちょっと怖い上司ぐらいの感じだよね(笑)」って話を、お客さまとしていました。
そこを踏まえて今回のデザインリニューアルでは、以前の黒が強調された力強いデザインから、氷のイラストを目立たせたり、白い背景に変更することで、爽快な美味しさを表現しました。
既存のデザインと新しいデザインを比べてもらうと、「ストロングゼロっぽくない」という人もいれば、「前のデザインより美味しそう」という人もいます。たくさんの意見を参考にしてパターンをしぼり、最終的な形までもっていきました。お客さまの反応は、ヒアリングする相手だけではなく、そのときの気分でも変わるんですよね。
──「ダブルレモン」の味もリニューアルしたということですが、どのようなプロセスで行われたのですか?
今回のリニューアルでは、ものすごい数のサンプルを作りました。今、お客さまが求めているであろうストロングゼロをイメージして、どんどん改良を進めていくのですが「これなら絶対にいける!」と思った段階で試飲してもらうと、全然ダメで……。
チームの皆と何がダメだったのか突き詰めて、多くのお客さまから良い反応をいただいたのは280個目の飲料サンプルでした。
──280個! 私たち消費者の手元に届くまでにはそれだけの失敗があるのですね。
そうですね。チューハイって味にゴールがなく、正解がないんですよ。お客さまによって美味しいの基準は違うので当たり前のことかもしれません。常に想定外のリアクションが返ってくるので、トライアンドエラーというよりは、ほとんどエラーの繰り返しです(笑)。
だからこそ、悩んだときに方向修正ができるように、我々が考えるお客さまに感じてもらいたい味の基準というのはチームで共有しています。
トライアンドエラーの繰り返し。でも失敗するから前に進める
──実際に仕事する中で、たとえば上司の方や他の事業部との兼ね合いで、なかなか自分の提案が通らないといった社内の苦労はありますか?
いやー、企画が通らないことはしょっちゅうありますよ(笑)。今回のパッケージデザインのリニューアルも、社内の中には「そこまで変えなくてもいいんじゃない?」と言った声もありました。
やはりストロングゼロのように大きいブランドになればなるほど、何かを変えるというのはすごく難しいんですよね。もちろん何かを変えることには良い面も、悪い面もあります。「売上げが下がったらどうするの?」という責任もついてきます。
でも私は誰よりもお客さまの声を聞いている中で、「もっと、ストロングゼロの良さをわかってもらえる、成長していける」と思ったんですよね。だから変革が必要だってことを、チームにも、社内にも「こういう声が今までにこれだけあったんです」とロジカルに伝えていきました。
今回のリニューアルはチャレンジって言ったらちょっとかっこいいんですけど、ずっと思っていたことが、1年半以上かけてやっと着地した感じです。
──商品開発というと、ヒット商品を生み出す華やかな仕事というイメージがありましたが、280個以上のサンプルを試したり、社内を説得したりと、かなり地道な作業を繰り返しているのですね。
そうですね、地道な作業ですし責任も重大ですけど、それがこの仕事のやりがいにもなっていますね。
たとえば、スーパーやコンビニでお客さまがストロングゼロを手に取った瞬間を見たときは、心の底から感動するんですよね。何度も失敗を重ねてできあがったものが、ついにお客さまに届いたんだと。この仕事をしていて、これ以上の喜びはないかもしれません。
──失敗は怖くないのでしょうか?
僕も、20代のころは失敗が嫌で……。いつも慎重にものごとを考えていました。
でも、30代になってから失敗しないと次のステップに進めないことが分かってきたんです。失敗があるからこそ、議論が生まれて、新しいアイデアが生まれます。頑張っている姿を見て、きっと周りもサポートしてくれるはず。皆人間ですから、失敗するのは当たり前じゃないですか。
だから、失敗を恐れずに、どんどんチャレンジして良い、失敗することがきっと成功への近道になると思っています。
(インタビュー・文/大川竜弥 編集/高山諒+ヒャクマンボルト 撮影/松田凪)
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