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苦手なアパレル店員になってみたら「アドレナ売リン」の正体がわかった
スタジオパーソル編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、はたらくことの喜びや、はたらくなかで笑顔になれたエピソードについて語る「#はたらいて笑顔になれた瞬間」投稿コンテストで審査員特別賞を受賞した記事をご紹介します。
今回の記事は、アパレル店員の接客が苦手でしかたなかった長瀬さんが、なんと自らショップ店員になって苦手を克服していくストーリーです。あえて自分が避けていたところに飛び込み、お客さんと触れ合いながら成長していく様を、ユーモアたっぷりなエッセイでnoteに投稿しました。
逃げ出すほど苦手だった「アパレル店員」になってみた
アパレル店員に声をかけられるのが苦手だったという長瀬さん。
どれだけ長瀬さんが気配を消して、店員さんの死角に隠れてこそこそと物色していても、ちょっとでも服を手に取ると店員さんが隣に現れます。探しているのと違う色を差し出されてもうまく断ることができず、長瀬さんは吐息のようなか細い声で「はいぃ……」と言ってススーッと後退するばかり。
そんな自分にも躊躇せず服を薦めるアパレル店員さんに、長瀬さんは「アドレナ売リン」を感じていたそうです。
やれ最後の一点だの、やれ私も着てますだのと、あの手この手のセールストークを張り手の如く繰り出し、迷っている私の背中をどすこいどすこい突っ張って、土俵際(レジ)まで押しやる。あの果敢な精神はどこからくるのか。江戸から代々続く商人の家系なのかと疑う程、「売る」ことに気合が入っている。ああいうとき、アパレル店員の体内ではアドレナリンならぬアドレナ売リンが大量分泌されているに違いない。
アパレル店員の「アドレナ売リン」の正体より
これほどまでに苦手意識を持っているのなら、長瀬さんはアパレルショップとは距離を置いた生活を送るんだろうと思いきや……なんと、自分自身がアパレルショップではたらくことに。
その理由は、結婚式が終わってから増え続ける体重に歯止めをかけたかったから。アパレル店員には少なからず美意識が求められます。賃金を得ながらダイエットができるなら一石二鳥だと考えたのです。
それに、自分がやりそうもないことをあえてやってみるのも面白いのでは、という冒険心もあった。いつも無難な選択をしがちな私にしては珍しいチャレンジ精神である。
アパレル店員の「アドレナ売リン」の正体より
長瀬さんは「人と話すこと自体は好きだし、コツを掴んで売って売って売りまくれば、アドレナ売リンがドバドバ分泌され、今まで知らなかった新たな快感の扉が開かれるかもしれない」と考え、あれよあれよと採用されてからはたらき始めるまで、とてもワクワクした気持ちでいました。
意外な「アドレナ売リン」の正体
長瀬さんがアパレルショップではたらき始めて驚いたことは、大抵のお客さんは優しくて感じがいいということでした。
私がたどたどしく「お探しのものあればお声がけください」なんて言うと、「はーい、ありがとうございまーす!」とか普通に答えてくれる。自分が長らく妖怪・座敷わらしならぬ阿派零流(あぱれる)わらしだった故に感覚が狂っていただけで、世界は私が思うよりずっとずっと明るかったのだ。
アパレル店員の「アドレナ売リン」の正体より
まだ経験が浅くスキルや知識に乏しい長瀬さんは、教わった接客の流れをこなすのに必死でしたが、それでも商品は次から次へと売れていきました。
であれば長瀬さんからも「アドレナ売リン」が分泌されるのでは?と思いきや、それらしきものは分泌されないまま。
売れたら売れただけ高揚感を得られるはず、それがこの仕事への原動力になるはずと思っていたのだが、そこまでの気持ちには到達できていない自分がいる。
アパレル店員の「アドレナ売リン」の正体より
当時、売れた時に感じるのは高揚感よりもむしろ恐怖心のほうが強かったそう。
「もう一歩踏み込んでおすすめすれば買ってくれるかも?」
という状況に直面すると「お客さんに余計なことを言って嫌がられたらどうしよう」という恐怖心が首をもたげ、「売るという目的のためにそんな危険は冒したくない」と思ってしまったのです。
