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「実家を継ぐその日まで走り続けたい」。若きタクシー運転手と東京の中心地・銀座へ──【運転手さん、思い出の場所まで(2)】
異業種から転職してきたタクシー運転手さんにインタビューを行う連載「運転手さん、思い出の場所まで」。運転手さんの思い出の場所までタクシーを走らせながら、これまでのキャリアと、仕事のやりがいや苦労などを伺います。
第2回の運転手は葵交通の須田啓太さん(29)。山形の農園に生まれた須田さんは北海道の農業系大学を卒業後、神奈川県内の青果市場で新卒のキャリアをスタート。退職後、葵交通株式会社へ入社するとともに上京しました。
そんな彼の思い出の場所は銀座。「田舎ではみたことのなかった華々しい世界に出会った」と話す須田さんの運転で、東京の町をドライブしました。
田舎から上京してきた若者が憧れた東京の中心地・銀座へ
こんにちは!お待ちしておりました!
──こんにちは。今日はよろしくお願いします。
それでは、どうぞご乗車ください。
今日は杉並区にある葵交通株式会社の営業所から私の思い出の場所までご案内します。普段走っている新宿、渋谷周辺を経由して目的地まで向かいますね。
新人時代に浴びた「歌舞伎町の洗礼」
──普段はどのエリアを走っていることが多いんですか?
朝はこの中野富士見町の営業所を出発し、郊外から中心部に通勤するお客さまを狙って、世田谷方面に向かいます。新宿や青山なんかの中心部まで乗せて行ってはまた外に向かって……と、往復することが多いですね。休日はまたはたらき方が変わりますけど。
日中は新宿、渋谷、六本木の三角形をぐるぐる回る感じで営業しています。ご乗車されるのはサラリーマンの方やデパート帰りのお客さま、夕方ぐらいになってくると出勤されるホストの方なんかもいらっしゃいますね。
──歌舞伎町周辺に来ましたね。繁華街では酔っ払ったお客さんを乗せることも多いんですか?
歌舞伎町はやっぱりすごいですよ。実はドライバーになって最初に洗礼を受けたのが歌舞伎町で。この辺りでお乗せしたお客さまが昼間から酔っていて、「お前どこ向かってんだよ!」って。私も不慣れなものでもたもたしてしまったんですよ。ですが、お客さまにしたら初めてとか関係ないので怒られるのも仕方ないんですが。 怖かったですね~。
──そういうお客さまに出会うことってやっぱり多いんですか?
夜は多いですね。ふらふらになるほど酔っ払っているとか、怒鳴られるというのは1日に1件あるかどうかです。それがその日最後のお客さまだったら、もう最悪な気持ちで帰ります(笑)。そういうのが嫌でずっと郊外で営業するという方もいらっしゃいますね。
タクシー運転手だけが知っている「変なルール」
表参道周辺もいつも通ってる場所です。都心なのに、意外と交通の便がよくないようでお客さまが多いんです。近くにある日赤病院という大病院にもよく行くんですよ。都心の大病院は遠方から通院してくる人も多いので距離が伸びる。コロナ禍になってからは病院に行くことは増えましたね。病院のタクシー乗り場でつけ待ちして。
──「つけ待ち」って、タクシー乗り場に付けてお客さんを待つことですよね。そういうタクシー乗務員ならではの専門用語ってほかにもありますか?
うーん、どうでしょうね。専門用語じゃないですけど、特殊なルールはありますよ。
──「NHKの乗り場にはルールがある」って聞いたことがありますね。
そうなんですよ。NHKは夜だけ日付とナンバープレートの最後の番号が一緒の車だけが入れるんですよ。たとえば21日は「1」の車両だけですね。あと、羽田空港国内線は偶数か奇数かで入れるというルールです。NHKは10分の1ですけど、羽田は2分の1の確率ですね。
──そんなルールがあるんですね。
どちらもお客さまが多い場所なので、敷地内にタクシーが集まりすぎないようにルールを設けているみたいです。あと、羽田の国際線ターミナルはタクシーセンターの英語検定みたいなのに合格した人しか入れないんですよ。やはり海外からのお客さまも多いですからそうしたルールがあるんですかね。
トイレマップは頭の中に入っている
──タクシー乗務員さんって一日中車に乗っていますよね。休憩はどのようにとっているんですか?