そんな長瀬さんにとって、転機になったお客さんがいます。それは、ある日訪れた制服を着た女の子とお母さん。この二人がお店を訪れたのは、新学期を迎える春の季節でした。これからの日々を過ごす新しい靴を買いに来たようです。
女の子は2種類のスニーカーを試着し、どっちにしようかと悩んでいました。
どちらも白いスニーカーですが、片方は側面が鮮やかなピンク色、もう片方は少しくすんだピンクです。
本当はそれぞれの特徴や履き心地の違いを詳しく説明できたらよかったのだが、まだそこまでの知識はない。とは言え、ただ突っ立っているだけでは能がない。買う前提でどちらにしようか迷っているわけだから押し売りにはならないだろうし、この状況なら私も何か言える気がする。そろそろ店員らしく、お客さんの役に立ってみたい。
アパレル店員の「アドレナ売リン」の正体より
長瀬さんの胸にそんな思いが芽生え、女の子のスカートが目に入った時にハッとひらめきます。
「こちらのくすんだピンクの方が、スカートの色には合っているような気がします。」
すると、女の子もお母さんも「確かに!」「そっちが合ってるね!」と盛り上がり、女の子は「こっちにします!」とくすんだピンクのスニーカーを差し出したのです。
そこで初めて「アドレナ売リン」が湧き出て、長瀬さんはその正体に気づきます。
ただ売ればいいというわけではなかったのだ。お客さんに「いい買い物をした」と思ってもらえること。それこそがアパレル店員のアドレナ売リンの正体に違いない。私の接客によって、「スニーカーを買った」が「制服にぴったりのスニーカーを買った」になった。買い物の価値が上がった。そう思えたことが嬉しかった。レジで商品を手渡すときも、店員としての礼儀だけではない、心の底からの笑顔で「ありがとうございました。またお越しくださいませ」と言えた。
アパレル店員の「アドレナ売リン」の正体より
長瀬さんが接客したことで「ただのスニーカー」が「制服にぴったりのスニーカー」に変わりました。買い物体験が豊かになり、女の子にとっての「商品の価値」が上がったのです。
最初はアパレル店員の接客をどこか押し売りのように感じていた長瀬さん。
そんな長瀬さんが試行錯誤の末、お客さん目線で発した一言は、もはや押し売りではありませんでした。
お客さんの「欲しい」をいう気持ちを尊重し、お客さんにとってベストな選択を後押しして、「買ってよかった」という幸せな気分を作る一言になりました。
数字では得られない「はたらく喜び」の出どころは
長瀬さんが「たくさんの商品を売ること」をゴールにしていたら、いつまでも「アドレナ売リン」は出なかったでしょう。
仕事をしていると、どうしても目の前の数値に目を奪われがちになる人も少なくないことでしょう。売上など数字の成績は分かりやすく、目指しやすいからです。
中には、数字こそが正義だと考える人もいるはずです。
確かに、数字を追いかけるのも大事なことで、不正解ではありません。
でも数字だけに囚われると、いつしか数字に追われるようになり、どれだけがんばっても息苦しく感じてしまうこともあります。
時には、本当に大切なことを見失ってしまい、はたらくやりがいを見つけられなくなってしまうかもしれません。
長瀬さんは、くすんだピンクのスニーカーを下げて帰る女の子の後ろ姿を見送りながら、これからその女の子が歩むだろう青春の日々を思い描いたそうです。
学校が始まったら、あの子の友達は新しい靴を褒めてくれるに違いないし、あの靴を履いてみんなでTikTokの曲とか踊ってみるに違いないし、「え、なんか音すると思ったら画びょう刺さってたんだけど!」と靴の裏を見せて笑い合うに違いないのである。おこがましいかもしれないが、私もその青春に、人生に、一枚噛ませてもらえた。そんな風に思った。
アパレル店員の「アドレナ売リン」の正体より
はたらく真の喜びは、自分が接した相手の人生にプラスの影響を与えた時に訪れるのでしょう。
「嫌がられたらどうしよう」と尻込みせず、長瀬さんのように一歩踏み出して声をかけてみたら、思わぬ笑顔が生まれるかもしれません。
長瀬 北の大地でエッセイなど書いています。 Twitter: https://twitter.com/nagase_h note: https://note.com/nghngh |
(文:秋カヲリ)
パーソルグループ×note 「#はたらいて笑顔になれた瞬間」投稿コンテスト
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