休憩のタイミングは決めていなくって、眠くなってきたり、お腹が減った時とかにとるようにしていますね。あとはトイレに行きたい時。生理現象に合わせて、という感じです(笑)。
代々木体育館の前ってタクシーがたくさん止まっているんですよ。ここで休憩取る人は多いですね。
休憩しながら「無線待ち」もします。タクシーの無線はお客さまに一番近い車両から鳴っていくシステムなんですが、ここはトイレもコンビニもあって、無線もよく鳴る場所なので休憩場所としては最高なんですよね。駐車禁止の場所でもないですし。
──タクシー乗務員の方でも違反切符を切られることはあるんですか?
もちろんありますよ。ただ、絶対に違反はしないよう気を付けて運転していますね。というのも、私らの間では駐禁とスピード違反が二大重大違反と言われていて、違反すると人事評価にも関わってくるんですよ。
駐禁は本当に怖いですよ。すぐ車を移動できない状態だったら1分でも駐禁とられちゃいますから。だからこそ、こういう安全にトイレにいける場所を頭の中に入れておくんです。
安全運転のための「急いでいるフリ」
スピード違反も怖いですね。夜中、50km制限の国道で周りの車がビュンビュン飛ばしているところに、覆面パトカーがいたりしますから。お客さんに「ちょっと飛ばしてくれ」と言われて飛ばして捕まるケースもあるんです。板挟みで困りますよ。
──そういうときってどうするんですか?
「かしこまりました」「頑張ります」って言って、急いでいるフリをしながら違反しないように走りますね(笑)。お客さまが違反金を出してくれるわけではないですからね。
──急いでいるフリって、「しっかり捕まっててくださいよ」とか言うんですか?
そんな映画みたいなセリフは言ったことないですね(笑)。前の車と車間距離をちょっとだけ詰めたりとか。あえてエンジンブレーキをかけてうるさくして、ちょっと加速しているように見せたり。時間には影響しないんですけど、ちょっと急いでいる感じするじゃないですか。みなさん結構やると思いますよ。
──それは知らなかったです。
安全運転のためですからね。あ、逃げる人を乗せたこともありますね。渋谷で。
──逃げる人?
女の子が男性を追っかけているんですけど、女の子の方が裸足だったんですよ。男性が乗りこんできて「運転手さん、早く出してください!」って。
──それこそ映画みたいなシーンですね。
「わかりました!」って言ったものの、女の子が追いついたので男の人には降りてもらいました。トラブルになったら嫌だなと思っていたので、ほっとしましたね。
あ、ここで今日何かイベントが開催されているみたいですね。
先日国立競技場で永ちゃん(矢沢永吉さん)のライブがあったんですが、あの日は良かったですね。
──なんでですか?
永ちゃんぐらいになると全国から人が集まるので空港案件が多くなるんですよ。メジャーなアーティストほどロング率が高くなる。あとは年配の方が多い。最近女性アイドルグループのイベントを狙って行きましたが、最寄り駅までだったりしたので。
──イベント以外にもチェックする情報ってありますか?
ある芸能人の方が「今日は地方ロケです」とツイートをしたのを見て、もしかして早朝に空港まであるかなと、事務所近くに行ったことがあります。その通りに無線が鳴って驚きましたね。
東京の華やかさを詰め込んだような銀座の町
──今回の目的地は銀座だと伺ったんですが、どういうところが思い出に残っているんですか?
出身が田舎なので、都会への憧れというか、ないものねだりでしょうね。「ああ、東京だな」って思える場所が記憶に残っているんです。だってこんな華やかな町は日本のどこにもないじゃないですか。
仕事で行くと2万円超える距離をご乗車されるお客さんも多くて、さすが銀座だなって思いますよ。2日連続で鎌倉に行くお客さんが乗車してくださったり。まだ電車が動いてる時間帯にですよ?
あと銀座から男性が女性をお見送りするときに、1万円をスッと渡されることもあるんですよ。
──スマートですね。
それで家まで走ってくれたらいいんですけど、出発したら「運転手さんやっぱり〇〇駅まで」と言って電車で帰る方もいますね。乗務員としてはややがっくりなんですが。
また、「今日何億動かして」みたいに大きなビジネスの話をしている人がいたりするんです。ほかにも誰でも知っているような有名イベントの内部の話をしていたり、芸能関係の話だったり。全然住む世界の違う話ですが、耳を傾けているだけで楽しいですね。
──テレビでしか見なかったものが見られる。社会が見える瞬間がタクシーは多そうですね。
そういう面はありますね。24時間テレビとか年末の紅白歌合戦とか大きなイベントもそこに行けば人がいる。今、社会がこうなっているからそっちに行こうとか、すごく左右されますね。大きな事件があって記者の方たちが現場までタクシーで飛んでいくから新聞社に行くとか。国会や選挙のときもそうですね。
──銀座に来るのはやはり夜ですか?
そうですね。夜早めの時間に来ることが多いです。ご高齢の方も多く、接待が終わって8時とかで帰っちゃう人もいるんですよね。銀座は大体6時から9時ぐらいにぐるぐるしています。
高級料理店があるあたりをゆっくりゆっくり走って、エレベーターが動いていたら「これ降りてくるから乗るかも……」とか注意してみたり。あと道で人が喋っていたら近くで少し窓開けて聞いたり。どこまで帰るとか聞きつけたら空車でも扉を開けちゃう。そしたら「じゃあこれ乗るわ」みたいな感じで乗ってきてくださるんですよ。
──すごい……釣りみたいな感じですかね。
そうですね。接待でよく使われる高級料理店を調べて周辺をゆっくり行ったりするとやっぱり手が上がるんですよね。
さらに接客が上手い方だと「レインボーブリッジから都心を見た夜景がめちゃめちゃ綺麗なんですよ」とか言って、帰り道にドライブして行くお客さまもいるらしいんですよ。
──須田さんはタクシー乗務員になる前、どんな仕事をやってらしたんですか?
前職は市場の職員ですね。野菜を売っていたんですよ。。
──野菜、ですか。
うちは実家が代々続く山形の農家で、お米やだだちゃ豆を作ってまして。私は長男なのでいつか実家を継ぐつもりなんですよ。なので大学も北海道の農業大学に通っていました。北海道の中でも北側のオホーツク海のすぐ近くの、本当に何もないところで4年間過ごしていたんです。大学卒業までそんな環境で過ごしていたので、余計に都会への憧れが強くなったのかもしれません。
それで、農業大学を出たあとに神奈川の市場の青果部門4年ほどはたらいていたんです。
──青果市場の仕事ってどんなことをするんですか?
私が担当していたのは卸売りですね。早朝から農家さんから仕入れた野菜を仕分けして競りをやって伝票整理して。午後はフォークリフトに乗って次の日の仕事の下準備をしてという感じで。それぞれ担当の品目が決まっていて、私はキノコとパプリカでしたね。はたらいているうちに詳しくなっちゃいましたよ。
──農業一筋で育ってきて、なんで転職をしようと思ったんですか?
農業ってやっぱり人間関係が濃いというか、人と人の結びつきが強い仕事なんですよね。若いころにやんちゃだった人も多く、体育会系というか昭和気質な環境なんですよ。休日の日も農家の方から連絡があることはザラですし、出社して野菜の仕分けをするってこともありました。仕事自体は楽しかったんですけど、オンオフがないことがストレスで3年前に転職しましたね。
──そこからなんでタクシー乗務員になろうと思ったんですか?
インセンティブのある仕事をしたいなと思ったんですよね。頑張った分だけ成果が出るって気持ちいいじゃないですか。不動産の営業職も考えたんですけど、友人が「タクシーの運転手は結構稼げるよ」と教えてくれて。
もちろん稼げるっていうのは大事でしたが、車の運転は好きだし、自分のペースではたらけるというのも自分には合っているだろうと感じたんですよ。ただ、やってみると実際稼いでる額はバラバラで、本当に実力主義だと感じますね。
──いつか実家を継ぐと言っていましたが、タクシー運転手はいつまで続けるのでしょうか。
できる限り長く続けたいんですけど、 父が2年前大きな病気をしてしまって。私も1ヵ月ぐらい会社を休んで、山形に戻り、稲刈りを手伝っていたんです。今は元気になっていますが、早いうちから教わらないといけないこともたくさんあるなと思って。今、岐路に立っていますね。
ただ、タクシーの仕事が好きなのでなるべく長く続けたいとは思っています。普通では会えない人と会えたり、こういう人たちがいるんだなとか思ったり。農業もタクシーも自分のペースでできるっていうのと、黙々と仕事ができるんで、そういう職人気質なところは似てるなって思ってて。きっと私はそういう仕事が好きなんでしょうね。
──農業とタクシーの共通点なんて考えたこともなかったです。お話を聞かせていただき、ありがとうございます。それでは、お会計をお願いします。
はい、ありがとうございました!またのご利用、お待ちしてます。
思い出のドライブデータ
乗車地:葵交通株式会社営業所(東京都杉並区)
経由地:新宿〜表参道〜渋谷〜六本木
目的地:銀座(東京都中央区)
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